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2015.06.30

杉山小弥花『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第7巻 それぞれの欠落感と不安感の中で

 女学校に通う開明的お嬢様・菊乃と、飄々としながらもどこか得体の知れぬ元忍び・清十郎の、ややこしく可笑しくも、重く切ないラブコメディ『明治失業忍法帖』の最新巻であります。ついにお互いの想いを通わせた二人ですが、その周囲では相変わらずの事件続き、何やら不穏な気配さえ漂い始めます。

 初めは、女学校に入る口実と口を糊する手段と、互いに損得ずくでの偽りの婚約者だった二人。しかし数々の事件をくぐり抜けるうちにお互いの距離は縮まり、ついに前巻では、清十郎が菊乃に求婚することに……

 と、めでたくもよく考えればスタートラインに戻っただけのような気もする二人。しかしご存じの方も多いかと思いますが、男女のつきあいは、ここからがまた長い道のりなのです。たぶん。

 己の想いが相手に受け入れられたら受け入れられたで、今度はそれが続くのか、失うのではないかと気になってしまうのはむしろ自然な心の働き。己を律するのはお手の物のはずの清十郎が、自分の人間的な感情に戸惑う様は、何とも微笑ましくもほろ苦いものがあります。

 さて、そんなめんどくさい二人ですが、やはりこの巻でも次から次へと事件に巻き込まれることとなります。

 菊乃の弟・一馬の家出騒動に、写真館での密室殺人事件、宿敵(?)楡大尉を巻き込んでの野球勝負に、長州の活動家・桐生と菊乃のおかしな対決……

 どのエピソードも流石のクオリティなのですが、一つ挙げるとすれば、個人的には野球勝負のエピソードが特に印象に残りました。
 清十郎同様、どこか得体の知れない海千山千の土佐出身の軍人・楡。己の出世のため、あの手この手で清十郎を利用せんとする楡ですが、彼の上昇志向の陰には、身分違いの恋の相手とその娘をいつか大手を振って迎えるという目的があって……

 と、その娘が菊乃の弟たちと知り合い、成り行きで大学生たちと野球勝負をすることになったために、その場に引っ張り出されたのが清十郎と楡で――とくれば番外編的趣向のギャグエピソードのようですが、それだけで終わらないのがこの作品であります。

 名乗りを挙げられぬ娘の前で、思わぬ勝負に駆り出された楡の姿は、普段が普段だけにそのギャップが何とも楽しい(もちろん他の面子も、それぞれに「らしい」のですが)。

 しかしそんな彼の姿を通じて描き出されるのは、時代が変わってもなおも存在する身分と差別の存在。
 四民平等と言っても名ばかりの世界を懸命に生きる彼の姿を描くこのエピソードは、野球などの事物だけでなく、精神面において、「明治」というものを描き出すのであります。


 振り返ってみれば、物語が始まって7巻を数えるまでに、様々なバックグラウンドを持つキャラクターが登場した本作。
 出身地だけ見ても、江戸っ子の菊乃に会津の桃井、薩摩の槇に土佐の楡、長州の桐生と、維新の勝ち組負け組が入り乱れる状況にあります。

 しかしその立場こそ違え、彼ら彼女たちに共通するのは、それぞれがそれぞれの立場で欠落感と不安感を抱え――そしてそれを埋め合わせ、安らぎを得ようとする姿でありましょう。
 本作は明治という時代ならではの特殊な事情を背負う人々の姿を描き出すと同時に、そんな人々の関係を通じ、現代の我々と変わらぬ人間としての普遍的な感情の存在をも描きだすのであり……そしてそれが本作の最大の魅力であるましょう。

 そしてそんな本作を象徴するのが、菊乃と清十郎の関係性であることは言うまでもないのですが……
 この巻において、これまで幾度か仄めかされていたように、ついに清十郎のバックグラウンドが偽りのものであったことが(我々読者に対して)明かされることとなります。

 その真のバックグラウンドが明らかにされた時、清十郎を待つ運命は。そして何よりも、それに対して菊乃はどのような態度を取るのか(さらにまた、それに対して清十郎は……)
 クライマックスは間近いように感じられるのであります。


『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第7巻(杉山小弥花 秋田書店ボニータCOMICSα) Amazon
明治失業忍法帖~じゃじゃ馬主君とリストラ忍者~(7)(ボニータ・コミックスα)


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2015.06.29

『戦国武将列伝』2015年8月号 神の子と鬼の子と

 気がつけばもう偶数月の月末ということで、『戦国武将列伝』の8月号が発売されました。今回は残念ながら『孔雀王 戦国転生』が作者急病につき休載であります。今回も、印象に残った作品を紹介していきましょう。

『鬼切丸伝』(楠桂)
 第2巻が発売されたばかりの本作、巻頭カラーで描かれる物語の舞台となるのは島原の乱。ある役割を果たしたことで後世に知られる山田右衛門作の目を通じた天草四郎が描かれます。

 「鬼理支丹」と蔑視され、松倉家の苛斂誅求に晒される信徒たち。ついに蜂起した彼らの旗印となったのは、数々の奇跡を見せた神の子・四郎なのですが……本作だからして、その正体は言うまでもありますまい。

 戦国時代にキリスト教の魔物が日本に侵入して、というのは、作者の作品の幾つかで見られるシチュエーションですが、今回はある意味それを裏返した……とでも言えるでしょうか。
 正直なところ、神の子と鬼の子の対決をもう少しじっくりと見たかったところですが、無情な結末は本作らしいところです。

 しかし幕末を除けば江戸時代最後の戦いと言うべき島原の乱の時点でも、まだ人間不信の気がある少年は、いつその想いを変えるのか……(まあ、島原の乱の時点で戦国ではないのですが)


『バイラリン 真田幸村伝』(かわのいちろう)
 ついに始まった「第二次上田合戦」――徳川秀忠、本多正信、そして真田信幸の大軍が迫る中、ついに幸村の「舞い」が始まることに……

 と、戦いが嬉しくて本当に舞い踊りだす幸村はちょっと変な人に見えてしまいますが、その戦略はいつもながら(?)お見事。
 陽動をかけておいて自らは一気に――というのは後の彼の戦いを思わせますが、その中に一片の狂気を感じさせるのがいい。

 その弟に若干引きながらも、きっちりと受け止めてみせる信幸も格好良く、おそらくはこれから始まるであろう幸村の真の戦いも期待できます。


『セキガハラ』(長谷川哲也)
 前回、ついに小早川が登場したことにより、ほぼ出揃ったように思われる西軍の面々。石田・上杉・毛利・小早川の頂上会談を通じ、黒田如水の真の能力が推理されるのですが……

 いやはや、これがこう来るか、と言いたくなるようなとてつもない能力。なるほど、ラスボス候補に相応しい能力ですが、彼がそれに目覚めるに至った経緯に、あの有名な史実を持ってくるのが面白い。
 そんな如水との戦いを、○○を守るための戦いと断じる飛躍っぷりも、実に本作らしい豪快さであります。

 と、その一方で謎の美少女・お玉が登場……本人よりも、これから登場するであろう夫がどんなキャラに描かれるかが心配……いや楽しみです。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 前回の引きで語られた奥羽統一を阻む「厄介な敵」の正体――については冒頭であっさり目に語られ、今回のメインとなるのは、景綱の妻の懐妊にまつわるエピソード。

 政宗にまだ子がないのを憚り、折角授かった自らの子を……というのは、景綱にまつわる逸話の一つですが、現代人から見ればドン引きもののこの逸話の印象を、ギャグを絡めることで和らげてみせるのはさすがと言うべきでしょう。

 何よりも、このエピソードにほぼ二話を費やすのが、実に作者らしい視点だと嬉しくなるのであります。


 その他、民話めいたシチュエーションからの暴走ぶりも楽しいしりあがり寿『無常草紙』と、今回もレギュラー陣の活躍が印象に残る一冊であります。


『戦国武将列伝』2015年8月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ戦国武将列伝 2015年 08月号 [雑誌]


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2015.06.28

吉川永青『闘鬼 斎藤一』 闘いの中に己の生を貫く

 近年成長/活躍著しい歴史小説家を五人、いや三人挙げた時、間違いなく吉川永青の名前が含まれるでしょう。本作は、これまで戦国ものの印象が強かったその作者が、幕末を――それも新選組の斎藤一を主人公とした作品。この作品ならではの斎藤一像が描かれる物語であります。

 少年の頃から、「闘い」に取り憑かれ、その中でこそ己の生を実感してきた一。弟子入りした試衛館で、己と良く似た想いを抱く沖田総司と意気投合した彼は、試衛館の仲間たちとともに(紆余曲折はありつつも)浪士組に参加することとなります。

 己の命を的にした闘いを愛する一と総司にとって、浪士組改め新選組での闘いの日々は飢えを癒すものでありましたが――しかし内部での権力闘争が、幕府と薩長・朝廷との駆け引きが、彼らを、彼らの望まぬ闘い、いや「争い」へと巻き込んでいくこととなります。
 やがて幕府が倒れ、仲間たちが斃れていく中、それでも一は己の闘いを続けるのですが……


 斎藤一については、今更言うまでもない新選組の有名人。きちんと数えたわけではありませんが、近藤土方沖田に次いで、フィクションで活躍している新選組隊士ではないでしょうか。
 しかし先に挙げた三人が陽のイメージとすれば、一は陰のイメージ。人斬り、密偵etc.暗いイメージがつきまといます。

 そして本作の一は――確かに人斬りであることは間違いありませんが、単に相手を殺すのではなく、強敵との命のやりとりを愛する、言うなればバトルマニア。
 「総ちゃん」「一君」と呼び合う仲で、ある意味彼以上に凶暴な――何しろ試衛館に正式入門したばかりの土方を、闘志がないといきなりボコボコに叩きのめすほどで――総司と二人、闘いの中に嬉々として飛び込んでいく姿には、むしろヤンキーもの的な味わいすら漂います。

 しかし、そんな剣呑極まりない彼らの闘いは、個人の力ではどうにもならないあるいは政治、あるいは歴史といった巨大な力の前に、変質を迫られていきます。

 彼らの愛する「闘い」は、自らの命を的に、互いが鍛え上げた剣をぶつけ合うもの。それに対し、新選組が、この国が巻き込まれていくのは、兵の多寡と銃の力によって相手の命を奪っていく「争い」……

 闘争と一口に言いながらも、(少なくとも一にとっては)明確に異なるこの両者。その狭間にあって、一は、総司は、己の闘いの行方に、言い換えれば、己の生のあり方に悩むのであります。

 なるほど、純粋に闘いを楽しむ者という存在はあまりに剣呑であり――本作の河合耆三郎のように――普通の人間にとっては近寄りたくないタイプかもしれません。政治的なるものを嫌悪し、距離を置いているからといって純粋と評するのも躊躇われます。

 しかし――それでも、彼らの生き方にどこか爽やかさすら感じるのは、そこに、己の生を正面から見据え、それを貫こうとする者特有の、愚直なまでの潔さが感じられるからでありましょう。
 そしてその愚直なまでの潔さは、混沌殺伐とした幕末史の中で――たとえ史実ではどれだけ血と暴力にまみれていても――新選組に対して我々が感じるイメージと重なります。

 そしてそんな彼らの闘いが争いへと変質していく様は、そのまま江戸から明治へと変わっていく時代にも重なるものでしょう。


 歴史の流れから一種超然とした闘いの鬼の姿を描きつつも、彼に象徴される一つの集団の、そして一つの時代の変質を浮かび上がらせる。
 その姿はひどく切ないものであると同時に……しかし、どこか力強く美しいものを感じさせます。

 そう、彼は、彼らは、最後まで屈せず闘い抜いた――ただ己の生を生き抜いたのですから。


『闘鬼 斎藤一』(吉川永青 NHK出版) Amazon
闘鬼 斎藤一

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2015.06.27

鳴海丈『あやかし小町 大江戸怪異事件帳』 アップデートされた原点のアイディア

 時代バイオレンスといえばこの人、と言うべき鳴海丈ですが、その一方で、若く正義感の強い同心らが、弱き人々を救うために活躍する捕物帖も得意としています。本作は後者の系譜に属する作品ですが――しかしこれまでの作品と一風変わっているのは、そこに「あやかし」の語があることであります。

 病で隠居した父の跡を継ぎ、若くして北町奉行所の定町廻り同心となった和泉京之介。頭脳明晰で剣の達人、正義感に溢れる美丈夫と言うことなしの京之介ですが、さしもの彼も、目下抱える事件には頭を抱えるばかり。

 さる商家で起きた殺人事件――豪商の一人娘が蔵の中から姿を消し、残されたのは胸に匕首を刺された男の死体。
 完全な密室と化した蔵の中で、娘はどこへ消えたのか。そして男を刺した下手人は誰で、やはりどこへ消えたのか……?

 常識では解明できそうにない事件に対し、京之介の岡っ引き・岩太が持ってきたのは、いま巷で話題の「うわばみ小町」お光。
 たおやかな美少女でありながら、まるで見てきたように失せ物や人を捜しだし、お代は酒を一升のみ……

 不承不承、お光の手を借りることとなった京之介ですが、その間にも第二、第三の事件が発生、果たして入り組んだ事件の背後にあるものは、そしてお光に隠された秘密とは……


 と、お光の存在を除けば、人物配置や物語は、基本的に正当派の捕物帖である本作。しかしもちろん、そのお光こそが本作の肝。言うまでもなく彼女こそタイトルロールのうわばみ……いやさ「あやかし小町」なのであります。
 そう、彼女の力の源は、彼女に憑いた「あやかし」。詳細は伏せますが、ある事情で彼女に憑いた妖怪の力を借りて人助けする彼女と、その秘密を知ってしまった京之介と――本作は二人を中心に展開する全三話で構成されています。

 そんな本作は、今風(?)に言えば超能力探偵ものということになるでしょうか。
 しかし多くの超能力探偵もの同様、本作も、決して便利な超能力だけで事件が解決するわけではありません。お光の力はあくまでも限定的なもの――彼女の力を持ってしてもわからぬほど入り組んだ事件をどう解きほぐしていくか?

