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2015.05.31

富樫倫太郎『土方歳三』上巻 鉄板の青年土方伝

 『箱館売ります』『松前の花』『神威の矢』の土方歳三三部作をこれまで発表してきた富樫倫太郎ですが、この三部作はいずれも箱館戦争を舞台とした、晩年の土方を描いた作品でありました。それに対して、少年時代からの土方の生涯を描いたのが、そのものずばりのタイトルの本作であります。

 日野の豪農の家に生まれながらも、負けず嫌いで「バラガキ」の異名を持っていた歳三。奉公先を次々としくじった彼は、その度に因縁めいた出会いをした少年・勝五郎に惹かれ、石田散薬の行商にかこつけて、諸国で剣術修行に明け暮れることになります。

 やがて勝五郎――近藤勇の試衛館に出入りするようになり武士になるという夢を抱く歳三。
 そんな中、奇妙な縁で知り合った伊庭八郎とともに出かけた吉原でのある出会いがきっかけで、清河八郎という曲者に気に入られる歳三は、しかし清河に本能的な嫌悪を覚えるのでありました。

 そして時は流れ、その清河が結成した浪士組に参加することとなった近藤・土方と仲間たち。清河の裏切り、芹沢鴨との暗闘を経て、土方と仲間たちはその名を京洛に轟かせていくこととなるのですが……


 と、土方の少年時代から池田屋事件までを描くこの上巻ですが、驚くほど「鉄板」の内容、という印象があります。

 少年時代の近藤との三度に渡る奇妙な出会い、吉原の花魁を巡る悲恋(と、それに関わる伊庭八郎、清河八郎との出会い)という本作独自(と思われる)要素はあります。
 しかし基本的な物語の内容、キャラクター描写は、虚実ともども、実に我々がこれまで抱いてきた土方の、新選組の面々のイメージに忠実であります。

 直情径行の硬骨漢である近藤、脳天気なほど明るく近藤・土方を兄のように慕う沖田、豪傑だが酒乱粗暴の芹沢……もちろん、土方本人も含め、ここにいるのは、我々がよく(主にフィクションを通じて)「知っている」彼らそのものなのです。

 それ故、新選組に詳しい方、史実に忠実な内容を求める方、全く新しい新選組物語を求める方にとっては、正直に申し上げれば、本作は物足りないものに感じられるかもしれません。

 しかしそこまで拘らずに読む分には、本作は充分に良く出来た、安心して読める作品であることも間違いありません。
 既存のイメージを敷衍しつつも、そこに一ひねり加わっている部分も多く(たとえば、新選組マニアが顔をしかめるであろう、芹沢鴨が本庄宿で大篝火を焚くくだりなど)、この辺りは作者の職人芸的な部分かと感じます。

 ただし、それなりにフィクションとしての幅が取れる試衛館時代(本書の約半分を占めるのですが)に比べ、浪士組参加以降がやや駆け足に感じられるのもまた事実。
 この先、いよいよ描くべきものが詰まっているであろう、そして史実の枠がいよいよ厳しくなるであろう下巻で、何がどのように描かれるのか……そこは気になる部分であります。


『土方歳三』上巻(富樫倫太郎 角川書店) Amazon
土方歳三 (上)

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2015.05.30

相川真『明治横浜れとろ奇譚 堕落者たちと、ハリー彗星の夜』 三人の自由人の冒険記

 ハリー彗星の接近で世情騒然たる明治43年、役者になるために実家を飛び出し、横浜に流れ着いた前島寅太郎は、抽象画家の谷、自称・浪漫研究家の有坂と知り合う。定職にもつかず己の道に没頭する三人は、なりゆきから彗星撃退を依頼されたのに始まり、横浜を騒がす様々な事件に巻き込まれることに……

 最近賑やかなライト文芸レーベルの一つ、集英社オレンジ文庫(公式サイトで「ライト文芸」を謳っていて少々驚きました)。その中で、タイトルの「明治」「奇譚」を見て気になっていた作品であります。

 と、そのタイトルに冠された「堕落者」なるワードですが、本作の主人公・寅太郎と二人の仲間を指しての言葉。
 定職にもつかず、己のやりたいことをやって生きる彼らは――いずれも実家はいい所なのを思えば――昔流には「高等遊民」と言うべき存在でありましょう。

 しかし作中での彼らの根無し草のような、毒にも薬にもならないような生き方を見れば、なるほど「堕落者」とは言い得て妙かもしれません。

 さて本作は、その堕落者トリオが、流れ着いた先の横浜で出会い、そしてそこで起きる奇妙な事件の数々に巻き込まれる姿を描きます。
 折しも地球に接近しつつあるハリー彗星に怯える富豪の依頼で彗星捕獲をすることになったり、無理心中を迫るストーカーから洋菓子店の美女を守ることとなったり、横浜を騒がす窃盗団、さらには意外な巨悪に挑むことに……

 ここで何といっても楽しいのは、一見役に立たないような彼らが、役者志望の寅太郎は演技、画家志望の谷は精密な絵、浪漫研究家(?)の有坂は優れた科学知識と、それぞれの夢に基づく特技をもって、様々な状況に立ち向かうことでしょう。

 もっとも、寅太郎は10人以上の観客の前ではアガってしまい、谷はキュビズムかぶれ(ちなみにこの時点では最先端……すぎて誰にも理解されない技法)、有坂も誇大妄想気味の珍発明ばかり――
 と、やっぱり変なのですが、それもまた半ばお約束とはいえ、本作の魅力の一つでありましょう。

 ハリー彗星騒動という、まさにこの時代ならではの事件を扱って、本作ならではの世界を作り出している点も、好感が持てます。


 そんなわけで、文芸というよりはかなりライトノベルよりの、軽めのエンターテイメントとして楽しむことができたのですが……個人的には悪い意味で気になる部分もあります。

 上で述べたとおり、本作の主人公たちは高等遊民。今は夢のために苦しい生活をしているものの、家に帰れば豊かな暮らしが彼らを待っています。それはいい。
 その一方で――ここからは物語の先の方の内容に触れてしまい恐縮ですが――本作には、貧しい家に生まれてひたすら働きづめに暮らし、フッと魔が差して悪事に手を出してしまう人物が登場するのに、何ともスッキリしないものが残ります。

 もちろん、寅太郎たちと対照的な存在として描かれているのだとは思いますが、だとすればあまりに後者には救いがなく(皆無ではないのですが)、裏を返せば、主人公たちは結局「いいご身分」の人間でしかない、と見えてしまうのはいかがなものか。
 特に本作の結末、本来であれば大いに楽しい結末で描かれているものを考えれば、そこに何かの意図があるのか……というのはもちろん言い過ぎにしても、釈然としない気持ちになるのが正直なところです。


 人生のレールから外れて、見当違いの方向に、しかし自由に走っていくのが彼ら「堕落者」だとすれば、ただひたすらに彼らの破天荒な自由さだけを見ていたいと――それはそれで難しいことではありますが――思うのであります。


『明治横浜れとろ奇譚 堕落者たちと、ハリー彗星の夜』(相川真 集英社オレンジ文庫) Amazon
明治横浜れとろ奇譚 堕落者たちと、ハリー彗星の夜 (集英社オレンジ文庫)

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2015.05.29

片山洋一『大坂誕生』 街の成長、人の成長

 先日色々と話題になった大阪という街。その大阪が「大坂」だった頃――そして大坂夏の陣で一度灰燼に帰した後、そこから甦ろうとしていた頃を描いたユニークな作品、第6回朝日時代小説大賞優秀作であります。

 江戸時代は天領として扱われ、城代・町奉行が置かれた大坂。その姿は、当初からそうであったように錯覚しがちですが……しかし、その形となる前に、大坂を治め、復興させた人物がいました。
 それが本作の主人公・松平忠明であります。

 徳川氏の重臣・奥平信昌と家康の娘の間に生まれ、後に家康の養子となり、松平姓を戴いた忠明。大坂の陣では、直前に没した兄に代わり美濃の諸将を束ねて活躍し、戦後は大坂10万石を与えられています。
 その後も大和郡山藩12万石、播磨姫路藩18万石と順調に加増移封され、特に後者においては西国探題として睨みを効かせ、また家光の後見人として重きを成した忠明。奇しくも本作と同時に朝日時代小説大賞に入賞した『決戦! 熊本城』にも顔を見せる人物であります。

 さて、本作はその忠明の大坂時代の物語。大坂の陣の活躍を見込まれ、大坂の地を与えられると同時に、家康からその復興を命じられた忠明が、勇躍その大命を果たさんとする姿を描くのですが……
 それは同時に、その道の長さ険しさを描くものでもあります。

 いかに天下は徳川に帰したとはいえ、大坂は豊臣のお膝元。その豊臣を滅ぼし――そして何よりも大坂という土地を一度滅ぼしたのは、ほかならぬ徳川であります。
 いわば大坂は徳川にとって――その代表者たる忠明にとっては敵地。つい先日まで自分に刃を向け、自分が刃を向けた相手の住む地を立て直すことの難しさは、言うまでもありますまい。

 さらに障害は外部だけではありません。名家に生まれ華々しい経歴を持つ忠明を快く思わぬ叩き上げの国目付が、彼の足を引っ張り、大坂に我が意を反映させようと暗躍。
 その背後には「戦後」の幕府の、この国の主導権争いも絡み、いよいよ複雑怪奇な様相を呈することとなります。

 本作は、そんな状況に対し、忠明が持ち前の聡明さと大胆さ、器の広さを以て、困難を一つ一つ乗り越えていく姿を描く物語。そしてそれは、豊かな才を持ちながらも、まだまだ若く経験に乏しい忠明が、時に周囲とぶつかり、時に苦汁を飲みながらも、一歩一歩人間として、大名として成長していく姿を描く成長物語でもあります。

 実に本作の魅力は、大坂という街、忠明という人間(と、それぞれの成長)という題材にあると言えましょう。

(さらに個人的には、忠明の護衛役として、荒木又右衛門が登場するのも面白いところ。実は又右衛門、かの鍵屋の辻の仇討ちに向かう前は、郡山藩で忠明に仕えていたのであります)


 と、その題材は実に魅力的なのですが、小説としては本作は粗い部分があるというのが正直な印象ではあります。

 忠明が大坂を領していた4年間という短い期間が舞台ということもあるかもしれませんが、本作の物語展開はかなりシンプルで、山場もさほど多く大きくはないというのが、その理由の一つではあります。

 しかし何よりも物語としての主義主張、語るべき主題がほとんど全て、登場人物の言葉か地の文において描かれてしまうのは、いかがなものかと感じます。
 もちろんこれは全く個人的な好みの問題であるかもしれませんが……しかし、語るべきものが全て実際の言葉で語られてしまうというのは、一種の説明過多と表すべきように感じられます。


 知る限りでは作者は本作がデビュー作、新鮮かつ魅力的な題材選びに、文章・構成がかみ合えば鬼に金棒だと感じるのですが……

『大坂誕生』(片山洋一 朝日新聞出版) Amazon
大坂誕生

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2015.05.28

朝松健『かはほり検校 一休どくろ譚』 一休宗純、再び暗き夜を行く

 一昨年に休刊したホラー&ダーク・ファンタジー専門誌『ナイトランド』が、先日、『ナイトランド・クォータリー』として復活しました。しかし復活したのは雑誌だけではありません。朝松健描く一休宗純もまた、「一休どくろ譚」と銘打って、本作をもって復活したのであります。

 これまで『異形コレクション』を中心に発表されてきた作者の一休もの。
 後に『ぬばたま一休』のシリーズタイトルを冠された一連の作品に登場する一休は、とんち坊主でも、乱世を生きた高僧でもない、全く新たなキャラクターでありました。

 帝の子として生まれながらも権威権勢に背を向け、たとえ相手が帝でも将軍でも屈さぬ反骨心と諧謔味の持ち主。そして明式の杖術と己の心胆でもって、様々な怪異と対決し、これを打ち破る破邪顕正の人――
 作者の描く一連の室町伝奇、闇深き時代の怪異を描く物語群の中で、一筋の光明とも言うべきキャラクターであります。

 これらの作品では青年期から壮年期が数多く描かれてきた朝松一休ですが、本作で描かれるのは五十代の、初老にさしかかった一休。
 これまで以上に皮肉でひねくれ者、そして人間的に深みを増した一休が、立ち向かうのは、「吸血鬼」であります。

 毎号テーマを決めて、それに沿った作品、評論が掲載される『ナイトランド』誌。後継誌においてもそれは変わりませんが、本作が掲載されたVol.1の特集は「吸血鬼変奏曲」。それゆえの吸血鬼テーマでありますが、もちろんそこに登場する吸血鬼が、並みのそれであるわけもありません。

 将軍義勝(後の義政)が即位した直後の頃、都で続発する奇怪な事件。いずれも身分ある女性が、一滴残さず血を吸われた死体となって次々と発見されたのであります。

 かつての親友・蜷川親右衛門の遺児で将軍直属の若き隠密・元親の依頼で(報酬と引き替えに)この謎を追うこととなった一休(この時の「妖怪変化は若い頃ゲップの出るほど遭遇した」というメタっぽさも漂う憎まれ口も楽しい)。
 折しも、この怪異に遭遇し、危ういところを逃れた盲目の少女芸人・森と出会っていた一休は、一計を案じてこの怪異に挑むのですが……

 という内容の本作、短編ということもあって物語展開は比較的シンプルなのですが、冒頭で森が魔物に襲われるくだりなど、視覚を持たぬ者故の、それ以外の感覚によって怪異を描き出す様は、やはりベテランの技。

 恐らくはあの吸血鬼時代小説のオマージュであろうタイトルは一見ストレートに感じられるかもしれませんが、意外な形で現れるクライマックスと、その先に待ち受ける良い意味で釈然としないものが残る結末もまた巧みであります。


