仲町六絵『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』 室町の混沌と豊穣を行く青年妖術師
室町時代中期、父の借金の日延べの代わりに、南都は興福寺の客人である異国の血を引く青年・天竺ムスルの屋敷に仕えることとなった葉月。表向き金貸しを営むムスルだが、彼のもう一つの顔は妖術師だった。彼のもとに持ち込まれる不可思議な事件に巻き込まれる葉月だが……
仲町六絵といえば、代表作は現在オンゴーイングのファンタジー『からくさ図書館来客簿』シリーズになるのだと思いますが、私にとっては『霧こそ闇の』『夜明けを知らずに』といった、フレッシュな時代小説の印象が強くあります。
最近は時代ものを書かれず寂しい思いをしておりましたが、本作はまぎれもなく時代もの――それも、室町時代の南都(奈良)を舞台とした、実にユニークでファンタスティックな連作です。
本作の主人公となるのは、天竺ムスル、後の名を楠葉西忍……と書くと、あたかも時代伝奇ものの登場人物のようですが、歴とした実在の人物。
足利義満の時代に来日した異国人・天竺ヒジリと、日本人女性の間に生まれ、足利義持の怒りを買って追われた後、奈良興福寺の庇護を受けて暮らした商人であります。
そんな彼を、本作はいかにも作者らしい感覚でアレンジしてみせます。当時の日本人からは天竺と呼ばれた彼のルーツの地は実はペルシャ、そして彼の操るのは、ギリシャで発祥し、ペルシャで成立した妖術……
謀反人だ、妖術師だという周囲の声も意に介さず、物言う鳥のタラサとともに自らの屋敷で悠々自適に暮らす青年――それが本作の天竺ムスルなのであります。
そんなムスルの屋敷に仕えることとなったのは、弱小豪族の妾腹の子・葉月。ごくごく普通の少女だった彼女は、ムスルが操る妖術と、彼の力を見込んで持ち込まれるそちら側の事件に翻弄されて……というのが本作の基本設定であります。
少女向けの作品には、主人と使用人ものとでも言いましょうか……極めて有能ながらも風変わりな独身貴族の主人と、彼に振り回されながらも惹かれていく使用人の少女というシチュエーションのものがまま見かけられますが、本作はまさにその一つと言うべきでしょう。
そうした観点からすれば、本作はさまで珍しいものではないかもしれませんが――もちろんそれで留まる作品ではないことは言うまでもありません。
先に述べたとおり、あたかもフィクションの登場人物のような実在の人物を巧みにアレンジし、さらに当時ならではの風物を織り込んで物語を成立させてみせた本作は、その枠組みがあるが故に、むしろその独自性が際だつのであります。
例えば、本作の二番目のエピソード「墓所の法理」は、実際に中世の寺院が領地を増やすのに用いたロジックを扱った作品。
殺人事件の被害者が見つかった場所を、その者の墓所として、縁の寺院が収めてしまうという、実に室町時代らしい法理によって葉月の父の領地が奪われかける中、別口でこの事件に首を突っ込んだムスルが……
というこのエピソードは、扱う題材といい、ムスルの、そして葉月の活躍ぶりといい、まさに本作でなければ成立しえない世界。
そしてそんな中にきっちりと葉月とムスルの間のドキドキ感を盛り込んでいるのも心憎いところで、作者の職人的とすら言える技を堪能できる作品であります。
中世、室町といえば、混沌・荒廃・殺伐……といったネガティブな言葉がまず浮かびます。それも間違ってはいないのですが、しかしそれだけではなく、そんな時代だからこその豊かさ、広がりがあったのものも、また、事実であります。
そんな室町という時代の混沌と豊穣をある意味一人で体現しているかのようなムスルを主人公に、そしてそんな彼をニュートラルな視点で見る少女を語り手に展開していく本作を、得難い室町ものとして、大いに楽しませていただきました。
それにしてもムスルの生涯を調べてみれば、この先もまだまだ激動の――つまり実に興味深く面白い――出来事が連続しています。
そしてそんな彼の傍らにあった女性のことも記録に残っていることを思えば……まだまだこのシリーズの先が読みたいと、そう願ってしまうのもおかしなことではありますまい。
『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵 メディアワークス文庫) Amazon
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