 こうした舞台設定と物語運び――決してものすごく凝ったことをしているわけではないのですが、それなりに読ませてくれるこの辺りの技の利かせようは、冒頭に述べたとおり、数多くの捕物帖を著してきた作者ならではでしょう。


 さて、本作の裏表紙に記されたところによれば、本作は「著者がデビュー以来あたためてきた」作品とのこと。
 こうした謳い文句は得てして大げさなこっとも少なくないのですが……あとがきを見てみれば、本当に本作は作者がデビューした集英社コバルト文庫の頃から構想していた作品であることに間違いないようです。
(何しろ、作者初の時代ジュヴナイル『大江戸えいりあん草紙』の名がいきなり飛び出してくるのだから嬉しい)

 今でこそ妖怪時代小説、その中でも妖怪もの+捕物帖という趣向は比較的よく見られるものですが、作者がデビューした数十年前では確かに非常に珍しい。
 本作は、その頃からのアイディアが今になって美しい花を咲かせたもの……というのはいささかロマンチックな表現に過ぎるかもしれませんが。

 デビュー当時からの作者のアイディアを、今の作者の力量でアップデートしてみせた本作。
 内容的には肩の凝らない、さらりと読める作品ですが、こうした背景事情を踏まえてみると、なかなかに感慨深いものがあります。


 ちなみに、主人公が可愛らしいわりには、女と見れば手込めにしようとする悪人がやたらと登場したり、人殺しを生業とする死客人/処刑人が登場したりと、バイオレンスフルな香りが漂うのも、今の作者らしいと言えば言えるのかも……というのはもちろん蛇足でありましょう。


『あやかし小町 大江戸怪異事件帳』(鳴海丈 廣済堂文庫) Amazon
あやかし小町 大江戸怪異事件帳 (廣済堂文庫)

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2015.06.26

原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第7巻 加速する現代の講談

 さて、少年織田信長の大暴れを描く『いくさの子 織田三郎信長伝』の海賊編も、この第7巻でいよいよ佳境。伝説の秘石「光の天」を巡る争奪戦の最中、「海の伝説」の異名を取る怪海賊ジョゼ船長と信長の全面対決がいよいよ始まることとなります。

 持つ者に己の未来を見せるという「光の天」。それを手にした者は天下をも握るという秘石を、今川義元が狙っていることを知った信長たちは、その秘石を運ぶジョゼ船長を狙います。
 しかし相手は七つの海を股にかける名うての海賊、真っ正面からの力押しでは攻略不可能と知った信長は、なんと腹心の仲間たちとともに、奴隷に扮してジョゼ船長の船に潜入することに……!

 と、破天荒もここに極まれり、と言いたくなるような信長の作戦ですが、その八方破れぶりは一周回って実に痛快。
 確かに桶狭間以降の信長がこんな行動を取ったら(本作の場合、それも真剣にありそうなのが恐ろしいのですが)問題ですが、まあ、うつけ者時代の信長なら……と思わされるのが本作の底知れぬパワーであります。

 この海賊編の敵役であり、その異常にテンションの高いキャラクターでもって、前巻では作品を乗っ取ってしまった感もあったジョゼ船長。
 その怪人ぶりは相変わらず、誰か止めて下さい、という印象なのですが、さすがは主人公、信長が物語の上でも、テンションとビジュアルの上でも見事に止めてみせて、いや魅せてくれました。

 強大な敵は内側から打ち崩すというのはこの手のお話では定番、それも、敵に虐げられた者たちを味方につけてというのも、また定番でありましょう。
 そんな物語の定番をきっちりと押さえつつ、そこに古臭さを感じさせないのは、これはその定番を、男臭さや格好良さ、そしてテンションの高さで上書きしているからでありましょう。

 そう、秘石奪取よりも奴隷解放を選び、自らの命を的にしての奇策で一発逆転してみせる信長の姿は、文句なしに主人公として格好良い。
 その信長像こそは、これまで数多くのヒーローを描いてきた作者ならではのものでありましょう。


 ……が、それが何だか物理的な格好良さにまで具現化されて、作中の登場人物までそれに感動するようになると、面白いは本当に面白いのですが、何やら雲行きが怪しくなってきます。
 実際のところ、クライマックスの信長vsジョゼ船長は、信長のキメキメっぷり(これが実際に格好良いから困る。いや困らない)と、ジョゼ船長のテンションの高さが相まって、一種の異空間が発生しているやにも感じられてきます。

 あまりこうした比較は好きではないのですが、この過剰なキャラクター性とビジュアル的なインパクトによる演出感覚は、戦国ものアクションゲームのそれ的なものが……
 と感じたところで、それらのゲームのイメージソースの一つに、作者の『花の慶次』があるであろうことを思えば、それはむしろ当然の帰結なのかもしれない、と気付きましたが。


 話が二転三転してしまいましたが、一つの物語としての長所と短所が同時に存在しているような本作の最近の展開は、しかし連載漫画ならではの一種のドライブ感覚が発生しているようで、個人的には好ましいところであります。

 物語を語る者と、それを受け止める者のテンションが相乗して、どんどんと物語が加速していく――
そんな本作は、かつて数多くの英雄豪傑譚を生み出してきた講談を、現代にアップデートしたものなのかもしれない……そんな想いすら浮かぶのであります。


『いくさの子 織田三郎信長伝』第7巻(原哲夫&北原星望 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon
いくさの子 ~織田三郎信長伝~ 7 (ゼノンコミックス)


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2015.06.25

上田秀人『百万石の留守居役 五 密約』 不可能を可能とする戦いに挑め

 スタートダッシュから勢いを失うことなく、気付けばもう第五作目となった『百万石の留守居役』。五代将軍に綱吉が決まったことで終結したかに見えた暗闘は、なおも形を変えて続き、その中に前田家が、瀬能数馬も巻き込まれていくこととなります。

 宮将軍擁立も潰え、死に体となったかに見えた大老・酒井忠清が仕掛けた無謀とも見える策。
 伊賀忍びが、前田家の加賀忍びから奪った手裏剣を使って綱吉を襲撃するというこの策により、前田家の立場は一気に悪化するのでありました。

 何しろ、自分には全くその気はなかったとはいえ、前田綱紀は一度は将軍に推薦された人物。綱吉にとっては己の地位を脅かす敵であります。
 その命を受けた綱吉の寵臣・堀田正俊も、前田を疑いつつも、同時に酒井の逆襲の可能性も捨てられず……と、皆が疑心暗鬼に取り憑かれた状態となるのでありました。

 と、そんな状況下でものを言うのは「情報」。そしてそれを収集する役目こそは留守居役であります。
 そう、ここで数馬の出番……とすぐにはならないのが、新参者の辛いところ。いかに麒麟児とはいえ、まだまだ数馬は留守居役としては見習い同然、留守居ならぬ留守番が彼の主たる役目で――


 しかしもちろん、それで彼の出番が終わるはずもありません。新参者与し易しと彼に伸ばされる魔手――甘言と脅しと、硬軟使い分けて忍び寄る相手に、独り挑むことになった場面こそ、数馬の独壇場、口と剣と、ここで見せる彼の冴えは、これぞ主人公、と言いたくなるような痛快さであります。

 そして彼の出番はまだ終わりません。事態収集のため、ついに頂上会談を行うこととなった綱紀と正俊。
 しかし事件の渦中にある二人が会ったと知られれば、さらなる波紋を生み出すことは確実、それでは……というところで数馬に意外な役割が回ってくるのも面白い。

 とはいえ、活躍ばかりでもなく、彼の存在が意外な窮地を……と、ここから先は伏せましょう。

 いずれにせよ、複雑怪奇な政治情勢の中で数馬を埋没させずに活躍させてみせる――それもリアリティを保ちつつ――のにはただ感心するばかり。
 そして、その数馬の存在がまた周囲に複雑な波紋を生み、それが物語をさらに動かし……というところまでくると、これは作者ならではの巧みなさじ加減と言うほかありません。


 さらに、本作の面白さは、そんな一種のキャラクター性に留まりません。
 数馬がその任に就く留守居役というお役目――そして彼らが行う「外交」というものの怖さ、奥深さが、本作をさらに面白くしていると感じます。

 幕府と藩、藩と藩――そのプレイヤーはそれぞれでありますが、異なる立場にある存在が接触する時に、ポジティブであれネガティブであれ、必ず発生する反応。
 それを時に最小限に抑え、それを時に最大限に利用する――そのための活動が「外交」でありましょう。

 百万石という、大名のうちでも破格の存在でありながら、正面切っての争いでは決して幕府には勝てない前田家。
 しかし外交を通じてであれば、決して膝を屈するばかりではなく、幕府と対等にやりあうことも不可能ではないのであります。
(そしてもちろんそれは、前田家もまた、自分よりも弱き存在に屈する可能性もあるということですが……)

 不可能を可能にする戦い――これは主人公が参加するにふさわしいものでありましょう。
 留守居役という、地味なイメージのある存在を中心に据え、まことにエキサイティングな物語を展開してみせる……本作に、本シリーズに大いに魅力を感じる所以であります。


『百万石の留守居役 五 密約』(上田秀人 講談社文庫) Amazon
密約 百万石の留守居役(五) (講談社文庫)


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2015.06.24

會川昇『神化三六年のドゥマ』(前編) 伝奇的なる世界が描き出す現実

 戦争が終わり、東京でのオリンピック開催を控えた神化三六年、創生期のTV界でディレクターとして奔走する木更嘉津馬は、生放送を目前としたスタジオで、奇怪な物音を聴く。それを追いかけるようにスタジオに現れた謎の男たち。混乱が支配するスタジオで、嘉津馬の前に現れたモノは……

 我々の良く知る「昭和」とは似て非なる世界――「神化」の日本を舞台とした、何ともユニークかつ底が知れないシリーズがスタートしました。

 元号の違いを除けば、我々の世界と極めて近い世界に見える「神化」。しかし決定的に異なるのは、この世界には<超人>と呼ばれる存在がいる/いたという点であります。
 比喩としてではなく、正しく人を超える存在としての<超人>。様々な異能を持つ彼らが生きる、いや生きていた時代を舞台とした連作の第一話である本作は、その時代に公共放送のTVディレクター・木更嘉津馬の回想というスタイルを取って描かれます。

 いまだTVで放送される番組が生放送であった時代に、嘉津馬が担当する番組で起きた怪事件。初めは小さな異変にすぎなかったものが、そこにかつてのGHQに連なる怪人物が率いる一団が乱入、さらにそこに出現した「存在するはずもないモノ」が、その場を阿鼻叫喚の地獄に叩き込む――

 果たして「それ」は何者なのか。スタジオに現れた男たちの正体は。デュマあるいはドゥマとは。そして何よりも、その時/その後、嘉津馬の身に何が起きたのか……
 本作は前後編の前編、まさに謎が謎呼ぶというのが相応しい状態でありますが、物語の始まりとしては上々の滑り出しと申せましょう。

 そしてそんな物語もさることながら、負けず劣らず魅力的なのは、舞台とそれを通じて描かれるモノであります。
 いまだはっきりとは描かれていないものの、物語の背景を為すものとして幾度となく触れられる<超人>の存在。それは、先の戦争から十数年後という、いまだ混沌とした時代にさらなる複雑な彩りを添えることで、我々にとって、ある意味身近であって遠い時代への興味を煽ります。

 さらにまた、作中に登場する数々の小道具、ネタも、オリンピックを目前とした時代、「日常系」がもてはやされるTV、その取り締まりの外縁すらわからぬ法律、反骨精神に溢れる公共放送……
 と、最後はともかく、明白に過去を描きつつも、どこか現代に重なって見える趣向の数々は、いかにもこの作者らしい題材のチョイスと描写でありましょう。


 ……さて、突然自分語りとなって恐縮ですが、私は伝奇、なかんづく「時代伝奇」の定義――というより範囲については、かなり小うるさい人間であります。

 簡単に言えば、時代伝奇というものは、過去のある時代とそこで起きた事件――すなわち史実・現実を下敷きにしたものであり、それをねじ曲げてはならない(もちろん、実は○○でした、というのはアリですよ)。
 そして何より、舞台は現実世界でなければならず、パラレルワールドなどもってのほか! ……と思っているのです。

 しかし本作に触れることで、私は考えを改めざるを得なくなりました。
 たとえ現実と異なる世界であったとしても、そこに描かれるものが、現実世界の合わせ鏡であって――そして何よりも、現実をより効果的に描くために、現実ではない世界を舞台として選択された物語。
 そんな物語もまた、「時代伝奇」と呼んでもよいのではないか、と。

 現実に、現実にあらざる要素を持ち込むことで、その現実をディフォルメし、より現実の輪郭を明確にしてみせるのが伝奇だとすれば、本作は小は<超人>の存在を、大は彼らが活躍する世界を持ち込むことで、現実を描き出そうとする伝奇物語なのでしょう。

 そしてこれはまさしく、かつて『UN-GO』において、「明治時代を舞台としたミステリ小説を通じて大戦直後を描く」原作を翻案し、「近未来を舞台としたミステリアニメを通じて現代を描く」という離れ業でもって、一種「近未来時代伝奇」というべき世界を生み出してみせた作者ならではの趣向であります。


 その作者によって生み出された伝奇的なる世界の中で、<超人>たちがいかに活躍するのか、そしてどのような「現実」が描き出されるのか――
 『ウルトラマン』『仮面ライダー』『スーパー戦隊』という我が国を代表する特撮ヒーローものの脚本家としても活躍してきた作者の、その『超人幻想』の一端が明かされるであろう後編が待ち遠しくてならないのであります。


『神化三六年のドゥマ』(前編)(會川昇 ミステリマガジン 2015年7月号掲載) Amazon
ミステリマガジン 2015年 07 月号

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2015.06.23

夢枕獏『大帝の剣 4 幻魔落涙編』 名作日本SFのバトルロワイヤル!?

 全5巻本の『大帝の剣』紹介、今回は全編初単行本化の第4巻『幻魔落涙編』であります。豊臣家の遺児・舞を巡る争いと、おりはるこんを巡る宇宙規模の争いと――二つの軸で展開してきた物語もそろそろ物語の全貌が見えてきたかと思えば……ここでとんでもない展開が繰り広げられることとなります。

 宇宙からこの星を訪れ、舞に取り憑いた宇宙生命体・ラン。彼女(?)を追ってきた3体の宇宙生命体は、それぞれラン同様に地球上の生物に宿り、舞や源九郎、武蔵の前に奇怪な姿と能力でもって現れることになります。
 そんな彼らの目的はランのみならず、地球上に存在するおりはるこん――今は大帝の剣・ゆだのくるす・黄金の独鈷杵の三種の神器に姿を変えた謎の物質。

 そしてその一つ、独鈷杵の在処を知る飛騨の怪僧・祥雲のもとに、三種の神器と、物語を彩るキャラクターたちが集結することになります。
 これまで意味ありげな言動を繰り返してきた祥雲ですが、ついにこの巻ではその真の姿と実力、真意を明らかにし、牡丹と、源九郎と、武蔵と――すなわち主役クラスの大物たちと次々と対決。

 その一方で、申や六郎ら真田の残党、空丸や蟇翁(いや、久々過ぎて存在を忘れておりました)も暗躍、物語はいよいよ起承転結の転に入ったと思いきや……
 いや転も転、物語はここに来て想像を絶する方向に転がっていくこととなるのであります!