 晩年の一休といえば、盲目の美女・森侍女を側に置いていたことがよく知られていますが(『ぬばたま一休』にも何度か登場していますが)、いよいよ彼女も本作で本格的に登場したことになります。
 さらに、くせ者だった父親に比べればまだまだ青い元親と、一休とともにシリーズを引っ張っていくであろう顔ぶれも興味深く、復活第一作として、今後も期待が持てる滑り出しでありましょう。

 おそらくは今後『ナイトランド・クォータリー』で発表される作品も、特集のテーマに合わせたものになるかと思いますが、それもまた『異形コレクション』を思わせて懐かしい。
 まずは、暗き夜を行く者――一休宗純の旅が再び始まったことを喜びたいと思います。


『かはほり検校 一休どくろ譚』(朝松健 書苑新社「ナイトランド・クォータリー」Vol.1所収) Amazon
ナイトランド・クォータリーvol.01 吸血鬼変奏曲


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2015.05.27

瀬川貴次『化け芭蕉 縁切り塚の怪』 芭蕉vs芭蕉が意味するもの

 『鬼舞』『ばけもの好む中将』と、平安時代を舞台とした、ちょっとコミカルで妖しい時代ものを得意とする瀬川貴次の新作は、何と江戸時代、それも若き日の芭蕉と曾良を主人公とした妖怪ものでありますが、これが何ともこちらの想像とはまた違う方向に展開していく異色作であります。

 松尾芭蕉が元々伊賀の無足人の出身であることはよく知られている史実。
 そして自分を近くに取り立て、ともに俳諧を楽しんだ主君・藤堂良忠を若くして亡くし、藤堂家を致仕した後、句匠として江戸で名を挙げるまで、様々な苦労を重ねたこともまた、それなりに知られているのではありますまいか。

 本作の主な舞台となるのは、この良忠が亡くなった直後。自分のことを評価、理解してくれていた主君を失い――そしてその一方で主君の継室に淡い想いを寄せ――空虚さと煩悶を胸の内に抱えていた若き日の芭蕉、松尾宗忠が、これまた若き日の曾良、河合惣五郎とともに妖怪絡みの事件に挑むのですが……
(ちなみに史実ではこの時点で芭蕉と曾良はまだ出会っておりません)

 いわゆる有名人探偵もの的な展開(のみ)を期待していると、大いに驚かされることとなります。


 これは物語のごく序盤で明かされる設定なのでここで紹介してしまいますが、実は本作のもう一人の主人公とも言うべき存在は、死の床にあった老いたる松尾芭蕉(!)。
 死を目前にして、出仕もせず妻子も持たず、旅に明け暮れた己の人生に深い悔恨を抱いた芭蕉は、いかなる力の作用によるものか、芭蕉翁と名乗って若き日の自分・宗忠の前に現れ、彼が自分と同じ道を歩むことを阻もうとするのであります。

 奇怪な妖をけしかけてくる芭蕉翁がまさか未来の自分自身とも知らず苦しめられる宗忠。しかしさらにそれに加え、一連の妖騒動にはさらに一ひねりが用意されているのですが――さすがにこれは読んでのお楽しみ、であります。

 ただ一つ言えるのは、本作のシチュエーションが、多くの人が抱くであろう二つの想い――すなわち、若き日の不安と、老いて後の悔恨のせめぎ合いであるということであります。
 そしてそれは同時に、如何に過去と決別し、未来に踏み出していくかということであり――芭蕉vs芭蕉とも言うべき奇想天外なシチュエーションが、それを巧みに描き出していると、そう感じるのであります。


 冒頭に挙げたような作者の他の作品のファンからすると少々意外なテイストかもしれませんし(宗忠の個性的な家族の描写に、いつもの瀬川節が濃厚に漂っているのですが)、この結末はアリなのかな、と個人的には思いますが……
 しかしここまで描いたのであれば、この先も見せていただきたいな、と感じるのも確かな気持ちであります。


『化け芭蕉 縁切り塚の怪』(瀬川貴次 角川文庫) Amazon
化け芭蕉  縁切り塚の怪 (角川文庫)

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2015.05.26

森川侑『一鬼夜行』第2巻 隠れさた相手の姿、己の姿

 7月には待望の最新巻が発売される小松エメルの『一鬼夜行』シリーズ第1作の森川侑による漫画版の第2巻が発売されました。次々と妖怪絡みの事件が起きる中で、喜蔵と小春の抱えたものが、少しずつ明らかになっていくこととなります。

 原作にほぼ忠実に描かれるこの漫画版ですが、この第2巻に収録されているのは、河童騒動のエピローグと、髪切虫、そして件(くだん)のエピソード。
 百鬼夜行から転がり落ちた小春が居着いて以来、身の回りに妖怪の影が絶えたことのない喜蔵ですが、ついに妖怪は彼の眼前に現れることとなります。

 ……という展開のこの巻、私の第一印象は「いやあ二人とも初々しいなあ」でありました。

 いささか珍妙な印象で恐縮ですが、原作の方は第6作まで刊行、第1部完という状況で、喜蔵と小春も、バディとして完全に定着した感があります。
 一方、第1作のこの時点では二人とも、お互いが――いや、それ以上に自分自身のことを完全には理解していない状況。それ故の二人がすれ違い、ぶつかり合う姿が「初々しい」と感じたのであります。

 もちろんこれは原作既読者故の感想であることは間違いありません。しかし私の表現はさておき、この相互理解の、自己理解の不足ゆえの二人の関係性(とその変化)は、本作の中心に来るべきテーマだと、再確認させられました。

 経立にして鬼というこの世界にただ一人の存在であり、そして百鬼夜行という妖怪たちの世界からも外れてしまった小春。親に、縁者に、親友に裏切られ、誰を信じることもなくただ一人生きてきた喜蔵。
 本作は、それぞれそんな孤独感を背負い、それを表面上からは窺えぬように隠しながら生きてきた主人公二人の物語であります。

 互いに他者を拒否しつつ――ある一定以上の距離に近づけず――生きてきた二人が、やむなくコンビを組んだ時、見えるものはそれぞれの姿であり……そしてそこに映し出された自分自身の、それも目を背けてきた部分。
 この巻で小春と喜蔵がそれぞれにぶつけ合う、自分自身にぶつける言葉は、それゆえに相手と自分自身、双方へのものであった……


 ということが、今回スッと理屈抜きで伝わってくるのは、これは原作の構成によるところはもちろんのこと、漫画としての絵の力によるところがかなり大きいと感じます。

 コミカルに、ユルく二人のやりとりを描いておいて(漫画版はこの部分も実に可愛らしくてよいのですが)、時にハッとさせられるようなシビアな切り込み方をみせる、というのは原作通りですが、そこで二人が浮かべる表情を絵で目にすることができるのは、漫画のみの力でしょう。

 喜怒哀楽豊かな小春、仏頂面一本槍の喜蔵――そんな二人が、己の内面を垣間見せる時、垣間見られたとき、どんな表情を浮かべるのか。
 それは上で述べた二人の隠れた関係性が発露する――あるいは変化する――一瞬であり、大げさに言えば、本作の核が見える瞬間であります。

 それを絵にして見せることは、諸刃の剣ではあるかもしれませんが、少なくとも本作においては、それが説得力を持って、効果的に描かれていると……そう感じます。


 おそらくはこの漫画版(で原作第1巻が描かれるの)もあと1巻。その先に待つ二人の関係性の変化がどのように描かれるのか、いや何よりもこの物語の果てに二人がどのような表情を浮かべるのか、それを目にする日を楽しみにしたいと思います。


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 「一鬼夜行」 おかしな二人の絆が語るもの
 「鬼やらい 一鬼夜行」上巻 再会の凸凹コンビ
 「鬼やらい 一鬼夜行」下巻 鬼一人人間一人、夜を行く
 「花守り鬼 一鬼夜行」 花の下で他者と交流すること
 「一鬼夜行 枯れずの鬼灯」 近くて遠い他者と共にあるということ
 「一鬼夜行 鬼の祝言」(その一) 最も重く、最も恐ろしく
 「一鬼夜行 鬼の祝言」(その二) 最も美しく、最も切なく
 『一鬼夜行 鬼が笑う』の解説を担当しました

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2015.05.25

史間あかし『町医者風尹の謎解き診療録』 すれ違う想い、乗り越える想い

 梶浦風尹は、若年ながら腕利きの外科医。ある日、師から呼び出され、女性の変死体の検分を命じられた風尹は、残された縫合の跡から、医師が関わっていることに気付く。用心棒代わりの南町同心・十郎太とともに謎を追う風尹の前で次々と起こる事件。それは、風尹自身の過去にも結びついていた……

 最近とみに増えてきた一般文芸とライトノベルの中間的レーベル。そこで発表される作品の多くは現代ものですが、中には時代ものにチャレンジして下さるありがたい作品もあります。本作もその一つ、第1回ラノベ文芸賞・金賞を受賞した時代活劇であります。

 本作の主人公は、タイトルにあるとおり町医者・梶浦風尹。さる大名家の典医の家に生まれ、まだ少年といっても通じる若さと美貌に似合わぬ外科医の腕を持ちながら、家を飛び出し、神田で職人たちを相手に腕を振るう毎日を送っています。
 そんな風尹の相棒……というか用心棒が、南町同心の十郎太。母と弟妹たちを抱えて苦しい生活を送る彼は、非番の時には風尹に雇われてこき使われているのでした。

 さて今回、体に縫合跡を持つ不審な女性の死体に、自分に勝るとも劣らぬ施術の腕を窺わせるその跡に不審を抱いた風尹が始めた探索の先に浮かぶのは、江戸で密かに流通するある「薬」と、姿を消した女たちの存在であります。
 果たして何故女は殺されたのか。薬との、縫合跡との関係は。そして何よりも、事件の背後に潜む者の目的は。

 少しずつ明らかになっていく秘密は、風尹が背負った心の傷に結びつくもの。今なお自身を苦しめるトラウマと向き合うこととなった風尹、そして十郎太はそんな風尹を何とか支えようとするのですが――


 思い切って先に書かせていただきますが、一冊の時代小説として見た場合、本作は必ずしも万全とは言い難い印象があります。

 本作が時代考証に力を入れているのは大いに評価できるのですが、それに関する描写がやや多く、物語のテンポに影響を及ぼしているやに感じられるのがその理由の一つ。
 しかしそれ以上に、一つの物語に色々と盛り込みすぎている――登場人物がかなり多く、それぞれの視点からの描写もまた多いこと、そして何よりも、物語を、事件を構成する要素が非常に多いことが気になります。

 ほぼ商業デビュー作ということもあってかとは思いますが、一つの物語としては整理が足りない……厳しいのですが正直な印象であります。


 しかしそれであったとしても、本作は独自の魅力を持ちます。風尹と十郎太のみならず登場人物はなかなかに個性的・魅力的でありますし(風尹の現代人的な「僕」しゃべりはどうしても馴染めないものがありましたが、これはまあ仕方ない)、何よりも二人がそれぞれに背負ったものの存在と、それとの対峙が丁寧に描かれているのがいい。

 今なお風尹を悩ませ、狂わせる凄惨な過去。それは風尹一人にまつわるものではなく、その父と母それぞれにに対する鬱屈が生み出すものであります。
 一方の十郎太も、豪勇で知られた亡き父に対して複雑な想いを抱き、父の遺した槍を受け継ぐのを拒んできたという面を持ちます。

 父との相克というのは、まず普遍的なテーマではありますが、時代ものならではのシチュエーションの中でそれを描き、そして主人公たちの成長に繋げていく展開は、やはり読んでいて気持ちの良いものがあります。

 そしてそれ以上に感心したのは、物語の中心に存在する、ある仕掛けであります。
 この仕掛け、時代ものとしては定番ものではありますが、そこにさらにもう一つひねりを加えることで、幾つもの想いがすれ違うこの物語に何とも言えぬ皮肉さと、何よりも哀切さを添えているのは、唸らされたところです。


 レーベルや、タイトルから受ける印象の割りにはヘビーな内容の本作。
 長短様々な側面を持つ作品ではありますが、より広い層に向けた時代小説の誕生を祈るものとして、本作の、作者の試みがこの先も続き、より洗練された形で実っていくことを心から期待しているところです。


『町医者風尹の謎解き診療録』(史間あかし 富士見L文庫) Amazon
町医者風尹の謎解き診療録 (富士見L文庫)

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2015.05.24

野田サトル『ゴールデンカムイ』第3巻 新たなる敵と古き妄執

 第1・2巻が連続刊行され、少し間が空いてやきもきさせられていた『ゴールデンカムイ』、待ちに待った第3巻の発売であります。アイヌの黄金争奪戦はいよいよ白熱、仲間たちの助けで窮地を脱した不死身の杉元の前に、新たな強敵が――それも個性の固まりのような相手が――現れることとなります。

 謎の凶悪犯が秘匿したという莫大なアイヌの黄金を追い、その在処を記した刺青を掘られた脱獄囚たちを追う、日露戦争帰りの不死身の好漢・杉元と、アイヌの少女・アシリパの凸凹コンビ。
 しかし黄金を狙うのは彼らのみではありません。自らも脱獄囚の一人である、実は生きていた土方歳三。そして怪軍人・鶴見中尉率いる最強の帝国陸軍第七師団……

 それぞれが血眼で脱獄囚(の刺青人皮)を探す中、単独行動していたところを鶴見中尉に捕らわれた杉元が激しい拷問を受ける中、アシリパは味方につけた脱獄囚の一人、脱獄王こと白石とともに救出に向かうことになります。

