藤田和日郎『黒博物館 ゴーストアンドレディ』(その一) 灰色の幽霊と白衣の天使と
「黒博物館」が帰ってきました。黒衣の学芸員が案内する、ロンドン警視庁の犯罪資料館に秘蔵された不可思議な品の数々にまつわる物語の第二弾、藤田和日郎の『黒博物館 ゴーストアンドレディ』――劇場に憑いた決闘士の幽霊と、誰もが知るあの淑女・フローの物語であります。
大英帝国で捜査されたすべての証拠品――公にできないものも含めて!――を納めた場として、半ば伝説となっている黒博物館。
前作『スプリンガルド』では、19世紀ロンドンを騒がせた怪人・バネ足ジャックの足を巡る奇譚が描かれましたが、本作に登場するのは、正面から二つの銃弾が衝突し、一つに固まった「かち合い弾」なる代物であります。
その銃弾に込められた因縁を学芸員に語るのは……なんと幽霊。それも、ロンドンのドルーリー・レーン王立劇場に出没するという「実在の」幽霊、グレイマン(灰色の男)なのです。
かつては金と引き替えに他人の決闘を請け負う決闘士として知られたグレイは、ある事件で命を失い、気がつけば劇場で舞台を眺める毎日。
そんな彼の前に現れた名家の令嬢は、彼に自分を殺してくれと依頼します。半ば気まぐれから、彼女が絶望した時に殺してやると請け合うグレイですが、彼女の名前はなんと――
と、今読んでみても完璧としか言いようがない導入部から始まる本作、Amazon等を見れば明記されておりますので明かしてしまえば、ヒロインのフローこそは、かのフローレンス・ナイチンゲールその人。そう、クリミアの天使として知られたあの偉人であります。
自らの行くべき道は傷つき、病める者の看護にあると思い定めた彼女は、しかし名家に生まれたが故に周囲からの猛反発を受け、その夢の端緒にもたどり着けない状態。
そんな彼女を「絶望」させようとするうちに、グレイはいつしか彼女の夢を後押しするようになって……
さて、先に申し上げてしまえば、実は本作は伝奇というより伝記という印象が強くあります。
前作が、史実をベースとしつつも、怪奇冒険アクションとしての性格を色濃く持つのに対し、本作は、グレイの存在のように伝奇的ガジェットを配しつつも、史実を――ナイチンゲールの苦闘を描く物語なのです。
グレイの助けもあり、少しずつ自分の夢に近づいていくフロー。折しもクリミア戦争が勃発し、彼女は最前線の野戦病院に派遣されるのですが――
そこで待っていたのは、劣悪な環境で苦しみ、命を落としていく兵士たちと、その状況を改善しようともせず、官僚的な態度で改善を拒む軍人たち。そして実に本作の大半は、このクリミアにおける彼女の「戦い」を描くのです。
ここで彼女の宿敵となる軍医長官ジョン・ホールのもとにも決闘士の幽霊が――それも、歴史上名高い外交官にしてスパイ、そして男女二つの顔を持つ人物の幽霊が憑いており、しかも彼女にはグレイとの因縁が、という趣向はあります。
そしてグレイと彼女の対決が物語の軸の一つとなっているのですが……
さて、それが本作でどのような位置づけにあるのか、それは次回に述べるといたしましょう。
『黒博物館 ゴーストアンドレディ』(藤田和日郎 講談社モーニングKC 全2巻) 上巻 Amazon/ 下巻 Amazon
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