戸土野正内郎『どらくま』第2巻 影の主役、真田の怪物登場?
謎の凄腕忍び・九喪と謎の(自称)商人・真田源四郎、謎だらけの若者二人が繰り広げる破天荒な戦いを描く物語も第2巻であります。タイトルの「どらくま」とは、ギリシアでいう冥界の川の渡し賃六枚のこと。それと同じものを旗印とした一族が、いよいよ物語の前面に登場することになります。
数年前に行われた大坂夏の陣――その炎の中で敵味方として激突しつつも、今は二人肩を並べて旅をする腐れ縁の九喪と源四郎。豊臣方の残党の籠もる山城を舞台とした死闘を終えた二人ですが、その前に現れたのは、何者かに追われるくノ一・桜。
かつて武田信玄が作り出したという美少女くノ一集団・根津のくノ一の一員である彼女は、奇怪な術を操る敵に追われ、仲間を失いながらも逃げるうち、偶然に二人と出会ったのでありました。
しかし桜の主君こそは、源四郎がこの世で最も苦手としており、最も会いたくない相手――彼の叔父・真田信之。
頑なに上田に行くことを拒む源四郎ですが、この事件をきっかけに、ほとんど首に縄をかけられるように……
というわけで、ついに明かされた源四郎の正体(の一環)。本作のタイトル、そして真田という姓の時点で一族であることはほぼ明白でしたが、ここで彼が信之の甥であること――すなわち彼の弟の子であることが、語られました。
そしてこの信之こそが、この巻の影の主役と言うべき人物。
真田信之と言えば、戦国もので大人気の父と弟に押され、今一つ目立たない人物という印象がつきまといます。しかし如何に早くから忠誠を誓ったとはいえ、父と弟が「家康が最も恐れた男」であったにもかかわらず、外様が次々と潰された時代に家を守り抜いた男が、ただ者であるはずもありません。
史実では六尺豊かな、当時としては破格の大男だったという信之。
また、単純にお家大事な律儀者というわけでなく、(本作の題材ともなっていますが)家伝の短刀を収めた長持に、実は石田三成らからの書状を入れていたというエピソードなどから見るに、なかなかの食わせ物であります。
そして本作に登場する信之は、そんなイメージに輪をかけたような存在感の怪物。飄々とした源四郎が、その前では青菜に塩となってしまうのですから、その迫力は推して測るべし、であります。
しかしパワーだけでなく、時には文字通り肉親をも切り捨て、敵以前に平然と味方を欺く姿は、確かに真田の血が流れていることを感じさせます。
……が、正直に申し上げて、この巻ではその信之が目立ったためもあり、源四郎にほとんど良いところがなかったのは残念なところ。九喪の方も強敵相手に窮地に陥る場面の方が印象に残ります。
もちろん、物語の起承転結でいえば承の辺りであろうことは想像できますので、やむを得ないといえばそうなのかもしれませんが、やはりスカッとしないものはあります。
しかしそんな中で印象に残るのは、戦に対しての源四郎の言葉。武士よりも商人を目指す彼は、過去に起きた戦に対し、算盤をはじくのですが――
ここで彼が語るのは、死の商人的なそれとは対極にある、戦で失われたものの価値、そして失われなければ生み出されたであろうものの価値。
戦の経済効果を完全に否定したその言葉は、あるいはこの巻で仄かされる彼の凄惨な過去によるものかもしれませんが、いずれにせよ彼が嫌悪するのは、過去の戦に限りません。
彼は同時にこれから起こされんとする戦に対しても、激しい嫌悪の念を示すのであり――そしてそこに彼のヒーローたる所以があると言っても間違いありますまい。
真田家を滅ぼし、戦を引き起こさんとする敵に、源四郎が、九喪が如何に立ち向かうか……この物語、ここからが本番でありましょう。
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