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2015.02.28

『隠れ谷のカムイ 秘闘秘録新三郎&魁』 攻略戦から防衛戦へ 山中の死闘再び

 ちょうどシリーズ最終巻が出たばかりという時期に恐縮ですが、『秘闘秘録 新三郎&魁シリーズ』の第2弾であります。箱根山中での死闘を経てたくましく成長した侍・苗場新三郎と山の民・魁の冒険が、いよいよ本格的に動き出すこととなります。

 美男子だが色ボケの大たわけだった新三郎が、父が家老を務める小藩を巡る陰謀に巻き込まれ、魁たち山の民たちとともに、ヤマダチとの死闘を終えて半年。
 戦いの中で生まれ変わったように真人間となり、侍の身分を捨てて山の民になることを決意した新三郎は、彼らの長との「半年経ってもその決意が揺るがなければ仲間に加える」という約束に従い、彼らのもとに旅立つ場面で前作は終わりました。

 本作はそのすぐ続きから始まるのですが――新三郎にとっても、我々読者にとっても、息つく暇もなく、物語は冒頭から猛スピードで走り始めます。

 山の民の新たな拠点である甲斐山中にたどり着いてみれば、そこはもぬけの殻。それどこから、熱い絆で結ばれていたはずの相棒・魁は事故で記憶を失い、新三郎の敵として立ちふさがることに――
 と、いきなりクライマックスのような展開ですが、物語はまだまだ序の口、ここから先が本編のようなもの。

 実は甲斐山中で繰り広げられていたのは、武田信玄の隠し財産を巡る争奪戦。武田家の遺臣が、武田家の百足衆の流れを汲む金山衆が、そして謎の忍びたちの群れが、財宝を巡り死闘を繰り広げていたのです。
 そこに巻き込まれた山の民は、地中深くに眠る一族の隠れ谷に立て籠もったものの、敵の魔手は容赦なく隠れ谷に迫り、新三郎も久闊を叙するまもなく戦いに加わることに――


 前作で大きな要素を占めていた成長物語という性格は、新三郎がすっかりまともになってしまったために非常に薄くなってしまった面は否めませんが、しかしそれで本作がパワーダウンしたかといえば、もちろん答えはノー。
 前作の最大の魅力であった時代ウェスタンとも言うべき攻防戦の面白さは、前作よりも上回っていると言えます。

 前作の攻防戦の相手は、箱根山中の山賊(ヤマダチ)たちであり、そして描かれる戦いは、彼らが籠もる砦の攻略戦でした。
 それに対して今回新三郎と魁が戦う相手は、忍びたちであり、そして今回は隠れ谷を舞台とした防衛戦なのであります。

 忍びといえばいわば集団戦・ゲリラ戦のプロ。いかに凶暴とはいえ、ならず者の集まりであるヤマダチとは比べものにならぬ強敵であります。
 そして防衛戦は攻略戦よりも有利とはいえ、しかし新三郎たちが拠るのは、天然の要害とはいえそこから先に逃げる場はない隠れ谷であり、そして女子供も多く含まれる状況です。

 そんな状況で能く隠れ谷を守り、生き延びることができるか――本作はその半分以上を、それだけを描くために費やしているのですが、全くダレることなく展開していくのはさすがと言うべきでしょう。


 ただ残念なのは、敵方のキャラクターがあまり掘り下げられず、使い捨てに近い扱いであったことですが……新三郎にも魁にも因縁ある相手が設定されていただけにこの点のみは、大いに勿体ないと言わざるを得ません。

 そして物語はこれからが本番、と言うべきでしょう。残された謎、新たに生まれた謎――ようやく山の民となるかに見えた新三郎もまだまだ娑婆とは縁が切れない様子。
 次の巻も早々に紹介したいところです。


『隠れ谷のカムイ 秘闘秘録新三郎&魁』(中谷航太郎 新潮文庫) Amazon
隠れ谷のカムイ―秘闘秘録 新三郎&魁 (新潮文庫)


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2015.02.27

『江戸ぱんち』春 丁寧でひねりのある第三の時代漫画誌

 猫の存在をあえて封印(?)した、江戸ものオンリーの漫画で勝負したら、これが面白かった『江戸ぱんち』誌。その秋号に続き、第2号に当たる春号の登場です。今回は全部で13作の短編が収録されていますが――今回もこれがなかなかのクオリティなのであります。

 基本的に江戸の、それも町人たちの世界を舞台とした作品を集めたこの『江戸ぱんち』誌。となると半ば必然的に人情ものが中心で、あまり派手な作品やひねった内容の作品はないのですが――しかし全体として人物や物語の描写が丁寧な、読んでいてニッコリとさせられるようなちょっとしたひねりのある作品が多い印象です。

 それは今回も、印象に残った作品を挙げていきましょう。

『桶と田楽』(桐村海丸)
 今回表紙とカラー口絵も担当した作者が今回描くのは、お得意の日常風景の一コマを切り取ったかのような作品。
 几帳面だけれども強面の桶作りの職人の家に転がり込んだ遊び人の若者が、職人が飯屋の娘に寄せる想いを後押しして……

 という本作の、粗いようで的確に風景を、人物を捉えた筆で描かれる世界は、決して声高に何かを主張したり意外な展開があるわけではないのですが、しかしそこに居る者の体温を感じさせる作者ならではの味わいがあります。

 ある意味、この雑誌を象徴する作品と感じます。


『近世芝居噺 弁天小僧』(糀谷キヤ子)
 前の号でも華やかな歌舞伎の世界を、一ひねりした視点から描いた作者の作品ですが、今回も非常に面白い。

 十三代目市村羽左衛門の弁天小僧が大評判となる中、彼に大胆に(?)接近してくる一人の娘。それが面白くない澤村田之助(前回も登場した三代目)が彼女にちょっかいを出すも……というお話であります。

 オチはもちろん書けませんが、背景となっている作品を振り返ってみれば「やられた!」という洒落た展開で、羽左衛門と田之助のキャラの対比も楽しい。
 シャープで艶のある絵も健在で、個人的には今回のベストでありました。


『御用くずれ』(結城のぞみ)
 目黒を舞台とした本作は、タイトルどおりに岡っ引きくずれの男・繁蔵が主人公。
 かつては腕利きと知られながらも、過去のある事件でやる気をなくし、日々をダラダラと過ごす彼が、同心の旦那からおけいという身寄りのない娘を預けられることになります。
 実は彼女は江戸を売った盗賊の娘、これは彼女に会いに来るであろう盗賊を捕らえるための一計だったのですが――

 と、心に傷を負った元警官(的な身分の男)と犯罪者の娘というシチュエーション自体は舞台の古今東西を問わずよく見るものではあります。しかし本作はそれぞれの背負った孤独感を、声高でなく、しかし丁寧に描き、それがクライマックスでのおけいの繋がっていく様に好感が持てました。


 その他、冒頭とラストシーンの対比でにっこりとさせられる『お玉さんの味噌汁』(糸由はんみ)、クライマックスで示される決してうまくない「絵」が泣かせる『文をしたためましょう』(山野りんりん)、身の丈五尺六寸の女医者と敵討ちのために男装した少女という主役コンビの造形が面白い『元禄元年おんな仇討ち』(栗城祥子)などが特に印象に残りました。

 私の趣味(このブログの方向性)には必ずしも一致しないのですが、しかし時代漫画ファンとして見れば、今回も安定して面白いこの『江戸ぱんち』。
 いわゆる時代劇劇画でもなく、派手な歴史活劇漫画でもなく、第三の道を行く時代漫画誌として、これからも期待したいと思います。

『江戸ぱんち』春(少年画報社COMIC江戸日和) Amazon
江戸ぱんち 春 (シリーズ2巻) (COMIC江戸日和(ペーパーバックスタイル女性向け時代劇漫画))


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 「江戸ぱんち」秋 江戸庶民を描く貴重でユニークな漫画誌

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2015.02.26

『幻妖異聞 しろがねの君』 人ならざるものを通じて人の情を描く奇譚集

 『愛しの焔 ゆめまぼろしのごとく』など、戦国時代を舞台にした時代ロマンスを中心に活躍しているもとむらえりが、平安時代を舞台とした作品3編を集めた作品集であります。『幻妖異聞』の角書にふさわしく、いずれも鬼や妖、幽霊など人ならざる者を題材とした、なかなかにユニーク作品集です。

 表題作の『しろがねの君』は、作者の初作品のリメイク。絶世の美女でありながらも、白金の面をかぶったかのように無表情だという謎の姫君・白金姫にまつわる奇譚であります。

 京のはずれの尼寺に独り暮らす白金姫の素顔を人目見んと忍び込んできた山伏姿の少年・然丸。その然丸が見た姫の素顔とはなんと(これは物語開始早々に判明することなので書いてしまいますが)男!
 実は姫はこの寺にはおらず、彼女に幼い頃から育てられてきた孤児の美青年・銀が、彼女の身代わりとなっていたのであります。

 あまりのことに呆れながらも銀と親交を深めていく然丸。しかし然丸にもある秘密がありました。
 本物の姫はどこにいるのか、そして姫の前に現れるという「鬼」とは――

 と、登場人物がそれぞれに秘密を抱え、それが巨大な因縁として絡み合い、一つの物語を織りなしていく本作。その秘密そのものも面白いのですが(特に然丸の抱えるそれが最初に明かされた場面にはちょっと不意を突かれました)、何よりも本作の大きな魅力は、その中に存在するある種捻れた男女の関係性と感じます。

 これは物語の本質に関わる内容ゆえはっきりと書けないのがもどかしいのですが、本作で描かれる二つの捻れは、ストレートに描くのが難しい部分があります。
 それをこうした一種のファンタジーとして描くのは一つの手法であり、そしてそれを可能とするのは少女漫画というメディアならではのものかもしれない……と感じた次第です。


 その他、『東風吹かば』は、若き日の菅原道真に拾われた少年・明日摩と、紅梅の精・癒扶の三者を描く物語です。

 何ゆえか生まれつき年を取らない明日摩の目を通じた道真伝とも言うべき内容ですが、ある伝説を題材に、結末で一つの秘密が明かされる構成はなかなか面白いものの、作中のタイムスパンが長いために物語が間延びして見える(さらに言えば明日摩があまりに無力に見えすぎる)のが残念なところ。

 本作は前後編なのですが、そこまでの分量が必要であったか……という印象があります。

 また、もう一作の『あかつき綴り』は、創作マニアの女官が、結婚を間近に控えたある日に青年の生霊と出会って……という短編。
 物語作者の喜びと恐れを、変形のボーイミーツガールの中で描くのはそれなりに面白い趣向ですが、生霊の正体があまりにもわかりやすいために結末も予想できてしまったのは、厳しいところでありました。


 ……と、表題作以外はずいぶん厳しい評価となってしまい恐縮ですが、人ならざるものを通じて人の情を描くという方向性は大いに評価できるものの、表題作も含めて、アイディアの面白さと、物語構成の間にアンバランスな部分はあったかな、という印象を受けたのは正直なところではあります。


『幻妖異聞 しろがねの君』(もとむらえり 秋田書店プリンセスコミックス) Amazon
幻妖異聞しろがねの君 (プリンセスコミックス)

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2015.02.25

『信長のシェフ』第12巻 急展開、新たなる男の名は

 浅井長政と朝倉義景を討ち、包囲網を脱した織田信長。いよいよ天下布武に王手がかかった印象もある信長ですが、彼に仕えるケンの運命は相変わらず波乱含み。この最新第12巻では、彼の前にある人物が――それもとんでもない名前を持って現れることとなります。

 本願寺の手に落ちた信長の忍び・楓を救うために本願寺に赴いたケン。その前に現れたのは、彼と同じく未来人(現代人)であり、そして彼とは何やら浅からぬ関係にあった女性・ようこ……

 と、修羅場の予感となった前巻のラストですが、比較的あっさりとその場は収まり、楓も無事解放されることとなります。
 だがしかし、その代償は大きなものでありました。ケンは西洋料理を顕如の許しなく――すなわち、ほぼ無期限に――作ることができなくなってしまったのですから。

 と、いきなり主人公の存在価値にも関わる展開ですが、しかし冷静に考えてみれば、これまでも料理に関しては古今東西無双の知識を持っていたケン。
 この窮地も、ある意味頓知めいた切り返しでシェフは続行するのですが、しかしその後も、これまで以上にバラエティに富んだ(?)事件がケンの周囲には起きます。

 強欲な宋国商人との闘茶、歴史上名高い長政らの髑髏を前にした宴会、細川忠興と明智お玉の初対面……
 硬軟取り混ぜた様々な事件が起きる中、これまで同様にその料理の腕で活躍するケンですが、その前に姿を現したのは意外な人物。
 そう、それは彼やようこと同じ現代からタイムスリップしてきた男。そして彼のこの時代での名前は、果心居士……!