 というわけでこの巻の冒頭で描かれるのは、この救出劇の模様。これまでほとんど二人で行動してきた杉元とアシリパが引き離された中、それぞれがどのように窮地を脱するのか……
 それ自体、敵方も含めてそれぞれのキャラクターに見せ場がある、なかなかに読み応えがある展開なのですが(特に自分の命がかかった時の杉元の思い切りの良さ、容赦のなさにはただ感心)、個人的により印象に残ったのは、その後であります。

 捕らえられたことよりも、(その身を慮ったとはいえ)杉元が相棒の自分を信じず単独行動を取ったことを怒るアシリパ。ギクシャクした二人の「和解」の象徴となったのは、何とあの――
 お互いの民族に対して偏見はないものの、しかしそれでも拭えぬ違和感はどうしても存在していた二人。これまで散々にギャグのネタとなってきたその一つを、ここで乗り越ええることによって、二人が相棒の絆をより強いものとしたというのが、何とも心憎いのであります。


 しかしそれも束の間、白石も含めた三人、そしてアシリパの連れる狼・レタラの前に新たなる敵が登場することとなります。
 第2巻でアシリパたちと対決した鶴見の配下にしてマタギ出身の男・谷垣・。優れた狩人である彼ですら及ばぬ伝説の狩人、これまで夥しい数の熊を葬ってきた男・二瓶鉄造が、杉元たちの前に立ち塞がるのであります。

 この二瓶がまた、発する言葉の一つ一つが名台詞――にしては問題のある発言ばかりではありますが――と言いたくなるような、強烈なキャラクターの男。
 狩人として強く太い自我を持ち、その命ずるがままに戦いを挑む……本作に登場するキャラクターは、いずれも単純に善悪では割り切れない、強固な自我を――言い換えれば戦う理由を持つ者ばかりですが、彼もまたその一人なのであります。

 対する杉元は、兵士……というよりサバイバーとしては最強クラスながら、どこか「命」に対して優しさが抜けぬ男。
 己の身を守るために他者の「命」を奪ってきた者と、己が生きるために他者の「命」を奪ってきた者――似て非なる生き方を背負う二人の対決の行方が、気にならないわけがありません。


 そしてもう一人気になるといえば、堂々この巻の表紙を飾った土方歳三。これまでは顔見せ的な出番だったものが、今回ついに本格的な動きを見せることとなるのですが……
 老いてなお全盛期と変わらぬ苛烈さを見せるその姿は、まさに「鬼の副長」というほかなく、彼がその後も生き残っていたら、というこちらの期待に応えるような存在感であります。

 その一方で、彼が呟いた言葉の中に、彼の「副長」としての妄執を感じさせるのも見事で、この点も含め、彼がこの先の物語において、台風の目になるであろうことは、間違いありますまい。


『ゴールデンカムイ』第3巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 3 (ヤングジャンプコミックス)


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2015.05.23

竹下文子『酒天童子』 理想の武士、理想の「大人」としての頼光

 これまでこのブログでは、児童書の時代(伝奇)ものも取り上げるようにしてきました。その中にはオリジナルももちろん数多くありますが、古典のリライトものにも見るべきものが少なくありません。本作もその一つ、また見逃せません。源頼光とその配下の四天王の活躍を描く物語であります。

 源頼光とその四天王――渡辺綱、坂田金時、碓井貞光、卜部季武――といえば、本作のタイトルともなっている酒天童子(酒呑童子)や土蜘蛛、一条戻り橋の鬼など、鬼や妖怪と戦った(という伝説・巷説が残されている)面々。

 本作は、そんな頼光と四天王の活躍を、タイトルにある酒天童子との対決を中心に長短5つのエピソードを通じて描いたもの。
 鬼の腕、土蜘蛛、盗賊鬼同丸、酒天童子など、いずれもお馴染みのものでありますが、それぞれが『平家物語』『今昔物語集』『御伽草子』等、別々の出典によるものが、一つの物語としてまとめられているのは、案外に珍しいのではありますまいか。

 この点、主人公は同一とはいえ、別々の物語を一つにまとめるというのはなかなかに難しいのではないかと思いますが、一つの物語としてしっかりと成立しているのは、ベテランの技と言うべきでしょうか。
 それも頼光と四天王のみならず、さらに安倍晴明や藤原保昌など、他の同時代人のエピソードも取り込み、さらに物語やアクションのディテールに、能や歌舞伎で描かれたそれを盛りこんでいるのも実に楽しいのです。

 『村上海賊の娘』などで知られる平沢下戸のイラストはいかにも今風ですが、中身は堅実かつ複雑に組み立てられた、なかなかによくできたリライトと感じます。


 そして、そんな本作において特に感心させられるのは、頼光の一人称で――すなわち頼光の視点から物語が描かれる点であります。

 本作におけるその頼光像は、一言で言えば「大人」ということになりましょうか。
 武士らしく血気盛んなところはあるものの、四天王をはじめ一族郎党を率いる長として、帝にそして藤原氏に仕える身として、分別ある、沈着な視点を彼は持ち続けます。

 主人公がこのようなキャラクターの場合、ともすればイケメンで冷静だが仏頂面の綱、天真爛漫な金時、生真面目な貞光、皮肉屋の季武と、四天王のキャラクターをわかりやすく設定することで、物語に膨らみを与えているのも巧みな点でしょう。
(また、一人称で描くことが、先に述べた物語としての一貫性にも寄与していることは言うまでもありません)

 閑話休題、こうした頼光の視点、頼光の人物像が最も良く機能しているのは、彼が酒天童子と対峙した場面においてであります。

 本作における酒天童子は、奇怪な妖術を操り、恐るべき鬼の群れを率いながらも、見かけは美しく、そしてどこか移り気な青年。
 そんな酒天童子が見せる狂気、気紛れさ、残酷さ、無邪気さ――それは、人を守る武士たる頼光の持つ分別や誠実さと対比すべきものとして設定されているやに感じられます。

 そう、頼光が「大人」だとすれば童子はまさに「子供」――そんな童子に対する頼光のある言葉は、童子の本質を見事に突いたものとして、大いに唸らされます。

 最近の様々な作品では、頼光が単純な正義の味方としても、童子が単純な悪鬼として描かれることはむしろ珍しいと言えますが、しかし本作の描写は、従来のイメージを踏まえつつ、さらにそこから一歩踏み込んだものを感じさせるのです。

 そしてその中に描かれるのは、武士として、あくまでも等身大の人間として、武士として己の在り方を求める頼光の姿であり、そこには「童子」と対比されるべき理想の「大人」の姿がある……と解するのは格好良すぎるでしょうか。


 本作の最後に収められているのは、老境の頼光が、東宮に求められて狐を射た際の物語。今昔物語集に収められたこの逸話は、己の手柄を誇らぬ彼のの人柄を示すと言われるものであります。

 時系列でいえばある意味当然とは言え、あるべき弓取りの物語で本作が終わるのは――そして本作の冒頭で語られるのが、名剣としてあるべき格を備えた髭切丸と膝丸の逸話であることも併せて――なかなかに示唆に富んでいるように感じられるではありませんか。


『酒天童子』(竹下文子 偕成社) Amazon
酒天童子

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2015.05.22

松永弘高『決戦! 熊本城 肥後加藤家改易始末』 それぞれの「武士」であることの意味

 昨年の第6回朝日時代小説大賞優秀作の一つが、本作であります。副題にあるとおり、江戸時代前期、三代将軍家光の時代に改易された肥後加藤家を巡る波瀾を描く作品ですが、これが作者のデビュー作とは思えぬ豊かかつこなれた内容の本作、受賞もむべなるかな、という印象です。

 かの加藤清正の加藤家が、その子・忠広の代で改易されたのは紛れもない事実。しかしその理由については未だはっきりしないところに、本作成立の余地があります。

 忠広が半ば不意打ちに近い改易の沙汰を従容と受け入れ、他家に預けられた一方で、手つかずのままなのは、彼の領国である肥後は熊本城。当然この城も幕府に徴収されるべきものですが、しかし相手は強情で知られる肥後武士の一団、ただで済むとは思えません。

 折しも家光は将軍の座に就いたばかり、幕藩体制の秩序がいまだ完全には確立されていないこの時代に、一歩間違えれば幕府と加藤家の間で全面戦争となりかねない――
 本作は、そんな状況下でこの難事に当たることとなった、幕府側、加藤家側の士の姿を描き出します。

 幕府側の中心人物として描かれるのは、備後水野家二代・勝重。戦国を往来した父・勝成の跡を継ぎ、真面目に、慎重に大名としての勤めを果たす人物であります。
 この勝重、大坂の陣にも出陣しており、決して大人しいだけの人物ではありませんが、かぶき者として知られる父や弟・成貞(かの水野十郎左衛門の父)に比べれば、いささか地味な人物。

 そんな彼が、上使・稲葉正勝を補佐して肥後に向かうのですが――しかし、これは上で述べた状況を考えれば、実質的には幕府軍先鋒とも言うべき役割。家光の一の寵臣たる正勝を支え、事あらば先頭に立って堅城を攻めねばならぬ立場であります。
(ここで家光の旗本であった成貞が、勝手に江戸を抜け出し、鑓持ちに扮して家重の一行に紛れ込む、という展開がまた面白い)

 そして対する加藤家の中心人物は、主席城代たる加藤正方。清正を、忠広をこれまで支え、そしていま江戸で下った沙汰に対し、主君の言葉を背負って肥後での対応を一任された傑物ですが――

 しかし、彼を待ち受けるのは、幕府の大軍と戦って破れ、民もろとも蹂躙される道か、戦わずして天下の笑い者となる道。
 どちらを行っても苦しみのみが待つ状況で、彼は主君に代わり、藩を背負わされたのであります。
(ここで清正の継室であり、勝成の妹でもある清浄院が、主戦派として城内で重きをなしているのがまたつらい)


 このような状況にある場合、幕府側が悪役とされるのはある意味定番かもしれません。しかし本作は、どちらかを善と、悪とするのではなく、この一件に携わった全ての人々の立場に優劣を付けることなく描き出します。
 本作で描かれるのは、勝重の、正方の、勝成の、成貞の、正勝の――それぞれの立場で、それぞれが背負った責任と覚悟。そしてそれは言い換えれば、それぞれにとっての「武士」「侍」であることの意味であります。

 本作の舞台となるのは、いわば乱世と泰平の(後者に大きく寄った)過渡期。乱世を知る勝成や正方のような人間はほとんど消え、辛うじて乱世に間に合った勝重や、完全に泰平の世しか知らぬ成貞・正勝のような人間が生きる時代であります。
 そんな時代において、武士の、侍の意味が変質していくことは言うまでもありませんが――しかしそれを甘んじて受け入れることができぬのもまた当然でしょう。

 乱世と泰平の間の世代の鬱屈、泰平の世代の不安――その交錯こそが、まさに「決戦」。
 本作のクライマックスは、いささかあっけなく感じられるかもしれませんが、しかしそこで繰り広げられたものは、実際に槍を手にしての合戦にも劣らぬ、武士と武士のぶつかり合いと感じられるのです。

 一種歴史の皮肉とも感じられる、結末に語られる登場人物たちのその後の姿も印象的で、冒頭から結末まで、鮮烈な「戦い」の姿を見せていただいた思いであります。


『決戦! 熊本城 肥後加藤家改易始末』(松永弘高 朝日新聞出版) Amazon
決戦! 熊本城 肥後加藤家改易始末

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2015.05.21

平茂寛『ねぼけ医者 月を斬る』 医者と剣士、人間と剣鬼の間で

 意外な作家の意外な作品が並ぶ白泉社招き猫文庫ですが、今日ご紹介するのは、朝日時代小説大賞出身者の、一風変わった剣術アクション。小児科医にして御庭番の助っ人という、異彩を放つ青年・宇田川三哲を主人公とした作品であります。

 毎日昼過ぎまで寝ていることから「ねぼけ医者」というありがたくない渾名をつけられている三哲。しかし医者としての腕前は江戸でも屈指、しかも貧しい患者からは診療代を取らないという態度から、診療所は毎日患者で引きも切らない状況であります。

 しかしその三哲が「ねぼけ」ている理由は、医師とは正反対の血なまぐさいもの。
 伝説の流派・無眼流の遣い手である彼は、その腕を買われて御庭番の助っ人となり、夜毎、江戸で跳梁する尾張藩の御土居下同心狩りに参加していたのでありました。

 しかも無眼流の秘剣は、それを修めれば、そして用いれば、剣流に潜むという妖魔にその心身を蝕まれ、血に飢えた悪鬼に変わってしまうという恐るべきもの。
 かくて三哲は、その心身をすり減らしながらも、医師として、剣士として日夜戦うことに……


 と、一見ユーモラスなタイトルに見えて、内容はかなりハードな本作。
 医者として貧しい人々を助けるためには金がいる。そのために剣を振るえば、自分が悪鬼に近づいていく……と、孤独な宿命を背負わされた彼は、最近の文庫書き下ろし時代小説の中でも、かなり重いものを背負わされた主人公のように思います。

 その三哲、さらに本作では近所の悪ガキに裏の顔を知られ、機密保持と良心の間で板挟みとなったり(そしてそれが元で他の御庭番から裏切りを疑われたり)、日頃から懇意にしている9代将軍家重の寵臣・大岡出雲守の娘と身分違いの恋に悩んだりと、受難の連続。
 人間としての想いと、剣士としての宿命の板挟みになる彼の姿は、将軍家の権威を地に落とそうという敵の陰謀の中で、一つのクライマックスを迎えることとなります。


 そんな本作は、ウェットな部分とドライの部分の使い分けも巧みで、さすがにこの作者らしい達者なところを見せてくれるのですが、しかし個人的には主人公像にスッキリしないものが残った、というのが正直なところ。

 別にハードな宿命も、ままならぬ浮き世の悩みも、それはそれで味わいなのですが、主人公がそれに翻弄されるばかり、流されるままで終わってしまったように見えるのには、個人的には共感できませんでした。

