上田秀人『柳眉の角 御広敷用人大奥記録』 聡四郎、第三の存在に挑むか
勘定吟味役から御広敷用人へとお役目を変えた水城聡四郎の苦闘を描く『御広敷用人 大奥記録』も、早いものでもう第8巻。前作『勘定吟味役異聞』と、巻数の上で並ぶこととなりました。しかしいつ終わるともしれないのは大奥と吉宗の戦い……今回はさらに巨大な敵が動き出すことになります。
吉宗の想い人である竹姫に対する天英院のあまりにも卑劣な陰謀。息のかかった五菜(大奥で働く男の使用人)を使って竹姫の操を汚そうという企ては、かつては伊賀の女忍び、今は奇しき因縁から水城の配下とも言うべき袖によって、未然に防がれました。
しかし、もちろんそれで吉宗が収まるわけがありません。激怒した吉宗は、事件の背後にいる者たちの根絶を宣言するのですが……もちろん、それで振り回されるのは聡四郎であります。
さすがに真っ正面から武力で潰すわけにもいかない相手を如何にあぶり出し、如何に戦うか……今回も聡四郎は苦しい戦いを強いられることとなります。
と、その一方で、元気なのは女性たちであります。想い人に似てきたか、年若いながらも見事な態度で天英院を揺さぶる竹姫に、相手が誰であろうと一歩も引かぬ、かつての荒くれっぷりを思い出させる怒りを見せる紅。
さらに、女忍びから一人の女性に微笑ましい転身を遂げようとしている袖と、聡四郎をはじめとする男性陣があれこれ悩んでいるのに対し、女性が元気なのは何とも気持ちのよいものであります。
もちろん、女性もそんな気持ちのよい人々ばかりではありません。あまりにも浅はかな企みを繰り返す天英院が次にすがったのは、彼女の父・近衛基煕。
上皇との不仲から今は冷や飯を食わされているものの、かつては太政大臣として位人臣を極めた基煕が、その政治力・陰謀力を発揮して狙うのは……
一般に、江戸時代の朝廷は、少なくとも江戸中期においては、ほぼ有名無実であり、歴史の表舞台にはかかわっていないという印象があります。
しかし、本作において、吉宗は聡四郎に語ります。天下の政に影響を与えるもの――それは金、女、そして朝廷であると。
確かに、征夷大将軍たる徳川家が、権力・武力・財力を握った徳川幕府において、朝廷の力が発揮される余地はないようにも思えます。
しかし朝廷には唯一無二の力があります。それはこの国の中心として、名分を与える力――そう、形式的とはいえ征夷大将軍の位も、朝廷が授けるものなのですから。
そして、大奥で女の争いを繰り広げる竹姫も天英院も、その朝廷を構成する貴族の娘。いわば大奥の争いは朝廷内の争いの縮図であり――そして同時に、幕府と朝廷の関係の現れでもあるのです。
そして吉宗の言葉を裏付けるかのように近衛基煕は暗躍をはじめ、そして聡四郎もまた、吉宗の命で京へ送り込まれることとなります。
ここで気になるのは、吉宗が上げた天下の政を動かす三つのうち、二つまでに聡四郎が深く関わってきたこと。
だとすれば、もう一つも……というのはこちらの勝手な想像ですが、作者の出世作『竜門の衛』をはじめ、作者の作品のうち少なからざる割合で登場している世界だけに、この先の展開が気になるところであります。
と、これは蛇足ですが、今回本筋とは別に印象に残ったのが、御広敷伊賀者の活躍であります。
本シリーズにおいては、その当初から、ほとんど勘違いに近い状態で聡四郎に刃を向けて以来、ほぼ貧乏くじを引いてきた伊賀者。
いや、本シリーズに限らず、作者の作品においては、非常に高い頻度で痛い目に遭わされ続けている伊賀者ですが、前作で聡四郎とはほぼ手打ち状態となり、本作ではその一人・山崎伊織が、いわばチーム水城の新メンバーとして大活躍することとなります。
ともに使われる身分とはいえ、主人公サイドが陽とすれば、陰の存在として割りを食ってきた伊賀者の久々の活躍は、なんとはなしに嬉しいものがあります。
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