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2015.04.11

芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 零 狐嫁の列』 怪異と共に歩む青春記

 その怪異描写の巧みさ・独創性と、それでいて時代小説として地に足の着いた描写で、一気に人気シリーズとなった『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズの第零巻、すなわちエピソードゼロであります。かつてはさる藩の藩士だった半四郎の過去に何があったのかが、ついに描かれることになります。

 数奇な運命の導きから、愛刀・鬼出刃丸を手に、江戸で様々な怪異と対決する半四郎。その彼の過去は、これまで作中で簡単に触れられてきたのみでありました。
 さる小藩の藩士の身分でありながら、ある事件が元で最愛の人を喪い、そして彼女を死に追いやった因縁の相手を御前試合で不具とし、仇を討たれることを望んで脱藩、江戸に出た……

 シリーズ第1巻『鬼溜まりの闇』は、その後から始まるわけですが、あらましはわかったものの、詳しくは何があったのかは語られぬまま。それはいずれ、作中で何かの折りに触れられるかと思っていたのですが……
 意外、と言うべきでしょう。ここで「零」という形で、プリクウェルが描かれることとなるとは。

 幼い日に、事故でさる藩の下級の山役人であった父を喪った榊半四郎、いや神之木四郎。父の上役に引き取られた彼は、以来成人するまで、その家で家族同様に育つこととなります。
 本作で描かれるのは、彼の成長の過程。彼の幼き日から、「その日」に至るまでの十数年間が、むしろ青春小説的タッチで描かれていきます。

 もちろん、本シリーズらしい怪異の描写は随所に登場します。
 山人・オオヒトから上役の娘・志津を救い、不思議な古道具屋で奇妙な刀・鬼出刃丸を手に入れる。父の役を継いで深山に入り、巨大な熊・山奥神と対峙する――江戸に出るであっても、やはり彼は怪異とは縁浅からぬもの、とは言えるかもしれませんが……

 しかし、本作においては、怪異はむしろ彼を取り巻く世界の一部という印象。江戸という「都会」ではなく、山という異界と接した地で育った彼にとって、怪異は隣人であり――彼の育つ世界の豊かさ、奥深さの象徴とすら感じられるのであります。

 そんな本作は、むしろ淡々とした、という表現が相応しいタッチで描かれていくのですが、しかしこれが抜群に面白い。
 本作は四郎という寡黙なしかし多感な少年が、この世界の、この社会の諸相と出会い、人間として成長し、そこで喜怒哀楽を――なかんずく「哀」を――味わう姿が、瑞々しく描かれているのです。

 先に述べたとおり、半四郎の過去を、回想という形で、作中で描くことも可能だったでしょう。それを敢えてこうして半ば独立した作品として描いてみせたのは、四郎の成長を、そして彼が様々なものを喪い、半四郎と名乗るまでを、いわば我々に追体験させることで、より強い印象を与えるためであったのではありますまいか。


 これまでのシリーズの紹介の中で述べてきたように、時代怪異譚としての部分と、「文庫書き下ろし時代小説」としての部分――簡単にいえば、市井と密着して展開する時代エンターテイメントとしての部分――が、まったく違和感なく整合し、両立している本シリーズ。
 それは、時代ものとしての、特にその世界で生きる人々の丹念な描写に依るところが大であるわけですが――今回は物語の中心、主人公たる半四郎を夾雑物を加えずに丹念に描くことで、物語の枠組みを一層明確に描き出してみせようとしたのではありますまいか。

 そしてもちろん、それは大成功したと言うべきでしょう。

 この物語を読み終えた後であれば、半四郎がどれだけの想いを背負って生きてきたか(そして何故第1巻の冒頭で絶望に沈んだのか)が痛いほど理解できるのであり――
 何よりも、それでもなお立ち上がり、人を苦しめる怪異に挑まんとする半四郎を、これまで以上に見守り、声援を送りたいと思わされるのですから。


『素浪人半四郎百鬼夜行 零 狐嫁の列』(芝村凉也 講談社文庫) Amazon
狐嫁の列 素浪人半四郎百鬼夜行(零) (講談社文庫)


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