 祥雲との戦いの最中、かつて黒鬼から奪った異星の武器の力でいずこかへ姿を消してしまった源九郎。彼が飛んだ先は、見たこともないような物質で作られた閉鎖空間――我々の言葉で最も近いものを選べば宇宙船の内部でした。
 何処とも知れぬ、間違いなく日の本ではない砂漠の地下に埋もれた船の内部を彷徨った末、彼が出会ったのはこの船の主――背中に巨大な翼を持つ彼は、かつてイエスらを導いたという存在、ガブリエルでありました。

 意志を持った時間により、破滅の危機に陥った宇宙を救うための手段を求めて、生命が満ち溢れ、喰らいあう妖……いや特異点たる地球を太古に訪れたというガブリエル。
 それだけでも充分唖然とさせられますが、驚くのはまだ早い。ガブリエルの目を盗むように源九郎の前に現れた老人――彼はかつてガブリエルと行動を共にし、今は彼と敵対する者、ゴータマ・シッダールタを名乗るのです。

 ガブリエルとシッダールタ、この二人が物語る内容は……


 作者の作品のファンであればお馴染みの、物語の途中に挿入される長い長い過去編。本編の展開を追いかけるのに夢中で、そういえば本作では過去編がまだなかった……と気づいてみれば、待っていたのはこの展開。
 いやはや、千年以上の時空を超越して登場したのが、宇宙の滅びと対峙するシッダールタというのは、どうしても光瀬龍の名作『百億の昼と千億の夜』を連想させられます。

 いや、第3巻の感想でも軽く触れ、先ほども書き掛けましたが、宇宙からの来訪者に始まる時代劇が、時間と空間を超える壮大な物語に転じていくというのは、どう考えても半村良『妖星伝』。
 さらに言ってしまえば、人や生物に取り憑き、不死身の魔物と化す不定形の生物といえば平井和正『死霊狩り』を連想させます。

 無粋を承知で作品名を挙げてしまいましたが、こうして見ると本作は、作者が愛する(であろう)数々の伝奇SFのオマージュが交錯する作品、剣豪と宇宙人のバトルロワイヤルどころか、名作日本SFのバトルロワイヤルでもあったとは!

 しかしそれがイタダキのままや、生煮えのままで終わっていないのは言うまでもない話。ここにあるのは、まさに作者ならではの物語であって……それを成立させる作者のパワーに感心するとともに、それを可能にさせたのが時代劇という器であることに興味深く感じた次第です。

 さて、大風呂敷を広げに広げた本作、果たして如何に畳んでみせるのか……ラスト1巻も近々紹介いたします。


『大帝の剣 4 幻魔落涙編』(夢枕獏 エンターブレイン) Amazon
大帝の剣4 <幻魔落涙編>


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2015.06.22

くせつきこ『かみがたり 女陰陽師と房総の青鬼』第1巻 隠退治と心の陰の克服

 実は時代(伝奇)漫画については、少女漫画が油断できない……というより、質・量ともにかなりの作品がオンゴーイングで展開されているのですが、その中でも注目すべきは秋田書店の諸誌に連載されている作品群ではないでしょうか。本作はその一つ、タイトルどおり女陰陽師と鬼のバディものですが……

 舞台は江戸時代中期、主人公は「神騙り」を自称し、神様の代わりに、金と引き替えに相手の願いを叶えるという胡散臭い稼業の美女・志摩。
 そしてその彼女と行動を共にするのは、アオと呼ばれる青年姿の青鬼――かつて房総で暴れ回り、人喰らい町喰らい嗤う双鬼と恐れられた片割れでありながら、相棒の赤鬼に裏切られ、人間に封印されていた鬼であります。

 その言動に反して(?)無手勝流ながらかなり術を操る志摩は、角を預かる――鬼にとってそれは絶対服従の証なのですが――条件で、アオを使役しているという状況。
 そんな二人が、人の世を騒がす無定型の鬼「隠(おん)」を退治して回るというのが、本作の基本設定であります。


 「鬼」はそもそも中国では人の魂を指し、目に見えぬ存在として「隠」を語源としている、というのはよく知られた話ではないでしょうか。
 本作はそれを、「隠」を、形も無く人に憑き、その意識を喰らう魔と設定し、それが力を蓄えて肉体を得た存在が「鬼」としているのは、なかなか面白いアレンジであります。

 肉体を持つ鬼――それも生まれついての鬼であるアオは、その中でも破格の存在でありますが、志摩だけは頭が上がらず、いつか喰らってやると文字通り歯噛みしつつも協力させられる……
 というシチュエーションも、お約束ではありますが、人間側が脳天気な美女、鬼が無愛想な青年という組み合わせは、なかなか珍しいのではありますまいか。


 正直に申し上げると、本作は時代ものとしては、考証面で粗い部分が見られないでもありません(術描写の粗さを、志摩の「式だの流派だのに縛られんのがやな性分」という言葉でクリアしてしまうのはむしろ感心しますが)。
 行く先々で二人が出会う怪事件が、人に憑いた○○鬼のせい、というのも、何となく人気の妖怪アニメを連想させるところではあります。

 しかし、それでも本作が面白い、各エピソードのゲストキャラが心に抱えた陰の部分とその克服という、ある意味普遍的なシチュエーションが、本作ならではの設定である隠の存在と退治というスタイルに、綺麗に重なってくる点に依るところが大きいでしょう。

 様々な隠の能力と、それに重なり、由来する人々が心の中に抱えた陰。隠を(憑かれた者を傷つけずに)倒すには、憑かれた者自身が、その陰を認識し、乗り越えなければいけない。
 それを時に見守り、時に助け、時に煽る志摩と、文句を言いながらも結果的に志摩を、人を助ける形になるアオという構図も楽しく、文句を言いながらも、小技を効かせた描写や設定の妙も含めて、しっかりと楽しませていただきました。


 まだまだ謎の多い志摩とアオの設定や、そんな二人の関係性とその変化(この第1巻の最終話のラストの描写など、なかなかにいい感じで)など、先が気になる部分も少なくない本作。
 主人公同様に底が見えず、油断できない一作……という表現はいささか失礼かもしれませんが、追いかけてみたい作品がまた増えたのは間違いありません。


『かみがたり 女陰陽師と房総の青鬼』第1巻(くせつきこ 秋田書店ボニータコミックス) Amazon
かみがたり~女陰陽師と房総の青鬼~ 1 (ボニータコミックス)

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2015.06.21

長谷川卓『嶽神伝 孤猿』下巻 「山」のような男の名

 長谷川卓の嶽神サーガの最新作、『嶽神伝 孤猿』の下巻であります。武田・上杉・今川・北条が激しく火花を散らす戦国時代の関東甲信越を舞台に、山の民・無坂の生と戦いの物語は続き、無坂は幾多の恐るべき忍びたちと対決し、そして幾多の戦国の英傑たちと対峙することとなります。

 偶然、忍びに襲われていた今川の軍師・太原雪斎を助けたことがきっかけで、拐かされた武田信虎の庶子・太郎の跡を追うこととなった無坂。
 武田の精鋭忍び「かまきり」との死闘も繰り広げながらの追跡行の末、太郎は死んだものと見做され、無坂は再び平穏な暮らしに戻ったかに見えますが……
 しかし、なおも戦国の動乱は無坂を巻き込みます。

 領国を広げるため、各地に侵攻する武田晴信。己の依って立つ義のためにこれと争う長尾景虎。武田と結びつつも、状況を虎視眈々と窺う今川家と北条家。
 さらには当主があの男に替わったばかりの織田家も関わり、入り乱れる勢力関係の中で、無坂は決して表に出ないものの、それぞれの勢力に関わっていくことになります。

 山の民として、「里」とは一線を画し、ましてやその争いに与しようとしない無坂。
 しかし、この時代に中立であるということは、その関係がポジティブであれネガティブであれ、逆に全ての勢力と何らかの関わりを持ってしまうことと同義でもあります。

 そして彼の属する山の民の重んじる「信」と「義」――非常に簡単に言ってしまえば、困った者を見捨てず、そして助けたからには最後まで面倒を見る――が、彼をさらなる深みに導くのです。

 かくて、時には小夜姫(諏訪御料人)を守るために伝説の忍びと戦い、時には山本勘介とともに越後に潜入し、時には武田と長尾の休戦調停を助け、時には雪斎を守って異形の忍びと死闘を演じ――
 好むと好まざるとに関わらず、無坂は次から次へと、歴史の影で重要な役割を演じることとなるのであります。

 その伝奇性ももちろんのこと、南稜七ツ家の二ツをはじめとする、頼もしき山の民の仲間たちと、忍びたちの激突は――巻き込まれた無坂たちには誠に申し訳ないのですが――およそ時代アクションとしては極上のレベルの活劇であり、時代エンターテイメントとして、こちらを存分に楽しませてくれます。


 しかし、本作の最大の魅力は、何よりも無坂その人の存在でありましょう。

 決して短くない期間において起きる様々な戦い、様々な事件に関わり、歴史を動かすような実在の人物たちと縁を結び、そしてまた数々の強敵たちを打ち破る……
 これだけ見れば、いかにも時代伝奇小説の主人公的であり、一種スーパーマン的なキャラクターにも感じられるかもしれません。

 しかし、無坂の素顔は、あくまでもごく普通の人間そのもの。
 一匹の猿を友として自然のただ中で暮らし、己の子供たちの成長を喜び、孫たちの誕生に目を細める……初老の男性として、人間としてごく当たり前の、喜怒哀楽を持った人物であります。

 しかし、そんな彼の存在が実にいい。己の信義のために命を賭ける人間としての好もしさ、強さは言うまでもありませんが、それ以上に、誰に対しても静かに、ニュートラルに――しかし誰よりも深い情を持って――接する、その姿が魅力的なのであります。
 少々気取った言い方をさせていただければ、辛いとき、迷ったとき、苦しいとき……そんなとき、側にいて欲しいのは無坂のような人物でしょう。

 そしてそんな彼の魅力は、「山」という存在に我々が持つイメージと重なるものがあると言えましょう。
 何よりもそれこそが、あの名を持つ者の本質であると――我々にはごく自然に感じられるのであります。
(それだけに、終盤で言葉にしなくとも良かったのでは、という印象はありますが……)


 そして前作の結末で『嶽神伝』と『南稜七ツ家秘録』とが繋がったように、今回も、更なる物語との繋がりが提示されることとなる本作。
 物語と物語の間を埋め――いや、より大きな、新たな物語を生み出すため、嶽神サーガ、山の民クロニクルというべき物語は、これからも続きます。

 そしてそれはもちろん、「嶽神」の名を持つ者の生の旅路もまだ終わらない、ということなのであります。


『嶽神伝 孤猿』下巻(長谷川卓 講談社文庫) Amazon
嶽神伝 孤猿(下) (講談社文庫)


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2015.06.20

平谷美樹『水滸伝 2 百八つの魔星』 この世界での百八星の意味

 平谷美樹による新たなる反逆の物語、『水滸伝』第2巻の副題は『百八つの魔星』。高キュウに都を追われた王進と出会ったことで、大宋国を揺るがす巨大なうねりに巻き込まれることとなった史進・史儷――九紋龍の兄妹の運命は、謎の男・呉用との出会いで、さらに大きな変転を迎えることになります。

 王進が逗留したことをきっかけに、官軍に襲われることとなった史家村。かつては敵であった少華山の山賊とともに奮戦した史進・史儷ですが、敵の指揮官・耶律猝ゲンによって王進は討たれてしまいます。
 と、そこで史進らの前に現れたのが呉用。三千人の弟子を持ち、天下を覆す百八の魔星を宿した英雄を捜しているという彼は、王進の首の奪還と引き替えに、自分への協力を持ちかけます。

 果たして王進の首を見事奪還した呉用は、史進・史儷、さらに妻の仇を討って都から逐電した林冲と魯達改め魯智深に対し、世直しのために宋国を倒すという大望を打ち明けます。
 その目的のため、林冲は梁山泊へ、魯智深は二竜山へ、そして呉用と史兄妹はウン城県の宋江のもとへ、それぞれ向かうのですが――


 かつて封印から解かれ、この世に災いを齎すべく散ったという百八の魔星。それが転生したのが、梁山泊に集う百八人というのは「水滸伝」お馴染みの設定ですが――さてこの百八星、いささか腑に落ちないところがあります。

 というのもこの百八星の伝説、大まかに言えば原典では序章――この百八星が解放されるくだりと、梁山泊に百八人が集結した際に彼らの照合が一種の天命として示される際に言及されるのみ。
 もちろん読者としてみれば、百八星=百八人は自明のことでありますが、しかしいささか唐突に登場した感はあり――また世を騒がす魔星が、替天行道のために戦うというのも、理屈が通っているようで、やはりどこか捻れているような印象があります。

 もちろんそれは「水滸伝」という物語が、数多くの説話から統合する過程において云々……という理屈はつけられますが、それはあくまでも「外」の話でありましょう。
 こうした点もあってか、後世の水滸伝リライトでは百八星が登場しないものや、甚だしきは百八星が自作自演だったりするものもあるのですが……

 さて、この平谷水滸伝は、(今のところは)妖術などは登場しない、「合理的」な世界観の物語。そんな世界での百八星とは――と、それについてここでは述べませんが、その世界観を踏まえつつも設定された百八つの魔星の存在は、なるほどこの手があったか、というスタイルであります。

 これはある意味、作中の登場人物が「水滸伝」という物語構造を理解した上でそれを利用してみせる、というか、まさしく彼らの戦いこそが「水滸伝」として確立していく様を、我々は見ているのではないか……そんな気持ちにすらなる、実にドラスティックな構造であります。


 などとひねくれたことを書いてしまいましたが、もちろん本作の基本は反骨精神に溢れた豪傑たちの物語。第1巻で登場するメジャーどころの好漢は史進(と史儷)、林冲、魯達くらいでしたが、この巻では柴進・楊志・晁蓋・呉用・公孫勝・阮三兄弟・宋江・武松といったお馴染みの面々が登場と、一気に賑やかになります。

 当然ながら彼らがおとなしくしているはずもなく、原典を踏まえつつも、さらに洗練されたスタイルで大暴れ。特に呉用の活躍ぶりは、様々な「水滸伝」を読んでいる私でも驚くほどで、まず間違いなく、最強クラスの呉用でありましょう(最強すぎて、ちょっと便利すぎるのが気になるところですが……)

 また、梁山泊の長でありつつも、その描き方が実に難しい――よりはっきり言えばその扱いに困る人物である――宋江も、本作では実に「宋江」らしいスキルを持ちつつも、それでいて人間くさい弱みを持った人物として描かれているのが面白い。
 足手まといではないが情けない……ありそうでなかった宋江像はなかなかに新鮮であります。


 そして各地に「出現」した百八つの魔星により、いよいよ本格的に動き出した物語。
 思っていたよりもペースの速い展開が気にならないわけではありませんが、英雄豪傑たちの戦いはまだまだこれから、でありましょう。

 これまでに見たことがあるようで、しかし決して見たことのない、全く新しい百八つの魔星の活躍が少しでも早く、長く目撃できることを期待しています。


『水滸伝 2 百八つの魔星』(平谷美樹 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
水滸伝 2 百八つの魔星 (ハルキ文庫 ひ 7-18 時代小説文庫)


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 平谷美樹『水滸伝 3 白虎山の攻防』 混沌の中の総力戦!

