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2015.06.24

會川昇『神化三六年のドゥマ』(前編) 伝奇的なる世界が描き出す現実

 戦争が終わり、東京でのオリンピック開催を控えた神化三六年、創生期のTV界でディレクターとして奔走する木更嘉津馬は、生放送を目前としたスタジオで、奇怪な物音を聴く。それを追いかけるようにスタジオに現れた謎の男たち。混乱が支配するスタジオで、嘉津馬の前に現れたモノは……

 我々の良く知る「昭和」とは似て非なる世界――「神化」の日本を舞台とした、何ともユニークかつ底が知れないシリーズがスタートしました。

 元号の違いを除けば、我々の世界と極めて近い世界に見える「神化」。しかし決定的に異なるのは、この世界には<超人>と呼ばれる存在がいる/いたという点であります。
 比喩としてではなく、正しく人を超える存在としての<超人>。様々な異能を持つ彼らが生きる、いや生きていた時代を舞台とした連作の第一話である本作は、その時代に公共放送のTVディレクター・木更嘉津馬の回想というスタイルを取って描かれます。

 いまだTVで放送される番組が生放送であった時代に、嘉津馬が担当する番組で起きた怪事件。初めは小さな異変にすぎなかったものが、そこにかつてのGHQに連なる怪人物が率いる一団が乱入、さらにそこに出現した「存在するはずもないモノ」が、その場を阿鼻叫喚の地獄に叩き込む――

 果たして「それ」は何者なのか。スタジオに現れた男たちの正体は。デュマあるいはドゥマとは。そして何よりも、その時/その後、嘉津馬の身に何が起きたのか……
 本作は前後編の前編、まさに謎が謎呼ぶというのが相応しい状態でありますが、物語の始まりとしては上々の滑り出しと申せましょう。

 そしてそんな物語もさることながら、負けず劣らず魅力的なのは、舞台とそれを通じて描かれるモノであります。
 いまだはっきりとは描かれていないものの、物語の背景を為すものとして幾度となく触れられる<超人>の存在。それは、先の戦争から十数年後という、いまだ混沌とした時代にさらなる複雑な彩りを添えることで、我々にとって、ある意味身近であって遠い時代への興味を煽ります。

 さらにまた、作中に登場する数々の小道具、ネタも、オリンピックを目前とした時代、「日常系」がもてはやされるTV、その取り締まりの外縁すらわからぬ法律、反骨精神に溢れる公共放送……
 と、最後はともかく、明白に過去を描きつつも、どこか現代に重なって見える趣向の数々は、いかにもこの作者らしい題材のチョイスと描写でありましょう。


 ……さて、突然自分語りとなって恐縮ですが、私は伝奇、なかんづく「時代伝奇」の定義――というより範囲については、かなり小うるさい人間であります。

 簡単に言えば、時代伝奇というものは、過去のある時代とそこで起きた事件――すなわち史実・現実を下敷きにしたものであり、それをねじ曲げてはならない(もちろん、実は○○でした、というのはアリですよ)。
 そして何より、舞台は現実世界でなければならず、パラレルワールドなどもってのほか! ……と思っているのです。

 しかし本作に触れることで、私は考えを改めざるを得なくなりました。
 たとえ現実と異なる世界であったとしても、そこに描かれるものが、現実世界の合わせ鏡であって――そして何よりも、現実をより効果的に描くために、現実ではない世界を舞台として選択された物語。
 そんな物語もまた、「時代伝奇」と呼んでもよいのではないか、と。

 現実に、現実にあらざる要素を持ち込むことで、その現実をディフォルメし、より現実の輪郭を明確にしてみせるのが伝奇だとすれば、本作は小は<超人>の存在を、大は彼らが活躍する世界を持ち込むことで、現実を描き出そうとする伝奇物語なのでしょう。

 そしてこれはまさしく、かつて『UN-GO』において、「明治時代を舞台としたミステリ小説を通じて大戦直後を描く」原作を翻案し、「近未来を舞台としたミステリアニメを通じて現代を描く」という離れ業でもって、一種「近未来時代伝奇」というべき世界を生み出してみせた作者ならではの趣向であります。


 その作者によって生み出された伝奇的なる世界の中で、<超人>たちがいかに活躍するのか、そしてどのような「現実」が描き出されるのか――
 『ウルトラマン』『仮面ライダー』『スーパー戦隊』という我が国を代表する特撮ヒーローものの脚本家としても活躍してきた作者の、その『超人幻想』の一端が明かされるであろう後編が待ち遠しくてならないのであります。


『神化三六年のドゥマ』(前編)(會川昇 ミステリマガジン 2015年7月号掲載) Amazon
ミステリマガジン 2015年 07 月号

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