 以前も述べたかもしれませんが、現代人が過去にタイムスリップする物語で、主人公と同時代人が、歴史上の人物の名を名乗って登場するというのは、ある意味定番の展開ではあります。
 それが歴史上の怪人物や悪名高き人物である場合も少なくありませんが、なるほど、ここで果心居士をこう使ってきたか! と感心いたしました。
(そしてこの「果心居士」、ケンとは同僚であれど料理人ではないという設定のひねりも面白い)

 元々の性格もありましょうが、記憶喪失となったことで、比較的ニュートラルな視点でこの時代と接してきたケン。現代とはあまりに異なる時代の暴力性に翻弄されてきたようこ。
 そして第三の現代人たる「果心居士」の行動原理は……

 この巻のラストでは、彼の意味深な行動が描かれますが、これがもしかしてあの人物を動かし、あの事件に繋がっていくのか?
 来たるべき1582年は先のことではありますが、ケンの、そして信長の人生はまだまだ波乱含みであります。


 ……とこの巻を楽しみつつも、ケンの西洋料理封印、半ば伝説である果心居士の登場と、物語の方向性が少々変わったように思いきや、10巻まで原作を担当し、その後もこの巻まで料理監修を担当した西村ミツルが、ここで完全に本作から離れるとのこと。

 さて、これが物語にどのように影響するのか……少なくとも作品の空気が変わってきたことは伝わってきただけに、気になるところではあります。


『信長のシェフ』第12巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 12 (芳文社コミックス)


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 「信長のシェフ」第6巻 一つの別れと一つの出会い
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 「信長のシェフ」第9巻 三方ヶ原に出す料理は
 「信長のシェフ」第10巻 交渉という戦に臨む料理人
 『信長のシェフ』第11巻 ケン、料理で家族を引き裂く!?

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2015.02.24

『深川霊感三人娘』 名手の原点回帰にして新たなる出発点

 美女/美少女三人組が悪を向こうに回して大暴れという「三人娘」ものとも言うべき作品は、洋の東西を問わずエンターテイメントの世界には存在しますが、そこに新しい作品が加わりました。短編ホラーの名手・井上雅彦が、常人離れした力を持つ三人娘の活躍を描く、本作『深川霊感三人娘』であります。

 時は文政年間、江戸深川で噂の三人娘――その料理で通を唸らせる料亭の娘・男満。男も敵わぬ剣の達人である若衆姿のお倫。人もそれ以外も手配するという口入れ屋の孫娘・お涼。
 彼女たちにはそれぞれ、普通の人間にはない特殊な能力がありました。

 お満は、己の体から魂を自在に飛ばすことができる幽体離脱。お倫は、これから起きる光景を事前に知ることができる未来視。そしてお涼は、様々な妖怪たちと友達であり、彼らを自在に操る妖遣い――
 いずれも余人に知られれば引かれそうな能力ながら、彼女たちにとっては、お互いが頼もしい力を持つ親友であり仲間。かくて彼女たちは、その力を活かして、深川を騒がす悪人たちを退治していく……という趣向であります。

 いわばアバンタイトルである冒頭で、深川芸者を暴行した不良旗本たちを一網打尽にしたのを皮切りに、卑劣な手段で商人を苦しめる悪侍を、太火から生き延びた幼い兄妹を狙う凶刃を、逆恨みから三人娘を狙う殺し屋を、そして若年寄暗殺を企む魔の手を、彼女たちは次々と叩き潰していくのであります。


 と、そんな本作で注目すべきは、作者が、冒頭に述べたとおり井上雅彦であることであります。
 井上雅彦といえば、端正な本格ホラーの書き手であると同時に、伝説のホラーアンソロジー『異形コレクション』の編者。そんな人物が、妖怪時代小説を!?

 などと驚いたりは、私はいたしません。なんとなれば作者のデビュー作は、若き日のエイブラハム・ヴァン・ヘルシングが来日し、シーボルトと共に奇怪な吸血魔とともに対決する『ヤング・ヴァン・ヘルシング』シリーズだったのですから。
(ちなみにこのシリーズと本作は、ほぼ同時期の物語。ということは……)

 もちろん本格時代伝奇ホラーと、文庫書き下ろし時代小説という違いはありますが、いわば本作は、作者にとっては一種の原点回帰なのであります。

 そんな本作がただの作品であるはずもなく、三人娘それぞれの能力――これ自体は決して過去の作品に絶無のアイディアというわけではないにもかかわらず――の見せ方、そしてそれを活かした物語展開は、巧みの一言。
 何よりも、各エピソードの終盤に用意され、物語に一ひねり加えてみせる仕掛けが楽しい。特に、お満の前に現れたろくろ首の正体に「なるほど!」と唸らされる第二話、お涼の夢の中に少年時代の姿が現れた人物の正体に感心そしてニッコリの第四話と、このあたりの冴えは、作者ならではのものでありましょう。

 そして、そんな物語の根底に流れるのは、人と人との善き絆――親子の、兄妹の、夫婦の、いや血の繋がりはなくともお互いを信じ支え合う心と心というのも嬉しい。
 「深川」ときたら「人情」というのは、これは時代小説では合い言葉のようなもの(?)ですが、しかし異能力者や妖怪たちが入り乱れる物語であっても、いやそんな物語だからこそ、その絆はより印象的なのであり――特に主人公サイドの登場人物たちが、皆嫌味なく好人物揃いなのが何とも気持ち良いのです。


 その一方で、時代小説としてのスタイルを守ろうという意識が強すぎたのか、各エピソードの(特に終盤の)展開が毎回似たように感じられる似てしまっているのは気になります。
 また何よりも、毎回悪人が(時にそれ以外の人間も)自分の企みを長々と台詞で説明してしまうのは、個人的には大きくひっかかるところではありますが……そこは今後の解消に期待するといたしましょう。


 名手の原点回帰にして新たなる出発点である本作には、それだけの魅力があることは間違いないのですから……

『深川霊感三人娘』(井上雅彦 廣済堂モノノケ文庫) Amazon
深川霊感三人娘 (廣済堂文庫)

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2015.02.23

『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻 表に現れぬ人の、猫の心の美しさを描いて

 一頃のペースが嘘のように、最近はかなりのハイペースで刊行されている『猫絵十兵衛 御伽草紙』の最新巻、第12巻であります。今回は『お江戸ねこぱんち』誌に掲載された中編エピソードも収録されているためか、全5話と、少々話数は少ないのですが、その分読み応えは十分であります。

 猫絵描きを稼業に暮らす十兵衛と、元猫仙人のニタの凸凹コンビは、相変わらずマイペース。この巻も、彼らが出会った事件、出来事が描かれることとなりますが、今回は以下のとおり、これまで以上にバラエティに富んだエピソードが集まっている印象です。

 根子岳を訪れた十兵衛とニタが、柿の実を落とす大入道と出会う『柿の実猫』
 ぬっぺらぼう騒動が、商家の使用人の大男と、下総の猫神の娘を結びつける『鈍牛と猫』
 蘭学塾に通う少年二人の爽やかな友情を猫たちが取り持つ『猫のオランダ正月』
 枯野の地蔵堂に暮らす三匹の野良猫と、十兵衛とニタの交流『枯野猫』
 異国から来たラクダ夫婦と猫と、日本の猫の交流から、意外なスペクタクルに展開する『砂漠猫』

 図らずもキリスト教圏からアラブ圏まで、意外にもワールドワイドな内容となった感もありますし、『砂漠猫』のクライマックスには、本作では珍しい派手なバトルなどもあって、話数は少ないながらバラエティに富んだ印象のこの第12巻。
 しかし個人的に最も印象に残ったのは、『鈍牛と猫』の巻であります。

 夜ごと出没するぬっぺらぼう騒ぎで喧しい江戸に下総からやってきた垢抜けない娘・真葛(実は猫神の娘)。そして江戸でダウンしかかっていた彼女を助けたのは、サブレギュラーの商家のお嬢様・おもとの使用人の大男・権三……
 と、このエピソードは、鈍牛=権三と猫=真葛の関係性を中心に展開していくのですが、まず驚かされたのが、メインとなるのが権三であること。

 この権三、これまでも作中には何度か登場していて、その仏頂面が記憶に残るものの、完全に脇役も脇役。名前も今回初めて出たのでは……と思うほどなのですが、そんな目立たない彼がメインになるというのは、それだけ物語世界が広がったということでもありましょう。
 しかしこのエピソードは、まさにその目立たない彼であるからこそ成立する物語なのが素晴らしい。たとえ派手に活躍していなくとも、真面目に生きていれば誰かがきっと見ていてくれる……というのは人情ものの定番パターンではありますが、それもその人物に魅力があってこそ。

 この回の権三は決して見てくれがいいわけではありませんが、しかしその中にある光るものが、物語を読んでいるうちに実感としてこちらに伝わってきます。
 そして真葛もまた、申し訳ありませんが決して凄い美人というわけではなくとも、その可愛らしさが存分に伝わってくる描写で、これはやはり漫画としての、物語としての本作の力と申せましょう。


 バラエティに富んだ物語、派手な展開だけでなく、表には現れないような人の、猫の心の美しさを描き出す――本作が長きに渡り、人々に愛されている理由を、改めて感じた次第です。

『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス)


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 Manga2.5版「猫絵十兵衛御伽草紙」 動きを以て語りの味を知る

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2015.02.22

『うわん 流れ医師と黒魔の影』 彼女の善き心と医者であることの意味

 墓の下から逃げ出した妖を捕らえ、妖怪うわんから弟・太一を取り戻すため奔走する真葛。そんな中、助力を求めてきた小石川養生所に向かう途中、彼女が出会ったのは流れ医師の春之だった。養生所をはじめとする各地で起こる妖事に巻き込まれる二人だが、春之の身には黒い影がまとわりついていた……

 小松エメルの『うわん 七つまでは神のうち』の続編であります。作者の代表作である『一鬼夜行』に比べ、かなりダークな側面の強い第一作には少々驚かされましたが、本作においてはその路線を受け継ぎつつも、前作と少々異なる味わいを生み出しています。

 未だ起き上がるのがやっとの父を助け、「医者小町」として今日も忙しく働く真葛。しかし彼女の背負ったもう一つの使命――弟・太一が解き放ってしまった九百九十九の妖封じは、妖の数こそ大きく減らしたものの、今もなお、彼女に重くのしかかっています。
 そして妖たちを束ね、太一に取り憑いたうわんも、相変わらず不気味な姿と邪悪な言動で、彼女を悩ませることも変わりません。

 そんな状況の中、彼女の家に届いた、最近設立されたばかりの小石川養生所からの助けを求める書状。不穏な気配を感じ、太一(とうわん)とともに養生所に向かった彼女の前に現れたのは、諸国を流れて診察を行う若き流れ医師・春之でした。

 彼にどこか反発を感じながらも、共に養生所を訪れた彼女が見たのは、そこにいるはずの医師が一人も姿を見せず、そして妖めいた奇怪な症状を見せる患者たちの群れ。
 何とか春之と協力してその場は切り抜けたものの、何故か次々と妖事に巻き込まれる真葛と春之。そして春之自身にも、奇怪な黒い影がまとわりついていて……

 と、サブタイトルどおり流れ医師である春之と、彼にまとわりつく黒い魔の影が中心となる本作。そこで、なるほど少々異なる味わいというのは、真葛のお相手役が登場するからなのね、と考えてしまうのは、半分は当たりで半分は正確でないように感じます。

 確かに春之はなかなかの好男子。ビジュアルはもちろんのこと、確かな腕と見識を持ち、苦しむ人には優しい、医師としては申し分のない人物であります。真葛に対しては上から目線だったり、時折翳りを見せるのも、むしろよいスパイスでありましょう。
 が、それくらいで真葛がぼうっとなってしまうはずもありません。何よりも彼女は重すぎる使命を背負っているのですから――

 そんな彼女にとって春之が救いになるとすれば、それは彼が魅力的な異性だから、というわけではなく、彼女と同じものを――医者としてはもちろん、もう一つの面でも――見ているためでありましょう。