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2015.06.19

ひかわきょうこ『お伽もよう綾にしき ふたたび』第5巻 謎の世界の冒険と彼女たちの戦う理由

 もののけを見、呼び出す力を持った娘・鈴音と、幼い頃から彼女を支え、共に戦ってきた日高新九郎の冒険を描く『お伽もよう綾にしき ふたたび』の第5巻であります。平和になった伊摩の国で起きた不思議な事件に挑むこととなった鈴音と新九郎ですが、事態は次々と不可思議な様相を見せることに……

 伊摩の国の寺に現れ、戦死者の名簿を奪って消えたもののけの追跡を命じられた新九郎と鈴音夫婦。物見遊山気分で出発した二人とおじゃる様、現八郎ですが、一行は森の中で不思議な空間に紛れ込み、そこで奇妙な屋敷に足を踏み入れることになります。

 それまであった場所から瞬時に姿を消し、森に、崖に、町に姿を現す屋敷――そこに在ってそこにない、あたかもこの世からずれて存在するような世界では、さしもの鈴音と新九郎たちも右往左往させられる羽目になります。

 果たしてこの屋敷は、世界の正体は。彼らの前に姿を現す謎の術使いは、また鈴音たちが目撃した老婆の正体は。屋敷の周囲で響く車のような音は何なのか。そして、寺から奪われた名簿と一連の怪事の関連は――


 単純に物理的というか霊的というか、力や強さという点では、もはやほとんど敵なしという感のある鈴音と新九郎たち。
 しかしそんな彼女たちの新たなる冒険は、どこに敵がいるのか、いやそもそも敵がいるのかすらわからない謎の状況であった……

 というのが今回の物語であるわけですが、強さのインフレーションに踏み込むことなく、物語を展開させてみせたのはさすがの一言。
 読者であるこちらとしても、終盤近くまで真相が全く見えず、始終異様な雰囲気のまま、大いに――もちろん良い意味で――振り回されました。

 そして明らかになった真相はといえば、これは見ようによってはさまで大事ではない――少なくとも、これまでの事件に比べれば、スケールは小さいように感じられるかもしれません。

 しかしそこで描かれるもの、そしてその中で鈴音たちが救うべく戦ったものは、まさに本作ならではの、本作でこそ描かれるべきものでありましょう。
(特にここで描かれたある人物の姿が、舞台となる戦国時代ならではのものであることを考えればなおさら……)

 そして戦いの果てに描かれるものもまた、まさしく本作らしい救済の姿であり――彼女たちが戦う理由――勝利以外にそこに求めるものを、改めて見せていただいた思いです。


 まさしくお伽話めいた優しい――もちろんそれは甘さと同義ではないのですが――物語を紡ぐ本作。
 今回のエピソードはこの巻で終了となりますが、またいずれ、優しくも力強く、美しい物語を描いてくれることでしょう。


『お伽もよう綾にしき ふたたび』第5巻(ひかわきょうこ 白泉社花とゆめコミックス) Amazon
お伽もよう綾にしき ふたたび 5 (花とゆめCOMICS)


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2015.06.18

和月伸宏『エンバーミング -THE ANOTHER TALE OF FRANKENSTEIN-』第10巻 絶望と狂気の先にあったもの

 連載終了、そして発売からずいぶん間をおいての紹介で恐縮ですが、『エンバーミング -THE ANOTHER TALE OF FRANKENSTEIN-』の最終巻であります。フランケンシュタインの後継者たちによって生み出された人造人間たちの物語も、人造人間の都ともいうべきインゴルシュタットにおいて、遂に結末を迎えることとなります。

 かつては人間と人造人間の理想郷でありながらも、グロース=フランケンシュタインの暴走、Dr.リヒターの無関心、そして死体卿の暗躍により、いまや人造人間たちが人間を狩る死都となったインゴルシュタット。

 この都市で繰り広げられた戦いも、いよいよ終盤、ヒューリーがロンドンで過去に決着をつけたように、アシュヒトが己の父の対峙を通じて自分の過去に別れを告げ、残るは死体卿のみ。
 究極の人造人間、この世に死体の世界の存在と化した死体卿と対峙する壊し屋・ジョン=ドゥの戦いの行方は……


 というわけで、最終巻の大半を費やして描かれるのは、本作で描かれた争いの、死の多くの原因たる死体卿との大決戦。
 文字通り殺しても死なない敵に対し、様々に形を変えて繰り広げられる一進一退の攻防は、ラストバトルらしく巨大な敵との激突もあり、これまでの敵の能力を持った相手の激突ありと、最後まで読み応え十分でありました。

 最後の最後にヒューリーが、というのは、彼が一種物語を終わらせるための装置的に見えてしまうきらいもなくはありませんが、最後の切り札となったのが、ジョンとピーベリー、そしてリヒターの姓を持つ者にとって因縁の……というのは実に燃える展開。
 設定的に死体卿を倒して全てが終わり、というわけではありませんが、しかしヒューリー、エルム、ジョンの三人の物語としての本作を終えるべき場所はここ以外にありますまい。
(最終話の冒頭はさすがに度肝を抜かれましたが……)


 さて、この『エンバーミング』は、作者初のダークヒーローものとして発表されたと記憶しています。

 死から甦ると引き替えに元の記憶・人格に欠落が生じ、そして多くの場合狂気を宿す人造人間。そしてその「人造人間に進んで関わるのは悪人か狂人のどちらかだけ」という世界観。
 ある意味魅力的ではある一方で、しかし作者がこれまで描いてきたヒーローものとは、なるほど大きく異なる趣向の物語である……というのは、しかし一面的な受け止め方であるようにも感じられます。

 確かにこれまでの作品では、正義や希望、未来といった、ポジティブな価値のために戦ってきた作者の作品の主人公たち。それに対して、復讐や執着、過去のために戦う本作の主人公たちは、対極の存在であるかもしれません。
 しかし、過去の主人公たちと本作の主人公たち、それぞれの価値観は、そのまま「人間」というコインの裏表であると……そう感じられるのであります。

 人造人間として繋ぎ合わされた生は、なるほど元のそれとは異なり、そして決して元には戻らないもの――異形に過ぎないのかもしれません。
 そして彼らの肉体同様、精神の方もまた、過剰と欠落を抱えたものであり、その現れの一つが狂気と呼んでよいでしょう。

 しかしそれらは――特に後者は――いずれも、人間のそれと決して断絶したものではなく、その延長線上にあるものでもあります。
 それは、この巻で描写された、本作において最も人間離れした存在、自身も人間であることを否定していた死体卿が抱えていた想いが、極めて人間的なものであったことからも明らかではないでしょうか。

 極論すれば、本作のメインキャラクターたちは、誰もが皆「人間」であった――時に過ぎるほどに――であったと申せましょう
 だとすれば、本作はあくまでも肉体の、精神の異形を通じて描き出された「人間」の物語。その人間たちがその肉体と精神を賭して戦った「生」の記録であって――その根底にあるものは、これまで作者が描いてきた物語といささかも変わるものではありますまい。


 ……物語の結末、ジョンへの依頼と、その報酬の内容を彼に伝えるヒューリーの言葉に、私は胸を突かれるような想いを抱きました。
 呪われた生を生き尽くした者から、オマケの様な生を生きる者に託されたもの――それは確かに希望であり、愛であったのですから。

 絶望と狂気の先にある希望と愛を描く物語――本作はそんな、作者一流のダークヒーロー譚であります。


『エンバーミング -THE ANOTHER TALE OF FRANKENSTEIN-』第10巻(和月伸宏 集英社ジャンプコミックス) Amazon
エンバーミング-THE ANOTHER TALE OF FRANKENSTEIN- 10 (ジャンプコミックス)


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2015.06.17

芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 四 怨鬼の執』 人の想いが生む怪異に挑む剣

 つい先日スタートしたような印象もありましたが、気がつけば、先日の第零巻を経てはや第5弾、第4巻の『素浪人半四郎百鬼夜行』。江戸と半四郎を襲う怪異は絶えることがなく続きますが、今回は特に人の心に由来する怪異が出現。果たして半四郎の秘剣は、人の心に及ぶのでありましょうか。

 浅草寺の見せ物小屋を発端に、果ては江戸を焼き尽さんとした蛇神/龍神にまつわる一連の事件を、仲間たちとともに辛うじて解決することができた半四郎。
 事件の中で出会った女性との悲しい別れによって沈む彼の心が癒される間もなく、江戸には更なる怪奇の事件が。そして怪奇の種は、江戸のみならず半四郎の故郷・東雲藩でも……

 と、第3巻と第零巻両方の内容を踏まえて展開することとなった本作は、全4話構成。

 江戸の人々に次々取り憑き、狂気に走らせる謎の光。その光に取り憑かれてしまった半四郎を仲間たちが追う「光耀鬼」
 幼い頃の悲劇から他人を信じることができるまま、故郷の村を捨てた娘。彼女の中の、自分を傷つける者を凍りづけにしてしまう能力が引き起こす悲劇に半四郎が対峙する「氷姫」
 一度破れた秘剣「浮舟」を超える剣を求めて一人稽古に励む半四郎を奇怪な影が襲う「影法師」
 そして、かつて半四郎の運命を狂わせた孫が彼に破れて廃人となったことを逆恨みする老婆が、恨みの炎と化して東雲藩を焼き尽くし、江戸に向かう「東雲炎上」

 今回も実にバラエティに富んだ内容の本作ですが、本作に収録されたこれらのエピソードの大半に続くのは、冒頭に述べたように、人の心にまつわる、起因する怪異が中心であるということでしょうか。
(ちなみに本作、第1話と第3話が光と影、第2話と第4話が氷と炎と、それぞれ対になっているのがなかなか面白い)

 人の世に空いた異次元の怪異、人知の及ばぬ奇怪な生態を持つ妖魔、遙か昔から生き続ける神魔、異界とも言うべき山中に暮らす自然の精……こうして大まかに振り返ってみても驚くほど、これまで本シリーズには様々な怪異が登場してきました。

 これらの怪異の多くは、ちっぽけな人間の存在を意に介さないような、ある意味自然現象ともいうべきものでありましたが、今回は、その人間の心に眠るものもまた、大いなる怪異を生み出すことを描き出します。
 それも、人の負の心性――恐れ、妬み、不安、恨み、そして呪いが生み出す怪異を。

 そんな本作は、当然ながらそうした人間のネガティブな部分を、これでもか、と言わんばかりに丹念に描き出すこととなります。

 特に本作のメインとも言うべき「氷姫」「東雲炎上」では、それぞれのエピソードのヒロイン(後者をそう呼ぶのはいささか躊躇われるところですが)の心情描写にかなりの部分が割かれており――正直なところかなり気が重くなる部分はあるのですが――これが物語の味わいをより深めていることは間違いありません。
(特に「氷姫」のヒロインは、もう一人の半四郎とも言うべき存在でありながら、周囲の関わりという点において、彼と正反対であったことが、より胸に刺さるのであります)

 そして、そんな人間のマイナスエネルギーを、今回も我らが半四郎は真っ正面から受け止めようとするのですが……しかし、怪異と化した者たちと半四郎の間には、決定的な違いがあります。
 それは、半四郎は一人ではない、ということ。

 東雲を離れた時には、この世にただ一人生き、そして死ぬことを当然のことと受け止めていた半四郎ですが、しかし今の彼には、江戸での戦いをくぐり抜ける間に得たかけがえのない仲間たちがいます。
 いや、たとえ全てを失ったとしても、東雲においても彼は周囲の大いなる愛に包まれて生きてきたのですが……

 本作での半四郎の苦闘は、同時に、彼が一人ではないという証明なのかもしれません。


 しかし、それだとしても、なおあまりにも荷が重い半四郎の戦い。第四話の衝撃的な展開を経て、果たして半四郎はこの先どう戦い抜くのか。
 怪異の影で蠢くある人物の悪意に対して、半四郎の破邪の刃が打ち克つことを、今の我々はただ祈るしかありません。


『素浪人半四郎百鬼夜行 四 怨鬼の執』(芝村凉也 講談社文庫) Amazon
素浪人半四郎百鬼夜行(四) 怨鬼の執 (講談社文庫)


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2015.06.16

辻真先『未来S高校航時部レポート 戦国OSAKA夏の陣』 大坂城に消えたアンドロイドの謎を追え!

 学園祭を目前とした未来S高校航時部の前に現れたタイムパトロール・宮本武蔵。彼は、夏の陣目前の大坂城内でアンドロイドが失踪した事件の陰にテロリストの影を感じ、航時部に協力を要請してきたのだ。大坂の陣の結果が覆されれば、自分たちの時代も危ない。大坂城に向かった航時部の面々だが……

 エンターテイメント界の大ベテラン・辻真先による、学園青春SF時代ミステリノベル、待望の続編であります。

 前作ではある事情によりタイムマシンで時を越え、二十二世紀から享保年間を訪れた未来S高校航時部――男装の美少女・黎、歴史マニアの男の娘・真琴、お調子者の超能力者・越人、クールな古武術の達人・凜音、推理の天才・学、そして顧問の残念美女教師・蓮橘。
 そこで巻き込まれた事件をきっかけに、歴史改変を企むタイムテロリストと激闘を繰り広げた彼らは、その甲斐あって今は平和な学園生活を送っていたのですが……

 そこに現れたのはかの宮本武蔵。クローンなどではなく本人、それも実はタイムパトロールであった彼は、航時部の力を借りるべくやってきたのであります。
 武蔵らタイムパトロールが連れるアシスタントのアンドロイド。見かけは美少女ながら内部は未来科学を満載した彼女たちの一人が、大坂城内で突如消息を絶った――あり得べからざるこの事態を究明し、歴史の流れを守るべく、武蔵は、航時部に助っ人を依頼してきたのでした。

 大きく歴史が動いた大坂の陣で何かがあれば、その後の歴史も変わり、現在の自分たちの世界も変わってしまうかもしれない……
 かくて、再び時を越えることとなった航時部ですが、出発早々、思わぬ事態で仲間の一人を失うことに。そしてようやくたどり着いた大坂城では、何とあの淀君が密室で何者かに殺害されて――

 と、今回もこれでもか、とばかりにジャンルをまたいだ物語が展開される本作。ストーリーだけでなく、いきなりクライマックスの第八章から始まる構成や、作者のツッコミやフォローも楽しい注釈など、ノリノリであります。

 タイムトラベル、航時部という存在自体に巨大な謎が仕組まれていた前作に比べると、仕掛けの大きさという点ではさすがに一歩譲りますが、しかしその一方で、SFミステリとしての楽しさ、アイディアの巧みさという点では、本作が上回っているという感があります。

 何しろ、今回描かれる事件の一つは、完全にモニター下におかれ、半永久的に駆動可能である(そして超科学で武装した)アンドロイドが、密室大坂城で失踪したという怪事件。
 さらに、調査にやってきた航時部に送られてきた、失踪したはずのアンドロイドからの映像に映っていたのは淀君が殺害される姿で……

