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2015.02.10

『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(その二) もう一つの政の世界の闇

 かの藤原定家を主人公に、古今伝授に秘められた巨大な謎に迫る歴史ミステリ『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』の紹介、後半であります。本作で探偵役を務めることになりますのは……

 と、定家が主人公の歴史ミステリ、と言ってきたところに恐縮ですが、実は本作における定家の立ち位置は、いわばワトスン役と言うべきものに当たります。
 愛すべき凡人である彼を導き、いや引っ張り回すホームズ役が、この長覚。ある事情からこの事件に引っ張り込まれた彼は、その驚くべき知識量に裏打ちされた推理と、歯に衣着せぬ言動で、物語を大いに引っ張り回してくれるのであります(この辺りのキャラクターが、祖父である頼長を彷彿とさせるのもうまい)。

 ミステリである以上、魅力的な謎解きが最も重要であることは言うまでもありません。
 その点本作は、古今伝授の謎を題材とするだけに、和歌独特の修辞法を中心とした、一種暗号ミステリとしての趣向が興味深いのですが、それだけではなく、探偵のキャラクターにも期待したくなってしまうのは、当然の心情でありましょう。

 その点でも本作は抜かりなく、本作の定家と長覚――さらに、石清水八幡宮の権宮司の子であり定家の押し掛け弟子となった少年・潮丸を加えたトリオの関係性が実に楽しい。
 常識人の定家、傍若無人な長覚、無邪気な潮丸……彼らのやりとりは、ともすれば重くなりかねない物語に、キャラクターものとしての楽しさを与えてくれます。


 そしてもう一点、個人的に大いに感心させられたのは、舞台設定の妙であります。
 先に述べた通り、本作の舞台となるのは鎌倉時代初期、建久年間(1190年代)の――京であります。

 この時代を舞台とした作品は、もちろん数多くありますが、しかしそれはほとんどが鎌倉の地を舞台としたもの。
 もちろん、幕府設立の地であり、当時の政治の中心――すなわち、物語の題材となり得る歴史の動きの中心である鎌倉が舞台となるのは、当然の成り行きではあります。

 しかし、平安と鎌倉、大きく時代は動いたとはいえ、わずか10数年ほど前までは京の都が歴史の動きの中心であったことは紛れもない事実であり――そして、京におわす帝を中心とした朝廷においては、新興勢力たる幕府との距離感を慎重に探りつつ、もう一つの政が行われていたのであります。

 本作はそんな世界に脚光を当てることで、忘れられがちなもう一つの――これまでも、そしてこれからも脈々と受け継がれていく――政の世界の存在と、そこに潜む闇を描き出します。
(そしてそれが、古今伝授に秘められた巨大な秘密とも繋がっていくのですが…)

 ミステリとしての楽しさと歴史ものとしての面白さ――物語を構成する二つの要素が見事に結びついた本作の完成度の高さには、唸らされた次第です。


 そんな本作の、定家をはじめとするキャラクターたちにまた出会いたい、続編を読みたいと思いつつ、これだけの内容のものであれば、そうそう簡単に続編は書けないだろうな……と思っていたところですが、なんと近いうちにシリーズ第2弾が刊行されるとのこと。
 驚きつつも、期待に胸膨らませているところであります。


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藤原定家●謎合秘帖 幻の神器 (角川文庫)

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