 女性だから、などというのではなく、一個の人間としてあまりに重いものを背負わされた彼女にとって、自分を見つめるのではなく、自分の見ているものを理解し、ともに同じものを見てくれる存在が、どれだけ救いとなるか……
 そして本作の最大の魅力であり、意義は、春之の存在を、彼とともに奔走することを通じて、真葛が医者であることの意味を浮かび上がらせることであると、私は感じます。

 医者として苦しむ人を癒やし、助ける。それはまことに尊く素晴らしいことでありますが、しかしもちろん、医者の世界は素晴らしいことだけではありません。
 自分の力の限界で、救えない命もある。あるいは、どの命を救うのか、選択を迫られることもあります。よかれとしてしたことが、裏目に出ることすらあるでしょう。

 そんな中で懸命に医師であろうとする彼女の言動を、うわんは綺麗事と嘲笑します。
 それは確かにそのとおりかもしれません。彼女の利他的な言動はあくまでも理想であり、全てそのとおりにできるわけでもなく、また彼女のその行動とて、結局は自分のため、利己的なものと言えるかもしれないのですから。

 しかし――それでも、たとえ綺麗事であっても、人を助けたい、自分にできることをしたいと努力する彼女の想いもまた、真実のものであることは間違いありません。
 人の生き死にという極限の世界に直面してもなお、自分を、他人を信じ、諦めない。そんな医者としての彼女の姿は、辛い運命にもくじけぬ彼女の人間としての強さと、善き心に重なってくるのであります。

 人を、この世を醜いものと断じ、そしてそれを真実、本音として語るうわん。その言葉を理解しつつも、それだけではない、この世には善きことが、美しきことがあると信じ――それがもしかすれば偽善であったとしても、いつか本物としてみせると奮闘する真葛。
 本作で描かれているのは、その両者の対決であり――そしてそこには、一方的にうわんの無理難題に苦しめられてきた彼女の姿は、もうないと……そう感じるのです。


『うわん 流れ医師と黒魔の影』(小松エメル 光文社文庫) Amazon
うわん: 流れ医師と黒魔の影 (光文社時代小説文庫)


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 「うわん 七つまでは神のうち」 マイナスからゼロへの妖怪譚

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2015.02.21

3月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 愕然とするようなスピードで1月が過ぎ、そしてそれ以上のスピードで2月も過ぎ去ろうとしています。今年度も残すところあと僅かということで気持ちも急きますが、本を読む余裕は持っていたいところ。2月に比べるとグッと豊作の、3月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 2月はかなり残念なラインナップだった文庫時代小説ですが、3月はかなりのもの。

 まず、個人的には最も楽しみなレーベルの一つとなりつつある白泉社招き猫文庫ですが、3月は小沢章友『あやか師夢介 元禄夜話』、時海結以『着物憑きお紺覚書』と気になる作者の気になる作品が並びます(特に後者は、アンソロジー『てのひら猫語り』に短編が収録された作品が一本立ちということで楽しみです)。
 また「おっ」と思わされるのは、五十嵐佳子『半七捕物帳 リミックス!』。あの『半七捕物帳』のリライトということで、果たしてどうなるのか全く予想が出来ないものの、実に面白い企画かと思います。イラストが波津彬子というのも注目です。
 また、鷹井伶『犬同心 奔る! お蘭と研吾』は伝奇ものではなさそうですが、やはり気になるところです。

 そして3月は実力派の新作が並びます。
 待ちに待った第2弾登場の武内涼『妖草師 人斬り草』、ちょっと驚きのエピソードゼロの芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 0 狐嫁の列』、2月に続きシリーズ新刊登場で実に嬉しい小松エメル『蘭学塾幻幽堂青春記』第4巻、そして個人的には作者のオンゴーイングの作品の中で一番気になっている上田秀人『妾屋昼兵衛女帳面』第8巻……
 これで生きていける! と言いたくなるラインナップであります。

 その他、文庫化では夢枕獏『宿神』の刊行がスタート。また、輪渡颯介の人気シリーズ『蔵盗み 古道具屋皆塵堂』もオススメです。

 一方、漫画の方も小説以上に元気であります。

 新登場としては、夢枕獏の原作による雨依新空『ヴィラネス 真伝寛永御前試合』がありますが、原作が連載中の上、キャラクターが皆女体化という恐ろしいアレンジがほどこされており、どうなるのか全く想像もつきません。
 夢枕獏原作作品としては、横山仁『大帝の剣』第4巻も登場ですが、こちらは完結ということで少々残念。

 また、前の巻で度肝を抜く展開を見せた武村勇治『天威無法 武蔵坊弁慶』第4巻が登場、同じ義経と弁慶ものですがベクトルは180度異なる碧也ぴんく『義経鬼 陰陽師法眼の娘』は待望の第2巻刊行です。
 同じく碧也ぴんくが石田三成を描く『星紋の蛍』も第2巻が刊行されますが、こちらは版元の都合で完結ということで残念……

 その他も期待の作品が続きます。
 2月に続き刊行のせがわまさき『鬼斬り十蔵』新装版第2巻、新解釈のおくのほそ道である吉川うたた『鳥啼き魚の目は泪 おくのほそみち秘録』第3巻、琥狗ハヤテのほのぼの4コマ、時に泣かせるストーリーの『ねこまた。』第2巻、新選組が繰り広げる復活異能バトル近藤るるる『ガーゴイル』第3巻、謎めいた「八雲」によるゴーストハンティング森野きこり『明治瓦斯燈妖夢抄 あかねや八雲』第2巻、さらに全く先が読めない玉井雪雄の異形の鎌倉もの『ケダマメ』第2巻――
 楽しみな作品揃いであります。


 最後にご紹介するのは、大西実生子が仁木英之の代表作を漫画化する『僕僕先生』第1巻。原作の内容はもちろん、作画の方も実力派だけに、期待の新シリーズです。



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2015.02.20

『月香の森』 去りゆく狼と、変わりゆく自然に向けられた二つの想い

 『奥羽草紙』、『はなたちばな亭』、『もぐら屋化物語』と、ユニークな時代ファンタジーシリーズを発表してきた澤見彰の作品の特徴は、その大半に動物が登場することではないでしょうか。本作もその一つ、既に滅んだはずの狼を題材として、変化していく人と自然の繋がりを描く物語であります。

 舞台となるのは大正時代。大商人の娘であり、動物と絵を愛する活発な少女・佐与子が本作の主人公となります。
 自分を商売拡張の道具のように見ている長兄と、それに対して何も言えない両親の間で息苦しさを感じる彼女の支えとなるのは、家を出て研究者として暮らす次兄・佐吉の存在。自分同様、動物と絵を愛する彼のように生きたいと願いながらも果たせない彼女の暮らしは、ある事件で大きく動き出すこととなります。

 伝説の千疋狼の如く、群を成して狼の群れ。東京でも大きく報じられたその事件が起きたのが、佐吉が調査旅行に向かった三峯であると知った佐与子は、消息を絶っていた佐吉を捜すべく、彼の親友で『動物画報』の編集長・葉山らとともに、家を飛び出して三峯に向かうこととなります。

 そこで不慮の事故で崖から落ちた彼女たちが目を覚ましてみれば、そこは隠れ里のように人々が暮らす檜枝村。そこでは滅んだはずの狼たちが、人間とともに暮らしていたのであります。
 そしてこの村を佐吉が幾度も訪れていたことを知る佐与子。しかし佐吉は貴重な狼の仔を奪って村から姿を消したというではありませんか。

 果たして佐吉の真意は、そして千疋狼の正体は。佐与子を導くように現れ、兄の匂いを感じさせる狼は何を語るのか――


 ……々は、「狼」という獣に対して、二つの相反するイメージを持っているのではないでしょうか。
 本作にもその語が現れる千疋狼(鍛冶が媼、弥三郎婆)に代表されるような、人を襲う恐るべき魔獣としての狼。あるいはシートンの『狼王ロボ』のように、孤独に、そして誇り高く生きる、野性の王者としての狼と――

 おそらくは現実からかけ離れた二つのイメージが今なお生き続けているのは、野性の狼が、この国にはもはや存在しないという「現実」に依るものでありましょう。
 しかし本作はまさにその「現実」を踏まえつつ、この二つを巧みに織り交ぜて、本作ならではの狼像を生み出すことに成功していると感じます。

 そしてその狼の姿を通じて描き出されるのは、近世から近代へと大きく時代が移り変わっていく中で変化していく、人間と自然の関わりの姿であります。

 隣人として暮らしつつも、しかし畏怖すべき存在、自分たちの世界とはもう一つ別の世界として、自然を扱ってきた人間。
 しかし時代が変わり、自然は人間にとって畏怖を抱く対象ではなく、収奪すべき存在、あるいは飼い慣らし利用する存在へと変化していった――

 その先に在るのが佐与子たち(そしてもちろんそのさらに先に我々がいるのですが)であるとすれば、その彼女たちと過去の人々との間に存在するのが、狼と共存する檜枝村の人々であることは言うまでもありますまい。
 そしてまた、その村人たちと狼の暮らしが、望むと望まざるとに関わらず、時代の移り変わりによって、そして外部との接触によって変化していくこともまた、はっきりと象徴的であります。


 本作は決して派手な展開があるわけでも、激しく感動的な物語というわけではありません。佐与子と葉山をはじめとする登場人物たちとその人間関係も、厳しく言えば類型的とも言えるでしょう。その意味では物足りなさを感じる部分はあります。

 しかし物語の中で佐与子たちの抱いた、そして物語そのものに漂う二つの想いは、強く印象に残ります。
 一つは、変わりゆく時代、変わりゆく人間と自然の関係に――そしてそれに対して自分たちがあまりに無力であることに――対する深い哀しみ。
 そしてもう一つは、その中にあっても小さな光を見出そうとする――せめて自分たちに出来る形で、かつて在ったものたちの姿を留めようとする希望。

 二つの想いは、決して声高に語られるものではありませんが、それが静かなものであるからこそ一層、こちらの胸に響くように感じられるのです。


『月香の森』(澤見彰 PHP研究所) Amazon
月香の森

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2015.02.19

『陰陽師 瀧夜叉姫』第6巻 対決 怪僧・浄蔵と魔人・将門公

 長い長い過去の物語により、その一端が明らかとなった平将門の乱の真実。そして舞台は「現在」に移り、いよいよ物語は本筋に――と思いきや、その前にもう一段階、将門公にまつわる大きな謎の一つが明らかになることとなります。

 かつての英雄から変貌し、人ならざる魔人と化した将門を、数々の力を結集して辛くも討った俵藤太。斃れてもなおも暴走する将門を止めるため、彼は龍神から得た黄金丸――それに斬られた傷は二十年間塞がらないという名刀で、その五体を断つことを決断します。
 しかし、関八州に封じられた将門公の五体は何者かに盗まれ、そして都で晒された首も何者かに持ち去られ……

 そしてこの巻で語られることとなるのは、その首の行方。
 そう、それは意外にも、強い法力を持つ高僧であり、将門打倒のために藤太に矢を与えた浄蔵が自ら盗んだものであったのであります。

 この浄蔵、本作で語られているように将門の乱の際に、都でこれを調伏に当たっただけでなく、藤原時平が菅原道真公の怨霊に悩まされた際に祈祷して奇瑞を起こしたり、八坂寺の塔が傾いたのを呪いで直したりと、「その手」の逸話も多い人物。
 ちなみに父の三善清行、兄弟の日蔵とも、本作の原作者の『おにのさうし』に収録された作品に顔を出している人物であります。

 その意味では晴明の先輩(?)である浄蔵ですが、本作で描かれるその姿は、いかにも善知識らしい穏やかな表情と、法力で戦う僧としての厳しく激しい表情と、(ビジュアル的にも)相反する二つの顔を持つ、一種の怪僧として描かれているのが何ともユニークであります。

 その浄蔵と、体から切り離されてもなお命を持ち続ける将門公の首との対決の様が、この巻のクライマックス。浄蔵の法力が勝つか、将門公の執念が勝つか、傍から見れば異様な、そして行き詰まる対決の果てに何が起こったのか――
 それはやがて巡り巡って、この物語の冒頭から語られてきた怪事件の数々と結びついていく、という構造も面白いところであります。


 が、今回、物語としては面白いのですが、漫画としてみた場合には少々味気ない、というか物足りないというのが正直な印象があります。
 それは簡単な理由で、上に述べた浄蔵の過去の物語(それもこれまでの巻に比べればかなり少ない分量なのですが)を除けば、ほとんどが会話シーンで構成されていることによります。

 これは原作からしてこのような構成であったかと思いますので、ある意味仕方がないところではありますが、しかし特に冒頭に収められた晴明と博雅のやりとりなど、二人の関係性を示すシーンであるだけに、もう少し何かこの漫画ならではの見せ方が欲しかった……というのは少々贅沢な希望かもしれませんが、正直な気持ちでもあります。

『陰陽師 瀧夜叉姫』第6巻(睦月ムンク&夢枕獏 徳間書店リュウコミックス) Amazon
陰陽師―瀧夜叉姫― 6 (リュウコミックス)


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 「陰陽師 瀧夜叉姫」第4巻 様々な将門の真実に
 『陰陽師 瀧夜叉姫』第5巻 奇怪にして美しい将門の乱

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2015.02.18

『ヨアケモノ』 激突、獣の力の新撰組隊士vs長州志士

 幼い頃から親友の銀とたった二人で生きてきた暁月刃郎。新撰組に加わるため京に向かった二人だが、脱走隊士・松永に斬られ、銀は落命、刃郎も瀕死の重傷を負う。土方歳三に与えられた謎の刃の力で復活し、山犬の力に目覚めた刃郎は、新撰組に入隊。沖田ら隊士とともに長州方の獣たちと激突する!

