夢枕獏『大帝の剣 天魔望郷編』 15年ぶりの復活編
これまで2つの漫画版は紹介して参りましたが、考えてみればその大本である原作、小説版を紹介していなかった――というわけで、原作単行本版を手に取りました。紹介始めは全5巻の丁度中間、第3巻の後半から……長きに渡り中断していたものが復活した時点からといたしましょう。
当初は『野性時代』誌に連載されていたこの『大帝の剣』、同誌の休刊により、実に15年間宙に浮いていたものが復活した時は、ちょっとしたニュースであったと思います。しかもそれが小説誌ではなくゲーム雑誌、『ファミ通』連載だったのですから……
何はともあれ復活した(といってももう10年も前のお話ですが)『大帝の剣』は、冒頭に述べたとおり、全5巻の単行本の後半部分に該当しますが、その始まりが、今回ご紹介する『天魔望郷編』となります。
物語を彩る登場人物の大半は、第3巻の前半である『飛騨大乱編』で出揃う形となりますが、さてそれを受けて『天魔望郷編』のプロローグで描かれるのは……
どこか懐かしさを感じさせるスペースオペラの世界。物語の最初に天から墜ちてきたランと、その追っ手たちとの戦いでありました。
考えてみれば、ランの名前や、彼女が宇宙を舞台とした御家騒動(のようなもの)の果てに追いつ追われつして地球にやってきたこと、そして彼女には地球上で行くべき場所があることなどは描かれましたが、それ以外の敵味方の素性は謎のまま。
連載再開時というのは、それに触れるのに良いタイミングであったかもしれません。
尤も、これまで得体の知れない怪物として描かれていた敵方に素性と名前が与えられたことで、不気味さが薄れた、ということはあるかもしれませんが、それはさておき。
そして始まる本編の方はといえば、こちらは当たり前といえば当たり前ですが、これまでの続き。黄金の独鈷杵と、牡丹にさらわれた舞/ランを追って、物語の登場人物たちが、一路飛騨に急ぐのですが――
ここで自分の頭の整理のためにも、本作の登場人物たちとその立ち位置を整理してみましょう。
・万源九郎&宮本武蔵:源九郎は舞を、武蔵は牡丹を追い、何となく同行
・牡丹&舞/ラン:牡丹は最後の神器を求めて飛騨へ。舞はその人質
・才蔵:元は舞を守る立場だが、今は追っ手の宇宙生命体に取り憑かれ、舞を追う
・破顔坊&空丸&姫夜叉:舞を追う伊賀忍び。独自の思惑を秘める
・柳生十兵衛:天草四郎(牡丹)生存の噂から武蔵を追う
・佐々木小次郎:宇宙生命体に取り憑かれて復活。武蔵を追う
・三島以蔵&海野六郎:元山賊。仲間の敵の一人である小次郎を追う
・弥太八:宇宙生命体に取り憑かれた百姓。舞を追う
と、飛騨に向かっている面子だけでもこれだけいるのですが、この他に飛騨では何事かを知る外法僧・祥雲が待ち受け、今回は名前のみの登場ながら舞を守っていた真田忍び・申がいて……
と、いやはや、伝奇ものの楽しみの一つは、それぞれの思惑を秘めた様々な勢力が絡み合い、鎬を削る様にあるかとおもいますが、その点、本作は文句なしであります。
それにしても今更ながらに感心するのは、これだけ各勢力が入り乱れる状態に至る――そして何よりも本作の最大の特徴にして魅力である、剣豪・忍者vs宇宙人というシチュエーションに持ってくる原動力として、舞/ランという存在を用意していることでしょう。
上で述べたように、各勢力の大半が追いかけるのは舞/ランの存在。ヒロイン争奪戦は、これは王道ではあるかもしれませんが、彼女を地球人と宇宙人の二重存在とするという、一種の邪道を用意することによって、本作のエキサイティングな構造が成り立っていることが、ここに来て明確に見えてくるのであります。
(もう一つ、三種の神器の存在がありますが、これはまだこの時点では全貌をみせていないので置いておきましょう)
正直なところ、各勢力それぞれに出番を与えるため、必然的にそれぞれの出番は短くなってしまうのは残念なところですが、これは連載再開に伴う顔見せ興行と思うべきでしょうか。
物語の本格的な展開、SF伝奇時代活劇としての本領発揮は、この先であります。
それにしても、本作をはじめとして、日本の(時代)伝奇SFに『妖星伝』が与えた影響の大きさよ――
『大帝の剣 天魔望郷編』(夢枕獏 エンターブレイン『大帝の剣 3 <飛騨大乱編> <天魔望郷編>』所収) Amazon
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