 と、不可解極まりない謎と、想像を絶するしかしロジカルなその答えというのは、まさにSFミステリの醍醐味でありましょう。
 さらに――ちょっと詳細は書けませんが――クライマックスで炸裂するバカSF忍法バトルとも言うべき戦いの楽しさは無類で、本作ならでは、本作でなければ絶対にお目にかかれないような物語を存分に味合わせていただきました。

 その一方で、物語の結末はある意味SFの優等生的回答に留まった感があるのは、これは贅沢の言いすぎかもしれませんが、いささか残念に感じられたところではあります。

 とはいえ、これまでに述べてきたように、時空はおろかジャンルを超えた本作の楽しさ、イキの良さは唯一無二のものであり、前作に勝るとも劣らぬものがあったのは言うまでもないお話。
 自由奔放に空想を巡らせることの素晴らしさを、改めて感じさせていただきました。


 ……ちなみに物語の前半、真田幸村ら大坂城五人衆が登場する場面で、航時部の面々が五人衆の人物を評する場面があります。
 ここでの評価がなかなかに面白く、ああ、若者の、高校生の視点というのは新鮮だなあ――と思った後で、作者の御年を思い出してハッとさせられた次第です。


『未来S高校航時部レポート 戦国OSAKA夏の陣』(辻真先 講談社ノベルス) Amazon
未来S高校航時部レポート 戦国OSAKA夏の陣 (講談社ノベルス)


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2015.06.15

鈴木英治『梟の裂く闇』 失われた過去と現在の復讐と

 肥後の山村で、妻子と平和に暮らす谷五郎には、十数年より以前の記憶がなかった。ある日、村に押し寄せた相良家の兵と戦う中、凄まじい戦闘力を見せた五郎の中で甦る記憶の一端。己の過去を求めて江戸に向かった彼は、自分を知る水野勝成と出会うが、勝成もまた、何者かに狙われていた……

 ある意味文庫書き下ろし時代小説の定番スタイルの作品を量産する一方で、骨太の戦国サスペンスとも言うべき作品を発表する鈴木英治。本作は、そんな作者ならではの、ミステリアスな忍者活劇であります。

 関ヶ原の戦の直後、水野勝成の密命を受けて大垣城に潜入した伊賀者・霧生滋兵衛。彼の働きにより守将の相良頼房らが寝返ったことで、城は容易く落城した……というのがいわばプロローグ。
 本編はそれから30年後、肥後国白泉村から始まります。

 突如村を襲った藩主の兵により、平穏な暮らしを奪われた記憶喪失の男・谷五郎。その混乱の中で思いもよらぬ武術・体術の冴えを見せた彼は、その際の衝撃がもとで、己の真の名前を思い出します。その名は霧生重蔵――

 復讐のため藩主・相良頼房を追いつめ、相手の口から、水野勝成の名が出るのを耳にした重蔵。まだ名前以外のほとんどを思い出せぬ重蔵は、わずかに残った記憶を頼りに江戸に向かうのですが、その途中で彼を謎の忍びたちが襲います。

 一方、江戸の水野勝成の前にも、素手で恐るべき破壊力を持つ武術の遣い手が出現。からくも魔手を逃れた勝成と対面した重蔵は、ついに己の過去の一端を知るのですが……


 血塗られた過去を持ちながらもそれを捨て、今は平穏に暮らす腕利きの男が、ある日突然襲いかかる暴力に平和な暮らしを奪われ、復讐のために再び戦いの世界に舞い戻る――
 これは古今東西のバイオレンスものでおなじみのパターンかと思いますが、本作もその系譜に属する作品と言えるでしょう。

 しかし本作の最大の特徴は、その主人公の正体が――主人公本人にも――謎であり、そして主人公の復讐行の中で、その謎が徐々に明かされていくという、ミステリタッチの展開にあります。

 何しろ、まず驚かされるのは、上に述べたとおり、プロローグから本編の間に30年もの時が流れ、一見何の関連もないような物語が展開していくこと。
 しかしその物語の中に現れる様々なピースが組み合わさっていくことで一つの画が浮かびあがり、物語冒頭のそれに重なっていくのには、何とも痺れます。

 そしてその物語が、本作の舞台となる江戸時代前期の世界と密接に結びついていくことが、徐々に露わになっていくのも心憎く――この辺りの呼吸は、これまで数多くの時代ミステリを発表してきた作者ならでは、と言って良いでしょう。

 また、物語の中で展開される死闘の多くが、最近の時代小説界ではだいぶ珍しくなってしまった、忍者と忍者の、己の身体能力を限界まで使った戦いであるのも、また嬉しいところであります。


 もっとも、戦いの果てに示される真相が、もう少し意外なものであってもよかったとは思いますし、また本作の縦糸と横糸とも言うべき、重蔵の物語と勝成の物語が、もっと有機的に結びついてもよかった、とは思わないでもありません。

 ……が、これは物事にドラマチックな意味を見出したがりすぎるという、伝奇好きの悪癖かもしれません。
 本作の真相と、その原因となった想いを考えれば、そこに主人公にとってドラマチックな意味がない(というのは言い過ぎかもしれませんが)ことこそに、意味があるようにも感じられます。

 多くの命を奪うことで動いていく歴史の流れ。そこに巻き込まれたとき、個人に抗う術はあるのか。
 本作に描かれたものは、その闇の深さと、その中でも消えることない一筋の光である――というのは、さすがに格好良すぎるかもしれませんが。


『梟の裂く闇』(鈴木英治 角川文庫) Amazon
梟の裂く闇 (角川文庫)

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2015.06.14

7月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 今年は冬が終わったと思ったらすぐに暑くなったような気がしますが、そんなこんなで気がついてみればもう今年も半分近くが過ぎ、7月はもう目前。時間の流れの早さに愕然となりますが、それだけ新刊の発売日も早くやってくる……というわけで、7月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 点数的にはそれほど多いというわけではありませんが、気になる作品は決して少なくない7月。
 文庫小説の新刊では、何と言っても小松エメルのシリーズ最新作『一鬼夜行 雨夜の月』が気になるところです。昨年の第一部完から、時間を遡って前日譚になる模様ですが、久々の小春の登場が、ファンとしては大いに楽しみなことであります。

 また、隔月登場の白泉社招き猫文庫からは、今回も気になる作品が登場。以前短編で雑誌掲載された作品の長編版である越水利江子『うばかわ姫』は、児童文学のフィールドで活躍してきた作者の初の一般向けという点も目を引きます。
 また、松田朱夏&富沢義彦『ジロキチ 新説鼠伝』は、鼠小僧次郎吉っというおなじみのキャラクターが題材ですが、『危機之介御免』『CLOCKWORK』とユニークかつ斬新な時代ものを手がけてきた富沢義彦の作品だけに、何が飛び出すか楽しみです。

 また、その他のシリーズものの新刊としては、上田秀人『御広敷用人 大奥記録 8 柳眉の角(仮)』、鏑木蓮『賢治の推理手帳 2 イーハトーブ探偵 山ねこ裁判』が今から気になるところであります。

 また、文庫化としては、柳広司『シートン探偵記』、森谷明子『白の祝宴 逸文紫式部日記』と、時代も国も全く異なりますが、有名人探偵もの二作が登場。特に後者は、『千年の黙 異本源氏物語』の続編ともいうべき作品だけに楽しみです。

 その他、荒山徹『禿鷹の城』(『禿鷹の要塞』の改題でしょう)、菊地秀行『真田十忍抄』と、戦国伝奇の快作2作品も、要チェックでしょう。


 一方、漫画の新刊はシリーズものの続刊がほとんどですが、やはり気になる作品揃い。

 何よりも楽しみなのは、重野なおき『信長の忍び』第9巻ですが、こちらは出版社は異なるものの同じ戦国四コマの『政宗さまと景綱くん』第1巻が同時刊行。時代は微妙にずれていますが、重野戦国史とも言うべき世界に浸りましょう。

 また信長といえば、新たなステージに突入した梶川卓郎『信長のシェフ』第13巻も気になるところ。
 一方、比較的(いやかなり?)珍しい鎌倉伝奇ものは、玉井雪雄『ケダマメ』、鎌谷悠希『ぶっしのぶっしん 鎌倉半分仏師録』と、それぞれ第3巻が刊行されます。

 また文庫化・再版では、ひかわきょうこの佳品『お伽もよう綾にしき』第1、2巻が文庫版で登場。タイトルから受ける印象どおりのやわらかなムードの中に、力強い一本筋の通った作品です。
 一方、芦田豊雄『暴流愚』下巻は、これまたタイトルどおり、どこまでも暴力的で、そしてどこかもの寂しさを感じさせる新選組奇譚であります。


 最後に西洋伝奇ものですが――連載開始から完結・単行本化をいまかいまかと楽しみにしていた藤田和日郎『黒博物館 ゴーストアンドレディ』が上下巻で登場。
 皮肉屋の幽霊が取り付いた女性、それはあの……と、想像するだにワクワクする物語を一気に読めるのが嬉しい。最近別の場所でお会いしたような気もしますが、キュレーターさんとの再会も楽しみであります。



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2015.06.13

ちさかあや『豊饒のヒダルガミ』第1巻 魂を食らう者の旅路

 ヒダルガミ――道を行く人に取り憑き、取り憑かれた者は強烈な空腹感や疲労に襲われて動けなくなり、甚だしきは死に至るという行合神。本作は、そんなヒダルガミの名で呼ばれる男を中心とした、残酷なファンタジーとも言うべき作品であります。

 時は天保の大飢饉の真っ只中――餓死者が相次ぐ中、大地が、食べ物が腐り、人々は更なる飢えに苦しむという地獄のような世界。
 実は餓死者の無念の想いと飢えは「餓鬼」と化し、それが食べ物を腐らせているのですが……常人には見えぬその餓鬼たちを見る能力を持つ少女・ミキの前に、白髪で盲目の青年・トゼが現れたことから、物語の幕が開きます。

 飄々としながらもどこか怪しげな雰囲気を漂わせ、ミキ同様、餓鬼の存在を「視る」ことが出来るトゼの正体(と言われるもの)とはヒダルガミ――餓鬼を喰らう存在。
 忌まわれた存在として周囲の人々からは石持て追われるトゼですが、しかし彼にはある力が――本作のタイトルである「豊穣のヒダルガミ」たる能力がありました。

 本作はそんなトゼと、彼に付き従う少年・ゼン、そして強引にトゼに連れ出されたミキたち三人と、諸国を巡る中で出会う餓鬼、そして亡魂たちの姿を描き出すこととなります。

 同じ人間の血肉を喰らうことは、これは言うまでもなく人間社会において大きなタブーであり、それはフィクションの中でも難しい題材でありましょう。
 では、人間の魂を喰らうことは――もちろん、現実にはあり得ないシチュエーションでありますが、もし存在すれば、それはやはり嫌悪を感じさせる行為であり、やはり難しい題材ではないでしょうか。

 本作はまさにその魂を喰らうものを中心に据えた物語。その喰らわれる魂も、餓鬼――餓死者の怨念に留まらず、姥捨て、水子と、思わず天を仰ぎたくなるような存在ばかり。
 そんな題材を扱う点にこそ、本作のユニーク極まりない点があります。


 ……が、少なくともこの第1巻の時点では、そのユニークさのみに留まっている印象があります。言い換えれば、ここで描かれるものは、基本設定以上のものを描いていないと言うべきでしょうか。

 もちろん、まだ第1巻であり、そしてこれだけの特異な設定なのですから、それもやむを得ないところはあるのですが――しかし、この先に物語がどのような広がりを見せるのか、それが見えないというのが正直なところです。

 人の世の醜さや哀しみを、あるいはそんな中にかすかに存在する美しさや喜びを描くのでも構いません。
 しかし、本作の特異な設定だからこそ描ける、その先があるのではないか……その点にこそ、期待したいのですが。


『豊饒のヒダルガミ』第1巻(ちさかあや マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
豊饒のヒダルガミ 1 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)

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2015.06.12

篠綾子『藤原定家・謎合秘帖 華やかなる弔歌』 和歌というもう一つの現実の中で

 鎌倉時代初期の京を舞台に、かの大歌人・藤原定家が、和歌にまつわる怪事件に挑む『藤原定家・謎合秘帖』シリーズの第2弾であります。前作では「古今伝授」を巡り、秘伝の陰に隠された巨大な歴史の闇と対峙することとなった定家ですが、今回は六歌仙を巡る謎の殺害予告に挑むこととなります。

 前作から5年後、後鳥羽上皇の肝煎りで設置された和歌所で、新たな勅撰和歌集の編纂に勤しむ定家。
 そんな中、和歌所に届けられた奇怪な脅迫状には、和歌所の閉鎖の要求と、六歌仙のうち、文屋康秀と小野小町の歌と、それを基にした弔歌が同封されていたのでした。

 要求が受け入れられなければ、当代の六歌仙を死に至らしめる――その六人が誰であるかは不明なものの、当代の歌人で確実に上位6人に入るであろう定家は、自分を含めた周囲に注意するよう、促されます。

 どうやら六歌仙の歌は対象を、弔歌はその死を告げるものと知った定家ですが、その後も六歌仙の歌と弔歌は送りつけられ、ついに六歌仙も残るところ二人に。
 そしてついに出てしまった新たな犠牲者。ここに至り、定家は前作で共に事件に挑んだ美貌の天才僧にして傍若無人の毒舌家・長覚の出馬を依頼することになるのですが……


 前作を読み終えた時には、これだけの完成度の作品に続編を作れるのだろうか、とまことに失礼ながら心配してしまったのですが、もちろんそれは杞憂であった本作。
 共に和歌を題材としつつも、前作が和歌に込められた秘密を読み解く一種の暗号ミステリであったのに対し、本作はむしろ、歌そのものに込められた意味を読み解き、犯人の犯行を未然に防ぐという、前作とは全く趣向が異なる内容なのに唸らされます。

 何しろ、殺害予告の対象とされた当代の六歌仙が誰であるのか……それがまったくわからないのが面白い。
 それも単に六人ではなく、六歌仙――在原業平・僧正遍昭・喜撰法師・大伴黒主・文屋康秀・小野小町――の誰が誰にあたるのか、手掛かりがあるようで手掛かりがない状態なのが心憎いのです(そして、自分が、美男で知られた業平だったら、と夢想してしまう定家がおかしい)。

 さらに、殺害予告たる歌と、その完了通知ともいうべき弔歌が送られるタイミングが、必ずしも一定ではない――最初の二人は同時に送られ、次は歌から少しおいて弔歌が送られるなど――というのが、またややこしくも興味深いのであります。

 正直なところ、前作に比べると伝奇性、そしてスケールでは劣る部分はあるのですが、ミステリとしての面白さでは、勝るとも劣らないと言って良いのではないでしょうか。


 しかし私はそれ以上に、複雑怪奇な事件を通じ、その手段とされた和歌という芸術が持つ意味・性質を描き出して見せた点に、本作独自の大きな魅力を感じます。

 それが恋の歌であれ、自然の美を描く歌であれ、詠み手の想いとは無縁ではない和歌。それは、詠み手を通じて現実が歌に読み替えられたものであり、そこにその想いが影響を与える、あるいは想いそのものが読み込まれているとも申せましょう。