 既に連載が終了した今頃になって取り上げるのは非常に申し訳ないのですが、「週刊少年ジャンプ」に連載された新撰組もの漫画であります。

 本作のジャンルを一言で説明すれば、「異能バトルもの」ということになりましょう。
 黒船に乗っていた何者かがこの国にもたらしたという漆黒の刀・獣刃。その刃を自らに突き立て、刀に受け入れられたことで、人間を超えた獣の特性を手に入れた剣士たちが、新撰組(佐幕側)と長州(尊皇側)に分かれ激突する――

 そんな本作の主人公となるのが、幼い頃から犬と疎まれ、親友・銀とただ二人、半ば山賊めいた稼業で暮らしを立てていた少年・刃郎。
 かつて盗賊の濡れ衣を着せられ、顔に「山犬」と刺青を入れられた(少年誌とは思えぬハードな設定)彼らは、そんな自分たちでも侍になれるかもしれないと、新撰組の隊士募集に応募しようといたします。
 そこで長州の間者であることがばれて脱走してきた松永主膳(主計)を斬って自分たちの力を見せようとした二人は、獣刃の力を宿していた松永に返り討ちに遭い、そこに現れた土方から獣刃を受け取った刃郎のみが生き残り、「山犬(狼)」の力を持つ剣士として、新撰組に参加することになるのであります。

 本作ではその刃郎が、同年代の市村鉄之助と切磋琢磨していく姿が描かれるのですが、その最大の魅力が、獣刃の能力描写にあることは間違いありません。

 キャラクター一人一人にそれぞれ異なる能力、というのは能力バトルの定番でありますが、先に述べたとおり、本作はその個々の能力が、原則として野性の獣から取られているのが面白い。

 例えば山犬の力を持つ刃郎は尋常ではない体力によって可能となる連撃を放ち、雪豹の力を持つ鉄之助は体温操作によって気配を消し、猫の力を持つ沖田総司はその動体視力を生かしての三段突きを得意とし――
 必ずしも能力のベースとなった動物そのものの能力ではありませんが、動物からのイメージを昇華しての(そして沖田の猫のように、隊士のイメージ・逸話を絡めた)能力設定がなかなかに巧みで、新撰組ものとバトルものという二つの特性をうまく組み合わせてみせた、という印象があります。

 特にバトルものとしてみた場合、刃郎・鉄之助のコンビと、蛇の力による嗅覚と赤外線感知の力でほぼ完璧な防御能力を持つ岡田以蔵との対決など、刃郎と鉄之助それぞれの能力を生かした(そして彼ららしい実に無鉄砲な)能力対策が実に面白く、「燃える」展開でありました。


 しかしまことに残念なことに、物語はクライマックスとなる池田屋事件(とその後のバトル)を慌ただしく終えて完結。
 敵方の黒幕など、なかなか悪役として描かれることが少ない人物(そして持つ獣はその名前通りの……)であったり、実に面白かったのですが――

 長州側がほとんど軒並み単純な悪人として描かれていたのは、確かにやりすぎの印象もありますし、漫画チックにデフォルメされた(しかし今のジャンプらしいとも思いますが)絵柄と物語が今ひとつマッチしなかった、というのもあるかもしれません。あるいは、物語に火がつくのが若干遅かったことも……

 などと、完結してから読んだ人間が言うことではありませんが、しかし本作からは、題材に誠実に、この作品ならではのものを描こうという気概が感じられました(執筆時には古武術家にも取材して、その内容を作品にも反映していたとのこと)。
 聞くところによれば、作者のデビュー作は、明治時代を舞台に平賀源内の子孫が活躍するバトルものであったとのこと。時代ものは不遇なことが多いジャンプではありますが、この先もどうか時代もので活躍していただきたい……というのはこちらのわがままではありますが、この先の活躍を期待したいところであります。


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2015.02.17

『遠乃物語』 閉ざされた異界と語られざる物語の逆襲

 台湾から故郷の遠野に戻った伊能嘉矩は、佐々木喜善という風変わりな青年と出会う。そこでマラリアの発作で倒れた嘉矩が目覚めた時、彼と喜善がいたのは、遠野と似て非なる「遠乃」の地だった。そこで昔話が現実のものとなったかのような奇怪な事件に次々と遭遇する二人の運命は……

 骨太のSFエンターテイメント、それも海洋ものを得意とする作者が、それとは対極にあるかのような内陸の異界を舞台とした伝奇ホラー、それも極めて質が高いものを描いてみせたのが本作であります。

 本作のタイトルの『遠乃物語』は、言うまでもなく、柳田國男の『遠野物語』に依るもの。そして物語の中心人物の一人は、その成立に大きく寄与した「日本のグリム」佐々木喜善……という時点で大いにそそられるではありませんか。
 そして喜善と共に活躍する主人公が伊能嘉矩というのがまた面白い。日本における人類学の先駆者として台湾に渡り、現地の人々の研究で多大な業績を挙げた彼も喜善同様、遠野の出身であり、後に柳田との交流を通じて、やはり『遠野物語』成立に影響を与えているのですから……

 そんな二人が数々の謎に挑むこととなる本作は、一種の有名人探偵ものと言えるかもしれません。
 実在の有名人が事件に遭遇し、そしてその経験が、後に彼らの代表作(この場合は『遠野物語』ですが)成立に繋がることとなる、というのは有名人探偵ものの一つのパターン。本作において二人が巻き込まれる事件も、「サムトの婆」「デンデラ野」「郭公と時鳥」「河童淵」「オシラサマ」と、『遠野物語』によって広く知られることとなった題材・物語の、一種起源とも呼べる内容なのですから。

 しかし本作は、有名人探偵ものに留まるのみではありません。それこそは、本作の舞台となるのが「遠乃」――遠野とほとんど同一のようでいて、しかし大きく異なる世界であり、そしてそれが本作最大の特徴にして魅力であることは間違いありますまい。

 遠野で初めて出会った直後、いかなる力の作用によるものか、遠乃に迷い込んでしまった二人。そこには遠野同様、二人の家族が存在しており、変わらぬ生活を送っているものの、しかし次第に明らかになっていく違和感が二人を悩ませることとなります。

 その最たるものが、昔語りも言い伝えも存在しないこと。喜善が幼い頃から親しみ、そして彼の生まれる遙か以前から語り継がれてきた古き物語の数々――後に『遠野物語』として結実するそれらが、遠乃には存在しない、少なくとも人々の記憶に残っていないのであります。
 そして彼らの前で次々と起きるのは、そんな昔語りの暗部が現実化したかのような、奇怪で陰鬱な事件。それはあたかも、遠乃に迷い込んだ際、いつの間にか喜善が手にしていた木札の「黙すれば現となる」の言葉が、まさしく現実のものとなったかのように……


 現実化する昔語りは何を意味するのか。彼らの前に姿を見せる怪行者は何者なのか。謎めいた言動を見せる嘉矩の妻・知世の真意は。遠乃から脱出する術は、そして何よりも、遠乃とは何なのか?

 本作の終盤で、全て一箇所に収斂していくそれらの謎を、ある民俗的タームで総括してみせるという、一種伝奇的アクロバットも実に魅力的であります(そしてそこにSF的アイディアの香りが漂うのも作者らしいと言うべきでしょうか)。
 しかし、個人的に最も印象に残ったのは、本作を通じて描かれる「現実」と「物語」の関係であります。

 本作のキーワードとも言うべき「黙すれば現となる」という言葉。それは物語による現実の侵攻の予告であると同時に、現実の中で物語が――かつて在った、在ったと信じられていた「過去」と言い換えてもよいでしょう――が、忘れ去られていくことへの警告でもあります。

 目の前の現実に身を委ね、その中で日々を過ごしていくことは容易く、時に望ましく感じられるものでありましょう。
 しかしその陰で、「過去」が忘れ去られた時、それが思わぬ形で牙を剥き、我々の生活を脅かすことがあることを、我々は――まさに東北での出来事を通じて知っています。

 『遠野物語』の有名な序文の「願はくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ」――本作を読み終えた時、この言葉がまた別の痛切な意味を持って感じられる……本作はそんな物語なのであります。


『遠乃物語』(藤崎慎吾 光文社) Amazon
遠乃物語

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2015.02.16

『戦国妖狐』第14巻 決戦第二章、それぞれの強さの激突

 連載先が雑誌からwebメディアに変更となりましたが、変わらぬテンションで続く戦国ファンタジー『戦国妖狐』も、早いもので第14巻。前の巻から突入した無の民との決戦は、第二章、第三章に突入、数々の因縁に一つ一つ決着がつけられていくこととなります。

 数多くの闇(かたわら)を洗脳して手駒と使い、千夜を狙う無の民。闇を傷つけることを躊躇い、苦戦する千夜がたどり着いた境地、それは千の腕で周囲を救う、あたかも千手観音の如き姿だった――
 という、設定的にも物語的にも見事な、最高に盛り上がる展開があった後に、どれだけテンションを落とさず物語を描くことができるのか……という心配は、完全にこちらの杞憂でありました。

 この巻で描かれるのは、真介対灼岩、ムド対万象王、道錬対神雲――いずれも劣らぬ好カードであります。
 その中でも、かつて慕いあいながらも引き裂かれ、ようやく再会したと思えば敵味方とされていた真介と灼岩、そして幼なじみであり断怪衆の同門にしてそれぞれに強さを求めてきた終生のライバルである道錬と神雲――この二組の因縁は、第一部からこの物語を読んできた者にとってはやはり感慨深いものがあります。

 さらに黒月斎の左道を引き継いだ月湖の参戦に、超人バトルの前に出番なしかと思われた断怪衆の意外な活躍と、大河少年漫画のクライマックスに相応しい盛り上がりの連続、いやはや、物語が始まった時には、ここまでになるとは、正直予想していなかっただけに、嬉しい驚きです。


 そしてその中でも特に強い印象を残すのは、やはり神雲と道錬の、文字通り竜虎対決でありましょう。
 先に述べたとおり、その人生の大部分を共に過ごし、かたや龍、かたら虎の力を宿して人を超える力を身につけた二人。
 闇を討つというその目的にとって、もはや過剰とも言えるまでの強さを手にした二人でありますが……彼らがその強さを求めてきた理由、それがここで描かれることとなります。

 一口に強さと言っても、その意味するところが――目的が、目指すところが異なるのは言うまでもありません。
 ここで描かれるのはまさにその違い。道錬が自分にはないと認め、そして後に神雲自身が捨て去ることとなった強さ。道錬が長き修行の末に見出した彼自身の強さ……彼らの置かれた立場を思えば、そのどちらが正しいと断じることは出来ませんが、しかしどちらが望ましいかは、判断できましょう。

 人でありつつも、強さのためにその身に異形を宿し、半ば人を捨てた二人は、人と闇、神――人とそれ以外の関係性を描き、そしてそれを通じて人そのものの姿を描いてきた本作において、象徴的なものと言えます。
 それを思えば、あまりに激しすぎる激突の末、立っていた者がどちらであったか……その結末は、納得できるものであります。


 この巻においていくつかの因縁に決着がついたものの、まだ残された敵、残された戦いは多く、結末は見えない本作。
 しかしその先にあるものが、人に、いやそれ以外の存在にとっても「光」あるものであることを祈りたいところです。

 ……が、どうにも心配なところもあって――いやはや、最後の最後まで振り回されそうであります)。


『戦国妖狐』第14巻(水上悟志 マッグガーデンブレイドコミックス) Amazon
戦国妖狐 14 (BLADE COMICS)