 もちろん、幾重にも重なる苦しい状況下では、生き抜くことだけでも素晴らしいことでありましょうし、その苦さを飲み込んで生きることも、大事な道でありましょう。
 それは理解しつつも、もう少し彼には主体的に動いて欲しかった、動ける道を与えて欲しかった……そう感じた次第です。


『ねぼけ医者 月を斬る』(平茂寛 白泉社招き猫文庫) Amazon
ねぼけ医者 月を斬る (招き猫文庫)

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2015.05.20

『酔ひもせず 其角と一蝶』 男の友情と、隠された人の想いと

 その軽妙洒脱な画風と、横紙破りの言動で知られた絵師・英一蝶が、松尾芭蕉の一番弟子である宝井其角と交流を持っていたことは、それなりに知られているかもしれません。本作はその史実を踏まえつつ、其角と一蝶を探偵役にしてみせた、ユニークな、そして切なくも味わい深い物語であります。

 一番弟子として蕉門のまとめ役でありつつも、周囲に溝を感じて暮らす其角の無二の親友。それが豪放磊落な性格で絵師と幇間という二つの顔を持つ多賀朝湖(後の一蝶)でありました。
 不思議に馬が合う二人は、常につるんでは豪快に酒を飲んでは痛快に遊んでいたのですが――そんな二人の一番の楽しみは、世間で語られる面白い話を集めては、その背後の謎を解くという遊び。

 そんないわば素人探偵の二人が巻き込まれたのは、吉原の妓楼で起きた奇怪な神隠し事件であります。
 屏風に描かれた子犬が動くところを見た遊女三人が次々と神隠しに遭った――妓楼の太夫二人からその解決を依頼された其角と朝湖ですが、遊女たちを救うために奔走するのですが、謎は解けるどころか、深まるばかりで……


 と、いわば有名人探偵ものである本作ですが、何よりもまず印象に残るのは、主人公コンビのキャラクター造形でしょう。

 どちらかと言えば――個性的な親友に振り回される常識人という意味で――ワトスン的立ち位置の其角は、言うまでもなく後世にも名を残す俳人ながら、一言多い性格で、すぐに人を怒らせてしまう男、という設定。
 それがために己の本心を韜晦するようになった彼が、その豪放磊落さを密かに憧れる朝湖の前でだけは自然に振る舞うことができるというのが実に面白いのです。

 そしてその朝湖の方も、描いた絵が動くと言われるほどの腕前を持つ絵師にして、的確な観察眼と――おそらくはそれに裏付けされた――勘でもって人々を楽しませる幇間という設定が実にいい(ちなみに彼が幇間であったのは史実)。
 それでいて、実は心の中に、其角にすら語ろうとしない陰を背負っているというのも、またグッとくるではありませんか。

 本作はそんな全く性格は異なりつつも何故か馬が合う二人の、男臭くもひどく繊細な――それぞれに互いの抱える鬱屈の存在を知りつつも、それを酒に紛れて笑い飛ばすような、実に好もしい友情物語でもあるのです。

 そんな二人が挑む事件も、ミステリとしての仕掛けの面白さもさることながら、二人の捜査の過程で明らかになっていく、事件に関わった人々の心の奥底に秘められた想いの姿がまた魅力的なのです。

 本作の主な舞台となるのは吉原――江戸という巨大都市の真ん中に生まれた巨大な作り事の世界、天国と地獄が背中合わせの世界であります。
 幇間としてそこで生きる男女の姿を誰よりも良く知る朝湖ですが、しかしそれでもなお、人の心は複雑怪奇。其角が、朝湖がそうであるように、心の奥底にしまった想いの在り方、なかんずく己の生に求めるものの形は人それぞれであり――二人が挑む謎解きは、畢竟その隠された想いの姿を紐解くことにほかなりません。

 そしてその先に描かれるのは、朝湖自身の秘め隠してきた想いなのですが――その詳細はもちろん伏せるとしても、絵師と幇間、朝湖の持つ二つの顔を結びつけ、そして彼のその後の足跡にも繋がっていくそれには、ただただ感服させられた、と申し上げるのは構いますまい。


 吉原に集う人々の物語として、男と男の友情物語として、そしてもちろん時代ミステリとして、実に完成度の高い本作。そんな本作に対してあえてケチを付けるとすれば、物語の終わりがあまりにも綺麗にまとまりすぎていることでしょうか。

 いえもちろん、それ自体は素晴らしいことではあります。それでもこう思ってしまうのは、ひとえに二人の友情の姿が素晴らしかったからのみ。二人の語られざる事件がこの先語られることを――そう思うこと自体が野暮の極みと理解しつつも――祈る次第です。

『酔ひもせず 其角と一蝶』(田牧大和 光文社) Amazon
酔(ゑ)ひもせず 其角(きかく)と一蝶(いっちょう)

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2015.05.19

『なないろ金平糖 いろりの事件帖』(その二) 彼女の最後のチカラ

 伽古屋圭市の大正ミステリ第3弾『なないろ金平糖 いろりの事件帖』の紹介の続きであります。千里眼というチカラを題材としつつも、本格的なミステリである本作。しかし本作の素晴らしい点はそれに留まりません。本作はそれと同時に、少女の成長物語としてもまた、優れた作品なのです。

(以下、終盤の内容を匂わせる描写がありますのでご注意を)

 先に述べたとおり、幼い頃のある事件がきっかけで千里眼を得たいろり。しかしそのチカラは決して彼女に福をもたらしたわけでえはない――いや、むしろ苦しみを多く与えたものでした。
 彼女の意志とは無関係に、彼女の脳裏に浮かぶ過去や未来の記憶。それは幼い彼女の心を苦しめると同時に、周囲の人間から彼女が阻害される理由となるものでありました。

 ここで唸らされるのが、大正時代という本作の舞台設定。この時代、千里眼は胡散臭くみられるものであって、有り難がられるものではなかった……と言えば、気付かれる方もいるでしょう。
 そう、千里眼といえば、本作から遠くない過去である明治時代末に御船千鶴子らの千里眼に対する真贋論争が起きているのであり――その結果として社会が持つようになった千里眼に対するネガティブなイメージは、いろりにも暗い陰を落としているのです。

 そんなわけで、他者との交わりを可能な限り避けてきたいろりでありますが――しかし彼女にとって近しい者が現れます。それは第1話で彼女がその能力を隠しつつ、悩みを解決してみせた少女・絹。
 それ以来、いろりをお姉さまと呼んで一心になつく絹に、いろりもまた心を開いていくのですが――しかし、彼女を悩ませるのは自分のチカラの存在であります。

 果たしてそのチカラの存在を打ち明けた時、絹がこれまでどおり、自分を受け入れてくれるのか。そんな彼女の迷いが引き金となって思わぬ事件が起こり、そしてそれはいろりと絹の絆を試すこととなるのですが――
(これはあまり詳しく書くわけにはいけませんが、「その時」に向けて、不吉なビジョンが積み重ねられていくのがたまらない)

 もちろん、いろりの持つチカラは、あくまでも特別な例であります。
 しかし、ありのままの自分自身を他者が――それも自分に近しい者、近しくありたい者が――受け入れてくれるかというのは、誰にでもある悩み・迷いでしょう。

 そんな感情に対し、最後にいろりが如何なる答えを出すのか。もちろんそれをここで述べるわけにはいきませんが、彼女の七色の金平糖の最後の色が引き出したチカラこそが、その答えであります。
 そしてそのチカラを意味するところを――彼女のこれまでの人生を踏まえて――思えば、彼女の成長に、熱い感動がこみ上げるのです。


 そして――その先にも一つの謎解きが存在します。それも、本作の特異な設定でこそ成り立つ、極めて意外なかつ極めてフェアなものが。
 それを知った時には、作者のファンとしては極めて爽快な気分で叫ぶしかないのであります。「今回もやられた!」と。


 超能力探偵という扱いが難しい題材を用いつつ本格的なミステリを構築し、そしてその中で爽やかな少女の成長劇を描き出す。
 作者がこちらの想定したハードルを軽々と超えてみせるのに、もう驚く必要はないのかもしれません。この次も、そのまた次も……作者はこちらの想像を超える作品を繰り出してくるのでしょうから。


『なないろ金平糖 いろりの事件帖』(伽古屋圭市 宝島社文庫『このミス』大賞シリーズ) Amazon
なないろ金平糖 いろりの事件帖 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)


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2015.05.18

『なないろ金平糖 いろりの事件帖』(その一) 超能力探偵のフェアなミステリ

 日本橋の金平糖専門店「七ツ堂」の一人娘・七ツ瀬いろりには、人には言えないチカラがあった。それは人や物に触れることでえその過去や未来を視ることができる千里眼。七色の金平糖を食べることで、それぞれ異なるチカラを発揮できる彼女は、愛猫で友人のジロとともに、様々な日常の謎に挑むが……

 『帝都探偵 謎解け乙女』『からくり探偵・百栗柿三郎』と、コミカルでユニーク、しかしあっと驚くような仕掛けが用意された作品を発表してきた伽古屋圭市の大正ミステリ第三弾が、本作『なないろ金平糖 いろりの事件帖』であります。

 これまでの二作が期待を上回るような作品であっただけに今回ももちろん期待してしまうのですが、何と今回はいわゆる超能力探偵ものという、匙加減が難しい内容。
 二度あることは三度あるのか、三度目の正直なのか――期待と不安を胸に読んだのですが、いやはや申し訳ありません。今回もやられました。

 本作の主人公・いろりの持つ能力は千里眼。実家の金平糖屋の七色の金平糖を口にすることにより、触れた人や物の過去の記憶、はたまた持ち主現在の状況や、未来に起きることなど、それぞれ微妙に異なるチカラを発揮できる少女であります。
 幼い頃に起きたある事件が元でこのチカラを身につけた彼女は、その際に出会い、言葉を交わすことができるようになった猫・ジロとともに、周囲に起きる様々な事件に挑むことになって……

 というと、むしろ魔法少女もののような設定ですが、しかし本作は様々な仕掛けにより、本作を見事にミステリとして成立させてみせます。
 その最たるものは、いろりのチカラにかけられた制限でありましょう。

 と言っても、回数制限ではありません(回数制限もあるのですが)。ここでいう制限とは、彼女の千里眼にも視えないものがあるということ――すなわちチカラのルールであります。
 そう、あくまでも彼女の千里眼は、他者の(人のみならずジロもOK)記憶や、物(に焼き付けられた他社)の記憶を読みとるもの。そこから得られるビジョンは、あくまでも媒介となった者/物の視点に留まるのです。

 これは、言い換えれば、視えるのはその視点からの「事実」のみであり――「真実」は、そこから彼女自身で導き出さなければいけないのであります。
 限られた情報を分析して隠された答えにたどり着く……それは紛れもなく、ミステリと呼ぶべきでしょう。

 事実、本作においては、千里眼で真実を見抜いておしまい、などというお話はどこにもありません。そこで描かれるのは――これまでの作者の作品同様――あくまでもフェアに我々読者にも提示されていた情報をもとにした、それでいて「アッ、そう言われてみれば!」という一点の矛盾から解き明かされる真実の存在なのです。
 対象となる事件が比較的身近なものが多いためか、本作は「日常の謎」ものに分類されるのかもしれませんが、しかしミステリとしての骨格は、あくまでも本格派であります。

 しかし、本作の素晴らしい点はそれだけに留まりません。それは――長くなるので次回に述べましょう。


『なないろ金平糖 いろりの事件帖』(伽古屋圭市 宝島社文庫『このミス』大賞シリーズ) Amazon
なないろ金平糖 いろりの事件帖 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)


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2015.05.17

6月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 楽しかったゴールデンウィークもあっという間に終わり、この先何を楽しみにすれば良いのか……と呆然としている時に入ってきた来月の新刊予定。これがなかなかの充実ぶりで、祝日もない6月が楽しみになれそうです……といい年して五月病丸出しですが、6月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 さて、6月は文庫小説がなかなかの充実ぶりで、要チェックの作品が多く刊行されます。

 ファン待望の剣豪ミステリ第2弾の高井忍『柳生十兵衛秘剣考 水月之抄』、早くも剣豪ホラーの一番手となった感のある芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 4 怨鬼の執』、そして三田さん的にはイチオシの平谷美樹『水滸伝』第2巻。平谷美樹で第2巻といえば、『蘭学探偵 岩永淳庵』も第2弾の『幽霊と若侍』が登場です。

 その他、快調に巻を重ねる上田秀人『百万石の留守居役 5 殉死(仮)』、瀬川貴次『鬼舞 見習い陰陽師と囚われた蝶』と来て、気になるのは新登場の鳴海丈『あやかし小町 大江戸妖異事件帳』。廣済堂文庫ということで、もしかして最近ご無沙汰のあのレーベルでは……と期待してしまいます。

 文庫化の方では、先日の本格ミステリ大賞候補ともなった岡田秀文『黒龍荘の惨劇』の前作に当たる『伊藤博文邸の怪事件』、表紙を誰が担当するかが気になる柴田錬三郎『御家人斬九郎』が登場。

 また、京極夏彦『遠野物語拾遺retold』は、『遠野物語remix』同様、単品(?)の角川文庫版と、オリジナルの『遠野物語拾遺』も収録された角川ソフィア文庫版の両方が刊行。私は比較対照できる後者をオススメします。

 一方、漫画の方は少々寂しい印象ですが、杉山小弥花『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第7巻、原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第7巻、たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第3巻と、待望の続刊が並びます。

 また新登場では気になるのがくせつきこ『かみがたり 女陰陽師と房総の青鬼』第1巻。第1巻といえば細野不二彦『いちまつ捕物帳』第1巻も要チェックです。

 復刊の方では、芦田豊雄の異形の新選組漫画『暴流愚』上巻が復活。10年以上前に(二度目の)単行本化がされていらい幻の作品となっていたものが、最近ホーム社のwebコミックサイトで公開されていましたが、三度書籍化される模様で、これはめでたいお話であります。



