芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 四 怨鬼の執』 人の想いが生む怪異に挑む剣
つい先日スタートしたような印象もありましたが、気がつけば、先日の第零巻を経てはや第5弾、第4巻の『素浪人半四郎百鬼夜行』。江戸と半四郎を襲う怪異は絶えることがなく続きますが、今回は特に人の心に由来する怪異が出現。果たして半四郎の秘剣は、人の心に及ぶのでありましょうか。
浅草寺の見せ物小屋を発端に、果ては江戸を焼き尽さんとした蛇神/龍神にまつわる一連の事件を、仲間たちとともに辛うじて解決することができた半四郎。
事件の中で出会った女性との悲しい別れによって沈む彼の心が癒される間もなく、江戸には更なる怪奇の事件が。そして怪奇の種は、江戸のみならず半四郎の故郷・東雲藩でも……
と、第3巻と第零巻両方の内容を踏まえて展開することとなった本作は、全4話構成。
江戸の人々に次々取り憑き、狂気に走らせる謎の光。その光に取り憑かれてしまった半四郎を仲間たちが追う「光耀鬼」
幼い頃の悲劇から他人を信じることができるまま、故郷の村を捨てた娘。彼女の中の、自分を傷つける者を凍りづけにしてしまう能力が引き起こす悲劇に半四郎が対峙する「氷姫」
一度破れた秘剣「浮舟」を超える剣を求めて一人稽古に励む半四郎を奇怪な影が襲う「影法師」
そして、かつて半四郎の運命を狂わせた孫が彼に破れて廃人となったことを逆恨みする老婆が、恨みの炎と化して東雲藩を焼き尽くし、江戸に向かう「東雲炎上」
今回も実にバラエティに富んだ内容の本作ですが、本作に収録されたこれらのエピソードの大半に続くのは、冒頭に述べたように、人の心にまつわる、起因する怪異が中心であるということでしょうか。
(ちなみに本作、第1話と第3話が光と影、第2話と第4話が氷と炎と、それぞれ対になっているのがなかなか面白い)
人の世に空いた異次元の怪異、人知の及ばぬ奇怪な生態を持つ妖魔、遙か昔から生き続ける神魔、異界とも言うべき山中に暮らす自然の精……こうして大まかに振り返ってみても驚くほど、これまで本シリーズには様々な怪異が登場してきました。
これらの怪異の多くは、ちっぽけな人間の存在を意に介さないような、ある意味自然現象ともいうべきものでありましたが、今回は、その人間の心に眠るものもまた、大いなる怪異を生み出すことを描き出します。
それも、人の負の心性――恐れ、妬み、不安、恨み、そして呪いが生み出す怪異を。
そんな本作は、当然ながらそうした人間のネガティブな部分を、これでもか、と言わんばかりに丹念に描き出すこととなります。
特に本作のメインとも言うべき「氷姫」「東雲炎上」では、それぞれのエピソードのヒロイン(後者をそう呼ぶのはいささか躊躇われるところですが)の心情描写にかなりの部分が割かれており――正直なところかなり気が重くなる部分はあるのですが――これが物語の味わいをより深めていることは間違いありません。
(特に「氷姫」のヒロインは、もう一人の半四郎とも言うべき存在でありながら、周囲の関わりという点において、彼と正反対であったことが、より胸に刺さるのであります)
そして、そんな人間のマイナスエネルギーを、今回も我らが半四郎は真っ正面から受け止めようとするのですが……しかし、怪異と化した者たちと半四郎の間には、決定的な違いがあります。
それは、半四郎は一人ではない、ということ。
東雲を離れた時には、この世にただ一人生き、そして死ぬことを当然のことと受け止めていた半四郎ですが、しかし今の彼には、江戸での戦いをくぐり抜ける間に得たかけがえのない仲間たちがいます。
いや、たとえ全てを失ったとしても、東雲においても彼は周囲の大いなる愛に包まれて生きてきたのですが……
本作での半四郎の苦闘は、同時に、彼が一人ではないという証明なのかもしれません。
しかし、それだとしても、なおあまりにも荷が重い半四郎の戦い。第四話の衝撃的な展開を経て、果たして半四郎はこの先どう戦い抜くのか。
怪異の影で蠢くある人物の悪意に対して、半四郎の破邪の刃が打ち克つことを、今の我々はただ祈るしかありません。
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