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2015.02.15

『明治異種格闘伝 雪風』第1巻 新武術、その名はボクシング

 明治という時代は、武士の時代が終わりを告げた後の時代でありますが、それ故にこそ新たに始まった武の形もあります。それを題材とした作品は少なくありませんが、本作もその一つ。武術の達人が群れ集う中、孤拳を武器に戦う少年の物語であります。

 時は明治19年の東京、破落戸に絡まれていた蕎麦屋の看板娘・楓を助けたのは、雪村風太郎と名乗る少年。
 それなりの剣術を使う相手に触れさせることもなく、無手で叩きのめした風太郎に声を掛けたのは、旧相模柴原藩主、今は侯爵の柴原典膳の家臣でありました。

 徒手空拳の武術の達人のみを集め、命懸けの御前試合を開催するという柴原侯爵。初めは興味を示さなかった風太郎ですが、ある理由から参加を決意いたします。
 そして始まる御前試合、八人の参加者によるトーナメントの第一試合に登場した風太郎の相手は、強すぎることで己の力を封じざるを得なかった大横綱で――


 という本作、謎の武術を操る少年が、様々な流派の猛者を相手に異種格闘技戦を……というのは、これはもう格闘漫画の定番中の定番でありますが、本作ならではの特徴は、舞台が最初に述べたとおり明治時代であることと――そして何より、主人公の使う武術がボクシングであることでしょう。

 その知名度と、技術体系の完成度と裏腹に(あるいはそれ故に)、そして使うのが拳のみであるためか、残念ながら異種格闘漫画では敵役、やられ役が多いボクシング。
 それは明治時代を舞台とした格闘ものでも例外ではありませんでしたが(大抵は憎々しげな体兵の欧米人が使って主人公に叩きのめされるというシチュエーション)、主人公がボクシングを使うというのはかなり珍しいという印象があります。

 考えてみれば、この時代の日本にとって、ボクシングとはまだ見ぬ新武術。既にヨーロッパでは18世紀半ばには近代ボクシングが成立していたわけですが、この時代の日本人にとって、ボクシングの技術は、全く異質の技として感じられたことは想像に難くありません。

 本作はそのボクシング使い(というのも妙な表現ですが)を主人公に据え、そして最初に戦うのが日本の国技とされる相撲というのは、なかなかに象徴的であり、興味深いものがあります。


 ……が、そうした点はあるものの、この第1巻の時点では、漫画としての面白味は薄い、というのが正直な感想であります。

 絵的な魅力の薄さ、キャラクターの個性の乏しさというのも小さくないのですが、何よりも舞台設定にリアリティが感じられないのが苦しい。先に述べたとおり、本作の特徴の一つである明治という舞台設定が活かし切れていない、いや足かせになっている(特に創生期の格闘ゲームの悪役然とした柴原侯爵の言動など、明治時代にあれはいかにも苦しい)とすら、感じられるのです。

 もちろんまだ第1巻は導入部ではありますが、ここからどれだけ読者を惹きつけることができるか……それはもちろん、本作の中心を成す異種格闘戦の魅力をどれだけ描けるか、にかかっていることは間違いありません。

 この第1巻を読んだ限りでは、本作の格闘技はリアル路線と申しましょうか、便利な秘伝・必殺技というものはあまり登場しない模様(もっとも、近代格闘技たるボクシングでそれをやられても、とは思います)。
 その中でどれだけ迫力を、魅力を見せられるか……待った無しであります。


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2015.02.14

『姫路城リビングデッド』第2巻 姫路城攻防戦終結す

 完成したばかりの姫路城の前に突如として現れた復活戦国武将軍団と、奇怪な屍人たちの群れに対し、城に集った人々が必死の籠城戦を繰り広げる『姫路城リビングデッド』の第2巻・完結編であります。

 本多忠政・忠刻父子によって現在見られるような形に完成した姫路城。しかしその姫路城を包囲したのは、上杉謙信、武田信玄、織田信長ら、遙か昔に亡くなったはずの戦国時代の英雄たちでありました。
 彼らの率いる生ける死人の群れに抗することになったのは、本多城主父子をはじめとする城兵、城に滞在していた宮本武蔵とその弟子、再生信長によって伊賀の里を滅ぼされた忍び・梟司、そして城マニアの農民・虎次――

 かくて始まる人と魔の攻防戦という、まことに胸躍るシチュエーションの本作ですが、残念ながらこの巻で完結となります。

 偶然姫路城を訪れていた徳川家光が敵の手に落ち、忠刻も重傷、さらに次々と城門・郭も陥落し、次々と迫る「魔」の手。
 城兵が防戦で手一杯の中、動けるのは虎次や武蔵たちのみ……という展開は、お約束ではありますが、やはり盛り上がります。

 しかし如何に彼らが一芸に秀でているとはいえ、敵は多数の上にほとんど不死身。このままではやがて圧倒的戦力差の前に蹂躙されるのみ――というのはゾンビものとしては正しいのかもしれませんが、やはり人間様が負けるだけというのも楽しくはありません。
 ここで逆転の一手として機能してくるのが、武将たちの再生の秘密というのも、なかなか良く出来た構造であります。

 尤も、肝心の黒幕についてはかなり残念感が漂うと申しますか、やはり「何故今か」という説得力が薄かったのは残念なところではあります。

 しかしそれ以上に残念だったのは、主人公たる虎次が今ひとつ活躍できなかった点。それなりの動きを見せる場面はありましたし、ラストも頑張ってはいるのですが、しかしもう少し○○○○直伝の築城術を活かした活躍が見たかった、というより見せるべきだった、という印象は強くあります。

 本作の舞台であり、そこに依る者たちの最大の盾にして、最強の武器となるのは、姫路城そのものであることは間違いありません。
 その城の真価を最大限に発揮できるのは虎次以外になく、肉体的には無力に近い彼が、その知識と知恵、そしてもちろん城の存在を活かして真っ向から戦国武将たちと渡り合う――それを思う存分見せて欲しかった、と心から思います。
(ラストに○○○の力を借りたのもちょっと残念……)


 設定的になかなか面白かっただけに、この点ばかりは勿体ないと強く感じてしまったところであります。


『姫路城リビングデッド』第2巻(漆原玖 新潮社バンチコミックス) Amazon
姫路城リビングデッド 2 (BUNCH COMICS)


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 「姫路城リビングデッド」第1巻 正真正銘、対ゾンビの籠城戦始まる

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2015.02.13

大年表の大年表 更新

 古代から戦前までのある年に起きた史実上の出来事と、小説・漫画等伝奇時代劇の中の出来事、人物の生没年をまとめた虚実織り交ぜ年表「大年表の大年表」を更新(データを追加)いたしました。昨年8月の前回更新以来、久々の更新です。
 今回の更新で追加した作品名は以下の通りです(年代順)。
『刀伊入寇 藤原隆家の闘い』『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』『ケダマメ』『運命師降魔伝』『島津戦記』『南蛮服と火縄銃』『信玄の首』『死霊大名』『独眼竜の忍び 伊達藩黒脛巾組』『宮本伊織』『未来記の番人』『貸し物屋お庸 江戸娘、店主となる』『荒神』『忍び道 忍者の学舎開校の巻』『大名やくざ』『ヤマダチの砦』『私が愛したサムライの娘』『弥次喜多化かし道中』『御用絵師一丸』『猫鳴小路のおそろし屋』『ヨアケモノ』『邪神決闘伝』『明治瓦斯燈妖夢抄 あかねや八雲』『黒龍荘の惨劇』『メイザース ソロモンの魔術師と明治の文豪』『遠乃物語』『代筆屋中川恭次郎の奇っ怪なる冒険』『イーハトーブ探偵 ながれたりげにながれたり』
 例によって例の如く、自己満足の塊のような年表ですが、全く関わりのなさそうな虚実が同じ年に起こっていることがわかったりと、なんとなく愉しんでいただければと思います。

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2015.02.12

『十 忍法魔界転生』第6巻 決闘第一番 十兵衛vs魔界転生衆 坊太郎

 さて長きに渡り描かれてきた敵の編成も終わり、ゲームのルールも設定されて、ようやくというかいよいよ本当の戦いが始まった『十 忍法魔界転生』。十兵衛と魔界転生衆の死闘旅、第一戦の相手は田宮坊太郎であります。

 紀州藩主・徳川頼宣に取り憑き、幕府転覆の陰謀を企む森宗意軒と魔界転生衆。
 命がけでその存在を知った三人の達人の願いを受けた柳生十兵衛は、彼らの娘たちの仇討ちを名目に、彼ら魔界転生衆を、余人を交えぬ戦いの場に引き入れます。

 一方の魔界転生衆にとって、十兵衛は自分たちの側に引き入れるべき男。そして自分たちの腕を存分に振るうためにも、一対一の戦いは願ってもない形であります。
 かくて、西国三十三ヶ所巡りの巡礼として旅立った十兵衛と三人娘とその弟、それと柳生十人衆の一行ですが――


 と、西国第一番札所・那智山青岸渡寺で始まる第一戦。そこで待ち受けるのは田宮坊太郎であります。
 この坊太郎、若年ながら――と、既に亡くなった人間に対して使うのもおかしな話ですが――抜刀術の達人にして、十兵衛の弟子とも言える男。
 こうして設定を見てみると、魔界転生衆の――十兵衛たちにとっては未だ本物の剣豪たちであるかどうかわからない状況での――一番手として相応しい相手と感じます。

 そんな坊太郎との対決の場となるのは、青岸渡寺の石段という変則的なステージ。そこで十兵衛が、坊太郎が、三人娘が、十人衆が、如何に動くか……は詳しくは述べません。
 しかし、これまでの前哨戦の長さに比べると相当に短い分量ながら、密度の濃い一戦であることは間違いありません。

 特に感心させられたのは、直接ぶつかり合う十兵衛と坊太郎はもちろんのこと、三人娘と十人衆にも見せ場がある点で、これから続く死闘のいわばチュートリアル的な内容になっている……というのはちょっとおかしな表現かもしれませんが、この物語において、それぞれがどのような立場にあるか、ここできっちりと見せてくれたことに今更ながら気づき、感心した次第です。
(特に十人衆の二つの役目がはっきりと示されていたと言いましょうか……)

 そしてこの巻の後半で描かれるのは、もう一人の刺客ともいうべきクララお品の十兵衛一行への接近。
 この作者にしてはかなり露骨な姿で早速迫ってくるお品に対し、十兵衛が見せる優しさの描写も良くで、硬軟巧みに取り混ぜてきた、という印象であります。

 そしてこの巻のラストには次なる刺客が登場……この先、読んでいるこちらも、一時たりとも気が抜けません。


『十 忍法魔界転生』第6巻(せがわまさき&山田風太郎 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
十 ~忍法魔界転生~(6) (ヤンマガKCスペシャル)


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2015.02.11

『南蛮服と火縄銃』 将軍義輝を護る異能の少女たち

 二人の従者とともに日本にやってきたイエズス会の若き修道士ミゲルの目的――それは布教ではなく、異教の神々の血統である「因子(ティラン)」を持つ者の存在の確認だった。未来を知る力を持つ鉄砲使いの少女・かがせは、彼らの力を借りて未来を――将軍義輝暗殺の歴史を変えようとするのだが……

 今頃の紹介で大変恐縮ですが、戦国時代を舞台に異能力者のバトルを展開する、時代ライトノベルの快作です。
 タイトルは『南蛮服と火縄銃』――どう考えてもあの作品のパロディであり、また作者がこの前に発表した作品を考えれば、何やらコミカルな内容を想像してしまいますが、さにあらず、極めてシリアスな、真っ正面からの骨太な時代ものであります。

 時は永禄6年、豪商の娘であり、鉄砲を作り、使うことにかけては屈指の腕を持つ少女・かがせは、暴徒に襲われつつもこれを軽々と撃退した若き修道士ミゲルの一行と出会います。
 未来を表示する謎の道具「破戸宇子(はとうす)」の力で未来を知ることができるかがせは、この地で彼らが襲撃されることを知り、彼らと出会うべくこの地にやってきたのであります。

 かがせが求めるもの――それはミゲルたちがキリスト教徒が「因子(ティラン)」と呼ぶ、異教の神々の血を引く者「因子もち(ティラノス)」に発現する力。
 ミゲルと二人の従者、ソールディースとマグ=メイは、皆それぞれ「因子」を――ミゲルは未来視を、トールの子孫たるソールディースは雷を操る力を、取り替え子としてダーナ神族に育てられたマグ=メイは魔法を――持っていたのです。