 しかし、その想いは必ずしも詠み手本人の真実の想いとは限らず、そしてそこに詠み込まれた現実もまた、本当にそこに存在するものとも限りません。
 限りなく現実に近いようでいて、現実ではない世界。そしてその世界にたゆたう、全てが真実とは限らぬ――しかしそこに一片の真実を含んだ想い。和歌とはそんな芸術であります。

 本作は、そんな必ずしももう一つの現実/真実ともいうべき和歌、現実と虚構が入り交じった和歌の性質を巧みに生かしたミステリであり――そしてそこに浮かび上がるのは、もう一つの現実の中に遊び、虚構の中に現実を託す、人間の哀しくもけなげな生の姿なのです。

 確かに和歌の中に謎を仕込むというのも見事な趣向でありましょう。しかしそれ以上に、和歌という存在の本質を通じ、そこから生まれる謎を描くのは、より和歌ミステリとして見事ではあるまいか……本作を通じ、そんな想いを抱いた次第です。


『藤原定家・謎合秘帖 華やかなる弔歌』(篠綾子 角川文庫) Amazon
藤原定家●謎合秘帖 華やかなる弔歌 (角川文庫)


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2015.06.11

平谷美樹『蘭学探偵 岩永淳庵 幽霊と若侍』 探偵と犯人とを動かす屈託

 毎回毎回新鮮な趣向で楽しませてくれる平谷美樹の『蘭学探偵 岩永淳庵』シリーズの第2弾であります。故あって無聊をかこつ若き蘭学者・淳庵が、恋人の辰巳芸者・豆吉、親友の火付盗賊改同心・又右衛門とともに、今回も科学を悪に使う者に挑みます。

 優れた蘭学者として将来を嘱望されながらも、ある事件がもとで蘭学界からドロップアウトし、他家に仕えることもできなくなってしまい、行き倒れ同然のところを豆吉に拾われた淳庵。そのまま彼女の家にに居候することになった淳庵ですが、彼の才気が、それで満足するはずもありません。

 かくて、自分や豆吉が町で聞き込んできた怪事・珍事や、又右衛門たち火盗改が持ち込んできた難事件、当時の常識では考えられないような事件に対し、淳庵は己の蘭学の――最先端の科学知識を生かして、謎解きに挑むのであります。

 さて、そんな基本フォーマットで展開する本作に収録されているのは、前作同様、「蚕と毒薬」「犬と砂」「幽霊と若侍」「球と箱」4つのエピソード。
 いずれも淳庵と豆吉、又右衛門をはじめとするキャラクター、そしてもちろん「科学的」トリックの内容が面白く、安心して読めるエピソード揃いであります。。

 個人的には、前作の第1話のような一歩間違えればバカミス的大仕掛けが好きなので、今回は比較的抑え目に感じましたが、人情もの(のフォーマットの)作品あり、アリバイ崩しあり、バラエティーに富んだ内容となっているのは、もちろん悪くありません。


 そして、そんな本作で特に印象に残ったのは、表題作である「幽霊と若侍」であります。

 本作のヒロインである豆吉は、捕物の際には自ら得物を手にして大の男を叩き伏せるほどの武術の達人ですが、実は旗本の娘。
 その設定自体は前作でも語られていましたが、このエピソードでは、そんな彼女が家を出た理由と、淳庵との絆が描かれることとなります。

 この数日間の豆吉の不審な行動に、新しい男ができたのではないかと焦る淳庵。普段は過剰なほどの自信家の彼が、得意の推理も働かなくなるほど悄れるのがまたおかしいのですが、しかしそこに彼のキャラクターの特徴があります。

 そう、淳庵は、大きな屈託を抱え、それを原動力とする男。蘭学者としての道を半ば立たれ、己の才を活かすことのできない屈託が、彼を悩ませ、そして皮肉にもそれが彼を探偵として活躍させているのです。
 このエピソードでは、ふとした事件がきっかけに浮き彫りとなる、そんな淳庵と彼を想う豆吉の、素直になれない二人の関係――そしてそんな二人を気遣う又右衛門――の関係性が実にいいのであります。


 そしてもう一編、そんな淳庵の特異なキャラクターが生きるのがラストの「珠と箱」でありましょう。
 背景事情を考えれば一ヶ月前に殺されているはずが、どうみても数日前に殺されたとしか思えない状態の死体に対し、どうすればその状態を再現できるか、というトリック(そしてアリバイ)破りの一編ですが、注目すべきは、事件の背後にいるのが、淳庵の宿敵たる悪の蘭学者・森堤蛙。このどこかで聞いたような名前の男、淳庵はその正体をかの大蘭学者・平賀源内と見ており、奴にできることならば俺にも……と、俄然闘志を燃やすのであります。

 それにしても源内が悪の首魁というその意外性もさることながら、考えてみると、淳庵と源内は実は共通点が多い二人。
 溢れんばかりの才と自信を持ちながらも、半ばそれが元で世に受け入れられず(奉公構い状態なのも同じ)、屈託を抱えて、己の頭脳を本来の目的とは異なる方向に蘭学者――淳庵と源内はいわばコインの裏表のような存在なのであります。

 なるほど、自分の最大の敵は自分、淳庵が戦い、乗り越えるべき相手として、これ以上の存在はありますまい。

 もちろん、源内にはまだ秘密がありそうな印象もありますし(というよりあって欲しいのですが)、蘭学者としてはやはり源内に一日の長がある様子。
 果たして淳庵は源内を乗り越えることができるか……それが描かれる時が楽しみなような、不安なような気がいたします。


『蘭学探偵 岩永淳庵 幽霊と若侍』(平谷美樹 実業之日本社文庫) Amazon
蘭学探偵 岩永淳庵 幽霊と若侍 (実業之日本社文庫)


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2015.06.10

島崎譲『風の道・落第忍法帖』 原点になった作品と、原点になれなかった作品と

 Kindleなど電子書籍の利点の一つは、これまで諸般の事情で書籍化されていなかった作品も、電子書籍化により簡単にアクセスできるケースが増えたことでしょう。今回紹介する2作品も、これまで書籍化されていない、それどころか作者の(現ペンネームでの)デビュー前の作品であります。

 島崎譲といえば、多岐にわたるジャンルで活躍しつつも、『青竜の神話』(こちらも電子書籍化によって新たに生まれ変わったため、近日中に紹介したいと思いますが)をはじめとする時代ものがまず浮かびます。
 この2作品も、いずれも時代もの。1984年の作品ということですが、今から約30年前のものとは思えぬ、作者のその後の活躍を感じさせる作品です。


 収録作のうち、『風の道』は、親の顔も知らぬまま育てられた孤独な青年忍び・丈太郎を主人公とする一編であります。

 家督相続問題で揺れる藩の守旧派側に雇われた彼は、藩主の嫡子・忠広を狙うのですが、思いもよらぬ武術の腕と賢明さを持つ忠広の前に失敗。しかし忠広は彼を許し、己の道を歩めと解き放ちます。

 とは言われたものの、忍び以外の道は知らず、そして任務を放棄した形となって仲間のもとにも帰れぬ丈太郎。
 そんな彼は、周囲の者から迫害される貧しい少女と出会ったことで一筋の光明を見いだすのですが、しかしその前に師をはじめとする忍びたちが……

 と、物語としては比較的オーソドックスではあるものの、一種の青春もの的味わいを加えた忍者ものとして十分に面白い本作。
 主人公と師の因縁についてはある程度予測がついてしまうのですが、悩める主人公が道を見いだすのが、自分と同じように孤独な少女との出会いを通じて、というのは悪くありません。

 しかし何よりも驚かされるのは、その絵的なクオリティでありましょう。もちろん、一種の粗さ、古さは感じなくもないのですが(この辺り、作者がどのような作家の影響を受けているか考えてみるのも楽しいのですが)、受ける印象はそれ以降、現在までの作者のそれそのまま。

 もちろんこれは、作者の絵がデビュー前からそのまま、ということではなく、むしろその時点からほぼ完成されていた、ということであり……作者の原点はまさにここにある、と言えるのではないかと感じた次第。

 ちなみに一つだけ残念なのは、なかなかに魅力的だった忠広の出番が少ないことで……(そして、いきなり鎖分銅を握ったのにはちょっと噴き出しそうに)


 一方、『落第忍法帖』は、タイトルから察せられるとおり、忍者学校の落第生・信太郎を主人公とするコメディなのですが……作者曰く、「最後のコメディ作品」というのが凄まじい。
(ちなみに、「忍者学校」「落第忍者」と聞いて連想する作品よりも2年早い発表であります)

 コメディ全盛の当時、デビューを狙いやすい……という理由で描いたものの、自分を曲げて周囲に迎合するのはいかがなものか、という理由で封印されたという本作。
 なるほど言われてみれば当時のコメディはこんな感じでありましたか、という印象はありますが、しかしキャラといい、忍法を用いたギャグといい(さらにちょっとしたどんでん返しもあって)、なかなかに楽しめます。

 これであればコメディも十分にいけたのでは、というのは、読者の勝手な印象でしょう。
 むしろここは、それだけの器用さを持ちながら、きっぱりと自分の志向に合わぬものを切って捨てた――そしてそれが今に至るまで貫かれている=間違っていなかった――作者の判断力・決断力に感心するべきでありましょうか。


 同時期に描かれながらも、原点と言うべきものとなった作品と、原点になれなかった作品……作者のファンとしては、実に貴重なものを見せていただきました。


『風の道・落第忍法帖』(島崎譲 Kindle) Amazon
風の道・落第忍法帖

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2015.06.09

唐々煙『煉獄に笑う』第3巻 二人の真意、二人の笑う理由

 先日は後日譚というべき外伝を紹介しましたが、『曇天に笑う』の過去編である『煉獄に笑う』も絶好調。非常に密度の濃い展開のため、もう4,5巻は展開されている印象ですが単行本はまだ3巻。この巻では、伊賀の百地一派と曇姉弟、そして石田佐吉との戦いが本格的に動き出すこととなります。

 大蛇の存在に繋がるという謎の「髑髏鬼灯」を巡り、いよいよ激化する諸勢力の争い。
 国友での騒動を何とか収めた石田佐吉は、髑髏鬼灯に最も近いと思われる曇神社の双子の謎を追うのですが……そこに割って入る形となったのは、伊賀の上忍・百地丹波に率いられる一派でありました。

 伊賀に囚われて凄絶な拷問を受ける曇姉弟の姉・阿国。
 その阿国を救い出すついでに伊賀を見物してこようと嘯く弟・芭恋と、彼に無理矢理同行する佐吉。思わぬコンビ結成となった芭恋と佐吉の前に、妖忍・百地丹波と、その下の八人の達人・百地八咫烏が立ち塞がるのですが――


 と、基本的には前巻の終盤から引き続くバトル展開なのですが、しかしそこに絡んでくる要素が多く、そしてその内容もとにかく濃いのであります。
 未だに正体不明の髑髏鬼灯に、いよいよこの時代でも問題となり始めた大蛇の器の謎。曇クロニクル常連ともいうべきあの人物に、石田と言えば……と、新キャラクターの登場(第1話ラストでこちらの胸をときめかせてくれたシルエットたちはこれで出揃った……?)

 そして何よりも圧巻なのは、ついに語られる曇姉弟の行動の真意であります。
 後世では近江を護る者として周囲から親しまれ、敬愛されている曇神社の人々。しかし本作の阿国・芭恋姉弟は、住民たちからは差別と悪意の対象とされ、そして本人たちもまた、それをむしろ煽るかのような迷惑極まりない言動を繰り返す状況にあります。

 このトリックスターめいた二人の態度はどこから来ているのか? それをついに佐吉は知ることになるのですが……

 なるほど、と唸ると同時に天を仰ぎたくなるようなその内容を佐吉が知るのと並行して描かれる、伊賀で、近江で、阿国を、芭恋を追い詰めていく百地の奸計。
 それに対して、阿国と芭恋が選んだ道とは、そして彼らにとっての「れんごく」とは――

 いやはや、この巻のラストで描かれるものに対しては、もう涙しかありません。
 それでいてさりげなく、しかしとんでもない秘密も明かされ(もっともこれはフェイクの可能性もありますが……)、引きとしては最高でありましょう。

 それにしても、結末はある程度予告されていとはいえ、そこに至るまで何が描かれるのか、そしてどれだけの時間が必要とされるのか、まだまだ全くわかりません。
 結末を早く読みたいような、読みたくないような――こんな気持ちになるのは、もう完全に本作に魅了されてしまったということなのでしょう。


『煉獄に笑う』第3巻(唐々煙 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
煉獄に笑う 通常版 3 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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 「曇天に笑う」第1巻
 「曇天に笑う」第2巻 見えてきた三兄弟の物語
 「曇天に笑う」第3巻 曇天の時代の行く先は
 「曇天に笑う」第4巻 残された者たちの歩む道
 「曇天に笑う」第5巻 クライマックス近し、されどいまだ曇天明けず
 「曇天に笑う」第6巻 そして最後に笑った者
 「曇天に笑う 外伝」上巻 一年後の彼らの現在・過去・未来
 唐々煙『曇天に笑う 外伝』中巻 急展開、「その先」の物語

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2015.06.08

長谷川卓『嶽神伝 孤猿』上巻 激突、生の達人vs殺人のプロ

 「外れ」として一人暮らす無坂は、ある事件がきっかけで、太原雪斎と知り合う。折しも武田信虎の庶子・太郎が攫われたことから、二ツの力を借りて太郎を追う無坂。一方、武田晴信は太郎暗殺のために精鋭集団「かまきり」を放つ。さらに上杉の軒猿も動き出す中、山の民たちは争いの渦中に……

 嶽神サーガとも言うべき長谷川卓の山の民ものの最新作であります。主人公の一人は山の民・木暮衆の一人・無坂――前作『嶽神伝 無坂』から引き続いての登場となります。

 前作において、よんどころない事情から山の民の掟に背き、4年の間、「外れ」として木暮の里から離れることとなった無坂。放浪の旅の途中、風変わりな少年・日吉と出会ったのを幕開けに、無坂は再び戦国のうねりの中に巻き込まれることとなります。

 忍びの群れに襲われていた今川家の軍師・太原雪斎を助けたことから、彼の下に一時身を寄せることとなった無坂と日吉。
 そんな彼に対し、雪斎は、今川家で隠居状態の武田信虎の庶子・太郎が、山の民に攫われたことを打ち明け、助力を求めてくるのでありました。

 それに応え、日吉の知人であり、かつて自身も関わりを持った南稜七ツ家の二ツを助っ人に旅立つ無坂。
 そしてかつて無坂と共に戦った山の民・月草と真木備もまた、武田の精鋭忍び集団「かまきり」に追われていた長尾家の忍び・軒猿の男を助けたことから、この一件に巻き込まれることとなります。