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2015.05.16

ブログ連続更新10周年を迎えました

 私事(?)で恐縮ですが、2005年5月16日以来、本日で当ブログは連続更新10周年を迎えました。これもひとえに皆様のご愛顧のおかげです。まことにありがとうございます。

 もともと本ブログは、私が好きな作品を紹介していく――というより、とにかく自分が好きな作品の楽しさ、魅力を誰かに聞いてもらいたくて始めたものなのですが、それであれば、やはり見てくださる方が少しでも多い方が良いに決まっています。
 とはいえ、もともとが正直に申し上げてニッチなジャンル。なかなか興味をもって下さる方が少ないなかで、何とかお客さんにきていただくためには、せめて毎日新しい記事を……と考えたのが、毎日更新の始まりでした。

 それが曲がりなりにも10年続くこととなったのは、はっきり申し上げればこれはもう意地と申しますか、延々と続くランナーズハイと申しますか、とにかく
「わしは、わしの好きなものをとにかく好きだと満天下に叫ぶのだ!」
という気持ちでもがいてきた、というのが正直なところではあります。

 もちろん、そんな独りよがりでは限界があったと思うのですが、そんなブログを面白いと思って下さった方の存在が、大きな大きな支えとなって下さったのは紛れもない事実です。

 そしてそんな中で、尊敬できるクリエイターの方々、斯界の大先輩方と知り合うことができたのは、何よりも大きな財産です。
 また、おかげさまでここ数年は、年に数度ではありますが商業出版で文章を書かせていただく機会もいただけるようになりました。

 本当に、10年前には想像もしていなかったような素晴らしい経験をさせていただいていますが、それも全てはこのブログのおかげ。
 10年はあくまでも通過点、この先もまだまだ伝奇時代劇アジテーターとして、自分の好きなものを好きだと叫び続けていきたいと思います。

 どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

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2015.05.15

仲野ワタリ『ざしきわらわら 猫手長屋事件簿』 対決、座敷わらしvs座敷わらし!?

 招き猫文庫もスタートしてそれなりの期間が経ち、シリーズものの第2弾が登場するようになりました。本作も、『猫手長屋事件簿』シリーズの第2弾。猫手長屋の暇人大家、実は魔物退治のエキスパートの代三郎と、神通力を持った猫の栗坊が、「座敷わらし」を巡る事件に挑みます。

 ある日、副業の茶屋の常連客から代三郎が聞いた噂話。それは、霊験あらたかと称して高額なお札を売りつけ、断食療法を進めるという修験者にまつわるものでした。

 その修験者の言うとおりにすれば、何と家に福を呼び込む座敷わらしがやってくるというのですが――しかし断食のし過ぎで命を落とす者のみならず、お札を貼った家から金品が消えるという事件が連続。
 背後に魔物の陰を感じ取った代三郎&栗坊が乗り出すこととなります。

 というのも、江戸の座敷わらしの多くは彼の顔見知り、その座敷わらしに訪ねても心当たりはなく――いやむしろ彼らは自分たちの名前(?)を騙って悪事を働く連中に怒り心頭。
 やがて、座敷わらしたちの力を借りて修験者を追う代三郎の前に、ある寺の存在が浮かび上がるのですが……


 長屋をはじめ、江戸に暮らす様々な人々の姿と、跳梁する奇怪な魔物との対決と――人情もの+妖怪退治ものの二つの側面を持つ本作。
 前作は、物語運びの点で少々気になるところもあったのですが、設定紹介は前作で全て済ませてしまったこともあり、本作は緩急をつけつつも、終始テンポよく物語が展開していくため、最後まで気を逸らされることなく楽しむことができました。

 本作の最大の謎であるニセ「座敷わらし」の正体も、なかなかに意外性のあるものであり、何よりもその正体自身が、人情ものとしての本作に大きく関わってくる……と申しましょうか、私のようなすれっからしの読者でも心揺さぶられるものなのが、何とも心憎いところであります。

 主人公の代三郎の方も、本業(?)の魔物退治のほかにも、茶師(ここでは茶を入れる者、という扱いに近いですが)として、また三味線弾きとして、様々な顔を見せてくれるのが楽しい。
 茶師としての顔と三味線弾きとしての顔、相反するような静と動の姿を見せる代三郎ですが――さらにぐうたら大家と魔物退治の顔も含めて――全て彼の自由闊達な個性の中で違和感なくまとまっている点も、評価できるところです。

 あえて小うるさいことを言えば、何故今、この場所で……という、この手のお話で抑えておくべき部分のロジックが弱いのが個人的には気になるところであります。
 この点は残念ではありますが――タイトルどおりのシチュエーションになってしまう終盤の展開のにぎやかさ、楽しさもあり、妖怪ものとしては綺麗にまとまった作品であるのは間違いありません。


『ざしきわらわら 猫手長屋事件簿』(仲野ワタリ 白泉社招き猫文庫) Amazon
ざしきわらわら 猫手長屋事件簿 (招き猫文庫)


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 『ふぬけうようよ 猫手長屋事件簿』 ぐうたら大家、魔物に挑む

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2015.05.14

河村恵利『平安怪盗伝 恋の秘めごと』 名無しの盗賊が暴く秘められた想い

 コンスタントに歴史・時代漫画を発表している河村恵利の作品でも珍しいと思われる、レギュラーキャラクターを配置しての作品集であります。そのキャラクターはタイトルにあるように盗賊――平安中期の京を舞台に、凶悪ながらどこか憎めぬ名無しの盗賊を狂言回しとした連作です。

 この名無しの盗賊、見かけは優男ながら、名うての悪党。盗みはもとより、衆を率いての押し込みに金で請け負った人殺し、相手を騙したり陥れたりするのもお手の物という、凶悪・奸悪極まりない男であります。

 そんな男が、「仕事」の最中に巻き込まれた様々な事件を描くのが『平安怪盗伝』シリーズ。
 実は単行本はこれで二冊目なのですが、前作には二編ほど無関係な平安ものが収録されていたのに対し、本作に収録された5作品はいずれもシリーズの作品と、堂々の(?)主役ぶりであります。

 そんな本作に収録された作品(一番古いものが2009年、新しいもので昨年)は以下の5話――
 入内を控えたさる姫君殺しを請け負った盗賊が、自分を利用しようとした者に痛烈な意趣返しをする『破れ細長』
 自分が、最期を看取ったと偽り、殺した僧の形見を手にその実家に入り込んだ盗賊の意外な破綻『仇の風』
 旅の途中の堂で居合わせた盗賊と訳ありの男女、富農の老人のやりとりが意外な展開をみせる『岐路』
 盗賊の疑いをかけられながらも身分や理由を語らない青年に近づく盗賊の企みの皮肉な成り行き『人遣り』
 子猫が縁で知り合った姫君にほのかな想いを抱く検非違使が知る残酷な事実を描く『羅刹』

 いずれも独立した、バラエティに富んだ作品ですが、しかしそこに共通するのは、いずれもミステリ風味のひねりが効いていることと、それ以上に、――本作の副題が示すように――恋愛が絡んでくることであります。

 それも、主人公自身のそれではなく、彼の仕事に巻き込まれた周囲の人々の――基本的に貴族の――それ。
 要するに、彼の存在が一種にキューピッドになってしまうわけで、凶悪な彼のキャラクターと裏腹の物語展開が、実に楽しいのであります(と思いきや、偶に重い結末も待っているので油断できない)。

 その中でも、個人的に特に印象に残ったのは『岐路』。都での仕事にしくじって逃げる途中の盗賊が、相棒と落ち合う旅の途中、貴族の屋敷で虐待されて逃げてきた女と、彼女を哀れに思い助けた旅の男と出会うのですが、実は……というお話であります。

 いかにも本シリーズらしい展開が一転、冒頭からの伏線を踏まえた意外な真実が提示されるのに驚かされますが、そこからさらにもう一度ひねりが加えられるのが楽しい本作。
 いつもはしてやられることの多い盗賊が、珍しく(?)粋な計らいを見せるのも嬉しく――またその「理由」も実にいい――本シリーズの魅力に満ちた作品、と言ってもよいのではないでしょうか。


 それにしてもこの盗賊、おそらくはこれからも気ままに悪事を働き、そして図らずもキューピッドとなることでしょう。

 実はこの盗賊、前作でその名前が記されていたのですが、本作のあとがきでは作者がその設定はなし、と宣言しています。
 しかしそれもこのシリーズにおいては正解のように感じます。平安という時代を秘め隠された想いという切り口から描き出す本シリーズの狂言回しを務めるには、やはり有名人ではなく、名無しの盗賊の方がふさわしいでしょうから……


『平安怪盗伝 恋の秘めごと』(河村恵利 秋田書店プリンセスコミックス) Amazon
平安怪盗伝~恋の秘めごと~ (プリンセスコミックス)


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2015.05.13

あさのあつこ『燦 6 花の刃』 絡み合う三人と二人の運命

 十ヶ月ぶりの『燦』であります。田鶴藩の後嗣・圭寿に仕える筆頭家老の子・吉倉伊月と、藩に潜む異能の「神波」一族の少年・燦。田鶴から江戸に場面を移して描かれてきた運命の双子の物語は、ここに来て再び田鶴へと向かうこととなります。

 急逝した父の跡を継ぎ、藩主になる準備を進める圭寿について江戸に出てきた伊月。しかし江戸で待っていたのは、圭寿や伊月を狙う暗殺の刃であり、そしてその背後に潜むのは、燦も知らぬ謎の一団「闇神波」でありました。
 藩邸深くまで食い込んでいた闇神波の刺客を辛うじて倒した伊月と燦。しかし長きに渡り膿の溜まった藩政の立て直しはこれから始まることに――


 というこれまでの展開を受けての本作は、山谷で言えば谷の印象。燦・伊月・圭寿による状況の再確認的部分が大きいのですが、しかしもちろん、静けさの中にも今後に大きく意味を持つであろう展開が幾つも仕掛けられています。

 これまでの物語の中で残された最大の謎――闇神波が圭寿を狙ったのは何故なのか、そして何者が闇神波を動かしたのか。

 闇神波という存在の意外性、そして刺客の正体に気を取られてしまっていたこれらの謎の答えは、なるほど、言われてみればそれ以外はないものではあります。
 しかしさらにその背後にほのめかされる「事実」は、それが「真実」であれば、おそらくは大きくこの先の物語を大きくかき乱すものでありましょう。

 しかし、こうした展開にも劣らず、いやそれ以上に物語を動かしかねない――そしてこちらの心に強く残るのが、本作に登場する二人の女性の存在。
 それは、かつては掏摸として身寄りのない子供たちを養っていたお吉と、圭寿の兄の側室であった静門院であります。

 町で伊月の財布を掏ったことがもとで、彼はもとより燦、そして圭寿と縁を持ったお吉。愛する人と無理矢理引き裂かれて以来心を殺し、戯れの関係に溺れていた静門院。
 本来であれば交わるはずのない二人が出会った時、三人の少年(特に伊月と圭寿)の運命にも大きな影響が生まれるのですが……いやはや、こう来たか、という印象であります。

 神波・闇神波といった伝奇的ガジェットとも、田鶴藩の命運といった大きな流れとも異なる、市井で起きた(しかし当事者たちにとっては途方もなく重い)事件。
 それがこのように物語に絡んでくるというのは、登場人物それぞれが決して一面的ではなく、様々な素顔を持つ――その代表が、戯作者としての顔を持つ圭寿でありましょう――本作ならではと感じます。

 そしてさらに感じ入ってしまうのは、静門院のキャラクター造形であります。

 初登場時の強烈な(そしてある意味ステロタイプな)悪女ぶりから、その印象を一転させるような前巻で描かれたあまりに哀しい彼女の過去。
 しかし、人が背負ってきたものは、決して簡単に脱ぎ捨てられるわけではありません。お吉を前にしての彼女の行動は、それを痛切に感じさせるのですが――しかしそれが非常に血の通った女性として、魅力的に感じられるのです。

 そしてそんな自分自身から抜け出そうともがく彼女の姿もまた。
 その結果が、また大きな波瀾を招きそうなのですが……


 と、今回も大いに引き込まれるところではあり、キャラクター同士のやりとりも実に楽しいところなのですが――

 しかし(毎度毎度で恐縮ですが)この分量で谷の部分がほとんどというのは、非常に厳しい。豪華な食事の、前菜だけをずっといただいている気分……というのは失礼にすぎるかもしれませんが、その味が絶妙なだけに、もっともっとと感じてしまうのです。

 ……あ、これは作者の術中にはまっているということでしょうか。


『燦 6 花の刃』(あさのあつこ 文春文庫) Amazon
燦 6 花の刃 (文春文庫)


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2015.05.12

『貸し物屋お庸 娘店主、奔走する』 プロとして、人として

 二ヶ月に一度のお楽しみである白泉社招き猫文庫。その五月の新刊の中でも特に気になるのが本作、『貸し物屋お庸 娘店主、奔走する』であります。シリーズ第2弾の本作では、すっかり店主姿も板に付いたお庸が、相変わらずのべらんめえで男勝りぶりで、様々な難問・珍問に挑むことになります。

 ある日、家に押し入ってきた凶賊に両親を殺され、自分も背中に傷を負わされた少女・お庸。彼女は「無いものはない」という貸し物屋・湊屋の変わり者の主人・清五郎に「手」を借りて、首尾良く仇を討つことに成功します。
 その貸し賃として清五郎がお庸に要求したのは、両国に開く湊屋の出店(支店)の主人となること。