 かがせの目的は、彼らの強大な力を借り、破戸宇子に表示された予知、将軍義輝が暗殺されるという未来を変えること。そしてそれはミゲルが視て、変えようとしていたある恐るべき未来を変えることと繋がっていたのでありました。

 今日に出て義輝と対面した一行の前に現れるのは、霜台こと松永久秀と、彼が連れたもう一人の、南洋からやって来た因子もち。そして奇怪な力を振るう、金色の目の怪人たち――


 そんな本作を読んでまず感じるのは、世界観がしっかりと確立されている点であります。

 ファンタジー世界ではなく、確かに過去に存在した(かもしれない)世界において、伊能力者たちを活躍させる。そのために本作が選んだ手段ともいうべき「因子もち」が、世界中の様々な神々の末裔という設定自体は、さほど珍しいものではないかもしれません。

 しかし本作においては、その存在を当時のキリスト教界が受け止め、ある程度許容することを、キリスト教の教義に当てはめて説明する等の趣向により、しっかりとした現実感、存在感を与えているのには感心させられます。
(この辺り、ライターとしても活動してきた作者の経験が活かされているやにも感じられます)

 そしてもう一つ感心させられたのは、キャラクターの関係性の設定であります。
 本作の主人公であるかがせ、そしてミゲルと二人の従者は、一応は同じ義輝守護のために戦いつつも、しかし目的が完全に一致しているわけではありません。
 特にソールディースの戦う理由は、自分がミゲルの下で活躍することで家族の身分を保証することでありますし、マグ=メイの「親」であるダーナ神族は、キリスト教界と同盟関係を結びつつも一体ではない。

 それぞれに思惑を秘め、利害関係で繋がりながらも、しかしそれでもなお、一種の友情で結ばれる――そんな彼女たちの関係性は、むしろ完全に一枚岩として描かれるよりもリアルかつ魅力的に感じられるのです。

 また、時代ものとして見れば、本作のシチュエーションでは、普通は単純な悪役として描かれそうな久秀をそうは描かず(もちろん単純な善人でもなく)、複雑な内面を描いて見せたのもいい。
 代わって(?)悪役となる人物も、こうきたか、と思わせるチョイスなのであります。


 タイトルに一発ネタ以上の意味が感じられないこと、考証面の描写が少々多く感じられること等、気になる点はありますが、時代ものとしてきっちり楽しめる本作。
 続編へのヒキもきっちり用意されていることでもあり、彼女たちが本当に歴史を変えることができるのか――その「未来」を見てみたいと、強く感じます。


『南蛮服と火縄銃』(静川龍宗 PHP研究所スマッシュ文庫) Amazon
南蛮服と火縄銃 (スマッシュ文庫)

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2015.02.10

『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(その二) もう一つの政の世界の闇

 かの藤原定家を主人公に、古今伝授に秘められた巨大な謎に迫る歴史ミステリ『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』の紹介、後半であります。本作で探偵役を務めることになりますのは……

 と、定家が主人公の歴史ミステリ、と言ってきたところに恐縮ですが、実は本作における定家の立ち位置は、いわばワトスン役と言うべきものに当たります。
 愛すべき凡人である彼を導き、いや引っ張り回すホームズ役が、この長覚。ある事情からこの事件に引っ張り込まれた彼は、その驚くべき知識量に裏打ちされた推理と、歯に衣着せぬ言動で、物語を大いに引っ張り回してくれるのであります(この辺りのキャラクターが、祖父である頼長を彷彿とさせるのもうまい)。

 ミステリである以上、魅力的な謎解きが最も重要であることは言うまでもありません。
 その点本作は、古今伝授の謎を題材とするだけに、和歌独特の修辞法を中心とした、一種暗号ミステリとしての趣向が興味深いのですが、それだけではなく、探偵のキャラクターにも期待したくなってしまうのは、当然の心情でありましょう。

 その点でも本作は抜かりなく、本作の定家と長覚――さらに、石清水八幡宮の権宮司の子であり定家の押し掛け弟子となった少年・潮丸を加えたトリオの関係性が実に楽しい。
 常識人の定家、傍若無人な長覚、無邪気な潮丸……彼らのやりとりは、ともすれば重くなりかねない物語に、キャラクターものとしての楽しさを与えてくれます。


 そしてもう一点、個人的に大いに感心させられたのは、舞台設定の妙であります。
 先に述べた通り、本作の舞台となるのは鎌倉時代初期、建久年間(1190年代)の――京であります。

 この時代を舞台とした作品は、もちろん数多くありますが、しかしそれはほとんどが鎌倉の地を舞台としたもの。
 もちろん、幕府設立の地であり、当時の政治の中心――すなわち、物語の題材となり得る歴史の動きの中心である鎌倉が舞台となるのは、当然の成り行きではあります。

 しかし、平安と鎌倉、大きく時代は動いたとはいえ、わずか10数年ほど前までは京の都が歴史の動きの中心であったことは紛れもない事実であり――そして、京におわす帝を中心とした朝廷においては、新興勢力たる幕府との距離感を慎重に探りつつ、もう一つの政が行われていたのであります。

 本作はそんな世界に脚光を当てることで、忘れられがちなもう一つの――これまでも、そしてこれからも脈々と受け継がれていく――政の世界の存在と、そこに潜む闇を描き出します。
(そしてそれが、古今伝授に秘められた巨大な秘密とも繋がっていくのですが…)

 ミステリとしての楽しさと歴史ものとしての面白さ――物語を構成する二つの要素が見事に結びついた本作の完成度の高さには、唸らされた次第です。


 そんな本作の、定家をはじめとするキャラクターたちにまた出会いたい、続編を読みたいと思いつつ、これだけの内容のものであれば、そうそう簡単に続編は書けないだろうな……と思っていたところですが、なんと近いうちにシリーズ第2弾が刊行されるとのこと。
 驚きつつも、期待に胸膨らませているところであります。


『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子 角川文庫) Amazon
藤原定家●謎合秘帖 幻の神器 (角川文庫)

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2015.02.09

『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(その一) 定家、古今伝授に挑む

 宮中が政争で揺れる中、藤原定家は父・俊成から「古今伝授」の資格を確かめる三種の御題を出される。しかし俊成は何者かに誘拐され、救出のために定家は御題解読を強いられることに。美貌で毒舌の僧侶・長覚、石清水八幡宮の別当の子・潮丸の力を借り、謎に挑む定家の知った真実とは……

 これまでもこのブログで様々な作品を取り上げてきたように、歴史ミステリ、それも有名人探偵ものは、私の大好きな(サブ)ジャンルであります。
 そして本作もそうした作品の一つ、かの歌人・藤原定家が、古今伝授の謎解きに挑むという、大いに興味をそそられる内容であります。

 藤原定家といえば、現代にまで残る「新古今和歌集」、「新勅撰和歌集」を編纂した高名な歌人。そして古今伝授は、「古今和歌集」を解釈する上での秘伝の伝授……教科書的に捉えれば、そうなります。

 しかし定家は歌人だけではなく、朝廷に仕えた貴族――今で言えば政治家。当時朝廷で大きな勢力を持っていた九条家の家宰的な立場で、風雅の世界とは対極にある、生臭い政界のまっただ中にいたとも言えるのです。
 そして古今伝授は(当たり前といえば当たり前ですが)今なお謎多きもの。歴史の表舞台に出てくるのは、本作よりももう少し後の時代かと思いますが、それだけにこの時代には、より原型に近いものがあるのではないか……そんな想像を掻き立てられるのです。

 それ故というべきか、本作における定家の探索行も、風雅の道を究める、という行為に留まりません。

 本作の背景となるのは、鎌倉幕府が出来たばかりの頃、朝廷を揺るがした建久七年の政変――当時の権力者であり、定家が仕えた九条兼実が宮中を追われ、幕府と結んだ源通親が権力を手中に収めた事件です。
 兼実側が復権を狙い、通親側が権力を盤石のものとしようとする中、その真っ只中に現れたのが古今伝授。何と古今伝授は歌道の秘伝にとどまらず、天下の行方にまつわる重要な情報が含まれているというのです。

 当代の伝授者である父・俊成から、にわかに重要な意味を持つこととなったこの古今伝授を行うと告げられた定家ですが、しかしそのためには、謎めいた三つの謎を解かなければなりません。
 しかも定家が謎を前に悩んでいる中、俊成は何者かに拉致され、その身と引き替えに伝授の秘密を要求されることに――

 かくて歌人として、政治家として、そして人の子として……三つの立場から何としても古今伝授の謎を解き明かさねばならなくなった定家ですが、秘伝だけあってあまりにも謎は手強い。そこで定家の前に頼もしい(?)仲間たちが現れることとなります。
 それがかの悪左府・藤原頼長の孫であり、輝くような美貌と明晰な知性を持ちながら、毒舌で人付き合いの悪い怪人物・長覚。本作の探偵役であります。


 おや、探偵役は定家では……というところで、長くなりましたので次回に続きます。


『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子 角川文庫) Amazon
藤原定家●謎合秘帖 幻の神器 (角川文庫)

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2015.02.08

『殺戮の鬼剣 鞍馬天狗』 再び甦る復讐の天狗剣

 新選組を狙い、次々と凶刃を振るう仮面の怪人・鞍馬天狗こと倉田典膳。彼と出会った角兵衛獅子の少年・杉作は、鞍馬天狗と新選組の暗闘に巻き込まれる。新選組に執拗に怒りを燃やす天狗の正体は、そして彼の超人的な力の源とは。その背後には、歴史の陰で暗躍してきた者たちの陰が……

 コンビニを中心に流通する廉価版コミックの中では、単行本化されなかった作品、単行本が未完のままの作品が刊行されることもあり、見逃せない存在であります。
 その廉価版コミックの形で、今回刊行された『殺戮の鬼剣 鞍馬天狗』も、そうして復活した作品。「コミック乱ツインズ」誌で連載され単行本第1巻が刊行、その後連載は完結したものの、単行本の続きは刊行されなかった、いわば幻の作品であります。

 この漫画版鞍馬天狗のベースとなっているのは、原作小説の中でも間違いなく最も有名な鞍馬天狗ものであろう『角兵衛獅子』。
 角兵衛獅子の芸人として辛い毎日を送っていた働いていた杉作少年が、覆面の剣士・鞍馬天狗=倉田典膳と出会い、尊皇・佐幕両派の争奪戦に巻き込まれる……
 鞍馬天狗が他のメディアで扱われる際には真っ先に題材となる原作ですが、しかし本作はその原作をベースとしつつも、とんでもない次元に飛翔する作品であります。

 何しろ本作の鞍馬天狗は、白昼堂々新選組の屯所に乱入して隊士を血祭りに上げる凶剣士。(特に初期は)敵には容赦しない鞍馬天狗とはいえ、ここまで血腥いキャラクターとされているのは珍しい。
 「殺戮の鬼剣」というおどろおどろしいタイトル、「最凶作家が放つ残酷凄絶時代劇コミック」という表紙の煽り文句も、あながち過剰ではない血みどろぶりであります。

 しかし鞍馬天狗が新選組に対して過剰な、いや異常な敵意を燃やすのも、本作においては不思議ではありません。というのも本作の鞍馬天狗、倉田典膳と名乗る男の正体は、かつて「天狗」の名を冠した勤王集団に参加し、そして後に曲がりなりにも同志であった新選組の手で謀殺されたあの男なのですから――

 それだけでもとんでもないアイディアですが、しかし本作はそれに留まりません。確かに一度は死んだはずの彼を救い、そしてかつてを遙かに上回る力を与えた存在。
 それこそは、遙かな昔から聖徳太子の未来記を奉じ、救世主の誕生を待ち望む一派だったのであります。

 彼らの手で蘇生された鞍馬天狗。しかし彼らの魔手が杉作に及ばんとした時、天狗は彼らと袂を分かつこととなります。そしてその天狗に対する刺客として選ばれたのは、天才を謳われながらも病魔に犯され、死を目前としたあの剣士!
 かくて超常の力を借り、死から甦った天狗と、死を繋いだ鬼と、二人の激突が――伝奇者にとってはたまらない物語が展開することとなります。


 さて、冒頭に述べたとおり以前唯一単行本化された第1巻は、内容的には導入部。いわば真の物語とも言うべきそれ以降は、今回はじめてまとめて読めるようになり、大いに楽しませていただいたのですが……
 しかしそこで有り難いと心から思う一方で、一言うるさいことを言いたくなってしまうのが半可通のたちの悪さであります。

