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2015.01.22

『蛇変化の淫 素浪人半四郎百鬼夜行』 繋がる蛇と龍の怪異譚の陰にあるもの

 時代ものとしての完成度の高さと、描かれる怪異の独創性で続巻が待ち遠しかった芝村涼也の「素浪人半四郎百鬼夜行」シリーズの第三巻であります。不可思議な運命のなりゆきから、江戸に蠢く怪異と対峙することとなった青年・榊半四郎の戦いは、新たな段階に踏み込んでいくこととなります。

 ある過去の事件から絶望のうちに藩を捨て、江戸をさまよっていた半四郎。彼はある晩出会った不思議な老人・聊異斎と小僧・捨吉に導かれるまま、愛刀・鬼鍛刀を手に、江戸に続発する怪異と対決することとなります。

 そんな中で、北町臨時廻り同心・愛崎哲之進をはじめとした友人・知人ができることとなった半四郎は、彼らとの交流の中で、少しずつ人間的な気持ちを取り戻していくのですが、しかしその一方で江戸を覆う怪異はいよいよ力を増していくことに――

 そして本作の第1話「蛇髪変容」では、その愛崎が手がけることとなった、出会い茶屋でのとある商人殺しの捜査に、半四郎が引っ張り出されることとなります。
 下手人と目される女が、浅草寺境内の見世物小屋で踊り子となっていることを知った愛崎につきそった半四郎は、そこで不思議な魅力を持つ蛇踊りの女と出会うのですが……

 と、内容的にはこの第1話はおとなしめなのですが、そこから続く3話は、どんどんと登場する怪異、そして物語のスケール・展開の起伏がパワーアップしていくこととなります。

 大店の主が何者かに取り憑かれ、腕利きの修験者までもが返り討ちにされるという怪異に挑む第2話「土瓶(トウビョウ)遣い」
 第2話の事件のきっかけとなった大店の跡取り息子の後を追う半四郎が、その背後に存在する、想像を絶するモノと対峙する第3話「龍女狂乱」
 そして一連の事件の陰で暗躍する「敵」の存在と、そのの恐るべき企みが明らかにされる第4話「炎龍飛翔」

 これまでのシリーズは、短編集的色彩が強い、すなわち描かれる個々の事件は独立したものであったのですが、本作においてはそれぞれのエピソードが連続し、蛇と龍にまつわる一つの長編を形作っている点が、最大の特徴でありましょうか。
 また、(これは物語の核心に触れかねないため、紹介が難しいのですが)登場する怪異とその原因が、超自然の怪異でありつつも、強く人間臭さを感じさせるのもまた、特徴と言えます。

 それだけに、これまでの作品で見られた得体の知れない恐怖感は薄めではあるのですが、しかしその一方で印象に残るのは、この世界に在りつつも、片隅に追いやられ、束縛された暮らしを送るほかない者たちの哀しみの姿。
 本作の主な舞台となるのが浅草寺境内の芸人小屋というのが、またその感覚を強めるのですが、言うまでもなく、半四郎もまた、そうした人々に近い側に立つ男。
 半四郎が辛うじて踏み込まずに立つ世界の住人たちとの、彼の危うい交流の姿は、日常と非日常の狭間を描く本作ならではの味わいがあると言えるでしょう。


 しかし……そうした全てを上回るのは、ラストに語られるある「目的」の壮大さ、壮絶さ。
 こうした伝奇的アイディアには馴れているつもりの私も、そのあまりのとんでもなさには愕然とさせられたところであり――そして本シリーズの設定年代、さらに作中の描写から窺われる「敵」の正体(まだはっきりと語られていないため、これは私の想像ではありますが)に至っては、ここでこの人物を持ってくるか、とただただ驚かされる次第。

 シリーズの好評に応えてか、装幀等が変わり、出版社側もより力を入れてきたという印象もある本作ですが、いよいよ物語は核心に近づいていく、ということでありましょうか。
 ……と思いきや、次の巻は時代を遡って、いわばエピソードゼロが描かれる、というのには少々驚きましたが、こうしたことが可能となるのも、人気の証でありましょう。
 この後――いやこの前に、半四郎が人と怪異の境で何を見て、何を感じるのか……興味と期待は尽きないのです。

『蛇変化の淫 素浪人半四郎百鬼夜行』(芝村凉也 講談社文庫) Amazon
蛇変化の淫 素浪人半四郎百鬼夜行(三) (講談社文庫)


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