 かくて、小さいながらも出店を任せられたお庸は、大工の棟梁の娘として板に付いたべらんめえ調も勇ましく(しかし憧れの清五郎の前では大人しく)、今日も貸し物屋として活躍する――というのが本シリーズの基本設定であります。

 プロフェッショナルものと言いましょうか、ある特殊な仕事に就いた主人公が、持ち込まれる依頼に対処していくというスタイルの物語がありますが、本作もその一つと言えるでしょう。
 プロフェッショナルものの楽しさは、そこで繰り広げられるプロの技(対応)そのものであるのはもちろんのこと、その「仕事」のフォーマットを守っていれば、様々なストーリーのバリエーションを作れる(読むことができる)という点だと感じます。

 その点ではまさに本作はプロフェッショナルものの楽しさが横溢。本作に収録された全4話の中では、二つとして同じものはない三味線の銘器に、複雑な絡繰りが仕掛けられた箪笥、畳ほどもあるまな板に、自分の母親(!)まで、何とも驚くような依頼が、次々と持ち込まれ、それを発端にユニークな物語が展開していくこととなります。

 特に面白いのは、本作の主眼が、客の依頼に応える品物そのものよりも、何故客がその品を必要としているのか、どうすれば客を満足させられるか、という部分にあることでしょう。
 一見突飛な依頼に見えたとしても、そこにはかならず客なりの意味がある。お庸が奔走するのは、その意味を解き明かすことであり――そこには一種「日常の謎」的味わいもあるのですが――それはとりもなおさず、そこに秘められた人の情の存在を知ることでもあります。


 自分自身の機転で、あるいは清五郎や手代・松之助のサポートで、駆け出しながらも貸し物のプロとして依頼を解決していくお庸。
 その姿は、彼女のべらんめえ口調も相まってなかなかにけなげかつ痛快なのですが――しかし、そんな彼女でも解き明かせぬ、解きほぐせぬ人の情もあります。

 本作のラストのエピソードである『貸し母』――功成り遂げ、嫁取りに当たり、幼い頃に行方不明となった(嫁の実家には地方で暮らしていると語った)母の代理を借りたいという商人の依頼を受けたお庸。
 それに対するお庸の対応は、プロとして、いや人として正しいものであり、大いに共感できるものなのですが……しかしそれが意外な方向に転がっていくこととなります。

 その一端を解決できたとしても、全てを正すことは不可能なこともある。その選択が正しくとも、選べない答えがある――
 人が作った社会であるのに、その社会に暮らす人のことであるのに、人にはどうにもできないことがある。

 社会に出れば、必ずどこかで知ることとなるこの理を、お庸はここで知ることになります。
 それは決して彼女が悪いのでも無力なのでもなく、社会というシステムゆえ、人が人である故としか言いようがないものではあるのですが……

 しかし、人の作ったシステムを動かすことができるのもまた人であり、人の情を動かすことができるのもまた人の情であります。
 本作の魅力は、お庸の奔走――動きそのものだけでなく、その動きがもたらす、新たな動きのもたらす暖かさにもあると、再確認させられた次第です。


 プロとして、人として――お庸の奔走をこれからも見守りたいと思わされる、そんな作品であります。
(女性として、はまだまだ先のようですが……というのは失礼に過ぎますか)


『貸し物屋お庸 娘店主、奔走する』(平谷美樹 白泉社招き猫文庫) Amazon
貸し物屋お庸 娘店主、奔走する (招き猫文庫 ひ 1-2)


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2015.05.11

井上伸一郎『聖獣戦記 白い影』 元寇と勾玉と大怪獣決闘と

 先日収録作品を紹介した『日本怪獣侵略伝』にわずかに先んじて刊行された怪獣小説アンソロジー『怪獣文藝の逆襲』にも、時代伝奇怪獣小説が収録されています。それが本作、井上伸一郎『聖獣戦記 白い影』――元角川書店社長、元KADOKAWA代表取締役専務の初小説という以上に、ある意味本書一の話題作と言えるかもしれません。

 舞台となるのは1281年の九州……そう、元の二度目の来寇である弘安の役。主人公は、その中で活躍した肥前の御家人・龍造寺家清(後に戦国時代に九州で勢力を伸ばした龍造寺家の先祖)であります。

 再び襲来した元軍に対し、騎馬隊を率いて超人的な活躍を見せる家清。激戦が続く中、彼は船から船に飛び移り元軍に白兵戦を挑む「影」を目撃します。
 その「影」の名は対馬の小太郎――そして彼と家清には、一つの共通点がありました。それはこの国を守る四聖獣から、その力を継ぐ者の証である勾玉を与えられていたこと。

 青竜の力を継ぐ家清、白虎の力を継ぐ小太郎。ともに元軍打倒のために戦いながらも、二人の求める道は、決定的に異なることになるのですが……


 と、基本設定はバリバリの時代伝奇ものである本作。
 ベースとなるのが、トンデモ本ではお馴染みのあの説なのが個人的に気になるところではありますが、「勾玉」「四聖獣」という何やら気になるキーワードも交え、元寇と怪獣という、おそらくはこれまでになかった組み合わせを用意してみせたのには感心します。

 そしてその果てに登場するのは……と、これはあまりの直球ぶりに驚かされるのですが――そしてこれが冒頭に述べた「話題作」の意味なのですが――これはある意味、この作者ならではと言えるのかもしれません。
(さらに青竜の使う技にもニヤリ)


 そんなわけで題材的には非常に楽しい作品なのですが――しかし小説としては、いささか苦しい、というのが正直な感想ではあります。

 短編の分量の中に、長編並みの情報量を入れ込もうとしたゆえでありましょうか――省略してもよい描写(特に時代背景に関する)を丁寧に書いてしまっているという印象があります。

 先に述べた通り題材選びの妙、そして大怪獣決闘に繋がっていく理由など、本作ならではの部分も少なくないだけに、その点は勿体ないという気持ちがあります。


『聖獣戦記 白い影』(井上伸一郎 KADOKAWA/角川書店『怪獣文藝の逆襲』所収) Amazon
怪獣文藝の逆襲 (幽BOOKS)

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2015.05.10

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第8巻 史実の悲劇と虚構の悲劇と

 中断から復活し、前巻より北上編が開始された『PEACE MAKER 鐵』。その最新巻第8巻は、時間を遡り、鳥羽・伏見の戦前後が描かれることとなります。しかしそれは新撰組にとって終わりの始まり。そして鉄之助にとっては更なる苦しみの始まりとなるのであります。

 死神憑きと呼ばれ、敵に対しては全く容赦することない冷徹な男に変貌して蝦夷地に現れた市村鉄之助。
 第7巻では、新たに新撰組に加わったかつての鉄之助を思わせる少年・田村銀之助に対し、鉄之助が重い口を開き始めたところまでが描かれましたが、この巻からは油小路以降、鉄之助と新撰組に何が起きたか、それが語られることとなります。

 油小路での乱戦の末に伊東甲子太郎を討った新撰組。しかしその残党たちの襲撃により近藤勇は銃弾を受けほぼ戦闘不能に。
 そして折悪しくと言うべきか、そのほぼ半月後には鳥羽・伏見の戦いが勃発、近代兵力と錦の御旗を擁する薩摩方に対し、新撰組は敗走を余儀なくされて……

 というのは、言うまでもなく史実の示すところ。そして本作においても、ほぼそのとおりに物語は展開していくこととなります。
 山南が藤堂が消え、沖田は病に伏し、そして近藤も深手を負い……と、どんどんと新撰組が追い込まれていく中、せめてフィクションの部分では何か明るい展開を、というこちらの切ない期待は、しかし(言うまでもなく)微塵に打ち砕かれることとなります。

 そう、この巻で描かれるもう一つの悲劇は、鉄之助と沙夜の別れ。

 本作のヒロインとして、鉄之助と淡い想いで繋がってきた沙夜。戦が迫る中、島原の遊郭で禿として働く彼女を身請けしようとする鉄之助ですが――
 しかし、その決意を胸に(そして土方をはじめとする周囲が、それをさりげなくバックアップするのも嬉しい)島原に向かう彼の知らぬ間に、沙夜は別の男に身請けされることになっていた、という展開はあまりにも辛い。

 幼い恋から、居心地の良い関係から、一歩踏み出すことへの躊躇いという、誰でも経験しているであろう想い。
 それが根底にあるだけに、二人の微妙な気持ちのすれ違いが取り返しのつかない別れに繋がっていくという展開が、心に深く突き刺さるのであります。


 史実の悲劇と虚構の悲劇――その二つが並行して描かれていくこの巻の後半の展開は、それが生々しいだけに、そのシンメトリーがどこか美しくすら感じさせられます。

 ……が、それもこの巻の(本編の)ラストページを見る時まで。
 もう本当に悲鳴を上げるしかない展開によって、本作で描かれる数々の悲劇には、まぎれもない悪意の存在があったことを、ここで我々は叩きつけられるのであります。

 先を読むのが本当に怖い。よりはっきり言ってしまえば、逃げ出したくなる。しかしそれでも読まずにいられない――この気持ちにどう整理をつけたものか、わからぬままこの文章を記している次第。


『PEACE MAKER鐵』第8巻(黒乃奈々絵 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
PEACE MAKER 鐵 8 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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2015.05.09

叶精作『新選組・オブ・ザ・デッド』 集団対集団、新選組対ゾンビ

 「オブ・ザ・デッド」ブーム(?)もここまで来たか、と一部で話題となった映画『新選組・オブ・ザ・デッド』の漫画版であります。単行本の発売はほぼ一月前で恐縮ですが、続編(?)が舞台化されてまさに今月上演されるというタイミングということで、ここに紹介する次第。

 さて、この漫画版の原作となった映画版は、幕末にゾンビという意外性以上に、バナナマン日村が主人公という点で話題になった作品。その日村そっくり(と言ってよいものか)な主人公は、漫画版でも健在であります。

 池田屋事件の後の京で突如発生した残虐な殺人事件。それは、武器商人のカウフマン商会から脱走してきたアメリカ人ジョージによるものでありました。
 実はそのジョージこそは商会が輸入してきた不死の存在・ゾンビ。ゾンビの兵士化を目論む商会は密かにジョージらゾンビを京に持ち込んだものの、商館の人間を殺してジョージが脱走したのであります。

 そんなゾンビと出くわしてしまったのが、新選組の不良隊士・屑山下衆太郎。名前の通りのゲス野郎である屑山は、偶然出くわしたジョージを、山崎烝や一番組見習いの火藤純とともに取り押さえたものの、その際に、既にゾンビに噛まれた他の隊士に噛まれてしまうのでありました。

 一方、商館の殺し屋・唐人エックスは、唯一知性を残したゾンビであるジョージ奪還のため、街で増殖したゾンビを率いて新選組屯所を襲撃。折悪しく隊士のほとんどが出払っている中、土方・原田・火藤、さらに土佐弁で拳銃を操る謎の男が加わっての攻防戦が始まることとなります。
 そしてその中でついにゾンビ化した屑山は……


 と、映画版の監督・脚本を担当した渡辺一志の原作による本作は、基本的に映画の設定をベースにしつつ、連載が全四回ということもあって、かなりコンパクトにまとめた印象。
 分量としては中編クラスなのですが、作画を担当するのが叶精一ということもあって、妙なインパクトが残ります。
(特に、映画では男性であった唐人エックスが、こちらでは何故かサディスティックな金髪美女になっているのが、実に「らしい」)

 物語の方も、一見怪物のジョージが実は知性を残しており、謎の土佐弁の人とワールドワイドな意志疎通をしてしまうのはなかなか面白いところ。
 ここでゾンビと人の線引きにまで踏み込んでいれば、屑山ゾンビの登場によるラストの展開もまた違って見えるのではないか。というのは贅沢の言い過ぎかもしれませんが……


 さて、冒頭で新選組とゾンビの組み合わせの意外さに触れましたが、実は小説などでは幾つか見られるこの組み合わせであります。

 考えてみれば、幕末を舞台に、知名度があり、ある程度遊撃隊的に動ける戦闘集団といえばやはり新選組。個人対個人の戦いではなく、(少なくとも作品の背景では)集団対集団の戦いに展開していくことも多いゾンビもので、対ゾンビ戦力として使えるのは新選組、ということなのでしょう。

 本作は、そのゾンビ新選組時代劇の系譜に属する作品。新選組を謳いつつ、登場するメジャー(実在)どころが上に挙げた三人のみというのは残念なところではありますが、ゾンビ時代劇好きとしては読まざるを得ない作品でありました。


 なお、本書は廉価版コミックとして刊行されましたが、先に述べたとおり分量としては中編ということもあり、さいとう・たかを『血闘! 新選組』、深谷陽『ざん斬り 土方歳三伝』、あだちつよし『沖田総司 鬼始末』、三山のぼる『剣客情話 土方歳三夢鏡』と、その他の作家による新選組漫画が採録されているのが要チェック。
 単行本化されにくい時代短編を読むことができるというのも、本書の価値でありましょう。


『新選組・オブ・ザ・デッド』(叶精作&渡辺一志 リイド社SPコミックスポケットワイド) Amazon
新撰組オブ・ザ・デッド (SPコミックス SPポケットワイド)

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2015.05.08

『戦国武将列伝』2015年6月号(その二) 鬼姫が語る彼の未来

 リイド社『戦国武将列伝』6月号の紹介の後半であります。今回は『戦国自衛隊』『孔雀王 戦国転生』『鬼切丸伝』の3作品を紹介いたしましょう。

『戦国自衛隊』(森秀樹&半村良)
 歴史を変えればその反作用で元の時代に帰れるかもしれない、と(実に『戦国自衛隊』的ロジックから)本能寺で信長を救ったものの、元の時代に帰れるどころか、魔王を世界に解き放ったに等しい結果となった戦国自衛隊。
 何処からか自衛隊の戦力を手に入れた信長に対し、自分たちの装備で海外に派兵はさせまいと、信長阻止に動くのですが……

