芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 五 夢告の訣れ』 新たなる魔の出現、そして次章へ
過去の悲しみを背負う青年剣士・榊半四郎と、奇怪な怪異たちの対決を描いてきた『素浪人半四郎百鬼夜行』も、本作で第5巻、通算6作目となりました。半四郎と仲間たちがこれまでにない恐るべき怪異と対決する中、物語の背後で蠢いていた者たちが遂にその素顔を見せることになります。
前作で描かれたとある事件で火付盗賊改に逆恨みされることとなり、一つにはほとぼりを冷ますため、そしてもう一つは江戸以外の地で起きる怪異の存在を確かめるために旅に出た、江戸のゴーストハンターとも言うべき榊半四郎と謎の老人・聊異斎と小僧の捨吉。
本作に収録された最初のエピソード『誘う井戸』は、そんな彼らが江戸に呼び戻されることから始まります。
さる旗本屋敷にある古井戸。しかしその井戸は、どれほど固く蓋を閉じられようともいつの間にか開き、そのたびに周囲で神隠しが発生するという、恐るべき存在でありました。
この怪異を鎮めるために招かれた、聊異斎のいわば同業者とも言うべき腕利きたちまでもが次々と姿を消すに及び、聊異斎と半四郎は、この怪異と対決することを余儀なくされるのですが……
と、第1話からいきなり盛り上がる本作。いわば「人を呑む井戸」は、怪談として時折耳にすることがありますし、また一種の幽霊屋敷ものと考えれば、シリーズ第1巻に収録されたエピソード「表裏の家」(これがまた屈指の名作!)を思い起こさせます。
しかしここで描かれる井戸の怪、いや井戸の魔は、そのどれとも異なり、そして恐ろしい。どれだけ井戸を封印し、井戸から離れようとも、いつの間にか封印は解け、そして犠牲者は何処からか引き寄せられるように消えていく……
そんな怪異を、本作は決して派手ではなく、しかし腹の中が冷えていくような描写の積み重ねで描き出します。
そして作中で徐々に明かされていく井戸にまつわる因縁の中で、思いも寄らぬあの有名人の名前が飛び出すのには、もうやられた! と唸るしかありません。
そして続く第2話『逢摩ヶ辻』もまた恐ろしく、素晴らしい。
四つ辻に現れ、通りかかった人間に斬りかかる、姿なき謎の怪人。この事件を追う友人の町方同心・愛崎がようやく掴んだ容疑者の姿は、見る者によって、見る度に変わっていた……
そんな敵の「正体」も実にいいのですが、そんな怪物を存分に描きつつ、物語は、見事に半四郎の剣の成長を描く剣豪ものとして成立しているのには、唸らされるばかりです。
以前から繰り返し述べておりますが、本シリーズの素晴らしい、そして恐るべき点は、文庫書き下ろし時代小説の――いわゆる浪人ものというべきスタイルの――フォーマットをき完全に踏まえつつ、その上で真っ正面からの時代怪異譚、ゴーストハンターものとして作品を成立させている点でありましょう。
そしてそれは、本作においても変わることはない……というより、むしろより研ぎ澄まされていると感じます。
しかし、本作の最後のエピソード『源内の軛』において、物語はこれまでにない展開を見せることとなります。
件の火付盗賊改についに濡れ衣を着せられ、捕らわれてしまった半四郎。彼を救うべく奔走する人々の背後に浮かび上がるのは、半四郎が怪異と戦ってきたその裏で蠢いてきた力と力の存在。
これまで物語の背後に見え隠れしていた、謎の存在「若」……時に江戸の竜脈を狂わせ、災厄を招こうとしていた人物の正体がついに明かされるとともに、彼と対峙する人物の存在が――『誘う井戸』の真相も絡めて――描かれるのであります。
正直なところ、若の正体や、彼と対峙する人物「神田橋様」の存在は、時代ものファンであればすぐにピンとくる有名人なのですが、しかし彼らがこうして正面に出てきたということは、物語が新たなステージに進んだというべきでしょう。
そう、実は本シリーズは本作をもって、「怪異出現編」を完結し、次の巻からは「怪異沸騰編」が展開されるとのこと。
これまで戦ってきたどんな魔物よりも恐ろしい、「権力の魔」を向こうに回し、果たして半四郎は生き抜くことができるか……いや、生の意味を掴むことができるのか。
時代怪異譚の一つの極として、本シリーズからは、これからも目が離せません。
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