『荒神絵巻』 人の陰影を浮き彫りにするもう一つの「荒神」
あちらこちらで2014年のベスト作品に宮部みゆきの『荒神』を挙げておきながら、こちらを紹介しないというのは明らかに片手落ちでしょう。『荒神』が朝日新聞に連載された際の挿絵全403点+αに、その挿絵を描いたこうの史代が文章をつけて物語を再構成した絵物語です。
『荒神』については以前このブログでもご紹介いたしましたが、本作は怪獣時代ものともいうべき物語。
南東北の敵対しあう二つの小藩の国境に出現し、村や砦を壊滅させた人食いの怪物に対し、両藩の様々な立場の人々が必死の戦いを挑む――
本作の文章は(当たり前ではありますが)その『荒神』本編を再構成したものですが、そこに不足をほぼ感じさせない内容となっているのにまず驚かされます。
その意味では、本作は極めてよくできたダイジェスト版とも言えますが、しかしその最大の魅力が、挿絵にあることは言うまでもありません。
こうの史代といえば、柔らかな、そして特にキャラクターなどでいかにも漫画的な絵柄が印象に残る作家。その実力は言うまでもありませんが、果たして『荒神』という物語の挿絵として似合うのかどうか……
というこちらの想いは、もちろん良い意味で覆されることになります。
もちろん本作に登場するキャラクターたちも皆――原作で最大の悪役とも言うべき曽谷弾正までも――柔らかで、人の体温を感じさせる造形となっています。
しかしそれが凄惨とも言える原作の印象を、良い意味で和らげていると感じます。
『荒神』という物語で描かれているのは、人知を超えた怪物が荒れ狂う姿であり、そしてその怪物と人間との戦いであります。
それは一歩間違えれば怪物の存在が、戦いの内容ばかりがクローズアップされかねませんが、しかし――原作がそうであるように――本作で描かれているのは、いや本作の中心となっているのは、それだけではありません。
そこにあるのは、あくまでもこの世に生きる人間の姿――生まれも育ちも、思うところも目的も様々な人間たちの姿。そんな彼らが突然の災厄に巻き込まれながらも、人間として恐れ、怒り、悩み、戦う姿が克明に描かれているからこそ、怪物が、戦いの姿もまたリアルなものとして感じられる。
そんな『荒神』という物語の構造は、この挿絵においても見事に再現されている――というより、挿絵がその一部として機能していると、確認させられるのであります。
そしてまた挿絵で印象的なのは、その中に描き込まれた影/陰の存在であります。
ものがあれば、そして光があればそこに陰が生まれる。それは当たり前のことであるかもしれません。
しかし本作の、一つ一つは小さな挿絵の中に描き込まれたそれは、この世界の中に存在する全てのものに存在感を与えるとともに、その存在が持つ二面性をも象徴的に浮かび上がらせているように感じられるのです。
本作に登場するもの、特に登場人物たちは、ほとんど皆、大なり小なりどこかに二面性を――隠された素顔や秘密を持っています。
それが物語の中で浮かび上がり、絡み合っていく中で生まれるダイナミズムが『荒神』という物語の大きな魅力でありますが、それが本作の挿絵に込められていると感じるのです。
そして新聞連載時には白黒であった挿絵が、本作においてはフルカラーで収録されたことで、それをより克明に浮かび上がらせているのだとも。
(さらに言えば、その一方で、黄色一色の表紙に線のみで描かれたヒロイン・朱音の姿もまた、実に象徴的ではあります)
原作が存在する作品ゆえ、先にこちらを読むことはあまりお勧めできませんが、しかし原作の後に触れてみれば、見事に一個の作品として確立し、そして原作の理解をより深めてくれる本作。
原作読者には是非ご覧いただきたい、もう一つの『荒神』であります。
ちなみに一カ所、私の記憶に間違いがなければ、原作でも触れられていないある登場人物の出自が語られているのもまた、嬉しいところであります。
『荒神絵巻』(こうの史代&宮部みゆき 朝日新聞出版) Amazon
関連記事
『荒神』 怪獣の猛威と人間の善意と
| 固定リンク
コメント