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2015.06.23

夢枕獏『大帝の剣 4 幻魔落涙編』 名作日本SFのバトルロワイヤル!?

 全5巻本の『大帝の剣』紹介、今回は全編初単行本化の第4巻『幻魔落涙編』であります。豊臣家の遺児・舞を巡る争いと、おりはるこんを巡る宇宙規模の争いと――二つの軸で展開してきた物語もそろそろ物語の全貌が見えてきたかと思えば……ここでとんでもない展開が繰り広げられることとなります。

 宇宙からこの星を訪れ、舞に取り憑いた宇宙生命体・ラン。彼女(?)を追ってきた3体の宇宙生命体は、それぞれラン同様に地球上の生物に宿り、舞や源九郎、武蔵の前に奇怪な姿と能力でもって現れることになります。
 そんな彼らの目的はランのみならず、地球上に存在するおりはるこん――今は大帝の剣・ゆだのくるす・黄金の独鈷杵の三種の神器に姿を変えた謎の物質。

 そしてその一つ、独鈷杵の在処を知る飛騨の怪僧・祥雲のもとに、三種の神器と、物語を彩るキャラクターたちが集結することになります。
 これまで意味ありげな言動を繰り返してきた祥雲ですが、ついにこの巻ではその真の姿と実力、真意を明らかにし、牡丹と、源九郎と、武蔵と――すなわち主役クラスの大物たちと次々と対決。

 その一方で、申や六郎ら真田の残党、空丸や蟇翁(いや、久々過ぎて存在を忘れておりました)も暗躍、物語はいよいよ起承転結の転に入ったと思いきや……
 いや転も転、物語はここに来て想像を絶する方向に転がっていくこととなるのであります!


 祥雲との戦いの最中、かつて黒鬼から奪った異星の武器の力でいずこかへ姿を消してしまった源九郎。彼が飛んだ先は、見たこともないような物質で作られた閉鎖空間――我々の言葉で最も近いものを選べば宇宙船の内部でした。
 何処とも知れぬ、間違いなく日の本ではない砂漠の地下に埋もれた船の内部を彷徨った末、彼が出会ったのはこの船の主――背中に巨大な翼を持つ彼は、かつてイエスらを導いたという存在、ガブリエルでありました。

 意志を持った時間により、破滅の危機に陥った宇宙を救うための手段を求めて、生命が満ち溢れ、喰らいあう妖……いや特異点たる地球を太古に訪れたというガブリエル。
 それだけでも充分唖然とさせられますが、驚くのはまだ早い。ガブリエルの目を盗むように源九郎の前に現れた老人――彼はかつてガブリエルと行動を共にし、今は彼と敵対する者、ゴータマ・シッダールタを名乗るのです。

 ガブリエルとシッダールタ、この二人が物語る内容は……


 作者の作品のファンであればお馴染みの、物語の途中に挿入される長い長い過去編。本編の展開を追いかけるのに夢中で、そういえば本作では過去編がまだなかった……と気づいてみれば、待っていたのはこの展開。
 いやはや、千年以上の時空を超越して登場したのが、宇宙の滅びと対峙するシッダールタというのは、どうしても光瀬龍の名作『百億の昼と千億の夜』を連想させられます。

 いや、第3巻の感想でも軽く触れ、先ほども書き掛けましたが、宇宙からの来訪者に始まる時代劇が、時間と空間を超える壮大な物語に転じていくというのは、どう考えても半村良『妖星伝』。
 さらに言ってしまえば、人や生物に取り憑き、不死身の魔物と化す不定形の生物といえば平井和正『死霊狩り』を連想させます。

 無粋を承知で作品名を挙げてしまいましたが、こうして見ると本作は、作者が愛する(であろう)数々の伝奇SFのオマージュが交錯する作品、剣豪と宇宙人のバトルロワイヤルどころか、名作日本SFのバトルロワイヤルでもあったとは!

 しかしそれがイタダキのままや、生煮えのままで終わっていないのは言うまでもない話。ここにあるのは、まさに作者ならではの物語であって……それを成立させる作者のパワーに感心するとともに、それを可能にさせたのが時代劇という器であることに興味深く感じた次第です。

 さて、大風呂敷を広げに広げた本作、果たして如何に畳んでみせるのか……ラスト1巻も近々紹介いたします。


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