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2015.08.24

山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』 前代未聞の時代ミステリ!?

 こう申しては何ですが、くせもの揃いという印象のある『このミステリーがすごい!』大賞。その中でも「隠し玉」とくれば、これはむしろ強烈な変化球という印象がありますが――本作はその第13回『このミス』大賞で、満場一致で隠し玉を受賞した作品。それだけに、実にユニークな作品であります。

 江戸は両国橋近くの家に一人暮らし、どこから来たのか、普段何をしているのか、全てが謎に包まれた美女・おゆう。
 時には家からも姿を消してしまう彼女は、実は隠れた推理の名人、彼女の才能を知る南町の定町廻り同心・鵜飼伝三郎に幾度か手を貸してきた彼女に、新たな依頼が舞い込んできたことから物語は始まります。

 自分の息子を何者かに殺され、さらに薬を闇に流している疑いまでもかけられた江戸一の薬種問屋・藤屋のために事件捜査に当たることとなったおゆうは、早速現場で証拠品の手ぬぐいを手に入れます。
 それを万能分析ラボを経営する検査マニアの友人・宇田川のもとに持ち込み、彼の分析で、手ぬぐいからは様々な情報が得られるのでありました……

 と、いきなり物語が飛躍したようですが、これが本作の極めてユニークなところであります。実はおゆうの正体は、ミステリマニアの元OL・関口優佳。祖母が遺した家にあったタイムトンネルをくぐって江戸時代にやってきた彼女は、江戸と東京を行き来する二重生活を送りつつ、江戸で起きる事件を、未来の科学で捜査していたのであります!


 ……というわけで、本作は江戸を舞台とした時代ミステリであると同時に、タイムスリップもの時代小説でもある作品。そのどちらかである作品はさまで珍しくはありませんが、しかしこの二つを兼ね備えた作品というのは、相当に珍しいと言ってよいでしょう。

 しかし、単純に科学力で全ての事件は解決……というわけにはいかないのが、またややこしくも楽しいところであります。
 そう、如何に指紋や血液分析で下手人を割り出したとしても、それが江戸時代で決め手となるはずがありません。言うまでもなく、そのデータの意味が、江戸時代には理解されていないのですから……

 すなわち、江戸時代において科学捜査で出来るのは、極端なことを言えば犯人の目星をつけるまで。そこから先――この時代における正統な裁きを受けさせるためには、何とか別の証拠を見つけるなりして、奉行所を納得させなければならないのであります。

 この辺りのジレンマは、いわゆる超能力探偵もの的な面白さと言ってもよいでしょう。常人を超越した力で真実の一端を掴みつつも、しかしそれに真に意味を持たせるためには「推理」が別に必要になる……そのいささかトリッキーな楽しさが本作にもあります。

 さらに本作は、殺人の下手人を挙げておしまい、という態の物語ではありません。一つの事件の背後に潜むのは新たな事件であり、より巨大な謎の影……そう、単に科学捜査だけではどうにもならない、推理で立ち向かわなければならない事件が、ここにはあります。


 そんなわけで、舞台設定・人物配置・物語展開の妙から、時代ミステリかつタイムスリップ時代小説として見事に成立している本作ですが……個人的にはいくつか気になった部分があったのも事実、であります。

 思ったほど主人公が推理していない(ほとんど体当たりが功を奏する展開の連続)、自在に行き来ができるのでタイムスリップものとしての緊迫感がない(これはこれで楽しいのですが)……
 といった点に加え、一番大きいのは、おゆうの周囲の二人――伝三郎と宇田川が、あまりに彼女にとって都合よく動きすぎる、という印象があるのです。

 もちろん物語そのものが、それでなければ成立しないものではありますし、何故彼らがそう振る舞うかについても、実はきちんと説明があるのですが――それはそれで、あくまでも物語のために用意された感が残るのです。
 おゆうを活躍させつつ、理不尽を感じさせない……そこに本作が成立する余地があるはずですが、その点で少々ひっかかったところではあります。


 この辺りは(特に最後の点は)個人の印象の範囲内であろうとは、私としても思います。あまりに好物が揃いすぎて、かえってひねくれた感想となってしまった……と、我ながら思わなくもありません。
 であるとすれば、ぜひ次回作で私の印象が単なる錯覚と難癖に過ぎないと証明してほしい、と心から思います。デビュー作からこの充実ぶりを見せた作者であれば、それは難しいことではないでしょうから……


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続編が10日に発売です

投稿: ? | 2016.05.04 13:12

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