藤田和日郎『黒博物館 ゴーストアンドレディ』(その二) 二人のその先に生まれたもの
藤田和日郎の『黒博物館』シリーズ第二弾、劇場に出没する決闘士の幽霊・グレイと、死を望む令嬢・フロー、そして弾丸と弾丸が正面からぶつかった「かち合い弾」を巡る奇譚の紹介の後編であります。
フローことフロレンス・ナイチンゲールがクリミア戦争で苦闘を繰り広げる中、彼女を殺す約束でつきまとうグレイの前にも、彼とは深い因縁のある決闘士の幽霊が出現、物語のもう一つの軸となるのですが……
しかしフローの業績を丹念に丹念に描く物語の前に、彼女の存在感の前に、いささかその影は薄れ気味という印象は否めません。
この辺りの、自ら作り上げた作品世界と物語に対し、愚直なまでに真っ正直に向き合う作者の姿勢が、良くも悪くも表れているという感はあるのですが……
それでは本作が面白くないかと言えば、それは断固として否であるのは、作者の名を見れば明らかでしょう。
人の心の善き部分、そして悪しき部分をこれでもかとばかりに描き出し、そして前者の勝利を熱く強く謳い上げる。たった一コマの登場人物の表情でもって、読者の喜怒哀楽を自在に操る作者の筆の熱さは、本作においても全く変わることはありません。
(さらに本作の主な舞台となるクリミアの野戦病院の一種極限状況ぶりを、いやというほど丹念に描いてみせるのも、作者の描写力ならではでしょう)
おかげで冒頭から結末まで、真っ直ぐな強さと暖かさを持つフローと、斜に構えながらも徐々に人間味と熱さを見せるグレイに、何度も泣かされることとなったのですが――
しかしその最たるものが、本作の結末にあることは言うまでもありますまい。
己の生、いや死を持って結ばれた奇妙な共生関係から、ともに苦難を乗り越える戦友・相棒へ――それは、現在アニメ放映中の『うしおととら』にも通じる関係性ですが、本作はそれよりもさらに一歩踏み込んだ先を描きます。
そう、二人の愛を――
もちろん、かたや天使にも呼ばれた人間、かたや死神にも比されるべき幽霊と、二人の間には限りなく高い壁が存在します。その二人の想いが実ることはあるのか……
それはここでは書けませんが、しかし本作のラストのグレイのある姿に、涙を流さない者はいないのではないか、と感じます。
思えば本作で描かれたのは、前作の主人公同様、報われぬことは理解しつつも愛に準じる男の魂でもありました。
奇怪な収蔵品にまつわる奇怪な物語を描きつつも、そんな「男の子」の魂を描くのもまた、実に作者らしいと感じさせられます。
そして思わぬサプライズ(の返礼)を描いて終わる本作。
しかし、黒博物館に収蔵されたものの中には、まだまだ奇怪な物語と――そして熱い魂が込められたものが無数にあることは間違いありますまい。
その語られざる物語が三度語られるまで――本作が描かれる前の前作もそうであったように、本作を読み返しながら待つとしましょう。
『黒博物館 ゴーストアンドレディ』(藤田和日郎 講談社モーニングKC 全2巻) 上巻 Amazon/ 下巻 Amazon
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