黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第8巻 史実の悲劇と虚構の悲劇と
中断から復活し、前巻より北上編が開始された『PEACE MAKER 鐵』。その最新巻第8巻は、時間を遡り、鳥羽・伏見の戦前後が描かれることとなります。しかしそれは新撰組にとって終わりの始まり。そして鉄之助にとっては更なる苦しみの始まりとなるのであります。
死神憑きと呼ばれ、敵に対しては全く容赦することない冷徹な男に変貌して蝦夷地に現れた市村鉄之助。
第7巻では、新たに新撰組に加わったかつての鉄之助を思わせる少年・田村銀之助に対し、鉄之助が重い口を開き始めたところまでが描かれましたが、この巻からは油小路以降、鉄之助と新撰組に何が起きたか、それが語られることとなります。
油小路での乱戦の末に伊東甲子太郎を討った新撰組。しかしその残党たちの襲撃により近藤勇は銃弾を受けほぼ戦闘不能に。
そして折悪しくと言うべきか、そのほぼ半月後には鳥羽・伏見の戦いが勃発、近代兵力と錦の御旗を擁する薩摩方に対し、新撰組は敗走を余儀なくされて……
というのは、言うまでもなく史実の示すところ。そして本作においても、ほぼそのとおりに物語は展開していくこととなります。
山南が藤堂が消え、沖田は病に伏し、そして近藤も深手を負い……と、どんどんと新撰組が追い込まれていく中、せめてフィクションの部分では何か明るい展開を、というこちらの切ない期待は、しかし(言うまでもなく)微塵に打ち砕かれることとなります。
そう、この巻で描かれるもう一つの悲劇は、鉄之助と沙夜の別れ。
本作のヒロインとして、鉄之助と淡い想いで繋がってきた沙夜。戦が迫る中、島原の遊郭で禿として働く彼女を身請けしようとする鉄之助ですが――
しかし、その決意を胸に(そして土方をはじめとする周囲が、それをさりげなくバックアップするのも嬉しい)島原に向かう彼の知らぬ間に、沙夜は別の男に身請けされることになっていた、という展開はあまりにも辛い。
幼い恋から、居心地の良い関係から、一歩踏み出すことへの躊躇いという、誰でも経験しているであろう想い。
それが根底にあるだけに、二人の微妙な気持ちのすれ違いが取り返しのつかない別れに繋がっていくという展開が、心に深く突き刺さるのであります。
史実の悲劇と虚構の悲劇――その二つが並行して描かれていくこの巻の後半の展開は、それが生々しいだけに、そのシンメトリーがどこか美しくすら感じさせられます。
……が、それもこの巻の(本編の)ラストページを見る時まで。
もう本当に悲鳴を上げるしかない展開によって、本作で描かれる数々の悲劇には、まぎれもない悪意の存在があったことを、ここで我々は叩きつけられるのであります。
先を読むのが本当に怖い。よりはっきり言ってしまえば、逃げ出したくなる。しかしそれでも読まずにいられない――この気持ちにどう整理をつけたものか、わからぬままこの文章を記している次第。
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