 そんな中で、今回は物語が大きく動き出す前の間奏曲的印象もあるエピソード。彼らを裏切って信長についた浦切が、地中に埋もれた自衛隊の戦力を掘り出すものの、そこに埋もれていたのは兵器だけではなかった……と、いよいよ孤独感を強めていく彼らの姿が、鮮烈に我々に突きつけられることとなります。

 おそらくはこれから信長との決戦に入るのかと思われますが、しかしどう考えても明るい「未来」の見えない戦国自衛隊。怖いもの見たさ、と言ってしまうと何か違いますが、やはり彼らの向かう先は気になるのです。


『孔雀王 戦国転生』(荻野真)
 ついに信長の前に登場した明智光秀。美濃出身として濃姫のことをよく知るという彼は、彼女を失った信長の心の隙間に瞬く間に忍び込んで……
 と、ある意味期待通りというか予想通りの動きを見せる光秀。カバラの秘術まで操り、あからさまに怪しすぎるのですが、本作の物語の中心にある「京」と信長を結びつける人物として、なるほどこれ以上の人物はありますまい。

 不可解なのは、そんな光秀の存在を放っておく……どころか信長を挑発するかのような孔雀の態度。いくら何でも後の歴史を知らないわけがありませんが、さて。

 それにしても、本作のラスボスと目される悪徳太子、今回障子越しのシルエットのみの登場なのですが、よく見ると聖人は聖人でも、とんでもない人物のようにも見えるのですが……


『鬼切丸伝』(楠桂)
 再び時代は飛び、今回の舞台は平安末期、後白河法皇が打倒平家の陰謀を巡らせる頃。京に出没する、鬼と化した「崇徳上皇」と対峙する鬼切丸の少年ですが、しかし斬っても斬っても次々と出現する相手に……

 と、ついに登場となった大魔縁。その名が作中であまりに連呼されるのにちょっと心配になってしまうのですが、実はそれこそが……と、ある意味メタな捻りが仕掛けられているのが面白い。

 しかし今回最大の仕掛けは、『鬼切丸』キャラの登場でしょう。そう、平安時代から生き続けているキャラといえば……ということで、これまで登場を予想できなかったのが不思議なくらいなのですが、単なるファンサービスに終わらず、少年とは異なる形で、鬼と人間の間に立つ存在として描かれているのが面白い。

 考えてみれば『鬼切丸』と『鬼切丸伝』の最大の違いは、鬼切丸の少年の人間に対する態度。「今」は深刻な人間不信とも言うべき少年が、どのようにその想いを変えることとなるのか――おそらくは本作でこれから描かれるであろう最大の山場に、彼女もまた絡むのでありましょうか。


 以上6編紹介いたしましたが、新連載の『戦国機甲伝クニトリ』(あさりよしとお)は、作者の持ち味が出ていない印象。題材自体は(この雑誌では)珍しいのですが……


『戦国武将列伝』2015年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ戦国武将列伝 2015年 06月号 [雑誌]


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2015.05.07

『戦国武将列伝』2015年6月号(その一) 天下一の男、舞う

 早いものでもう偶数月の月末、『戦国武将列伝』の最新号が発売されました。巻頭に美樹本晴彦によるピンナップが掲載され、新連載はあさりよしとおと、時代劇画誌離れした角度から攻めてくる雑誌ですが、連載作品の方も、相変わらず攻めまくり。今回も、印象に残った作品を取り上げます。

『セキガハラ』(長谷川哲也)
 前回、徳川四天王の二人にほとんど手も足も出ずに壊滅状態となった反徳川勢。片手を落とされた三成……は意外とあっさりと回復したものの、仲間を増やさなければ勝ち目はない。
 というわけでおそらくはこの先数回は仲間探し、味方を増やすターンになるのではないかと思いますが、その最初に登場するのが小早川秀秋というのが(良い意味で)頭を抱えたくなります。

 気弱で優柔不断な若造、という印象が強い秀秋ですが、本作では、人は皆ペルソナをつけていると自らの本心を韜晦する食えない青年として描かれており、三成と家康を天秤にかけるそぶりすらあるのが面白い。

 一方でやはり初登場の毛利輝元も、茫洋とした見かけながら、家康の変身、いや変心を一発で見抜く慧眼ぶりで、こちらはまだ三成と絡んでいないものの、この先の動きが楽しみであることは間違いありません。


『バイラリン 真田幸村』(かわのいちろう)
 こちらは一足お先に関ヶ原が開戦した連載第2回、今回描かれるのは、真田家が石田方と徳川方、それぞれに分かれることとなる有名なエピソードですが……しかし本作のフィルターを通せば、幸村の得体の知れなさが強く浮かび上がります。

 徳川方に兄・信之が、そして石田方に父・昌幸と幸村に分かれることとなった真田家ですが、それを積極的に仕掛けたのは幸村(それに嬉々として乗る昌幸もまた「らしい」ですが)。
 一度は激突を避けようとした徳川方を、あえて引き戻すような形で戦いに引っ張り込む姿は狂気すら感じさせるもので、単純な英傑として幸村を描かないのが実に面白いのであります。

 作者お得意のアクションシーンは、今回は少ないのですが、それが意外な対戦カードで描かれるのも嬉しく、まったく、幸村の頭の中同様、何が飛び出してくるかわからない作品であります。


『山三の舞』(下元ちえ)
 『かぶき姫 天下一の女』で出雲阿国の半生を新鮮かつ痛快に描いた作者の本誌初登場は、そのアナザーバージョンとも言うべき短編。タイトルからわかるように、阿国といえばこの人、名古屋山三郎の傾きぶりを描く作品であります。
 その奔放無頼の傾きぶりから、京の町で傾き者集団はおろか、所司代の軍勢からも狙われる山三郎。そんな彼の前に現れた弟子入り志願の少女・阿国に対して彼が語った傾き者の在り方とは……

 権門の気まぐれで、舞うことも――いや、生きることすらも左右される芸人という身分に生まれ、死んでいった仲間たちの想いを背負っているという阿国。
 『かぶき姫 天下一の女』では、天下一という称号を巡り、自分が何のために舞うのかということに迷い悩んだ彼女。本作においてはそれと少々異なる切り口ではありますが、やはりその根にあるものは同様でありましょう。

 しかしそれに対する山三郎の答えは、ある意味意外でありつつ、しかし正鵠を射たものであり――かつ、何よりも痛快であります。
 新鮮な感性と、それを受け止める画の巧みさがある作者だけに、またの登場を大いに期待する次第です。


 以下、長くなりますので次回に続きます。


『戦国武将列伝』2015年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ戦国武将列伝 2015年 06月号 [雑誌]


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2015.05.06

『ランティエ』6月号で平谷美樹『水滸伝 1 九紋竜の兄妹』関連の記事を担当しました

 先日発行された角川春樹事務所のPR誌『ランティエ』6月号の特集「平谷美樹の世界」について、構成と文を担当させていただきました。先月角川春樹事務所の時代小説文庫から刊行された、平谷美樹『水滸伝 1 九紋竜の兄妹』を中心に、作品紹介と平谷作品の魅力を紹介させていただいています。

 普段からこのブログをご覧いただいている方はご存じかと思いますが、平谷作品も、水滸伝も、これまでかなりの頻度で紹介させていただいております。つまりそれだけどちらも大ファンということなのですが、さてそんな作品の紹介を担当させていただけるということで、こちらも大いに気合いが入った次第です。
 特に平谷作品に通底する魅力と、それが『水滸伝』と如何に繋がっていくかについては是非ご一読いただければと思います。


 さて、記事の宣伝はこれくらいにさせていただくといたしまして、作品そのものの紹介を、ブログはブログとしてさせていただきましょう。

 本作は言うまでもなくあの水滸伝の、新たなリライトと言うべき作品。これまでも様々なリライトが存在する水滸伝ですが、この第1巻のあらすじ的には、比較的オーソドックスな原典のリライトと言えるかもしれません。
 すなわち、王進と出会い修行を積んだ史進が少華山の山賊たちと対決、交誼を結ぶも、それがためにお尋ね者に。一方、林冲も妻が高キュウの養子に目を付けられたことから、奸計により都を追われることに……と。

 しかし、一見大きく変わっていないように見えて、大きく原典とはその趣を異にするのが本作。それはまず、「九紋竜の兄妹」という副題からも明らかでしょう。そう、本作の史進には史儷がおり――史進が五紋竜、史儷が四紋竜の、二人で九紋竜なのであります。

 さらに、梁山泊の好漢たちの宿敵である高キュウもまた、本作では独自の顔を見せることとなります。
 ならず者から成り上がり、好漢たちを苦しめた梁山泊の宿敵ともいえる高キュウですが、本作の高キュウは、俗物の仮面の下に大望を持つ、隠された顔を持つ男なのであります。

 二人に分かれた史進、もう一つの顔を持つ高キュウ……この第1巻の中心となるこの二人(三人)の存在により、本作は従来の水滸伝とは異なる、複眼的な物語を描いていくこととなります。
 単純明快な豪傑の視点のみならず、女性としての視点を。国を私する者の姿の下の、国を甦らさんとする者の姿を――こうした角度から描かれる本作は、一見原典に近い物語だからこそ、強烈にその個性を印象づけてくれるのであります。


 そしてそんな平谷『水滸伝』の中で描かれていくのは、おそらくは「人間」と「国」の在り方なのではありますまいか。

 ここで『ランティエ』の記事に戻りますが、今回の記事では、本作の源流として(同じ角川春樹事務所から刊行された)『義経になった男』『風の王国』の二作品を紹介しています。
 ともに作者の作品の中でも歴史ものとしての性格が強い作品ですが、そこに共通するのは、この「人間」と「国」の在り方への問いかけであります。

 理想の「国」とは何なのか。「人間」は「国」とどう相対するべきなのか――
 伝奇エンターテイメントの中で、その問いかけを様々な形で行ってきた作者の作品に連なるものとして、この『水滸伝』はあるのではないか……そう感じているところであります。

 自分がこのような形でタッチすることができたからというだけでなく、作者のファンとして、水滸伝ファンとして、この先の展開を心から楽しみにしている次第です。


『水滸伝 1 九紋竜の兄妹』(平谷美樹 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
水滸伝 1 九紋龍の兄妹 (ハルキ文庫 ひ 7-17 時代小説文庫)

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2015.05.05

上田秀人『お髷番承り候 10 君臣の想』 踏み出した君臣の道

 5年間に渡り刊行されてきた『お髷番承り候』シリーズもこの第10巻でついに完結。4代将軍家光と、彼の髷を結うお髷番にして寵臣たる深室賢治郎――若き主従の苦闘は、ここに一つの結末を迎えることとなります。二人に対して家光の寵臣・阿部豊後守が語る最後の教えとは……

 将軍の身に刃物を向けられる唯一の役職・お髷番として家綱の近くに仕え、彼の耳目として、手足として活動してきた賢治郎。
 しかし未だ跡継ぎのいない家綱の「次」を巡り、甲府綱重・館林綱吉・紀伊頼宣とその家臣が暗躍、孤独な戦いの中で賢治郎は甲府方の用人、館林方の黒鍬者と、様々な敵を作ることとなります。

 そんな因縁が積もり積もった末、養家である深室家が襲撃を受け、当主である作右衛門が目付の厳しい取り調べを受けることに。さらに賢治郎を逆恨みする兄・主馬が、権力の座を狙う堀田備中守と結び、賢治郎の許嫁である三弥に魔手を伸ばし……


 これまでのシリーズでは、正直に申し上げて状況に振り回される印象が強かった賢治郎。その状況が状況だけにやむを得ないのではありますが、しかしこの最終巻に至り、彼は家綱への忠義と、彼個人の想いに挟まれることとなります。
 既に自分とは縁が薄れつつある娘を見捨て、お役目を取るか。はたまた、家綱に捧げた身を危険に晒してまで三弥を助けるか……と。

 本作で賢治郎が先達たちから学んだことを考えれば、どちらを取るべきかは明らかであるかもしれません。
 しかしここで彼が別の選択肢を選んだことは、彼がこれまでの寵臣たちと異なる道を歩みつつあることを示す何よりの証であり、そしてそれはもちろん、この物語の結末に示されるべきものでありましょう。

 しかし本作は、それよりもなお厳然たる意思の存在をも描き出します。
 これまで、賢治郎に厳しく寵臣としての道を示してきた阿部豊後守。彼が家綱にのみ告げた言葉の苛烈極まりない内容を考えれば、真の寵臣の、そして真の主君の道の険しさが――そして賢治郎も家綱も、まだその道に踏み出したばかりであることがわかろうというものであります。

 その内容をここで詳しくは述べませんが、玉と石の譬えはまさに圧巻であり、さらに本作の原点にまで遡っての深謀遠慮が示されるのには、ただ言葉を失うばかりであります。


 二人の若者の成長の物語の結末で、先達の言葉が強く印象に残ってしまうのは、複雑なものを感じなくもありません。
 それでもなお、これまで長きに渡り描かれてきた物語において、複雑に入り乱れた様々な要素それぞれに落ち着くべきところを与えてみせたのは、やはり見事と言うべきでしょう。

 この先、歴史の示すところを思えば、色々と考えさせられるところではありますが――まずは一つの物語の結末であります。
(豊後守の言葉の中でさりげなく家綱の最期の刻までの伏線を張っているのもまた心憎いのですが……)


『お髷番承り候 10 君臣の想』(上田秀人 徳間文庫) Amazon
お髷番承り候(十) 君臣の想 (徳間文庫)


