樹なつみ『一の食卓』第2巻 第三の極、その名は原田左之助!?
明治初頭の東京に現れた密偵・藤田五郎――斎藤一が、なんと身分を隠してパン屋に住み込むことになるというユニークな時代漫画の第2巻であります。この巻では斎藤に続き、新たな新選組隊士の生き残りが登場。その名は原田左之助――上野戦争で死んだと思われていた、あの男であります。
東京築地の外国人居留地に開業したフェリックス・ベーカリー、通称「フェリパン舎」で働く少女・西塔明の前に現れた黒ずくめで無愛想な男・五郎。
店の上客たる岩倉具視の仲介で店に雇われることとなった五郎は、実は西郷隆盛と縁あって新政府の密偵となった男――東京で密かに進む不平公家・士族の陰謀を密かに探っていたのであります。
そんな五郎の秘密を知らず、未だパンに拒否反応を示す人々も多い中、自分の作ったパンを間食してくれた五郎に興味を抱く明ですが……
というわけで、西洋料理人となるべく一途に努力する明と、孤独な密偵として影を背負った五郎の二人を中心として展開していく本作ですが、この第2巻で第三極とも言うべきキャラクターとして登場するのが、冒頭に述べた原田左之助であります。
原田左之助については有名人ゆえあまり説明することはありませんが、甲陽鎮撫隊としての甲州勝沼の戦いの後、近藤・土方と袂を分かって靖兵隊を結成……したと思ったら江戸に戻り、そこで彰義隊に参加して上野戦争で死亡したと言われている人物。
しかし実はそこで死んでおらず、大陸に渡って馬賊になったという、伝え聞く彼の豪快な人柄にふさわしい伝説があります。
本作も、馬賊はともかく原田生存説に則っているのですが……冒頭でいきなり登場したかと思えば、斎藤の伝手でフェリパン舎に雇われるという急展開。
ここで斎藤と原田、そして斎藤に付き従う清水卯吉(彼も地味に「生きていた隊士」であります)を含めて、クール系・やんちゃ系・従者系の三人のサムライが揃ったと悶えるフェリックス氏が実に楽しいのですが、それはさておき……
しかし実は原田には斎藤にも隠したもう一つの顔が、そして明の過去とも因縁が……というわけで、この巻のクライマックスでは、ある意味新選組ファンにとってはドリームマッチが実現することになります。
第1巻の感想で、斎藤が実に斎藤「らしい」と述べましたが、この巻の原田も実に原田「らしい」人物造形。脳天気で豪快で激情家で……と、我々が脳内で持つ彼のイメージに沿ったキャラクターなのが、実に嬉しくも楽しいのです。
しかしそれだけではありません。あくまでも本作の原田は、「その後の」原田。彼が「新選組」を離れた後に何があり、そして何を想ったか……それが物語に大きな影響を得ることになります。
その意味では本作は明治時代を舞台としつつも、きっちりと新選組ものであると言うことができるでしょう。
もっともこの巻の場合、今回語られる斎藤の過去とそれに絡む人物の物語も含め、その要素が前面に出過ぎた感があり、新たな時代の象徴である明の物語が――そして本作の大きな特徴であるグルメものの要素は、かなり薄れている印象があるのは、残念なところではあります。
もちろん、この巻のラストでの彼女の行動は、過去と現在を綺麗に結びつけた、本作にふさわしいものであったのですが……
何はともあれ、まだまだ斎藤の任務は続き、そしてまだまだ明にとって彼は謎の男であり続けます。
その結末に何が待っているのか――この巻で仄めかされた、斎藤が薩摩側に与している理由も含め、こちらにとっても気になる作品であり続けることは間違いありません。
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