輪渡颯介『祟り婿 古道具屋皆塵堂』 怪異を信じない男と怪異を見せたくない男たち
曰く付きの品物ばかりが集まる古道具屋・皆塵堂を舞台とした人情怪異譚シリーズも、もう第5弾。これまで毎回異なるキャラクターを中心に据えて描かれてきたシリーズですが、今回の主人公は相当毛色が変わった人物。何しろ、怪異を全く信じず、それどころか敵視しているのですから……
釣り好きでいい加減な性格の店主・伊平次がマイペースに営む皆塵堂。古道具屋になる前には凄惨な殺人事件もあった店には、来るものは拒まずな店主の性格が反映されてか、やはり曰く付きの品物ばかりが集まり、当然ながらと言うべきか、様々な怪異が発生することになります。
これまで刊行されたシリーズ4作のうち、『迎え猫』を除く3作で描かれたのは、そんな皆塵堂で働くことになった若者たちが店の内外で出くわした怪異の数々。
当然、今回も新たな若者が、おっかない怪異に出くわす話かと思いきや……
ある日、皆塵堂に押しかけて店で働き始めた若者・連助。幽霊や呪いの話など信じない、いやインチキに決まっているという信念の持ち主である彼は、その方面に関しては業界でも評判の(本当)皆塵堂で働き、自分の信念を証明しようとしていたのでありました。
そんな彼が働く皆塵堂に持ち込まれるのは、例によって曰く付きの品物がある家屋で起こるという怪異譚。勇躍乗り込んではそれがインチキであることを暴こうとする連助なのですが……実は彼がここまでムキになるのは理由があるのです。
実は近々、とある大店に婿入りすることとなっている連助。しかしその店に婿入りした者は、代々続く祟りで短命で終わってしまうという噂が――というより結果だけ見ればあきらかに真実が――ありました。
この世に怪異などなければ、そんな祟りの噂も嘘に決まっている。そんな決意を胸に、連助は皆塵堂にやってきたのであります。
さて、弱ったのは、それを知った皆塵堂の面々。連助が怪異に遭遇する=彼の命を奪う祟りも存在する、ということであれば、意地でも怪異に会わせるわけにはいかないと、連助が怪異に飛び込んでいくのを防ぎ、怪異の背後の因縁を何とか早々に解決してしまおうとすることになります。
作者が本作の前に発表した『ばけたま長屋』は、何とかして怪異に会いたいという男のため、怪異を探すもいつも紙一重ですれ違ってしまうという趣向の作品でしたが、本作はそれとはちょうど裏返しのシチュエーションと申せましょうか。
いずれにせよ、本人たちが必死になればなるほど面白くなるというのはコメディーの法則。伊平次が、地主の清左衛門が、前作の主人公である魚屋の巳之助が、それぞれのスタイルで連助を助けるべく奔走する姿は、いかにもこのシリーズ、この作者らしいすっとぼけた味わいも相まって、実に楽しいのであります。
と、そんな中で特に苦労するのは、第一作の主人公であり、視える体質の青年・太一郎であります。今では怪異が起きたときのアドバイザー的な存在の彼ですが、連助にとってみれば、太一郎のような人間はあってはならぬ存在。太一郎が自分のために奔走しているとはつゆ知らず、事あるごとに連助が突っかかってくるのには、同情したりおかしくなったり……
正直なところ、今回は(物語上の立ち位置としても)便利に使われすぎの感もあるのですが、ラストのちょっと「黒い」(そして大いに情けない)顔など、彼自身のキャラの掘り下げにもつながっていると言えましょう。
ただ一点、どうしても気になってしまったのは、怪異譚としての怖さがどうにも薄れがちな点であります。
もちろん、物語の構造として、そうそう主人公を怖がらせるわけにはいかないわけですが、しかし本シリーズの魅力は、ちょっととぼけたコミカルな人情ドタバタと、それとは裏腹に真剣に怖い怪異の描写であったはず。
これまでのシリーズでは、必ず一回は、思わず震え上がるほど恐ろしい場面があったのですが……今回はそれがなかったのは、何とも残念に感じた次第。
あちらを立てればこちらが立たず、というのは、まさに今回の皆塵堂の面々の苦労そのものですが……
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