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 「お髷番承り候 血族の澱」 支配者の孤独、支える者の苦闘
 「傾国の策 お髷番承り候」 権力に対する第三の道
 「寵臣の真 お髷番承り候」 寵臣として、人間として
 「鳴動の徴 お髷番承り候」 最強の敵にして師
 「流動の渦 お髷番承り候」 二つの骨肉の争いの中で
 「騒擾の発 お髷番承り候」 情報戦と流される主人公と
 『お髷番承り候 9 登竜の標』 想いを繋げる「心」の継承

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2015.05.04

鈴木英治『我が槍を捧ぐ 戦国最強の侍・可児才蔵』 ロマンチストの旅の結末

 戦場で討った相手が多すぎていちいち兜首を取っていられず、目印に相手の口に笹を噛ませたことから「笹の才蔵」との異名を取り、関ヶ原では17個の兜首を上げて家康から賞賛されたという豪勇・可児才蔵の一代記であります。稲葉山城から関ヶ原に至るまで、戦いに戦い続けた才蔵の求めたものとは……

 ある目的を持って、斎藤龍興の稲葉山城にやってきた才蔵。成り行きから龍興の家臣・笹山源左衛門に仕えることとなった彼は、織田軍によって城が攻められ、落城する場に居合わせることとなります。
 その後は織田側につくこととなり、明智光秀の家臣となった才蔵は、巻き込まれて本能寺攻めに参加。その後、秀吉の軍と対峙することとなった才蔵は、不思議な因縁から秀吉に見込まれ、羽柴秀次付きになるのですが……


 と、関ヶ原に至るまで、次から次へと主と戦場を転々とする才蔵。そんな才蔵の戦う理由とは、実はかつて故郷の、愛する娘の家から盗まれた宝刀――人魚の骨で作られ、持つ者に不老不死の力を与えるという刀・真歌音を取り戻すことでありました。

 なるほど、主を七回変えて一人前と言われた戦国時代の武士だけに、主君の数が多いのは珍しいことではありませんが、しかし彼の仕えてきた相手は、斎藤龍興、明智光秀、羽柴秀次と、見事に「負け組」に属する武将ばかり。

 この辺りいろいろ考えさせられるものがありますが、そこに一種伝奇的な宝刀探しに結びつける――すなわち、宝刀を手にしたと言われる相手に仕える――というのは、ユニークな設定でしょう。
 さらに、身分としてはさほど高くはなかった才蔵が、様々な武将たちと絡んでいくきかけとして、宝刀を機能させているのも面白い仕掛けであります。
(あくまでも「伝奇的」なのはきっかけのみであり、物語自体は全うな歴史ものでありますが……)


 そしてそんな設定だからして、本作の才蔵は、武人としては比較的恬淡とした性格と描かれることとなります。

 生きるために戦場に出て、持ち前の豪勇から大活躍するものの、本来の目的は宝刀を探すため。いわば功名はおまけ……
 というのはさすがに誤解を招く表現ですが、実際に戦場に出て相手を殺し、その首を取るという、考えてみれば殺伐この上ない彼の人生から、血生臭さを可能な限り除くことに成功していることは間違いありません。

 ただし、これがために才蔵の行動が、すなわち本作の物語がいささか淡々としたものになってしまっている、という印象は否めません。
 さらに、様々な(そして有名な)戦場に参加したことでそちらに興味が行ってしまい、かえって彼の個性が薄れるきらいがある……と、いささか厳しい言い方もできなくもありません。

 もちろん、これは本作の特色とは背中合わせ。本作ならではの才蔵像を如何に受け止めるか――彼の姿に共感できるかによって、大きく変わるものではありましょう。

 しかし、殺し、奪うためではなく、探し、求めるために――それも彼自身は求めてなどいない不死の力を持つ宝刀のため――生涯を戦場に暮らした本作の才蔵は、一個のロマンチストとして印象に残ることは、間違いありますまい。

 そしてそんな彼の人生の結末、史実を踏まえて描かれるその最期の姿は、本作ならではのフィルターを通すと、不思議な余韻を残すのであり――それはなかなかに、味わい深いものであります。


『我が槍を捧ぐ 戦国最強の侍・可児才蔵』(鈴木英治 角川春樹事務所) Amazon
わが槍を捧ぐ 戦国最強の侍・可児才蔵

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2015.05.03

菅野文『北走新選組』 狂気にも似た青春の果てに

 菅野文の『凍鉄の花』は、二重人格者の沖田総司が土方歳三の命を狙うという変化球の新選組ものでしたが、同じ作者の本作は、史実にかなりの部分忠実な――しかし、これまで漫画では題材にされることが比較的少なかった関東以北での隊士を描いた、やはりユニークな新選組ものであります。

 本書は、全三話からなる連作短編集。「北走」の語が示すとおり、鳥羽伏見の戦で敗れ、江戸に撤退した後の新選組が、宇都宮などの戦いを経て、北の大地――蝦夷地に至るまでの姿が描かれることとなります。

 そして各話の中心となるのは、野村利三郎・相馬主計・土方歳三の三人。
 一度は新選組脱走を決意しながらも土方に救われ、彼に心酔した野村の生き様を、「碧血」の伝説を交えて描く『碧に還る』
 野村とともに土方を支え、土方の死後に最後の新選組隊長となった相馬主計が、明治に最期を遂げるまでの姿『散る緋』
 近藤亡き後、生きる理由を無くしながらも戦い続ける土方の姿が、彼とは対照的な大鳥圭介の目を通じて描かれる『殉白』

 いずれも少女漫画らしい端正な絵柄で描かれますが、その内容は冒頭に述べたとおり、史実に忠実に、幕府が無くなった後も戦い続ける新選組の姿を、最後の最後まで描くこととなります。

 感心させられるのは、土方・相馬はともかく、野村利三郎を主人公の一人としていることで――小説ですら、なかなか題材に取りあげられることの少ないこの人物を扱った漫画は、ほとんど本作のみなのではないでしょうか。
(陸軍隊の春日左衛門との不仲もきちんと描かれているのも驚きます)
 いや、そもそも蝦夷地での土方を描いたものは少なくないものの、近藤の死後の「新選組」を描いた漫画自体がまだまだ少ないのですが……


 そしてそんな本作から伝わってくるのは、彼らの新選組に対する強烈な思いであり――それは、言い方が悪いかもしれませんが、見ようによっては一種の狂気や妄執に近いものすら感じられるものであります。
(特に『散る緋』結末の相馬の選択には、良くも悪くも強烈なインパクトがあります)

 しかし、あの時代に、あのような形で生きた若者であれば、そうもあろう、という気持ちもまた、こちらにはあります。
 彼らにとってかけがえのない存在であった新選組……それは彼らにとっては青春そのものであり、そして青春には時として、傍からは狂気とも見えるような激情を含むのですから――


 滅びを目前としても新選組であることを選んだ若者たちの、鮮烈な青春記とでも言うべきでありましょうか。


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北走新選組 (花とゆめCOMICS)


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 『凍鉄の花』 二人の総司、二つの顔を持つ侍たち

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2015.05.02

霜月かいり『BRAVE10S』第7巻 逆襲への第一歩

 思いもよらぬ伊佐那海の暴走により、大混乱のうちに関ヶ原の戦も終結。ある者は去り、ある者は深手を負い、ある者は散り――主君たる幸村も九度山に配流となり、真田十勇士壊滅状態の中で、それでも諦めない者たちの新しい戦いが始まることとなります。

 秀忠が伴ってきたスサノオにより多大な被害を受けた上、ついに伊佐那海がイザナミとして覚醒してしまう結果となった上田城攻防戦。
 既に開戦時から甚八は離反、鎌之介は行方不明という状況下での戦いは、アナスタシアが深手を負い、そして清海が命を散らすという結果に終わるのでありました。

 辛うじて上田城は守ったものの、十勇士は半数となり、幸村は九度山送り。そして表面上天下は静謐を取り戻したものの、イザナミとスサノオは、最もその力を手に入れてはいけない伊達政宗のもとに……


 という、なかなかに絶望的な状況下のこの巻で描かれるのは、謎の男に拾われた鎌之介の特訓の模様と、伊佐那海を取り戻そうとする才蔵の奮闘。
(色々背負っていそうな甚八の現在の様子など)

 特に前者は、これまで努力や修行という言葉とは無縁だった本能児・鎌之介が特訓を、というだけで気になるところですが、もちろん彼(?)が大人しく人に教えを請うわけもない。
 そんな相手に教えようとはこれはただものではないわけですが、なるほど、この人物であれば……と思わず納得の人選。一歩間違えれば便利な人扱いになりかねないキャラクターですが、そんな役割に甘んじそうにないところは、いかにも本作ならではのアレンジであります。

 これに対して才蔵の方は、相変わらず悩める男という印象ですが、ここで彼に絡んでくるのが、かつての宿敵であり、今は十勇士の同志である服部半蔵というのもなかなか面白い。
 キャラクターとしてはかなり堅い才蔵に対し、硬軟取り混ぜた……というか変態が入った半蔵はある意味良いコンビ。息が合っているのかいないのか微妙な中で、いつの間にか物語の核心に迫っていくのもまたこの二人らしいところでありましょう。


 そんなこんなで、一名欠員は出ているものの、逆襲への第一歩に踏み出した十勇士。そんな中、才蔵に起きた異変とは――

 と、意外に早いところでこの巻のラストが来たと思ったら、最後に収録されていたのは、ボーナストラックとも言うべき短編。
 正直に申し上げてここでこの話を入れられても、という印象は強いのですが、今の十勇士たちの状況を見れば、これはこれで貴重なエピソードではあるのかなあ……


『BRAVE10S』第7巻(霜月かいり KADOKAWA/メディアファクトリーMFコミックスジーンシリーズ) Amazon
BRAVE10 S 7 (MFコミックス ジーンシリーズ)


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2015.05.01

堀川アサコ『大奥の座敷童子』 賑やかな大奥の大騒動

 困窮する野笛藩の命運を背負い、大奥にいるという座敷童子探しを命じられた少女・今井一期。しかし初めて江戸城に向かう途中、謎の一団に襲撃されて以来、彼女の周囲には不穏な動きが相次ぐ。様々な噂が飛び交い、奇人怪人が入り乱れる大奥で座敷童子を求めて奔走する一期が知った真実とは……

 この数ヶ月間に相次いで刊行された座敷童子もののもう一作が、堀川アサコによる本作。いかにも作者らしい、エキセントリックなキャラクターたちが入り乱れるユニークな作品であります。

 時はペリーの黒船来航に揺れる13代将軍家定の時代。吹けば飛ぶような小藩・野笛藩で一の美女である14歳の少女・今井一期(イチゴ)は、藩からとんでもない密命を授けられ、大奥に奉公に上がることとなります。
 それは、かつて野笛藩におり、大奥に行ってしまったという座敷童子を見つけ、連れ戻せというもの。住み着いた家に福を与えるという座敷童子が去ったことで、野笛藩の財政は火の車となってしまった……というのであります。

 そんな無茶苦茶な使命を与えられたイチゴの前途は多難そのもの。江戸城に向かう途中や参詣のお供についた時にならず者の一団に襲われ、大奥では恐ろしい御年寄りに目を付けられ、妙に犬や猫に懐かれ、大奥に出没する妖怪たちに出くわし……

 それでも持ち前の天真爛漫さと、イケメンの伊賀者・唐次、謎の人・サダさんの助けで、少しずつ座敷童子にまつわる謎に近づいていくイチゴですが、その先には、将軍家を揺るがす巨大な秘密が!


 そんな本作から受ける印象を一言で表せば「賑やか」といったところでしょうか。

 大奥といえば、どうしても女性同士が足を引っ張り合う陰湿な世界、という印象を、これまで大奥を舞台としてきた様々なフィクションの影響で受けてしまうもの。

 それはそれでもちろん事実ではあるのでしょうが、しかしその一方で、そうした権力や寵愛争いとは無縁の身分の女性たちは、もっと賑やかに、脳天気に暮らしていたのかも……というのは、必ずしも事実ではないかもしれませんが、なかなかに楽しい想像であります。
 本作で描かれる大奥の姿は、まさにそれ。四季折々に開催される賑やかなイベントやら、怪談話を含む様々な噂話。そんなある意味身近な大奥像は、なかなかに新鮮で魅力的です。

 そしてそんな舞台で活躍するのは、また個性的すぎる面々。イケメンだが仏頂面の伊賀者・唐次、大奥のあちこちに出没しては枕絵を置いていく「枕絵の妖怪」、大奥で誰かが死ぬ際に泣くという「泣きジジさま」、江戸の町に出没する奇怪な髑髏獅子、江戸の町で窮地に陥ったイチゴを救った謎の白髪の美女……奇人怪人のオンパレードです。

 さらに、物語が展開していく中で明かされていくのは、幕府と徳川将軍家にまつわる、伝奇風味満点の二つの大秘事と、全く以て盛りだくさんなのであります。


 しかし、そんな賑やかな物語でありつつも、その背景にあるのは、時に愚かしく時に残酷で、そして時に優しく時に暖かい、人の想い。
 良いことも悪いことも、そのどちらをもなし得る人間という存在の織りなす悲喜劇を、本作は座敷童子という存在を通じて、描き出すのです。

 人間の歴史を、人間の社会を動かしていくのは妖怪でも幽霊でもなく、あくまでも人間である――それは時にひどく残酷に感じられますが、しかしそれは同時に救いでもありましょう。
 賑やかなドタバタ活劇を描きつつも、本作は、そんな一つの真実を提示してみせるのであります。


 この物語からわずか十数年後には地上から、あたかも夢であったように消え去ってしまう大奥という世界。
 その間に何があったのか……それを知るのは怖くもありますが、しかしまだしばらく、この現実と背中合わせの夢の世界を眺めていたい。そんな気持ちにさせられる作品であります。続編希望。


『大奥の座敷童子』(堀川アサコ 講談社) Amazon
大奥の座敷童子

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