森野きこり『明治瓦斯燈妖夢抄 あかねや八雲』第3巻 怪異と浄化の物語
「小泉八雲」を名乗る拝み屋の不良外国人と、視える体質に苦しむ新米巡査・一宮のコンビが、様々な怪異に挑む連作シリーズの第3巻であります。「八雲」とは何者なのか、そして一宮を苦しめ続ける過去の記憶の真実は……
怪異が視える体質に幼い頃から苦しめられ、周囲から奇異の目で見られた末に家を出た一宮。遊郭で詐欺を働く要注意人物の調査を命じられた彼が出会った要注意人物――それこそが「小泉八雲」。
怪異を蒐集することが目的だという八雲とやむなく行動をともにすることになった一宮は、次々と起こる怪事件に巻き込まれていくことになります。
そんな基本設定の本作ですが、この第3巻で描かれるのは、持ち主が凍り付いて死ぬという曰くのある掛け軸、遊郭に濡れぼそった姿で現れる女郎の亡霊、そして一宮がかつて実家で苦しめられた黒い影の謎と、3つのエピソードであります。
これまでのシリーズ同様、事件の背後にあるのは、いずれも暗く重い……時に淫靡であったり不快とすら感じられる人の心のネガティブな部分。
できれば目を背けたくなるようなその真実をえぐり出す八雲の姿からは、時に悪魔的なものすら感じられますが……しかしそれを物語として蒐集するのは、彼なりの浄化の形なのかもしれません。
そしてこの巻で注目すべきは、これまで断片的にほのめかされてきた一宮の過去の物語でしょう。
家族から疎まれる中、唯一自分に分け隔てなく接してきた弟。しかしある日、彼はその弟に刃を向け、顔に消えぬ傷を残すことに……
彼が実家を、家督を捨てるきっかけとなったこの事件の陰に何があったのか、ついに彼は対峙することになるのですが、面白いのはこのエピソード、八雲はほとんど登場せず、一宮が一人で怪異と対峙すること。
これまでは八雲に引っ張りこまれ、八雲に助けられていた彼が、今回(八雲の導きはあったとはいえ)一人で自らの過去と対決することができたのは、これまでの物語を通じ、彼もまた少しずつ浄化されてきたということなのかもしれません。
しかし最後の最後に待ち受ける一波乱。一宮が実家で出会った、伯父の友人だという一人の外国人。彼は「ヘルン」「小泉八雲」と名乗り……
言うまでもなく、本作最大の謎は、本作で「八雲」と名乗る男はいったい何者なのか、ということであります。
この巻の女郎の霊のエピソードに登場した軍人・九十九少佐も、彼を紛い物と呼び、刀すら向けるほどですが、明らかに「本物」と思えない彼は何者なのか、そして本物は何をしているのか。その後者と思われる人物が今回登場したわけですが……
ただ一つ、細かいこと(?)で恐縮なのですが、ずっとひっかかっているのは、第1巻冒頭で語られた本作の舞台が、明治15年であること。
史実では「本物」の小泉八雲が来日したのは明治23年であり(この巻のラストシーンを除けば)それはそれで物語が成り立たないわけではありませんが、さて、それでは九十九は何故「紛い物」と呼ぶのか……
年表・設定年代マニアとしてはその点が気になって仕方ないのですが、さてその背後に何かがあるのか。物語の根幹に関わると思われる部分だけに、不安と期待があります。
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