鎌谷悠希『ぶっしのぶっしん 鎌倉半分仏師録』第3巻 それぞれが抱えた謎と秘密
鎌倉時代初頭を舞台に、互いの半身を共有することとなった仏師・想運と明星菩薩の冒険を描くユニークな漫画の第3巻であります。平家再興のため、地神ミズチを操り騒動を引き起こす平教経を阻むべく、想運と運慶の長子・湛慶は旅立つのですが……そこには意外な敵が待ち受けているのでありました。
仏像に本物の仏を降ろす技である来迎術。かつてその力でもってミズチを封じようとした際、共に半身を失い、融合した形で復活した想運と明星菩薩は、数々の戦いをくぐり抜け、今は運慶の子・弟子たちと仏師として暮らすのですが……
しかし、未だ教経が平家再興の望みを捨てぬことを知った想運は、湛慶と、そして伎楽アイドル――実は重源配下の僧兵たる茶経と桜とともに、京に向かうこととなります。
しかし、その前に現れるのは、その教経の企みを想運に教えた半僧半狐の怪人・命蓮。彼の力により、平等院に作り出された異空間に引き込まれた一行は、思わぬ相手との戦いを強いられるのですが……
巨大仏像と巨大生物との死闘が繰り広げられた前の巻までに比べると、比較的静かな印象のこの第3巻。もちろん、後半で繰り広げられる戦いは、これまでとはまた異なるベクトルでの激しい戦いなのですが、起承転結でいえば、承の印象でしょうか。
しかしそれは、これまでの怒濤の展開を受けて、登場人物たちの人物像の、背景の、掘り下げに直結していくこととなります。
時に立川の聖人漫画的な、緩いムードとコミカルな展開に目を逸らされてしまいますが、本作の登場人物の多くは、それぞれに謎と秘密を抱えている印象があります。
そもそも、想運自身、半身を失ってから目覚めるまでの記憶を失っている状態。本人が極めて能天気なだけに忘れてしまいますが、彼が何を想い、何のために動いていたかは、未だ定かではないのです。
そして今回描き出されるのは、茶経と、彼女にとっては宿敵に当たる教経に仕える謎の人物・菊の隠された素顔であります。
これまで舞と曲で世間を楽しませる伎楽アイドルとして登場しつつも、実は僧兵という裏の顔を持っていた茶経。それはある程度予測できていたところではありますが、しかし命蓮の異世界の中で描き出されたのは、彼女の過去の一端と、あまりにも意外な素顔でありました。
また、意外といえば菊も同様。その菊の名が、かつて教経に仕え、源平の合戦で命を落とした菊王丸の名を戴いたもの、というのにも驚かされますが、彼女の秘めた想いと、教経とのすれ違いは、決してあからさまに描かれているわけではないにも関わらず、印象に残ります。
(そして何よりも、その体の秘密が……)
さらにまた、彼ら彼女たちを取り巻く者たちの思惑もまた、わからないことだらけであります。
教経に協力しながらも、その一方で想運に教経の情報を流し、さらに想運の行動を阻もうとする命蓮(ちなみに命蓮とは、「信貴山縁起」のあの命蓮なのかしら……)。
教経と敵対し、運慶に庇護を与えつつも、運慶の会得した来迎術を汎用化し、いわば量産型来迎仏による軍を作り出そうという頼朝。
特に後者の企みは、リアルロボットものの後半的なノリで大いにそそられるのですが、さらに仏界と現世を繋ぐ来迎術を広め、仏界への道を安定することにより、現世への仏界総来迎を頼朝が見据えているとくれば、これはもう単なる戦の勝ち負けの話とは思えないのですが――
そんな各キャラの、各勢力の想いが、思惑が入り乱れる中で、ある意味純粋極まりない想運が、明星菩薩が如何に動くのか……
それはこれからのお楽しみではありますが、ついつい待ちきれずに読んでしまった掲載サイトでの最新回(この第3巻ラストの、すぐ次のエピソード)では、その見事な答えが――人と仏の関係性の一つが示されているのに唸らされました。
……というのは、この第3巻の紹介としては反則でありますが、それだけ先の展開が気になってしまう本作。
この先の展開、想運をはじめとする人々の真実を如何に描き出すか。そしてそれが何をもたらすのか――軽妙な中にも重く胸を打つものを秘める本作のこの
先は、大いに期待しても良さそうであります。
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