 そう、通しでこの物語を読んでみると浮かぶ疑問があります。本作を『鞍馬天狗』として描く意味がどれだけあったのか、と――

 確かに、先に述べたとおり、本作の鞍馬天狗の正体は、新選組を宿敵とするに相応しい人物であります。意外性と必然性がある、見事なチョイスであります。しかし、「鞍馬天狗」というキャラクターが、復讐のために過剰な殺戮を行う人物であるかどうか。そしてそもそも彼はいかなる人物であったか――

 登場当初の過激な勤王志士ぶりはともかく、発表時期が後になるに連れ、目的による手段の正当化を否定し、普遍的な自由のために戦う人物となっていった鞍馬天狗の姿を思えば、やはり本作の天狗像は、違和感は拭えません。
 一つの作品として面白いだけに、本作の主人公の行動原理がそれなりに納得できるだけに、鞍馬天狗でなくとも良かったのではないかなあ……という、本当に身も蓋もない想いも(少しだけ)浮かぶのであります。

 よく知られているようでいて、実はあまりその実像が(おそらくは原作が書き続けられていた頃から)知られていないヒーローである鞍馬天狗。
 そんな彼を描く切り口として、非常に新鮮なものであることは大いに感心しつつも、しかし……そんなことも感じてしまった、というのが正直なところなのです。
(いや、本作のラストにおいて、真に鞍馬天狗が誕生したと解すべきというのは百も承知なのですが)


『殺戮の鬼剣 鞍馬天狗』(外薗昌也&大佛次郎 竹書房バンブーコミックス) Amazon
殺戮の鬼剣(おにつるぎ) 鞍馬天狗 (バンブーコミックス)


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2015.02.07

『ガーゴイル』第2巻 続く土方の異能バトル、そして新たな一歩へ

 異能の新選組が、京の闇を舞台に同じく異能力者たち死闘を繰り広げる幕末バトル漫画『ガーゴイル』の第2巻であります。新選組を挑発するかのような行動を見せる敵・八瀬童子に対し、鬼の副長自らが出陣することになるのですが、意外な敵の能力に苦戦を強いられることに……

 池田屋で長州藩の不逞浪士たちを斬った新選組。しかし長州の背後には、彼らを操り何ごとかを企む八瀬童子があり、新選組と八瀬童子、同じく異能を持つ者たち同士の暗闘が勃発することになります。

 緒戦は新選組優位に進んだものの、しかしまだまだ底の見えない八瀬童子の戦力。そんな中で新選組に好意的な会津藩士が惨殺され、さらに新選組隊士、それも土方に似た男が僧侶を殺したことで、新選組は精神的にも社会的にも追い詰められていくこととなります。

 しかしそれで黙っているわけもないのが鬼の副長・土方。半ば相手の挑発に乗るように、斎藤一、島田魁とともに飛び出していくのですが――
 果たしてその前に現れたのは八瀬童子八大金剛が一人・逢是。その奇怪な能力の前に斎藤、島田があっさりと斃され、土方も大苦戦を強いられるのでありました。


 ということでこの巻は9割以上が土方と逢是のバトル。飛礫を自在に操り、土方の鋭い斬撃をも文字通りねじ曲げる謎の力を操る逢是に対し、土方は鬼面の剣士としての己の力を解放し……と、一進一退のバトルが丹念に描かれていくこととなります。

 第一印象としては、○人衆クラスとはいえ、敵一人に副長たる土方がここまで時間をかけなくとも……という余計な心配もしてしまうのですが、しかしバトルものとして面白かったのは事実。
 逢是も、多彩過ぎる攻撃手段が面白く、やはりここでこんなに出し惜しみしなくとも……とこれまた余計な心配もしてしまいますが、敵として不足なし、であります(ただし、下品なだけのキャラ造形は興ざめですが)。

 島田と斎藤の能力も面白く(特に斎藤の能力は、本作のプロトタイプと言うべき『サンクチュアリ』と同じようでプラスαがあるのが心憎い)、また彼ら能力者の背負う代償も明かされて、一種の設定紹介編的な趣もあるため、やはりこれだけの分量が必要ということでしょうか。


 その意味では、これからが本番なのでは……というのは言いすぎかもしれませんが、『サンクチュアリ』が2巻で完結となってしまったことを思えば、それを超えて踏み出すここからが新しい第一歩。その先の物語に期待、なのであります。


『ガーゴイル』第2巻(近藤るるる&冲方丁 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon
ガーゴイル (2) (ヤングキングコミックス)


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2015.02.06

『逢魔が山』 少年時代の冒険の怖さと高揚と

 小さな山村で暮らす秀太と鶴吉の兄弟は、ある晩突然村に押し入ってきた雑兵たちに拉致されてしまう。同じように拉致された三人の子供たちとともに夜の道を連行される秀太と鶴吉は、隙を突いて逃げ出すものの、方向感覚を失い、もののけが棲むという禁断の「逢魔が山」に迷い込んでしまう……

 犬飼六岐の新刊『逢魔が山』は、作者の作品の中でも、かなりユニークな部類に入る作品でしょう。主人公は十代前半の少年……というより子供たち、彼らの冒険行を描く物語であります。

 舞台は戦国時代の四国……ということもあまり意味を持たないような、小さな世界で暮らしてきた山村の少年・秀太が本作の主人公。
 生まれつき目の見えない弟・鶴吉とともに、変わらぬ平和な暮らしを送ってきた彼の日常は、ある晩乱入してきた雑兵たちによって破られることになります。

 何やら秀太たちと同年代の子供を探しているらしい雑兵たちに捕まえられた二人は、同じ村の松平・段蔵・喜助、そして村長の家に匿われていた見知らぬ子供二人とともに、何処かへ連行されることに。
 謎の子供たちが反抗した隙に逃げ出した秀太たち五人ですが、夜の森を無我夢中で逃げ出した彼らが迷い込んだのは、魔所として知られる「逢魔が山」。次々と現れる奇怪な現象に戸惑いながらも、力を合わせて必死に村に帰ろうとする子供たち……


 という本作を読んでいた時に私がまず感じたのは、「懐かしさ」でありました。
 本作の主人公たちと同じくらいの子供であったこと、日常から少しでも踏み出すことは、大きな冒険に感じられました。見知らぬ町、馴染みのない時間……そんな世界に足を踏み入れた時の何とも言えぬ恐ろしさと、それと背中合わせの高揚感が、本作にはあります。

 物語的には、非常にシンプルな内容であります。少年たちが見知らぬ森を、山をさまよい、家に帰ろうとする――謎の子供たちの存在や、追ってくる雑兵たちという要素もありますが、本作の内容はほぼ「これ」のみと言ってよいでしょう。
 そんなシンプルな物語でも最後まで惹きつけられるのは、その子供の頃の気持ちを思い出させてくれるような展開と、それを子供だましで終わらせない丹念な描写によります。

 日の光の下で、落ち着いてみればなんということもないモノであっても、夜の闇の中で、命がけの状況で出会った場合には全く異なる姿を見せる――当たり前に思えますが、それを文章で描くことがどれだけ難しいことか。

 しかしながら、最後の最後までシンプルなままなのには、少々困惑させられた……というのが正直なところではあります。
 確かに描くべきは描かれたというべきですが、それで読者が満足できるかはまた別でありましょう。

 少年たちの短い、しかし濃密な冒険行と、その中での彼らの小さな成長を描いた本作の魅力は十分に感じられたものの、その先にあったものはあまりに呆気なく、物語の締めくくりとしても(これ以外にはないことはわかるものの)物足りない。
 もう少し、背後にある物語を想像させる(想像させる物語を作り上げる)形になっていれば……と勿体なく感じたところであります。

 あるいは対象や媒体等が異なれば全く異なる印象となった作品だとは思うのですが――


『逢魔が山』(犬飼六岐 光文社) Amazon
逢魔が山

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2015.02.05

漫画版『夢源氏剣祭文』連載再開!

 漫画版『夢源氏剣祭文』が、再びの復活を遂げました。小池一夫の小説を原作に、皇なつきが漫画化したものの『コミックJIN』『サムライエース』と掲載誌の二度の休刊により連載が途絶していた本作が、角川書店のWebコミックサイト「コミックウォーカー」で連載される運びとなったのであります。

 藤原秀郷の娘として生まれながらも、数奇な運命の果てに千年の魔鬼と化す運命を背負わされ、幾多の年を生きることとなった少女・茨木。
 袴垂保輔、藤原純友といったまつろわぬ者たちと交流しながらも彼らを失い、長き眠りについた彼女が目覚めたのはそれから数十年後、その頃都では鬼の出没の噂が流れ……

 と、いわば第三部、最終章ともいうべき展開に入ったところで、まことに残念ながら二度目の連載中断となった本作。それが今回復活したのですが、嬉しいどころのお話ではありません。

 今回コミックウォーカーに掲載されたのは、連載復活の1話に加え、その前の回・前の前の回に当たる単行本未収録分の2話であります。
 眠りから覚め、都をさまよう茨木が出会ったのは、かつて山姥の下で姉弟のように暮らした金太郎=坂田金時。鬼によって子供たちが殺される夢を見た彼は、山を下り、武士となっていたのであります。

 再会を喜び、山に帰ろうという言葉を金時に拒絶され、孤独に空を舞う茨木が力尽きて墜ちた先は、藤原兼家の妻・壹子(蜻蛉日記の作者)の屋敷。
 夫と疎遠となり、息子とも引き離された壹子は茨木に優しく接するのですが、かつて鬼に噛まれた耳の傷を見られた茨木は、鬼女と化して――

 という、いよいよ茨木の運命がのっぴきならぬ方向に進む一方で描かれるのは、兼家が自らの手に権を集めるため、いわば自作自演で鬼騒動を作り出す姿。
 その走狗となるのが源頼光であり、そうとも知らずその下にいるのが金時と渡辺綱――そう、様々な伝承や古典芸能においては、「茨木童子」と戦い、その片腕を落としたという綱であります。

 この綱が本作でどのような位置を占めるのか、それは今後のお楽しみ。
 しかし同僚の金時が都の子供たちのために頼光邸から食料を持ち出しているのを見逃したり、孤独感に咽び泣きながら宙を舞う茨木を目撃してその寂しさを忖度するなど、かなり好漢であることは間違いありません。

 そしてもう一人、今回、人としての優しさ・暖かさを見せてくれるのは、壹子であります。
 自らが強い哀しみを背負うが故、茨木の背負う哀しみを理解し、そして鬼と化した彼女を目の当たりにしてもなお、彼女を人として抱きしめる壹子。

 我欲のために他者を鬼とする者がいれば、彼女のようにたとえ外見は鬼であっても人としての心を見いだす者がいる――
 それは本作という物語において、そして何よりも茨木にとって、大きな救いと言うべきでしょう。

 人間と、鬼と……そしてその狭間に立つ茨木の物語は、いよいよ佳境。この漫画版がそれを今度こそ最後まで描ききることを、心の底から期待します。


『夢源氏剣祭文』(皇なつき&小池一夫 KADOKAWAコミックウォーカー連載)

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2015.02.04

『もののふ莫迦』 格好悪く情けないもののふの好もしさ、美しさ

 秀吉の天下統一が進む中、傲慢な加藤清正の所業に怒り出奔した肥後武士・岡本越後守。国人一揆に巻き込まれた彼は、田中城主の姫・たけを助けるが、清正に捕らえられ、二人は引き裂かれてしまう。清正に仕えることとなり、従軍した朝鮮で彼の「もののふの道」に反するものを見た越後守の選択は……

 主に戦国時代を舞台に、己の道を行く男たちの姿を描いてきた中路啓太の、インパクト充分のタイトルの本作は、そのタイトルに負けることない強烈な男・岡本越後守の生き様を描いた作品であります。

 岡本越後守は、肥後の小豪族に仕える武士の出身。戦に出れば槍も銃もよくする一騎当千の強者であり、周囲の者たちを惹きつけ、士気を高めてしまう天性の魅力を持った男であります。

 そんな彼の気性はまさに日本三大頑固の一「肥後もっこす」そのもの。己の、もののふの生きるべき道として「おのれを恥じたくない」という思い――そしてそこには「むやみに人を辱めること」や、「人を見下すやつを見て見ぬふりすること」も含まれるのですが――を胸に抱き、それに反する者には、たとえどんな権力者であっても屈しない筋金入りの頑固者。
 秀吉の九州征伐の際に肥後に入り、自分たちを田舎者と見て侮る加藤清正と、そんな彼の前に卑屈に畏まる周囲に反発した末に出奔、しまいには解死人(村で養われる代わりに、何かあった際に身代わりとなって命を差し出す者)になってしまう始末であります。

