『てのひら猫語り 書き下ろし時代小説集』(その一) 豪華メンバーの猫時代小説アンソロジー
先月創刊された白泉社の新時代小説レーベル・招き猫文庫。その第1弾として刊行された猫時代小説アンソロジーであります。全5編が収録された本書ですが、平谷美樹・越水利江子・時海結以・金巻ともこ・あさのあつこと、個人的にはかなりの豪華メンバー。楽しみに手に取ったところ、やはり期待通りの内容でありました。以下、一作品ずつ紹介しましょう。
『貸物屋お庸 貸し猫探し』(平谷美樹)
巻頭に収められたのは、いま個人的に最も期待している時代小説家の一人による、ユニークな作品です。
主人公は、無い物はないという貸物屋(損料屋)・湊屋の出店を任せられている男勝りの少女・お庸ですが、今回彼女のもとに舞い込んだ依頼は、何と猫。
気まぐれな大店のお嬢さんのため、、白くて尻尾の曲がった子猫を借りたいという老使用人のため、猫を探して江戸中を奔走することとなったお庸ですが……
と、貸物屋自体は時代小説でそれほど珍しいものではありませんが、そこに持ち込まれる依頼がナマモノというのは何とも意表を突いた設定であります(生類憐れみの令が発布された元禄時代を舞台とすることで、それに一定の説得力を与えるのも心憎い)。
そして本作を面白くしているのは、お庸が奉公する湊屋の主人にして彼女の憧れの人である清五郎の存在です。
大店の主でありつつも商売嫌いで普段は人任せ、自分は刀を振っている方が性に合っているという変わり種のこの人物、先祖が公方のご落胤という説まであるというユニークなイケメン。
やる気がないようでいて洞察力に優れた彼と、短気で人情もろいお庸は、なかなかの名コンビと感じます。
本作の依頼の真相については、ある程度のところで予想はついてしまうのですが、そこにこのコンビが絡むことで、物語の味わいがぐっと深まったように感じるのです。
それにしてもこのキャラクター、この一作で終わらせるのは惜しい……と思いきや、1月に刊行されるレーベル第2弾で独り立ち(?)して刊行されるとのこと。これは楽しみであります。
『洗い屋おゆき』(越水利江子)
個人的には本書で一番のお気に入りの作品であります。
『忍剣花百姫伝』『恋する新選組』など、元気なヒロインを主人公とした時代ものを得意とする作者らしく、本作の主人公・おゆきもやはりお侠な江戸っ子娘。
洗い屋――家移りをする武士のため、屋敷をまっさらに綺麗に磨き上げるという彼女の(祖父の)稼業も面白いのですが、実は彼女は岡っ引きだった父譲りの縄術の使い手、という設定が堪りません。
ヒロインが縄術の使い手というのは、例えば角田喜久雄の『風雲将棋谷』など古き良き時代ものの定番の一つですが、ここでそれを見せてくれるとは、と大いに嬉しくなってしまうのです。
もちろん、本作の魅力はそれだけではありません。
実は彼が十手を預けられていた同心が何者かに斬殺されたという事件以来、消息を絶ったおゆきの父。この犯人に父も、と考えたおゆきは犯人を捜そうとするのですが……
そこに登場するのがその同心の息子――切れ者だった父に似ない茫洋とした人物のため、トンビに似ない「スズメ」と、あまり名誉ではない渾名を付けられた青年であります。
本作はおゆきとスズメ、噛み合わない二人が、思わぬ形で互いの父の仇の手がかりを掴み、事件の黒幕に迫るのですが、そこに絡んでくる「猫」の使い方も面白い。
二人以外にも、出番は少なめながら個性的なキャラが多く、思わずにっこりとさせられるようなオチも綺麗に決まって、これもこの先の物語を見たい快作なのであります。
残り三編は次回紹介いたします。
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