富樫倫太郎『土方歳三』上巻 鉄板の青年土方伝
『箱館売ります』『松前の花』『神威の矢』の土方歳三三部作をこれまで発表してきた富樫倫太郎ですが、この三部作はいずれも箱館戦争を舞台とした、晩年の土方を描いた作品でありました。それに対して、少年時代からの土方の生涯を描いたのが、そのものずばりのタイトルの本作であります。
日野の豪農の家に生まれながらも、負けず嫌いで「バラガキ」の異名を持っていた歳三。奉公先を次々としくじった彼は、その度に因縁めいた出会いをした少年・勝五郎に惹かれ、石田散薬の行商にかこつけて、諸国で剣術修行に明け暮れることになります。
やがて勝五郎――近藤勇の試衛館に出入りするようになり武士になるという夢を抱く歳三。
そんな中、奇妙な縁で知り合った伊庭八郎とともに出かけた吉原でのある出会いがきっかけで、清河八郎という曲者に気に入られる歳三は、しかし清河に本能的な嫌悪を覚えるのでありました。
そして時は流れ、その清河が結成した浪士組に参加することとなった近藤・土方と仲間たち。清河の裏切り、芹沢鴨との暗闘を経て、土方と仲間たちはその名を京洛に轟かせていくこととなるのですが……
と、土方の少年時代から池田屋事件までを描くこの上巻ですが、驚くほど「鉄板」の内容、という印象があります。
少年時代の近藤との三度に渡る奇妙な出会い、吉原の花魁を巡る悲恋(と、それに関わる伊庭八郎、清河八郎との出会い)という本作独自(と思われる)要素はあります。
しかし基本的な物語の内容、キャラクター描写は、虚実ともども、実に我々がこれまで抱いてきた土方の、新選組の面々のイメージに忠実であります。
直情径行の硬骨漢である近藤、脳天気なほど明るく近藤・土方を兄のように慕う沖田、豪傑だが酒乱粗暴の芹沢……もちろん、土方本人も含め、ここにいるのは、我々がよく(主にフィクションを通じて)「知っている」彼らそのものなのです。
それ故、新選組に詳しい方、史実に忠実な内容を求める方、全く新しい新選組物語を求める方にとっては、正直に申し上げれば、本作は物足りないものに感じられるかもしれません。
しかしそこまで拘らずに読む分には、本作は充分に良く出来た、安心して読める作品であることも間違いありません。
既存のイメージを敷衍しつつも、そこに一ひねり加わっている部分も多く(たとえば、新選組マニアが顔をしかめるであろう、芹沢鴨が本庄宿で大篝火を焚くくだりなど)、この辺りは作者の職人芸的な部分かと感じます。
ただし、それなりにフィクションとしての幅が取れる試衛館時代(本書の約半分を占めるのですが)に比べ、浪士組参加以降がやや駆け足に感じられるのもまた事実。
この先、いよいよ描くべきものが詰まっているであろう、そして史実の枠がいよいよ厳しくなるであろう下巻で、何がどのように描かれるのか……そこは気になる部分であります。
『土方歳三』上巻(富樫倫太郎 角川書店) Amazon
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)