『シャーロック・ホームズ 神の息吹殺人事件』 名探偵対妖怪博士対幽霊狩人
高空から落とされたような奇怪な有様で死んだ青年貴族。この事件に興味を持ったホームズのもとを訪れたのは、心霊医師ジョン・サイレンス博士だった。悪霊からの警告を受けたという博士に冷淡な態度を取るホームズだが、さらなる事件が発生、やむなくともに調査に向かうホームズとワトスンだが……
以前にも書いたような気もしますが、最近は時代伝奇ものに追われてほとんど読めていないものの、私はシャーロック・ホームズもののファンでもあります。
(そもそもホームズの聖典からして、伝奇色が強い作品も含まれている……というのは置いておくにしても)
そんな私にとって本作はどうしても見逃せなかった作品。何しろ、ホームズが、ジョン・サイレンス、トマス・カーナッキと競演、ともに怪事件に挑むというのですから、燃えないわけがないのです。
妖怪博士ジョン・サイレンス(新訳では「心霊博士」ですがやはりこちらの方が印象深い)は、アルジャーノン・ブラックウッドが生み出したロンドン在住の医師。
医師としてだけでなく、自らの霊能力を用いて、超自然現象に苦しむ人々の悩みを解決していく紳士であります。
一方、幽霊狩人カーナッキは、ウィリアム・H・ホジスンの手になるやはりロンドンに暮らす怪奇現象ハンター。
自らは特殊な能力を持ちませんが、電気五芒星をはじめとする科学知識で怪奇現象に挑み、その謎を暴く人物であり、やはりホームズパスティーシュである『ライヘンバッハの奇跡 シャーロック・ホームズの沈黙』にも出演しております。
本作においてはこの二人とホームズが絡むわけですが、受け持ちが此岸と彼岸に分かれているとはいえ(ちなみにカーナッキの扱う事件はその両方にまたがっていたりもするのですが)、言ってみれば三人の名探偵がここに競演! という趣向であります。
さらにここに「世界最悪の変人」やら、M・R・ジェイムズの『人を呪わば』のあの魔術師までもが登場(名前だけであればマルチン・ヘッセリウスやヴァン・ヘルシングまで!)、私のような怪奇探偵好き、クロスオーバー好きの人間にはたまらない作品なのであります。
さて、そんな豪華キャストが出演する本作の発端となるのは、放蕩貴族が、体中の骨が砕け、青あざで膨張した奇怪な死体で発見された――それも直前に何者かから逃れているような姿が目撃されて――事件。
さらに奇怪な幻覚に襲われた老貴族がおぞましい死を遂げ、サイレンスのもとには悪霊からの警告が。そして謎めいた依頼者によってこの事件に加わることを余儀なくされたカーナッキも加えた一行を襲う奇怪な心霊攻撃!
ここまで来るとむしろ映画的ですらありますが、そんな中でも一人超然とした態度を崩さないのは、もちろん我らがホームズ。
『バスカヴィル家の犬』方式で別行動を取っており、直接的にこれらの超常現象に出くわしていないためもありますが、やはりそうした世界とは無縁の常識人だったワトスンが、奇怪な事件の数々に認識を改めていくのと対照的に、どこまでも理性的に、彼は一連の事件の背後にある企みを追うのであります。
その意味では本作は、三人の名探偵の持ち味がそれぞれ発揮されていると言えるかもしれませんが……しかし個人的にはかなりな不満が残ったのも事実。
というのも、本作においては此岸と彼岸――つまり現実と超常的な世界――の区別がある意味明快に分かれすぎている一方で、別の箇所では混沌としすぎているといった印象が残ってしまうのであります。
どこまでがこの現実世界の理論で解決できるものであり、どこからがそれを拒否した超常的な世界の出来事なのか……ホームズが主人公である以上、前者の領域が広い(というよりほとんどになる)のはやむを得ないのですが、だとすれば残る二人の領域はどうなってしまうのか?
あちらを立てればこちらが立たず、水と油を一つにするための説明が○○というのは、さすがに乱暴にすぎるでしょう。
(さらにいえば、終盤の展開はあの作品のファンは激怒してもおかしくないかと……)
たとえ超常的な存在が跋扈する世界でも名探偵の推理が成り立つのは、ホームズパスティーシュの名作『シャーロック・ホームズ対ドラキュラ』などでも証明されているとおりであり、その点からすれば、本作には期待が大きかった分、不満も残るのです。
聞くところによれば、本作の続編ではH・G・ウェルズの『モロー博士の島』が題材になっているとのこと。こちらではクロスオーバーの楽しさを是非とも見せていただきたと切に願っておくとしましょう。
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