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2015.05.12

『貸し物屋お庸 娘店主、奔走する』 プロとして、人として

 二ヶ月に一度のお楽しみである白泉社招き猫文庫。その五月の新刊の中でも特に気になるのが本作、『貸し物屋お庸 娘店主、奔走する』であります。シリーズ第2弾の本作では、すっかり店主姿も板に付いたお庸が、相変わらずのべらんめえで男勝りぶりで、様々な難問・珍問に挑むことになります。

 ある日、家に押し入ってきた凶賊に両親を殺され、自分も背中に傷を負わされた少女・お庸。彼女は「無いものはない」という貸し物屋・湊屋の変わり者の主人・清五郎に「手」を借りて、首尾良く仇を討つことに成功します。
 その貸し賃として清五郎がお庸に要求したのは、両国に開く湊屋の出店(支店)の主人となること。

 かくて、小さいながらも出店を任せられたお庸は、大工の棟梁の娘として板に付いたべらんめえ調も勇ましく(しかし憧れの清五郎の前では大人しく)、今日も貸し物屋として活躍する――というのが本シリーズの基本設定であります。

 プロフェッショナルものと言いましょうか、ある特殊な仕事に就いた主人公が、持ち込まれる依頼に対処していくというスタイルの物語がありますが、本作もその一つと言えるでしょう。
 プロフェッショナルものの楽しさは、そこで繰り広げられるプロの技(対応)そのものであるのはもちろんのこと、その「仕事」のフォーマットを守っていれば、様々なストーリーのバリエーションを作れる(読むことができる)という点だと感じます。

 その点ではまさに本作はプロフェッショナルものの楽しさが横溢。本作に収録された全4話の中では、二つとして同じものはない三味線の銘器に、複雑な絡繰りが仕掛けられた箪笥、畳ほどもあるまな板に、自分の母親(!)まで、何とも驚くような依頼が、次々と持ち込まれ、それを発端にユニークな物語が展開していくこととなります。

 特に面白いのは、本作の主眼が、客の依頼に応える品物そのものよりも、何故客がその品を必要としているのか、どうすれば客を満足させられるか、という部分にあることでしょう。
 一見突飛な依頼に見えたとしても、そこにはかならず客なりの意味がある。お庸が奔走するのは、その意味を解き明かすことであり――そこには一種「日常の謎」的味わいもあるのですが――それはとりもなおさず、そこに秘められた人の情の存在を知ることでもあります。


 自分自身の機転で、あるいは清五郎や手代・松之助のサポートで、駆け出しながらも貸し物のプロとして依頼を解決していくお庸。
 その姿は、彼女のべらんめえ口調も相まってなかなかにけなげかつ痛快なのですが――しかし、そんな彼女でも解き明かせぬ、解きほぐせぬ人の情もあります。

 本作のラストのエピソードである『貸し母』――功成り遂げ、嫁取りに当たり、幼い頃に行方不明となった(嫁の実家には地方で暮らしていると語った)母の代理を借りたいという商人の依頼を受けたお庸。
 それに対するお庸の対応は、プロとして、いや人として正しいものであり、大いに共感できるものなのですが……しかしそれが意外な方向に転がっていくこととなります。

 その一端を解決できたとしても、全てを正すことは不可能なこともある。その選択が正しくとも、選べない答えがある――
 人が作った社会であるのに、その社会に暮らす人のことであるのに、人にはどうにもできないことがある。

 社会に出れば、必ずどこかで知ることとなるこの理を、お庸はここで知ることになります。
 それは決して彼女が悪いのでも無力なのでもなく、社会というシステムゆえ、人が人である故としか言いようがないものではあるのですが……

 しかし、人の作ったシステムを動かすことができるのもまた人であり、人の情を動かすことができるのもまた人の情であります。
 本作の魅力は、お庸の奔走――動きそのものだけでなく、その動きがもたらす、新たな動きのもたらす暖かさにもあると、再確認させられた次第です。


 プロとして、人として――お庸の奔走をこれからも見守りたいと思わされる、そんな作品であります。
(女性として、はまだまだ先のようですが……というのは失礼に過ぎますか)


『貸し物屋お庸 娘店主、奔走する』(平谷美樹 白泉社招き猫文庫) Amazon
貸し物屋お庸 娘店主、奔走する (招き猫文庫 ひ 1-2)


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