『えどさがし』(その一) 旅の果てに彼が見出したもの
基本的にまず単行本で刊行される『しゃばけ』シリーズでは珍しく、文庫オリジナルで登場となった本書『えどさがし』。収録されている全5編は、『yomyom』誌を中心に発表されたものですが、いずれもシリーズのレギュラー・サブレギュラーを主役とした外伝・番外編と言うべき内容となっております。
以下、一話ずつ紹介いたしましょう。
『五百年の判じ絵』
本書の幕開けとなるのは、若だんなの兄やにして長崎屋の手代・佐助の過去を描く物語であります。
両兄やのうち、肉体派の佐助の正体が、かの弘法大師が猪よけに描いた犬神だったというのは、『ねこのばば』所収の『産土』(シリーズ屈指のどんでん返しつきホラーでもあります)で描かれていますが、本作はまだ佐助が旅を続けていた時分の姿が描かれることとなります。
人と異なる時間を生きる妖であり、長い時の中で一人放浪を続けていた佐助。そんな佐助が旅の途中の茶店で見かけたのは、何やら不思議な判じ絵でありました。
内容のほとんどはわからぬものの、最後に「佐助へ」とあったことから妙にその内容が気に掛かってしまった佐助は、同じ茶店に居合わせた、判じ物を解くのが得意という男と同行することになるのですが、何故か旅ではやっかいごとに巻き込まれてばかり。
そして旅の途中で徐々に解かれていく判じ絵の中身には、普通であればありえないような内容が記されていたのですが……
弘法大師という人間によって生み出されながらも、主に先立たれ、以降は目的もなく、ただ世界を放浪していた佐助。
そんな彼が、本作の奇妙な旅(一種の暗号ものではあるのですが、ある意味それ以上の大仕掛けな謎があるのも楽しい)の末に見出したものは、シリーズ読者であればすぐに気付くと思うのですが、しかしやはり感動的であります。
シリーズ当初から人と妖の関係性を一貫して描いてきた『しゃばけ』ならではの一編でありましょう。
ちなみに本作、収録作品の中で一番新しい作品なのですが、それが巻頭に収録されている理由は、(作中の時系列的に一番古いこともあるかと思いますが)最後まで読めば察することができるのではないかと思います。
『たちまちづき』
2番目に収録されている『太郎君、東へ』は以前紹介しておりますのでそちらをご覧いただくとして、3番目の作品へ。
これまでのシリーズでも幾度となく活躍してきた広徳寺の高僧・寛朝を中心とした物語であります。
その寛朝のもとに今回持ち込まれたのは、口入れ屋を営む夫・安右衛門がどうにも頼りないのは「おなご妖」が憑いているに違いないという妻・お千からの依頼でありました。
寛朝の、他の僧の見立てでも妖の影など全くない安右衛門。それでも妖の存在を言い立てるお千を適当にあしらう寛朝ですが、安右衛門が何者かに襲撃されて負傷、さらに彼不在の店でも大問題が……
内容的には比較的シンプルで、事件の真相や、話の落としどころもある程度予想がつく作品ではありますが、むしろ本作の楽しさはその先の「大人」たちの活躍にあると言えるでしょう。
強い法力を持つ高僧という一方で、集金力や政治力にも長けた顔を持つ寛朝。完全に妻の尻に敷かれながらも、店の仕事のことでは思わぬ能力を発揮する安右衛門。
彼らは決して完璧な人間ではありませんが、しかしそれを補って余りある能力と、それ以上に「世間」というものを知る強みがあります。
不思議な妖たちが活躍する物語でありつつも、それと同時にどこまでも地に足の付いた、人の世のありさま……そう、「しゃばけ」を描き出すシリーズならではの味わいを持つ作品であります。
残り二作品については次回に紹介いたします。
『えどさがし』(畠中恵 新潮文庫) Amazon
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