山田正紀『松井清衛門、推参つかまつる』 趣向満載の怪獣時代小説、しかし
先日収録作品をご紹介しました『日本怪獣侵略伝』『怪獣文藝の逆襲』など、ここしばらく怪獣小説が盛んな印象ですが、その先駆の一つは『怪獣文藝』でありましょう。そして先に紹介した二冊同様、本書も怪獣時代小説が収録されています。それも名手・山田正紀による、極めてユニークな作品が……
天保の妖怪こと鳥居耀蔵暗殺を狙う青年武士・松井清衛門。彼にはかつて本物の「妖怪」と対決した過去がありました。
二年前、清衛門の主君である江川英龍、そして師である斉藤弥九郎から下された命。
それは伊豆を騒がす奇怪なもののけの退治――伊豆で処刑された無宿者たちが死から甦り、次々と仲間を増やしているというのでありました。
朝廷の神祇官の末裔であり北辰一刀流の達人だという美少年・虎万作とともに伊豆に向かった清衛門。代官所も機能を停止した中、孤独な死闘を繰り広げる二人の前に現れたのは、奇怪な妖怪獣・婆老ん蛾(バロンガ)でありました……!
と、ここまで記せばお気づきの方も多いと思いますが、本作はあの『ウルトラマン』の第3話「科特隊出撃せよ」の前日譚をベースとした作品。
この回に登場した電力を喰らう透明怪獣ネロンガは、江戸時代に村井強衛門なる侍に一度退治されたという設定であり――本作はその模様を描いたものなのであります。
しかし本作の趣向はそれだけではありません。先に述べたとおり、本作で暴れ回るのは怪獣だけでなく、甦った死人たち。そう、本作はゾンビ時代小説――それも、相当ハードコアな部類の――でもあるのです。
さらに、巻末の付記によれば、稲垣足穂の『懐しの七月』を踏まえている(タイトル的には『山ン本五郎左衛門只今退散仕る』の印象ですが)とのことで、これはどこかのどかな印象を与える一人称の語り口かと思いますが、とにかく短編一本の中に趣向がこれでもか、とばかりに詰められた作品であります。
ただし、その趣向のために、肝心の怪獣の印象が薄くなってしまったという印象は否めません。
確かに、そこに至るまでのゾンビたちとの戦いの凄まじさは本作ならではのものがあります。しかし、その部分の印象が強すぎるというべきか、怪獣ものと組み合わせる必然性がいささか薄いように感じられるというか――バロンガとゾンビの結びつきの意外さ自体は、実に面白いと思うのですが――些かもったいないという気持ちはあります。
(バロンガの最後も平仄はあってはいるのですが)
思えばこの『怪獣文藝』自体、「怪獣」と謳いつつも、「怪談」「ホラー」味の強い作品が多く、この辺りは幽ブックスというレーベルと編者に依る点があるのかな……と思いますが、図らずも本作はその象徴のような内容となっている、というのは牽強付会に過ぎるでしょうか。
ちなみに作中で鳥居耀蔵が「大目付」と何度も呼ばれているのですが、これは……
『松井清衛門、推参つかまつる』(山田正紀 メディアファクトリー『怪獣文藝』所収) Amazon
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