『隠れ谷のカムイ 秘闘秘録新三郎&魁』 攻略戦から防衛戦へ 山中の死闘再び
ちょうどシリーズ最終巻が出たばかりという時期に恐縮ですが、『秘闘秘録 新三郎&魁シリーズ』の第2弾であります。箱根山中での死闘を経てたくましく成長した侍・苗場新三郎と山の民・魁の冒険が、いよいよ本格的に動き出すこととなります。
美男子だが色ボケの大たわけだった新三郎が、父が家老を務める小藩を巡る陰謀に巻き込まれ、魁たち山の民たちとともに、ヤマダチとの死闘を終えて半年。
戦いの中で生まれ変わったように真人間となり、侍の身分を捨てて山の民になることを決意した新三郎は、彼らの長との「半年経ってもその決意が揺るがなければ仲間に加える」という約束に従い、彼らのもとに旅立つ場面で前作は終わりました。
本作はそのすぐ続きから始まるのですが――新三郎にとっても、我々読者にとっても、息つく暇もなく、物語は冒頭から猛スピードで走り始めます。
山の民の新たな拠点である甲斐山中にたどり着いてみれば、そこはもぬけの殻。それどこから、熱い絆で結ばれていたはずの相棒・魁は事故で記憶を失い、新三郎の敵として立ちふさがることに――
と、いきなりクライマックスのような展開ですが、物語はまだまだ序の口、ここから先が本編のようなもの。
実は甲斐山中で繰り広げられていたのは、武田信玄の隠し財産を巡る争奪戦。武田家の遺臣が、武田家の百足衆の流れを汲む金山衆が、そして謎の忍びたちの群れが、財宝を巡り死闘を繰り広げていたのです。
そこに巻き込まれた山の民は、地中深くに眠る一族の隠れ谷に立て籠もったものの、敵の魔手は容赦なく隠れ谷に迫り、新三郎も久闊を叙するまもなく戦いに加わることに――
前作で大きな要素を占めていた成長物語という性格は、新三郎がすっかりまともになってしまったために非常に薄くなってしまった面は否めませんが、しかしそれで本作がパワーダウンしたかといえば、もちろん答えはノー。
前作の最大の魅力であった時代ウェスタンとも言うべき攻防戦の面白さは、前作よりも上回っていると言えます。
前作の攻防戦の相手は、箱根山中の山賊(ヤマダチ)たちであり、そして描かれる戦いは、彼らが籠もる砦の攻略戦でした。
それに対して今回新三郎と魁が戦う相手は、忍びたちであり、そして今回は隠れ谷を舞台とした防衛戦なのであります。
忍びといえばいわば集団戦・ゲリラ戦のプロ。いかに凶暴とはいえ、ならず者の集まりであるヤマダチとは比べものにならぬ強敵であります。
そして防衛戦は攻略戦よりも有利とはいえ、しかし新三郎たちが拠るのは、天然の要害とはいえそこから先に逃げる場はない隠れ谷であり、そして女子供も多く含まれる状況です。
そんな状況で能く隠れ谷を守り、生き延びることができるか――本作はその半分以上を、それだけを描くために費やしているのですが、全くダレることなく展開していくのはさすがと言うべきでしょう。
ただ残念なのは、敵方のキャラクターがあまり掘り下げられず、使い捨てに近い扱いであったことですが……新三郎にも魁にも因縁ある相手が設定されていただけにこの点のみは、大いに勿体ないと言わざるを得ません。
そして物語はこれからが本番、と言うべきでしょう。残された謎、新たに生まれた謎――ようやく山の民となるかに見えた新三郎もまだまだ娑婆とは縁が切れない様子。
次の巻も早々に紹介したいところです。
『隠れ谷のカムイ 秘闘秘録新三郎&魁』(中谷航太郎 新潮文庫) Amazon
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