 この機に乗じて武田晴信(後の信玄)から太郎暗殺の命を受けた「かまきり」。その動きを知り、「義」の名の下に、長尾景虎(後の謙信)から太郎保護を依頼された月草と真木備、そして軒猿の面々。そして「かまきり」とかつて死闘を繰り広げた二ツ。
 幾重にも入り組んだ因縁の末、山の民・軒猿連合と「かまきり」は、太郎争奪戦の中で幾度となく死闘を繰り広げることに……


 戦国時代の関東・甲信越の情勢と密接に関わりつつも、あくまでも山の民の生活を中心に描かれた前作。それに続く本作は、その内容を踏まえつつも、よりアクションに寄った――ジャンルで言えば、むしろ忍者もの的な印象があります。

 この上巻の中心となるのは、上で述べたとおり、無坂たち山の民と「かまきり」の死闘。そこで描かれるのは、山で暮らし、自然を友とする山の民ならではの縦横無尽のアクションと、殺人のために腕を磨いてきた「かまきり」たちの秘術のぶつかり合いであります。

 それぞれに並の武士とは異なる技の持ち主同士が激突するというシチュエーション自体がまず盛り上がりますが、それが己が生き抜く術の達人と、冷酷な殺人術のプロとという、ある意味全く相反する相手同士というのも、また実に興味深い対決ではありませんか。

 そしてそれ以上に、以前からの作者のファンにとって嬉しいのは、本作が作者の山の民ものの源流である『南稜七ツ家秘録』二部作のミッシングリンクを埋める内容であることでしょう。
 本作の主人公の一人である二ツは、元々はこの『南稜七ツ家秘録』の主人公。その少年時代を描く『血路』、そして晩年を描く『死地』――本作において描かれるのは、二つの作品の間で大きく空白となっていた、彼の謎めいた生き様の一端でもあるのです。

 実は前作のラストは、『血路』のラストにオーバーラップするもの。すなわち、本作は『嶽神伝』の続編であると同時に、『南稜七ツ家秘録』の続編でもあるわけで――これが嬉しくないはずはありません。


 しかし、忍者たちとの死闘や、シリーズものとして趣向も、全ては確たる地盤があってこそ。そして本作におけるそれは、無坂に象徴される山の民の生であります。

 里の民の持たぬ自由を持ちながらも、しかし同時に厳しい掟を持ち、そして外部の民からの差別に晒される山の民。
 本作で登場する子売りを生業とする集落や、掟で男たちを皆殺しにされ女たちだけの「外れ」となった集落などは、その過酷な生の現れの一つであります。

 しかし、過酷な生だからこそ、その中から生まれる善きものが生まれることもあります。通常の武士たちから見れば異質でしかない無坂たちの義と情を重んじる生き様は、その過酷さの裏返しとも言うべきものでしょう。

 その義と情によって、武士たちの争いの渦中へと巻き込まれていく無坂たち。その生の向かう先は――下巻を早く手に取ることとしましょう。


『嶽神伝 孤猿』上巻(長谷川卓 講談社文庫) Amazon
嶽神伝 孤猿(上) (講談社文庫)


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2015.06.07

夢枕獏『大帝の剣 天魔望郷編』 15年ぶりの復活編

 これまで2つの漫画版は紹介して参りましたが、考えてみればその大本である原作、小説版を紹介していなかった――というわけで、原作単行本版を手に取りました。紹介始めは全5巻の丁度中間、第3巻の後半から……長きに渡り中断していたものが復活した時点からといたしましょう。

 当初は『野性時代』誌に連載されていたこの『大帝の剣』、同誌の休刊により、実に15年間宙に浮いていたものが復活した時は、ちょっとしたニュースであったと思います。しかもそれが小説誌ではなくゲーム雑誌、『ファミ通』連載だったのですから……

 何はともあれ復活した(といってももう10年も前のお話ですが)『大帝の剣』は、冒頭に述べたとおり、全5巻の単行本の後半部分に該当しますが、その始まりが、今回ご紹介する『天魔望郷編』となります。

 物語を彩る登場人物の大半は、第3巻の前半である『飛騨大乱編』で出揃う形となりますが、さてそれを受けて『天魔望郷編』のプロローグで描かれるのは……
 どこか懐かしさを感じさせるスペースオペラの世界。物語の最初に天から墜ちてきたランと、その追っ手たちとの戦いでありました。

 考えてみれば、ランの名前や、彼女が宇宙を舞台とした御家騒動(のようなもの)の果てに追いつ追われつして地球にやってきたこと、そして彼女には地球上で行くべき場所があることなどは描かれましたが、それ以外の敵味方の素性は謎のまま。
 連載再開時というのは、それに触れるのに良いタイミングであったかもしれません。

 尤も、これまで得体の知れない怪物として描かれていた敵方に素性と名前が与えられたことで、不気味さが薄れた、ということはあるかもしれませんが、それはさておき。

 そして始まる本編の方はといえば、こちらは当たり前といえば当たり前ですが、これまでの続き。黄金の独鈷杵と、牡丹にさらわれた舞/ランを追って、物語の登場人物たちが、一路飛騨に急ぐのですが――
 ここで自分の頭の整理のためにも、本作の登場人物たちとその立ち位置を整理してみましょう。

・万源九郎&宮本武蔵:源九郎は舞を、武蔵は牡丹を追い、何となく同行
・牡丹&舞/ラン:牡丹は最後の神器を求めて飛騨へ。舞はその人質
・才蔵:元は舞を守る立場だが、今は追っ手の宇宙生命体に取り憑かれ、舞を追う
・破顔坊&空丸&姫夜叉:舞を追う伊賀忍び。独自の思惑を秘める
・柳生十兵衛:天草四郎(牡丹)生存の噂から武蔵を追う
・佐々木小次郎:宇宙生命体に取り憑かれて復活。武蔵を追う
・三島以蔵&海野六郎:元山賊。仲間の敵の一人である小次郎を追う
・弥太八:宇宙生命体に取り憑かれた百姓。舞を追う

 と、飛騨に向かっている面子だけでもこれだけいるのですが、この他に飛騨では何事かを知る外法僧・祥雲が待ち受け、今回は名前のみの登場ながら舞を守っていた真田忍び・申がいて……
 と、いやはや、伝奇ものの楽しみの一つは、それぞれの思惑を秘めた様々な勢力が絡み合い、鎬を削る様にあるかとおもいますが、その点、本作は文句なしであります。

 それにしても今更ながらに感心するのは、これだけ各勢力が入り乱れる状態に至る――そして何よりも本作の最大の特徴にして魅力である、剣豪・忍者vs宇宙人というシチュエーションに持ってくる原動力として、舞/ランという存在を用意していることでしょう。
 上で述べたように、各勢力の大半が追いかけるのは舞/ランの存在。ヒロイン争奪戦は、これは王道ではあるかもしれませんが、彼女を地球人と宇宙人の二重存在とするという、一種の邪道を用意することによって、本作のエキサイティングな構造が成り立っていることが、ここに来て明確に見えてくるのであります。
(もう一つ、三種の神器の存在がありますが、これはまだこの時点では全貌をみせていないので置いておきましょう)


 正直なところ、各勢力それぞれに出番を与えるため、必然的にそれぞれの出番は短くなってしまうのは残念なところですが、これは連載再開に伴う顔見せ興行と思うべきでしょうか。
 物語の本格的な展開、SF伝奇時代活劇としての本領発揮は、この先であります。


 それにしても、本作をはじめとして、日本の(時代)伝奇SFに『妖星伝』が与えた影響の大きさよ――


『大帝の剣 天魔望郷編』(夢枕獏 エンターブレイン『大帝の剣 3 <飛騨大乱編> <天魔望郷編>』所収) Amazon
大帝の剣3 <飛騨大乱編> <天魔望郷編>


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2015.06.06

瀬川貴次『鬼舞 見習い陰陽師と囚われた蝶』 最終章突入、新たなる魔の影

 約半年ぶりの『鬼舞』シリーズ最新巻、早いものでもう15巻作の『鬼舞』であります。前作は本編の合間の番外編でしたが、この巻から新章スタート――というより、帯などでは「最終章スタート」と書かれていて少々ショックですが、何はともあれ、道冬の前に、新たな魔の影が現れることとなります。

 都を襲った呪天と茨木もひとまず去り、道冬の中に眠っていた「漆黒」も何とか押さえ込むことができて、一時の平穏を取り戻すことができた都と道冬の周囲。
 そんな中、数々の事件で手薄となった陰陽寮の補強のため、安倍吉平を学生から正式な陰陽師へ昇格させようという話が出たのが、今回の物語の発端となります。

 本来であればめでたい話ですが、ここで吉平が兄馬鹿ぶりを発揮、「吉昌も一緒でなくてはイヤだ」と言い出したのに対し、吉昌は「後身の育成を」とこれを辞退。
 それなら後進が――すなわち道冬たちが――育てばよいのでしょうと、吉平に引きずられるように、吉昌や道冬は、いつぞや特訓合宿を行った山寺に再び合宿をする羽目になるのでありました。

 一方、彼らが留守をしている間に道冬の住む河原院に盗賊が忍び込み、偶然その盗賊を追いかけることとなった渡辺綱と彼の主君・源頼光。
 盗賊の住処に乗り込んだ頼光は、そこで囚われの身となっていた記憶喪失の美女・胡蝶と出会い、一目で恋に落ちることとなります。
 しかしそこに現れたのは、頼光の妾腹の兄であり、人間悪を集めたような俗物・頼勝(ちなみに架空の存在です)。彼は胡蝶に目を付け、力尽くで頼光のもとから奪い取ってしまい……


 と、一見全く関係ないように見える二つの出来事が微妙に関わり合い、動き出していく今回の物語。
 新章の始まりということで、まだ動きは控えめでありますが――特に道冬の宿命とどう絡んでいくのか、まだ見えないのですが――なかなかに気を持たせてくれる展開です。

 そんな本作で注目すべきは、やはり今回(おそらく)初登場の源頼光でしょう。

 渡辺綱は、これまでも道冬の親友としてシリーズレギュラーとして活躍してきましたが、言うまでもなく頼光はその主君。
 後に綱たちとともに酒呑童子や土蜘蛛を退治したと言われる頼光ですが、本作では、武士でありつつもどこか典雅な部分を持つ貴公子として描かれます。

 言うまでもなく酒呑童子といえば、本作で暗躍する怨念の鬼・呪天のことが思い浮かべざるを得ません。
 そして彼が心を寄せる薄幸の美女、タイトルロールとも言うべき胡蝶もまたワケありと、この先、おそらくは頼光がシリーズの中で大きな位置を占めていくのでありましょう。
(にしても、ようやくヒロインらしいヒロイン登場したと思えば、道冬の相手役ではないのがまた、本作らしいと言うべきか……)

 本作の終盤で言及される、胡蝶がかつて暮らしていた地の名を思えば、この先の展開は何となく予想できるのですが……


 冒頭に述べたとおり、ついに最終章に突入した『鬼舞』。こんなに早く最終章!? という印象は正直なところありますが、前作に当たる(と言ってよいものでしょうか)『暗夜鬼譚』が全23巻だったことを考えれば、さまで短いということはないのかもしれません。

 だとすれば後は最終章で何が描かれることとなるのか、それを楽しむことだけでしょう。
 そしてその点については、この作者であれば全く心配はないと……この点には、ほぼ自信を持っているのであります。


『鬼舞 見習い陰陽師と囚われた蝶』(瀬川貴次 集英社コバルト文庫) Amazon
鬼舞 見習い陰陽師と囚われた蝶 (コバルト文庫 せ 1-55)


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2015.06.05

夢枕獏『おんみょうじ 鬼のおっぺけぽー』 少年晴明とおかしな百鬼夜行

 これまでも積極的に様々なメディアで作品を発表してきた夢枕獏。その新作は、ベテラン・大島妙子と組んでの児童向け絵本、それも主人公は安倍晴明ということで、果たして……と思えば、これがなかなかにユーモラスで、それでいて「らしい」作品でありました。

 夢枕獏で安倍晴明と言えば、言うまでもなく『陰陽師』。安倍晴明と源博雅の名コンビが、児童書の世界でも
 「ゆくか」
 「ゆこう」
 そういうことになったのであった
ということになるのかと思いきや、さにあらず。
 本作のタイトルは『陰陽師』ではなく『おんみょうじ』……大陰陽師となる遙か以前の少年時代に、百鬼夜行と行き当たった晴明の姿を描く物語であります。

 この少年晴明と百鬼夜行のエピソードは、晴明ものであれば必ずといってよいほど取り上げられるものなので、ご存じの方も多いでしょう。

 『今昔物語集』の『安部晴明随忠行習道語』で描かれるこの伝説は、師・賀茂忠行の夜行に付き添っていた晴明が、鬼の群れがやってくるのにいち早く気付き、師に教えて難を逃れたというもの。
 実にこの時が、晴明がその才能を見せた端緒と言うべきか、これに感心した忠行は、晴明に陰陽道の全てを教えることとした……というこのエピソードは、『陰陽師』シリーズでも『瀧夜叉姫』で描かれていたかと思いますが、本作はそれとは全く関係を持たないお話であります。

 本作、内容的には、ほぼこの原典どおりの展開なのですが、この百鬼夜行、
「ひとは おらぬか おっぺけぽー。いたら くっちゃえ くっぺけぽー」
 などと賑やかに歌い囃しながら夜道を行く(本作のタイトルがここから採られていることは言うまでもありません)のが何ともユーモラス。
 そしてその鬼たちも、いわゆる「鬼」だけではなく、何がなにやらよくわからない連中も混じった、まさに――中世の百鬼夜行絵巻のそれのような――魑魅魍魎の群れなのですが、そこがまたなかなかに魅力的です。

 夢枕作品での百鬼夜行というのは、これはしばしば登場している印象があって、ファンであれば「あれか」という定番の描写があるのですが、本作の描写はそれと少し異なるものではあります(まあ、中には児童書に出せないようなビジュアルの者もいるのですが)
 しかし本作の百鬼夜行から全体として受けるイメージは、これまでとは変わらぬ、人とは異なるモノであり、人とは異なるロジックで動きながらも、どこか人間くさく、愛嬌のある――そして恐ろしい連中にほかなりません。

 そのイメージは、大島妙子の筆によって具現化されているのももちろんですが、それを「おっぺけぽー」という、間の抜けたようでどこか不気味なフレーズで象徴するのもまた巧みというべきでしょうか。

 この作者、このタイトルゆえに期待してしまう点はありますし、そしてそれを期待すれば満たされるところはないでしょう。
 しかしそれとは全く異なる、自由でおかしな、そしてちょっと恐ろしい空想――ラスト一ページの晴明の姿には、本作の本来の読者である子供たちは共感するのではと感じます――を求める分には、本作はなかなかに楽しい一冊であります。

 考えてみれば、伝奇バイオレンスの旗手として登場する前は、『猫弾きのオルオラネ』のようなメルヘン色の強いファンタジーを発表していた作者。
 そんな作者の(最近では隠れがちな)個性と、お馴染みの題材が組み合わさった、ユニークな作品と言うべきでしょうか。


『おんみょうじ 鬼のおっぺけぽー』(夢枕獏&大島妙子 講談社) Amazon
おんみょうじ 鬼のおっぺけぽー (講談社の創作絵本)


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2015.06.04

ガイ・アダムス『シャーロック・ホームズ 恐怖! 獣人モロー軍団』 今度の世界はSF!?

