小松エメル『一鬼夜行 雨夜の月』(その二) そこに居た「人間」たち
小松エメルの明治人情妖怪譚『一鬼夜行』シリーズの最新刊にして番外編、『雨夜の月』であります。猫股になることを目指す小春と彼の兄弟たちに与えられた試練。情を通い合わせた人間の首を取るという目的のため、人間に近づいた三人ですが……
猫股の試練のため、小春が相手に選んだのは、喜蔵の先祖であり、彼と顔は似ているものの正反対の気弱でお人好しの逸馬。
義光の相手は、猫嫌いの夫・伊周を持つ、心優しい武家の妻女・常磐。そして椿の相手は、病で隠居した大名の嫡男で皮肉屋の右京――
それぞれ人間を嫌い、見下してきた三人が、彼ら人間と触れ合うことで思わぬ変化を迎える様を、本作は克明に描き出します。
これまでは人間と妖怪のバディものという性格上、人間からの視点がある程度……というよりかなりの部分を占めてきた本シリーズ。しかし本作は、先に述べたとおり、ほぼ完全に、妖怪からの視点から描かれることになります。
人間とは異なるパーソナリティを持つ妖怪。その彼らから見た場合、この世は、人間はどのように見えるのか?
大いに読者の興味を引くとともに、実はそれを満たすのは大いに難しいそれを、本作は軽々とクリアしていきます。
人ならざる者だからこそ見えるもの、そして見えないもの。自分とは全く無縁の「他者」であるはずの人間と触れ合う中で彼らが知ったそれは、彼らが外部からの視点を持つからこそ、より痛切に「人間」というものの本質――あるいは少なくともその側面の一つ――というものを感じさせます。
そう、本作は妖怪たち自身の過去を描く物語であると同時に、人間たちの姿を物語でもあります。
そして二つの物語が交錯するところ――人間という存在が、彼らそれぞれに大きな衝撃と影響を与えた時……少なくともその瞬間、そこに居たのは、我々と変わらぬ「人間」であった、というのはセンチメンタルに過ぎるでしょうか?
しかし、少なくともそこで描かれた喜びと悲しみが、本シリーズの中でもこれまでにないほど、私の涙腺を刺激したことを、恥ずかしながら白状させていただきましょう。
そして物語は過去から現在、そして未来へと移ろっていきます。彼らの過去が現在にいかに影響を与え、そして彼らの現在がいかに未来を変えていくか……
もちろん、後者についてはまだこれから語られるところではありますが、決して笑顔ばかりではなかった(むしろその逆であった)過去に対し、その未来は少しでも明るいものであると、信じられる気がいたします。
そしてその傍らには、きっと我々「人間」の姿があることも――決して「雨夜の月」などではありますまい。
しかし、いかに未来とはいえ、第二部開始が丸一年先というのは、あまりに殺生な……というのも、台無しではありますが、偽らざる思いではあります。
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『一鬼夜行 鬼が笑う』の解説を担当しました
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