ちさかあや『豊饒のヒダルガミ』第1巻 魂を食らう者の旅路
ヒダルガミ――道を行く人に取り憑き、取り憑かれた者は強烈な空腹感や疲労に襲われて動けなくなり、甚だしきは死に至るという行合神。本作は、そんなヒダルガミの名で呼ばれる男を中心とした、残酷なファンタジーとも言うべき作品であります。
時は天保の大飢饉の真っ只中――餓死者が相次ぐ中、大地が、食べ物が腐り、人々は更なる飢えに苦しむという地獄のような世界。
実は餓死者の無念の想いと飢えは「餓鬼」と化し、それが食べ物を腐らせているのですが……常人には見えぬその餓鬼たちを見る能力を持つ少女・ミキの前に、白髪で盲目の青年・トゼが現れたことから、物語の幕が開きます。
飄々としながらもどこか怪しげな雰囲気を漂わせ、ミキ同様、餓鬼の存在を「視る」ことが出来るトゼの正体(と言われるもの)とはヒダルガミ――餓鬼を喰らう存在。
忌まわれた存在として周囲の人々からは石持て追われるトゼですが、しかし彼にはある力が――本作のタイトルである「豊穣のヒダルガミ」たる能力がありました。
本作はそんなトゼと、彼に付き従う少年・ゼン、そして強引にトゼに連れ出されたミキたち三人と、諸国を巡る中で出会う餓鬼、そして亡魂たちの姿を描き出すこととなります。
同じ人間の血肉を喰らうことは、これは言うまでもなく人間社会において大きなタブーであり、それはフィクションの中でも難しい題材でありましょう。
では、人間の魂を喰らうことは――もちろん、現実にはあり得ないシチュエーションでありますが、もし存在すれば、それはやはり嫌悪を感じさせる行為であり、やはり難しい題材ではないでしょうか。
本作はまさにその魂を喰らうものを中心に据えた物語。その喰らわれる魂も、餓鬼――餓死者の怨念に留まらず、姥捨て、水子と、思わず天を仰ぎたくなるような存在ばかり。
そんな題材を扱う点にこそ、本作のユニーク極まりない点があります。
……が、少なくともこの第1巻の時点では、そのユニークさのみに留まっている印象があります。言い換えれば、ここで描かれるものは、基本設定以上のものを描いていないと言うべきでしょうか。
もちろん、まだ第1巻であり、そしてこれだけの特異な設定なのですから、それもやむを得ないところはあるのですが――しかし、この先に物語がどのような広がりを見せるのか、それが見えないというのが正直なところです。
人の世の醜さや哀しみを、あるいはそんな中にかすかに存在する美しさや喜びを描くのでも構いません。
しかし、本作の特異な設定だからこそ描ける、その先があるのではないか……その点にこそ、期待したいのですが。
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