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2014.12.06

『えどさがし』(その二) 旅の先に彼が探すもの

 文庫オリジナルで登場した『しゃばけ』シリーズの外伝・番外編集『えどさがし』の紹介その二であります。今回はちょっと意外なキャラクターが主役を務める『親分のおかみさん』、そして一番の問題作(?)であるところの表題作であります。

『親分のおかみさん』
 ここでいう親分とは言うまでもなくシリーズでお馴染みの岡っ引き・日限の親分のこと。そのおかみさんであるおさきさんが主役を務める作品であります。

 最近は長崎屋の薬のおかげでだいぶ良くなってきたものの、身体が弱く寝付きがちのおさき。そんな彼女が夫を送り出した後、気付いてみれば家の中に赤ん坊が……

 というなかなかに意外な発端から始まる本作。果たして赤ん坊はどこからやってきたのか、そしてそもそも何故親分の家の中なのか?
 事態に長屋の人間関係や親分とおさきさんの仲なども絡み、さらにある事件の存在が浮き上がって、物語は意外な方向に転がっていくこととなります。

 ……と、自分であらすじを書いてみて気付いたのですが、メインとなるキャラクターの違いこそあれ、日常の中にふっと割り込んできた不思議な出来事の謎を追ううちに、意外な事件との繋がりが、という本作のスタイルは、本書の収録作の中では一番シリーズ本編に近いかもしれません。

 言い換えれば本作はミステリ味が強めなのですが、それに加えて普段はコメディリリーフ的な立ち位置の親分の頼もしさ・優しさが、おかみさんの目を通じて描かれるのもシリーズファンにはうれしいところ。
 個人的には、成り行きから夜の町に飛び出したおさきが、親分とともに町を歩く、一ページにも満たない部分の描写の瑞々しさが強く印象に残りました。


『えどさがし』
 そしてラストに控えしは、明治時代を舞台とした異色作中の異色作であります。

 シリーズ本編の時代から時は流れに流れた明治時代。既に長崎屋はなく、しかしそこに暮らしていた妖たちの多くは、銀座の一角に開かれた商会に集っていた……という設定だけで驚かされますが、本作の中心となるのは、今は京橋という姓を名乗る仁吉。

 新聞に掲載された意味ありげな投書の主が、遠い昔に離ればなれとなった若だんなでは、と考えた仁吉は新聞社を訪ねるのですが、そこ起きたのは、投書係の記者が何者かに射殺されるという事件。
 おかしな巡査・秋村に引っ張り込まれ、仁吉は事件の謎を、そして何よりも投書の主を探すことになるのであります。

 この秋村という男、実は妖なのですが、他にも巡査をしている妖がいるという発言があったり、土産物にシードケーキを持ってきたりと、もしかしてやってくれるかな、とこちらが期待していたファンサービス(もちろんあくまでもサービスの範疇ですが)も楽しいのですが、やはり何よりも印象に残るのは、若だんなを一心に慕う妖たちの姿でありましょう。

 舞台を知ったときから半ば覚悟していたとはいえ、こちらの胸に鋭く突き刺さる「いつも妖達と暮らしていた若だんなも、あれから百年ほども過ぎた今、この世にいない」という冒頭近くの文章。
 しかしそれでも若だんなとの再会を信じて集い、手を尽くす妖たちのけなげな姿――ある意味人間離れしたメンタリティゆえの行動ではありますが――からは、強く暖かい「情」が伝わってくるのであります。

 そしてその想いは、『すえずえ』収録の『仁吉と佐助の千年』で描かれた仁吉と佐助の想いを、彼らがそのまま持ち続けたということであり、そしてそれはどれだけ彼らにとって若だんなの存在が、長崎屋という場がかけがえのないものであったかということの現れであることは言うまでもありません。


 通常のシリーズと異なり、不定期に発表された番外編集ということで、一冊の作品集として見れば、本書は統一感が薄いようにも感じられるかもしれません。

 しかし振り返ってみれば、冒頭に佐助を主役とした過去の物語『五百年の判じ絵』を置き、巻末に仁吉を主役とした未来の物語たる本作を置くことにより、本書は見事に一つの世界として完結していると感じられます。

 本編の物語からこぼれ落ちた人々の姿を描き、そして本編の始まりと結末、新たな始まりを描いてみせる――本書によって『しゃばけ』ワールドに、また新たな広がりが提示されたのです。


『えどさがし』(畠中恵 新潮文庫) Amazon
えどさがし (新潮文庫)


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コメント

相変わらず謎解きが面白かったです。
それぞれのキャラクターも良くて、
楽しくて少し切なくなる作品でした。
トラックバックさせていただきました。
トラックバックお待ちしていますね。

投稿: 藍色 | 2016.12.20 12:34

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