『江戸ぱんち』春 丁寧でひねりのある第三の時代漫画誌
猫の存在をあえて封印(?)した、江戸ものオンリーの漫画で勝負したら、これが面白かった『江戸ぱんち』誌。その秋号に続き、第2号に当たる春号の登場です。今回は全部で13作の短編が収録されていますが――今回もこれがなかなかのクオリティなのであります。
基本的に江戸の、それも町人たちの世界を舞台とした作品を集めたこの『江戸ぱんち』誌。となると半ば必然的に人情ものが中心で、あまり派手な作品やひねった内容の作品はないのですが――しかし全体として人物や物語の描写が丁寧な、読んでいてニッコリとさせられるようなちょっとしたひねりのある作品が多い印象です。
それは今回も、印象に残った作品を挙げていきましょう。
『桶と田楽』(桐村海丸)
今回表紙とカラー口絵も担当した作者が今回描くのは、お得意の日常風景の一コマを切り取ったかのような作品。
几帳面だけれども強面の桶作りの職人の家に転がり込んだ遊び人の若者が、職人が飯屋の娘に寄せる想いを後押しして……
という本作の、粗いようで的確に風景を、人物を捉えた筆で描かれる世界は、決して声高に何かを主張したり意外な展開があるわけではないのですが、しかしそこに居る者の体温を感じさせる作者ならではの味わいがあります。
ある意味、この雑誌を象徴する作品と感じます。
『近世芝居噺 弁天小僧』(糀谷キヤ子)
前の号でも華やかな歌舞伎の世界を、一ひねりした視点から描いた作者の作品ですが、今回も非常に面白い。
十三代目市村羽左衛門の弁天小僧が大評判となる中、彼に大胆に(?)接近してくる一人の娘。それが面白くない澤村田之助(前回も登場した三代目)が彼女にちょっかいを出すも……というお話であります。
オチはもちろん書けませんが、背景となっている作品を振り返ってみれば「やられた!」という洒落た展開で、羽左衛門と田之助のキャラの対比も楽しい。
シャープで艶のある絵も健在で、個人的には今回のベストでありました。
『御用くずれ』(結城のぞみ)
目黒を舞台とした本作は、タイトルどおりに岡っ引きくずれの男・繁蔵が主人公。
かつては腕利きと知られながらも、過去のある事件でやる気をなくし、日々をダラダラと過ごす彼が、同心の旦那からおけいという身寄りのない娘を預けられることになります。
実は彼女は江戸を売った盗賊の娘、これは彼女に会いに来るであろう盗賊を捕らえるための一計だったのですが――
と、心に傷を負った元警官(的な身分の男)と犯罪者の娘というシチュエーション自体は舞台の古今東西を問わずよく見るものではあります。しかし本作はそれぞれの背負った孤独感を、声高でなく、しかし丁寧に描き、それがクライマックスでのおけいの繋がっていく様に好感が持てました。
その他、冒頭とラストシーンの対比でにっこりとさせられる『お玉さんの味噌汁』(糸由はんみ)、クライマックスで示される決してうまくない「絵」が泣かせる『文をしたためましょう』(山野りんりん)、身の丈五尺六寸の女医者と敵討ちのために男装した少女という主役コンビの造形が面白い『元禄元年おんな仇討ち』(栗城祥子)などが特に印象に残りました。
私の趣味(このブログの方向性)には必ずしも一致しないのですが、しかし時代漫画ファンとして見れば、今回も安定して面白いこの『江戸ぱんち』。
いわゆる時代劇劇画でもなく、派手な歴史活劇漫画でもなく、第三の道を行く時代漫画誌として、これからも期待したいと思います。
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