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2015.09.21

上田秀人『表御番医師診療禄 6 往診』 一難去ってまた一難……京を巡る暗闘

 幕府の権力の病巣に挑む剣豪医師・矢切良衛の活躍を描くシリーズも気がつけばもう第6弾。江戸城内を舞台としてきた物語は、ここで江戸城を、いや江戸を飛び出し、長崎に向かう良衛の姿が描かれることになります。……が、何処においてもついて回るのは、権力を巡る暗闘なのであります。

 御広敷伊賀者を診察したことがきっかけで、大奥に蟠る闇の存在を知ることとなった良衛。
 彼を手足として使う大目付・松平対馬守の企みで御広敷御番医師とされた良衛は、何とか事件を解決に導き、将軍綱吉より、長崎遊学を許されるのでありました。
(しかしそれで『往診』というタイトルはさすがにどうか……と思いきやちゃんと往診もあるのですが)

 外道(南蛮医学)をも修める良衛にとって、長崎へ、それも官費による留学は大きな夢。ようやく江戸城内の魑魅魍魎どもから離れ、医師としての修行に励むことができると、勇躍長崎に旅立った良衛ですが……しかしもちろん、そうそうすんなりとことが運ぶはずもありません。

 すでにあまりに多くの権力の闇に触れてしまった彼を周囲が放って置くわけもありません。良衛によって陰謀を暴かれた大名家、大奥の女中、御広敷伊賀者、京都所司代……直接的・間接的を問わず、様々な形で彼を襲い、あるいは利用せんとする者は後を絶ちません。
 そして松平対馬守もまた、大奥の事件の根元が京にあると睨み、今回も良衛をこき使おうとするのですが……


 というわけで旅先でも相変わらず振り回される良衛ですが、今回彼が挑むことになるのは、上田作品においては『竜門の衛』以来様々な作品で登場する京の禁裏、公家たち。
 幕府が武力・権力・財力を掌握する一方で、そのいずれも持たぬながら、使いようによってはそれ以上に強力な「名分」を持つ禁裏の存在は、特に禁裏によって将軍が任命される以上、決して軽んずることはできないものであります。

 そしてある意味、公家たちの江戸における窓口とも言うべき存在が、大奥の女たち。京から送り込まれた彼女たちは、様々な形で幕政に影響を及ぼさんとしているのであり――そしてこれまでその企みに関わってきた良衛が、京で公家を相手取ることになるのも、ある意味必然と言うべきでしょう。

 ……とはいえ、本作の彼はある意味露払い。自分が京に乗り出すのに必要となる証拠を探し出せという、松平対馬守の実にアバウトかつ無責任な指示によるもののため、盛り上がりに今一つ欠けるというのが正直なところであります。
(しかも、対馬守は対馬守で、京に手下を置いているわけで……もっとも、それが思わぬ姿を見せるのですが)

 そんなわけで、嵐の前の静けさという印象も強い本作ですが、良衛にとっての嵐は、思わぬところからやってきます。
 大奥での働きから、綱吉最愛の側室であるお伝の方に気に入られた良衛。彼女が良衛に望んだものとは……

 そのお伝の方の意を汲んで良衛の行く先々に現れる御広敷伊賀者の女忍・幾の存在もなかなか面白いアクセントで、これまでの物語とは一風変わった味わいの内容であることは間違いありません。


 それにしても、良衛を振り回す側も一枚岩でないのが権力の恐ろしいところ。対馬守だけでなく、綱吉までもが良衛に目を付け始めた中、一難去ってまた一難どころではない重荷を――特に史実と照らし合わせると――背負うこととなった彼の向かう道は何処か。旅に出たばかりではありますが、まだまだ彼の前途は多難であります。

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