 ロンドンのロザハイス周辺で相次いで発見された惨殺死体。事件の背後にモロー博士の存在を察知したマイクロフトは、ホームズに捜査を依頼する。折しも、かつてモロー博士の島から生還した男・プレンディックも謎めいた死を遂げていた。捜査を開始したホームズとワトスンの前に現れた者とは……

 かのシャーロック・ホームズが他の分野の有名人たちと競演した『シャーロック・ホームズ 神の息吹殺人事件』の続編であります。
 前作は幽霊狩人カーナッキ、妖怪博士ジョン・サイレンスと、ホームズと同時代のオカルト界の有名人総出演という趣がありましたが、オカルトの次はSFだ! ということでしょうか、今回の題材となっているのは、タイトルから一目瞭然のとおり、H・G・ウェルズの『モロー博士の島』。
 ウェルズとホームズといえば、『宇宙戦争』とのコラボがありましたが、モロー博士との組み合わせは、私が知る限りではこれが初めてではありますまいか。

 高名な科学者でありながらも、おぞましい動物実験に手を染め、学界を追放されたモロー博士。助手とともに孤島に渡った博士は、そこで動物たちを人間のように改造、知性を与える実験を続けておりました。
 そこに漂着した青年プレンディックは、博士の所業をつぶさに観察するのですが、暴走する獣人たちに博士と助手は殺され、命からがら島を脱出するのでした……

 というのが『モロー博士の島』のあらすじですが、本作はその後日譚。今度はロンドンで獣人を思わせる存在による猟奇殺人事件が連続、実は生きていたモロー博士がロンドンに舞い戻ったのではないか……と大胆な推理を巡らせたマイクロフトの依頼で、ホームズとワトスンは、ロンドンの闇を駆け巡ることになります。
(ちなみに冒頭で語られますが、実はモロー博士は、イギリス政府の資金援助の下、超人兵士を開発していた! という衝撃的な設定)

 前作に比べると、単一の作品が題材ということで一見地味に見えなくもありませんが、もちろん今回も続々ゲストが登場。
 『失われた世界』『月世界最初の人間』『地底旅行』『地底の世界ペルシダー』……先に述べたように、今回はSF縛りで登場するあの人物、この人物の顔ぶれには、クロスオーバー好きの私などはただニコニコするほかありません。

 そんな中でも同じ作者ということもあって、こういう時には大活躍のチャレンジャー教授を加えたチームが繰り広げるのは、ロンドンの闇を縦横無尽に駆ける大冒険。
 本作の作者は、『SHERLOCK』のオフィシャル研究本の著者としても知られますが、本作のノリはどう見てもカンバーバッチというよりRDJのホームズ――と申し上げれば、作品の方向性はおわかりいただけるのではないでしょうか。(ブロマンス要素はあまりありませんが……)

 というわけで――ホームズの長編パスティーシュにはままあることではありますが――推理よりもアクションに重点が置かれた本作ですが、ミステリ要素は数は少ないもののニヤリとさせられますし、何よりも、原典に対してフェアな態度が感じられるのが嬉しい。
 前作は正直に申し上げて、そのどちらにおいても些かアンフェアなものが感じられただけに、今回は最後まで興を削がれることなく、豪快な物語を一気に楽しむことができました。

 さて、オカルト、SFと来たら次は何が来るのか……シリーズ第3弾は本国でもまだ刊行されていないようですが、ここまで来ると、次の作品も期待せずにはおれません。


『シャーロック・ホームズ 恐怖! 獣人モロー軍団』(ガイ・アダムス 竹書房文庫) Amazon
シャーロック・ホームズ 恐怖!獣人モロー軍団 (竹書房文庫)


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2015.06.03

唐々煙『曇天に笑う 外伝』中巻 急展開、「その先」の物語

 本編終了、アニメの開始と終了を経ても、なおも人気が留まらない『曇天に笑う』の外伝の中巻であります。大蛇(オロチ)を倒し、千年以上にも渡る因縁に決着をつけ、平和を取り戻したはずの曇三兄弟。彼らの前に現れた新たなる敵とは――

 天火が妃子とともに旅立ってから三ヶ月、それなりに平和に暮らす空丸と宙太郎、錦の前に現れた影。それは、大蛇に似た鱗を全身に持つ者たち――大蛇細胞の人体実験の被験者たちでありました。

 政府によって極秘裏に研究され、かつて天火がその身に移植された大蛇細胞。大蛇の消滅とともに終わったと思われたその研究が、今もなお、どこかで行われている――
 兄と同じような苦しみを他の人間に味合わせぬため、空丸・宙太郎・錦、それにかつての対大蛇特殊部隊「犲」の隊員・武田は、実験施設を訪れるのですが……


 上巻が、後日談・前日談・本編の補完という、いかにも「外伝」な内容であったのに対し、この中巻は、一気に「続編」と言っても良いような、その後の物語に突入した印象であります。

 しかし、大蛇と曇一族の戦いを描いてきた一連の物語を、曇クロニクルと言うとすれば、それは大蛇が滅んだことで結末を迎えたということができるでしょう。
 その先の戦いがあるとすればそれはまさしく「外伝」と言うべきでありましょう。

(外伝といえば、それぞれライバルとヒロインとも言うべき位置づけにありながら、本編では今ひとつ目立てなかった感もある武田と錦が、それぞれに過去の物語や見せ場が描かれているのも嬉しいところであります)


 ……と、言葉の解釈をいじくり回している間もなく、物語は次々と急展開を迎えることとなります。

 大蛇実験を続けている者は何者なのか。解散したといえ、「犲」はこれを座して見ているのか。旅だった天火は、姿を消した牡丹は。そして、白子は――

 本当にあと一巻で終わるのか、と思ってしまうほどの盛り上がりを迎える本作。
 ただ一つ望むのは、本編がそうであったように、誰一人欠けることなく、物語を笑顔で終えて欲しいと――いや、本編で笑わぬまま消えた者がいたことを思えば、今度こそ彼にも笑って欲しいと――そうう思ってしまうのはファンのわがままかもしれませんが、しかし偽らざる心境であります。


『曇天に笑う 外伝』中巻(唐々煙 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
曇天に笑う 外伝(中) (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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 「曇天に笑う 外伝」上巻 一年後の彼らの現在・過去・未来

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2015.06.02

風野真知雄『猫鳴小路のおそろし屋 3 江戸城奇譚』 ついに明かされる江戸/東京最大の秘密

 江戸は猫鳴小路にひっそりと店を構える骨董品店「おそろし屋」に集まる謎めいた品物に込められた曰く因縁を、これまた謎めいた女主人・お縁が語る『猫鳴小路のおそろし屋』シリーズの第3弾、そして最終巻であります。お縁の運命を変え、現代の子孫にまで受け継がれる秘密の正体が、ついに……

 かつて大奥にいたということを除けば、その過去も、何故骨董品店を開いているのかも謎の女性・お縁。確かなことは、おそろし屋に並ぶ品物が逸品ばかりであり、そして彼女自身がかなりの目利きであること。
 そんな店を訪れた常連たちに、お縁が有名人ゆかりの「品」にまつわる奇想天外な「真実」を語る……本作の全4話中の3話までは、そんなシリーズの基本スタイルに則って展開いたします。

 真田幸村の六文銭の旗、弁慶の高下駄、安倍晴明の式神(!?)……
 今回も、時代も活躍した分野もバラバラながら、それぞれに歴史に名を残した人々の真実、その正体や最期にまつわる奇譚が、一種の歴史ミステリ(歴史上の謎を解く、という意味での)的に語られていくことになるのであります。

 そしてその中に浮かび上がるのは、いかにも作者らしい歴史観、人物観と申しましょうか……
 決して英雄豪傑たちではなく、そんな人々から少し距離を置いた人々を主人公とし、勝者たちの正史ではなく、敗者たちの稗史を描いてきた作者の視点は、しかし本作においても、実は変わることはありません。

 いわば本作、本シリーズで描かれてきたのは、英雄豪傑たちの、その盛名の裏側の素顔、ナマの人間としての部分。多くはそんな彼らの遺品、その最期を共にした品を通じて浮かび上がるのは、そんな彼らの顔なのであります。
(ちなみに、後世の盛名の割りには、同時代人の間には……という幸村像は、作者の初期の名作『幻の城 慶長十七年の凶気』を思わせるものがあってニヤリ)


 しかし、本作はその最終話において、また異なる顔を見せることとなります。

 それまでの3話で描かれてきた歴史奇譚が、本シリーズを構成する横糸だったとすれば、最終話で描かれるのは、お縁自身の物語全体を貫く縦糸の結末――彼女が江戸城を追われ、その後幾人となく刺客に襲われる理由。そして現代の東京において「おそろし屋」を営む子孫が守る秘密の、その正体であります。

 その秘密とは、この江戸=東京の存亡に関わるものだった! というのは、シリーズ第1巻のラストで語られてはいるのですが、もちろん伏せられてきたその詳細。
 今回、第1巻以来久々に現代の「おそろし屋」を舞台に描かれるのは、その謎、そしてその謎が隠された品物の正体なのであります。

 ……と、ここでその謎そのものにはもちろん触れるわけにはいきませんが、しかしその品物の正体は、実に面白い。
 正直に申し上げれば、謎そのものは――本作でも言及される、ある作品のような内容で――それほどものすごいというわけではないのですが、その品物のアイディアは、これは素晴らしい、と言うほかありません。


 正直に申し上げればいささか唐突感は感じられるところはありますし、最終話の展開も、もう少しケレン味があってもよかったのでは、と思わないでもありません。
 その辺り、全3巻という長くも短くもない巻数がマイナスに作用しているのではないか……というのは勝手な想像、縦糸と横糸のバランスは、他のシリーズに比べると今一歩だったという印象はあります。

 しかし毎回毎回、全く異なる時代の異なる人物の、その語られざる秘密を――作者ならではの味付けをたっぷり効かせて――描いてみせるというのは、一種の離れ業というべきでありましょう。
 また最終話で、それまでの物語とまた別のベクトルで人間の等身大の姿と、彼らが求める「奇譚」の意味を描いて見せたのも、個人的には大いに好む展開であります。
(ただし、ラストでそれを、全て言葉で語ってしまったのは残念)

 その意味でも、もう少し長く続いて欲しかった、というのが正直な感想なのですが――


『猫鳴小路のおそろし屋 3 江戸城奇譚』(風野真知雄 角川文庫) Amazon
猫鳴小路のおそろし屋 (3) 江戸城奇譚 (角川文庫)


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 風野真知雄『猫鳴小路のおそろし屋 2 酒呑童子の盃』 奇譚という名の「真実」たち

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2015.06.01

『お江戸ねこぱんち』第十二号 猫時代漫画誌、半年ぶりのお目見え

 実に半年ぶりの発売となった『お江戸ねこぱんち』。間に『江戸ぱんち』が挟まっていたため、言われてみれば、という感はあるものの、やはり新作を読めるのは嬉しいもの。今回はTV時代劇『猫侍』の漫画版第2弾も掲載され、なかなかに賑やかであります。

 さて、今回も個人的に印象に残った作品を挙げていくこととしましょう。

『猫暦』(ねこしみず美濃)
 ほぼ一枚看板になった印象もある本作、司天台で己の夢に邁進する少女・おえいと、その許嫁を称する猫又のヤツメを中心に展開するのはいつも通りですが、今回はなかなかの急展開の印象であります。

 前回、大奥に使いに出たおえいが出会った通詞の美女・七尾。実は正体不明の魔物、大奥で続発する神隠しの張本人である七尾に狙われながらも、ヤツメのおかげで難を逃れたおえいの前に、再び七尾が姿を見せることとなります。

 人の世に魔が忍び込むという日蝕の中、おえいに迫る七尾。そしてクライマックスで明かされるその正体は……えっ。
 と、驚かされること請け合いであります。

 もしかすると(伝奇物語として)今後の物語に大きな大きな影響を与えるかもしれない今回の展開ですが、その一方で、七尾に何故女子の身で司天台にいるのかと問われた時のおえいの言葉が、宙に、星に夢を抱く者であれば涙ものの内容で、この辺りのうまさもさすがとしか言いようがありません。


『今宵も猫月夜』(須田翔子)
 江戸に潜む悪を、魔を斬るリアル猫侍・眠夜月之進の活躍を描く連作シリーズ、今回は
そんな月之進の姿を見ることができる少年・セイ太を中心に展開する少々異色作。

 実は月之進の姿は普通の人間には猫にしか見えず、侍姿に見えるのは、人ならぬ者に縁深い者のみ、という本作の基本設定。
 では何故セイ太が月之進を見ることができるのか、そして彼と縁のある「人ならぬ者」とは……と、そこから一ひねりした展開がなかなかに面白いのであります。

 個人的には、これくらいのことで……という印象はありますし、結末ですれ違いの姿をはっきりと描いても良かったのでは、と思ったりもするのですが、そこは好きずきでありましょう。
 何よりも、本作ならではのユニークな設定と物語が噛み合った点は、評価できます。


『ねこみぶ』(宮川亜希子)
 個人的には、今回、一番「やられた!」と思わされた作品
 おそらくは今回が初登場の作者による、本作は、この雑誌には非常に珍しい、劇画タッチの絵柄で描かれる新選組ものなのですが……

 実は本作はギャグ漫画。あの強面の武闘派集団新選組と猫が――という組み合わせだけでもう反則なのですが、ギャグのテンポがまた良いのです。
 何と全3話構成の本作、非情の密偵・斎藤一の意外な素顔が見られる第2話、近藤勇の華麗な剣技(?)が堪能できる第3話も良いのですが、隊士が一堂に会しての評定の模様を描く第1話は、土方のツッコミも絶妙で、爆笑させていただきました。

 優れたコメディアンは自分では笑わないもの、などと申しますが、それを地で行くような、大真面目で、大いにおかしい怪作です。


 というわけで、3作品挙げさせていただきましたが、実際にはどの作品も水準以上の印象。最近『猫絵十兵衛』が掲載されなくなったのは残念ですが、それだけ作品が揃ってきたということなのでしょう。

 ちなみにこの『お江戸ねこぱんち』誌、読者コーナーの投書を見ると、50代60代の女性(おそらく)の割合が非常に大きく(その一方で一桁の年齢の子供のイラストも混じっていたりして)、この辺りも大いに興味深いところであります。


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