谷津矢車『からくり同心 景』 前代未聞のからくり同心登場!
父の跡を継いで町方同心となった慎之介がある日出くわしたからくり人形。知人の発明家・変迅堂の修理で覚醒したそのからくり人形は、何故か慎之介を主と仰ぎ、その絶大な戦闘力で、襲いかかる謎の刺客を撃退するのだった。かくてコンビを組むこととなった慎之介とからくり人形「景」の活躍や如何!?
谷津矢車といえば、『洛中洛外画狂伝』でデビューを飾り、その後も新鮮な歴史時代小説を発表している、期待の新星。
もちろん私も新作を大いに楽しみにしている作家なのですが、どこか堅めの作品を書く方という印象を勝手に持っておりました。
そんな作者が送る本作は、しかし、そんな印象を完膚なきまでに破壊してくれる快作。
何しろ、江戸時代を舞台に、意志を持ったからくり人形、その名は景(けい)、からくり同心・景が悪のからくり人形を向こうに回して大活躍する、まさに私のような人間が大喜びするような作品なのです。
父の跡を継いで町方同心になったものの、大きな活躍もできず、イヤミな上役にいじめられるばかりの富山慎之介。そんな彼がある日出会った(拾った)のは、人間と変わらぬ大きさと、得体の知れぬからくりを内蔵した青い異形のからくり人形でありました。
その名の通りの変人発明家・変迅堂によってそのからくり人形が修理される中、彼らを襲う謎の刺客。
やはりからくり人形であるその刺客に慎之介たちが追い詰められた時、ついにからくり人形が覚醒、慎之介を主と呼び、その命ずるままに強大な戦闘力を発揮して刺客を文字通り粉砕するのでした。
この時代はおそろか、現代の水準すらはるかに上回るテクノロジーで製作され、自我は持つものの記憶を持たぬからくり人形。ただ中枢の部品に「景」と刻まれていたことから、景と呼ばれることとなったからくり人形は、なりゆきから慎之介に預けられることとなります。
そして謎のからくりの跳梁に対し、各奉行所の枠を超えて設置されたいわば担当チームの一員に選ばれた慎之介。そしてそこに、驚くべきことに景も同心として加わるのでありました。
かくて景――からくり同心を相棒に、慎之介の冒険が始まるのであります!
というわけで、この世の闇に潜み、からくり人形を操って(たぶん)世界を悪に染める者に対し、地道な捜査と桁外れの火力で戦いを挑むからくり同心……というのは、どう考えてもあの作品の時代劇版でありましょう。 いざ敵のからくり人形との戦闘となれば、着ていた羽織を脱ぎ捨て、体中から内蔵火器を出現させた戦闘モードに移行するというくだりなど、ある意味外せない(?)要素ながら、こうくるかとニヤニヤさせられます。
それにしても本作、こうした景の設定等を見れば、これまでの作者の作品からは大きく踏み出した印象は否めません。しかし、人物造形をはじめとして、地に足の着いた、そしてどこか爽やかさと良い意味での若さを感じさせる丁寧な描写は健在であります。
時代ものの枠を外れるような存在が登場する物語を描く場合、その存在以外の物語そのものも、枠から外れた、はみ出したような書き方をすることは可能でしょうし、そのような作品は少なくありません。
しかし本作は、からくり同心という規格外の存在を登場させつつも、時代もの――特に文庫書き下ろし時代小説として、その基本に忠実な作劇を、描写を積み重ねていきます。(もちろん、作品のトーンに合わせた硬軟の使い分けはあるにせよ)
そもそも、捕物帖、特に本作の慎之介のような若手同心の成長ものというのは、文庫書き下ろし時代小説の王道の一つ。
口うるさい上司や、ベテランの岡っ引き、町の人々や家族に囲まれ、市井の事件を手がける中、同心として、そして人間として少しずつ成長していく主人公……という物語のスタイルに、本作は意外なまでに忠実なのです。
そして本作における景――人間の姿はしているけれども人間の心を(今は)持たない景は、まだ未熟な慎之介のある意味鏡像として、存在しているやに感じられます。
まだまだ本作の時点では設定紹介の印象も強いのですが、おそらくはシリーズ化されるであろう(ぜひして欲しい!)本作。
この先、景と敵軍団の派手な戦闘ともども、一人と一体の成長物語も期待したいのです。
『からくり同心 景』(谷津矢車 角川文庫) Amazon
| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)