森谷明子『白の祝宴 逸文紫式部日記』 「日記」に込められた切なる願い
『千年の黙』の続編、紫式部を探偵役とした平安ミステリの第二弾であります。前作は『源氏物語』の成立にまつわる謎が描かれたのに対し、本作で描かれるのは、『紫式部日記』――同じ式部の作ながら、内容・構成において完成度に格段の差があるこの書物にまつわる謎が描かれることとなります。
一度は中宮彰子の下を退き、実家で暮らしていた香子。しかし出産を間近に控え実家である土御門邸に帰ってきた彰子とその父・道長の再三の要請に、再び彰子の近くに仕えることとなった彼女は、手傷を負った盗賊が土御門邸に逃げ込み、そのまま姿を消したという事件に巻き込まれることとなります。
確かに人の出入りは激しいながらも、その時、中宮の出産を控えて屋敷中は白い布で飾られ、女房たちも皆白一色の着物をまとっていた土御門邸。そんな状況下で、怪我をした盗賊が隠れおおせるはずもないのですが……
その盗賊団がまず襲ったのが、帝の第一皇子と姫君がおわす中納言・藤原隆家の屋敷であり、そして隆家の腹心である義清が、香子が最も頼りにする阿手木の夫であったことから、香子は、本来の仕事である土御門邸の女房たちの日記の編集を行う傍ら、手がかりを探すことになります。
しかし一向に謎は解けぬままに次々と新たな事件が起こることとなります。隆家邸に捕らわれていた盗賊たちの一人が脱走し、それと期を同じくして見つかる土御門邸を嗅ぎ回っていた放免の死体。さらに屋敷の床下からは何者かによる呪符が――
前作が大きく時期が異なる三部構成であったのに対し、ほぼ一貫して彰子の出産前後の時期を舞台とする本作。それゆえと言うべきか、本作で描かれる事件、物語は、前作以上に入り組んだ、そして内容の濃いものとして感じられます。
もちろんミステリである本作で描かれるそれらの事件の謎の詳細をここで述べるわけにはいきませんが、その代わりに、物語の中心に存在する日記――後に『紫式部日記』と呼ばれることとなる日記について触れましょう。
彰子が、自分に仕える女房たち――やがては歴史に名を残すこともなく消えていくであろう彼女たちの存在を残すために編纂することを決めた日記。
女房たちが喜び勇んで書く日記の山を前に悪戦苦闘する香子の姿は何とも切なくもおかしいのですが、作中ではその日記の記述が、様々な意味を持つことになります。
当たり前ではありますが、現代とは違って映像や音声による記録など残らぬ平安。唯一残せるものは紙に書かれた記録であり――そしてそれが本作で描かれる盗賊消失事件において、重要な意味を持つことは言うまでもありますまい。
様々な人物の様々な視点から残された記録。これはある意味、安楽椅子探偵である香子にとっては格好の手がかりなのですから。
そんなミステリの仕掛けとして、日記は非常に有効に機能しているのですが、しかし事件の全容が次第に明らかになっていくのと平行して、もう一つ……より大きな意味を持って、浮かび上がるものがあります。
それは、名もなき女房たちの生き様――そこに記されなければ、歴史の陰に消えていく彼女たちの、いわば存在の証であります。
言うまでもありませんが、現代に比べれば比べものにならないくらい低い立場にあった平安の女性たち。そもそも、紫式部自体が通称であり、本名は不明なのですから(本作では香子と設定されていますが、それすら可能性の高い一つの説であるわけで)、その地位は推して測るべしでしょう。
もちろん、彰子のような例外はあるものの――しかし、帝の近くにいた女性であっても、その存在が詳細に残されているとは限らないのです。
そんな彼女たちにとって、日記というのは、己の存在を主張し、後世に残せるかもしれない、ほとんど唯一の手段。そこに記されたものは、確かに他愛もない日常の一コマかもしれませんが……しかし彼女たちにとっては、かけがえのない生の証であり、そこには人間誰しもが持つ、己の存在を残したいという切なる願いが込められているのであります。
『源氏物語』の成立を通じて、物語というフィクションが持つ意味とその力を描いた前作。それに対して本作は、それとは似つつも異なる、日記というノンフィクションが持つ意味とそこに込められた想いを描いたと言えるでしょう。
数々の謎を越えた先に明らかになる、様々な女性たち――歴史に名の残らぬ女性たちの想い。それを知った香子が何を想って『紫式部日記』を残したか……
本作を読み終えた後、『紫式部日記』の標題を見れば、必ずや胸に熱いものがこみ上げることでしょう。
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