 本作はそんな越後守が、生涯を通じて清正と対峙し、ついには日本国をも敵に回す姿を描く……というと、痛快な豪傑譚を想像されるかと思いますが、そうではないのが本作のユニークなところであり、そして最大の魅力であります。


 己の信じるもののふの道を征くためであれば、富も名誉も安定した暮らしも擲つ、まさしく「もののふ莫迦」としか言い様のない越後守。その姿はまさに英雄豪傑――と言いたいところですが、しかしその道はまさに前途多難。
 何しろ相手は天下の権力者の後ろ盾を持つ男、一個人が相手にするには大きすぎる相手……ということではありません。もののふたるもの、やるだけやって負ければ死ねばいい(と彼は考えている)のですから。

 しかし、いざとなればその身を縛るのは人の情。己は良くとも、周囲の人間たちを――自分を信じてついてきた人々を、死出の旅に巻き添えにしてよいのか? 彼を愛し、遺されて泣く者はどうなるのか?
 どこまでも一本気で、純な人間たる彼は、もののふとしての道と、そんな人の情の間の板挟みとなって、悩み、悔やみ、(それを表にも出せず)苦しむのであります。

 そんな彼の姿は、英雄豪傑とは対極にあるものであり――そんな存在の痛快な大暴れを期待した向きには、大袈裟に言えば裏切りと感じられるかもしれません。
 しかし私にとっては、まさにその彼の姿こそが、本作の最大の魅力に感じられます。

 彼のもののふの道――自分が勝って事足るのではなく、勝ってなお相手の想いを忖度し、その誇りを尊重するその道は、同時に人としてあらまほしき道でありましょう。
 そしてそれは、敵をを傷つけ、殺すことで生きる武士という存在とは、本質的に矛盾するものでもあります。

 強き者、負けを知らぬ英雄豪傑の活躍は、確かに痛快、胸がすくものであり、私も好むところではあります。しかし同時に、英雄豪傑ならぬ身にとっては、その一種マチズモを感じさせる姿には、それだけでよいのかと感じてしまうのもまた事実であります。

 本作の越後守の姿は、まさにその私の想いに応えるものであり――その矛盾する道を行くために、時に格好悪く情けなく悩む姿に、強く共感し、魅力を感じるところです。
 そしてまた、それは越後守のみならず、彼の宿敵たる清正も、二人の間に挟まれるヒロイン・たけも、物語の目撃者として越後守に惹かれ、憎む粂吉も、誰もが持つ人間としての等身大の姿なのであります。


 越後守が活躍した時代から遙か後、落魄した粂吉が過去を振り返るというスタイルが必ずしも効果的に機能しているとは思えませんし、上に述べた越後守以外の人々の視点にも紙幅を割いたことで、越後守の印象がやや薄れた、という部分は否めません。

 その意味では百点満点というわけではないのですが――しかし、これまで様々な作家が描いてきたのとはまた異なる、そして個人的にはより好もしく美しき「もののふ」の、「人間」の姿を描いた本作に触れることができて良かった……そう感じたのであります。

『もののふ莫迦』(中路啓太 中央公論新社) Amazon
もののふ莫迦

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2015.02.03

『未来記の番人』 予言の書争奪戦の中に浮かぶ救いの姿

 幼い頃から千里眼の異能を持つ南光坊天海直属の忍び・千里丸は、幼なじみであり今は上忍の士郎左とともに、大坂四天王寺にに隠された聖徳太子の予言書「未来記」奪取を命じられる。そこで不思議な力を持つ少女・紅羽と出会った千里丸。異能を持つ人々の存在の意味とは、そして未来記の正体とは……

 大坂を舞台に、したたかな商人たちの姿や、爽やかな青春群像を描いてきた築山桂の久々の新作は、文庫本にして500ページ弱というかなりの大部。そしてその内容も、それにふさわしく充実の一言であります。

 タイトルの未来記とは、いわゆる「太子未来記」――聖徳太子が記したという予言書。四天王寺に安置されているというそれは、平安時代に発見されて以来、様々な時代に――それも南北朝の争いや応仁の乱等、争乱の時に人々の口に上る書物であります。
 かの楠正成も被覧したと言われるその未来記の正体、そして歴史の中で隠されてきた理由が、本作の中核となります。

 本作の主人公・千里丸は、その未来記奪取を命じられて南光坊天海から派遣された忍び。時あたかも島原の乱の終結直後、切支丹や異国人による乱の再発を恐れた幕府は、楠正成に軍神の力を与えた未来記の力を欲したのであります。
 千里丸は、かつては兄貴分であり、今は反りの合わない上忍である士郎左とともに、四天王寺に派遣されたのですが……

 しかし四天王寺側はこれを拒否、聖徳太子の魂が化身したと言われる白い鷹に追い散らされた千里丸たちは一端退散することに。
 そして町で暴漢に襲われた大商人・住友理兵衛を助けた千里丸は、理兵衛に誘われて赴いた屋敷で、一人の美少女・紅羽と出会います。彼女こそは風を自在に操る異能の持ち主であり、そして千里丸が初めて出会う「同類」だったのであります。

 南蛮絞りと言われる銅精錬の秘法を知る理兵衛の狙いは、紅羽は何故理兵衛の下にいるのか。千里丸の前に現れた異能の者に詳しい牢人・波多野久遠の正体は。紅羽と四天王寺、そして未来記の関係は――


 このように、伝奇ものとしての興趣に満ち満ちた本作ですが、しかし本作の魅力はそれにとどまりません。
 その最大の魅力は、未来記争奪戦を通じて浮かび上がる、人々の陰影に富んだ素顔であると――私はそう感じます。

 本作には上に述べたとおり、生まれも立場も異なる、個性的な登場人物たちが数多く登場いたします。しかし彼らに共通するのは、誰もが他人に、時には自分自身にすら隠した顔を持つことでしょう。

 その最たるものが、主人公たる千里丸であります。千里眼の異能により幼い頃から差別され、同じような境遇の子供たちが集まる忍びの里に安住の地を見出したと思えば、大人たちが求めたのは千里丸の異能だけであり、仲間たちともあまりにも無惨に引き裂かれる。
 その衝撃ゆえか、一時期千里眼の力を失ってしまった千里丸。今は回復したものの、それを隠し、彼は無能を装って生きているのであります(そんな過去を持つからこそ、弱者や女性が傷つくのを見過ごしにできない、という自然な主人公造形がとても良い)。

 しかし未来記を巡る戦いの中で、千里丸をはじめ、登場人物たちの隠した顔が次々と明かされ、暴き出されていくことになります。
 時に自分自身すら信じられない、そんな中で救いとなるものはあるのか? 
 その問いかけに対し本作が示すのは、愛や信頼といった、個人のポジティブな想いの繋がりであると、私には感じられます。そして受け継がれてきたそれこそが「不滅の魂」と呼ぶべきものとなるのではないか……と。


 異能者が歴史を動かしてきたという設定の物語は少なくありません。そうした作品は、半ば必然的に俯瞰的な視点を持つに至る(例えば、天海と異能者という点で連想される半村良『産霊山秘録』など)ことになります。
 それに対し、あくまでも歴史の激流の中を苦しみながらも一歩一歩歩む個人の視点から、人の生きることの意味を描いてみせた本作を、私は大いに好ましく感じた次第です。


 ちなみに本作の表紙絵を担当したのはスカイエマ。最近は時代ものの表紙を担当することが少なくない氏ですが、本作の表紙は、その中でもベストワークと言えるのではありますまいか。

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2015.02.02

作品集成更新

 このブログ等で扱った作品のデータを収録した作品集成を更新しました。昨年9月から本年1月までのデータを追加・修正しています。
 今回も更新にあたっては、EKAKIN'S SCRIBBLE PAGE様の私本管理Plusを利用させていただいております。
 今回は間に合いませんでしたが、シリーズ物や連作短編の扱いについてもきちんと整理しなければと思っているところです。



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2015.02.01

『邪神決闘伝』 夢法者に挑む《西部劇》の心意気

 賞金稼ぎの「おれ」は、大西部の荒野で四人の無法者を追っていた。その一人目を倒した俺は、そこで出会った奇妙な術を使う日本人・シノビとともに、残り三人を追う。それぞれ奇怪な能力を持った彼らの正体は、海底に眠るクトゥルーの見た夢。それぞれの目的から敵を追うおれとシノビの旅の行方は……

 ここしばらくの日本におけるクトゥルーものの隆盛を考えれば迂闊なことは言えないのですが、しかし、クトゥルー+西部劇というのは、少なくとも日本では空前絶後ではありますまいか。
 そしてそれを書くのが、おそらく最も日本で《西部劇》を書いてきた作家、菊地秀行というのであれば、期待はいやが上にも高まります。

 舞台となるのは1870年代(おそらくは1878年)、数々の銃豪が名を馳せてきた無法の時代……そんな大西部を一人さすらう賞金稼ぎの「おれ」こと「シューター」が本作の主人公であります。
 当然のことながら(?)銃にかけては屈指の腕前の彼が追うのは、しかし、無限の連射能力や一度撃てば相手に当たるまで止まらぬ魔弾などいずれも奇怪な能力を持つ四人のガンマン。それもそのはず、彼らはルルイエで死するが如く眠るクトゥルーが見た「夢」。
 もちろん「シューター」もまたただ者ではありませんが、かの大邪神が生み出した存在を前に、苦戦は不可避であります。

 そんな彼と旅を共にするのは、ある理由から邪神の眷属を追って太平洋を超えてきた凄腕の日本人忍者シノビと、クトゥルーの生け贄として先住民の妖術師に付け狙われる人妻・ポーラ。
 おかしな三人が立ち寄るのは、ダッジシティにトゥームストーン……とくれば、当然のことながら、ワイアット・アープにドク・ホリディ、そしてクラントン一家と、オールスターキャストで銃と忍法と妖術の死闘の数々が展開される、ということに相成ります。


 ……それにしても読む前に気になったのは、やはり西部にクトゥルーという取り合わせであります。
 西部劇の舞台といえば見渡す限りの砂と岩山、転がる根無し草と、乾いた大地。水の邪神――というのは必ずしも正しくない解釈かもしれませんが、とにかく大洋の下に眠り、半魚人めいた「深きものども」に守られたクトゥルーとの組み合わせは、やはり……

 などというこちらの疑問は百も承知ということか、ある史実を以て虚構を支えてみせるのは、さすがにこの作者ならでは。それどころか、思わぬ大物キャラまでぬけぬけと(もちろん誉めております)引っ張り出してくるのにはニヤリとさせられます。


 最初に私は作者を、最も日本で《西部劇》を書いてきた作家と評しました。
 パラレルワールドとはいえ大西部に新選組を放り込んでみせた『ウェスタン武芸帳』、近未来の日本を舞台にガンマンたちの活躍を描いた一連の近未来もの(特に西部から来た賞金稼ぎ・雷左門)、さらには舞台は遙かな未来、手にするのは長剣であっても、西部劇の精神を色濃く感じさせる『吸血鬼ハンターD』シリーズ……

 いずれも直球のそれではなくとも、何とかして、愛する西部劇の世界を紙面に甦らせようという作者の想いの顕れであり――そして本作ももちろんその試みの一つ(そして実はおそらく最も史実に近い作品)なのです。

 私は、西部劇の魅力の一つ(あくまでも一つ、ですよ)は、火花一つで吹っ飛ぶような命を的に、己の腕を信じて荒野にただ一人生きる者の心意気や感傷ではないか、と信じるものであります。
 本作で描かれるのは、一発や二発の鉛玉ではピンピンしているような連中であり、主人公もまた、背後にとんでもない事情を抱えた人間ではありますが――しかし本作に漂う空気は、間違いなくこの心意気を伝えるものであると私は感じます。

 そしてその心意気は、このクトゥルー・ミュトス・ファイルズに収められた作者の作品に通底する、人間vs邪神の真っ向勝負の精神と繋がることで、本作をより痛快な作品としているのであります。


 シノビの存在が便利に使われ過ぎていること、「西部劇」的なキャラクター・ガジェットを数多く投入したために、かえってパロディ的味わいが強くなってしまったことなど、やはり不満がないわけではありません。
 しかしそれすらも気にならない、というのはいささか信者めいたもの言いとなりますが、本作を貫く菊池ウェスタンの心意気に触れてしまえば、それが正直な想いでもあるのです。

『邪神決闘伝』(菊地秀行 創土社クトゥルー・ミュトス・ファイルズ) Amazon
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