『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻 表に現れぬ人の、猫の心の美しさを描いて
一頃のペースが嘘のように、最近はかなりのハイペースで刊行されている『猫絵十兵衛 御伽草紙』の最新巻、第12巻であります。今回は『お江戸ねこぱんち』誌に掲載された中編エピソードも収録されているためか、全5話と、少々話数は少ないのですが、その分読み応えは十分であります。
猫絵描きを稼業に暮らす十兵衛と、元猫仙人のニタの凸凹コンビは、相変わらずマイペース。この巻も、彼らが出会った事件、出来事が描かれることとなりますが、今回は以下のとおり、これまで以上にバラエティに富んだエピソードが集まっている印象です。
根子岳を訪れた十兵衛とニタが、柿の実を落とす大入道と出会う『柿の実猫』
ぬっぺらぼう騒動が、商家の使用人の大男と、下総の猫神の娘を結びつける『鈍牛と猫』
蘭学塾に通う少年二人の爽やかな友情を猫たちが取り持つ『猫のオランダ正月』
枯野の地蔵堂に暮らす三匹の野良猫と、十兵衛とニタの交流『枯野猫』
異国から来たラクダ夫婦と猫と、日本の猫の交流から、意外なスペクタクルに展開する『砂漠猫』
図らずもキリスト教圏からアラブ圏まで、意外にもワールドワイドな内容となった感もありますし、『砂漠猫』のクライマックスには、本作では珍しい派手なバトルなどもあって、話数は少ないながらバラエティに富んだ印象のこの第12巻。
しかし個人的に最も印象に残ったのは、『鈍牛と猫』の巻であります。
夜ごと出没するぬっぺらぼう騒ぎで喧しい江戸に下総からやってきた垢抜けない娘・真葛(実は猫神の娘)。そして江戸でダウンしかかっていた彼女を助けたのは、サブレギュラーの商家のお嬢様・おもとの使用人の大男・権三……
と、このエピソードは、鈍牛=権三と猫=真葛の関係性を中心に展開していくのですが、まず驚かされたのが、メインとなるのが権三であること。
この権三、これまでも作中には何度か登場していて、その仏頂面が記憶に残るものの、完全に脇役も脇役。名前も今回初めて出たのでは……と思うほどなのですが、そんな目立たない彼がメインになるというのは、それだけ物語世界が広がったということでもありましょう。
しかしこのエピソードは、まさにその目立たない彼であるからこそ成立する物語なのが素晴らしい。たとえ派手に活躍していなくとも、真面目に生きていれば誰かがきっと見ていてくれる……というのは人情ものの定番パターンではありますが、それもその人物に魅力があってこそ。
この回の権三は決して見てくれがいいわけではありませんが、しかしその中にある光るものが、物語を読んでいるうちに実感としてこちらに伝わってきます。
そして真葛もまた、申し訳ありませんが決して凄い美人というわけではなくとも、その可愛らしさが存分に伝わってくる描写で、これはやはり漫画としての、物語としての本作の力と申せましょう。
バラエティに富んだ物語、派手な展開だけでなく、表には現れないような人の、猫の心の美しさを描き出す――本作が長きに渡り、人々に愛されている理由を、改めて感じた次第です。
『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス)
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