畠中恵『なりたい』 今の自分ではない何かへ、という願い
まいどお馴染み『しゃばけ』シリーズの最新巻――薬種問屋・伊勢屋の病弱な若だんな・一太郎と、彼の回りに集った妖たちを描く連作シリーズであります。全部で5つの短編を収めた本作は、タイトルの通り――何かになりたいという強い想いを秘めた者たちを前にした若だんなと仲間たちの奮闘が描かれます。
ここしばらくのシリーズ作同様、収録された短編がある種の一貫性を持つように、プロローグとエピローグが描かれる本作。そこで描かれるのは、五柱の神々からの、若だんなへの問いかけであります。
今日も今日とて寝込んでいる若だんなのために、神様たちにお供えすることとした伊勢屋の人々たち。しかしお参りに行っては若だんなの側にいれないと考えた兄やたちは――さすがは大妖というべきか――神様を若だんなのもとにお招きしようと考えたのでした。
かくて若だんなのいる伊勢屋の離れで盛大な宴会が開かれ、これまで若だんなたちと縁のあった五柱の神様が来て下さったのですが……
そこでもてなしの礼に、若だんなの目下の悩み――自分は来世に何になりたいのか、その答えに自分たちが気に入ったら、それを叶えてやろうという神様たち。
しかし目下はにこやかでも、相手は怒らせたら怖い方々、答えを誤ればどうなることか……
と、思わぬことで悩む羽目になった若だんなが最近出会った、五つの「なりたい」が語られる本作。
何かになりたいという気持ちは誰にでもありますが、しかしもちろん、若だんなの出会う「なりたい」が、人並みのそれのわけがありません。そうこんな風に――
『妖になりたい』
若だんなが考案した新商品開発のために必要となる蜂蜜。そのための蜂を育てる男が出した交換条件は、なんと妖になって空を飛びたいというもので……
『人になりたい』
栄吉の師匠も加わっているお菓子の会で起きた殺人事件。しかしその死体が後から血塗れになったり、死体が消えたりとおかしなことばかり。果たして殺されたのは?
『猫になりたい』
藤沢宿を治める猫又の頭選びの相談を受けた若だんな。猫又相手に商売したがっている手ぬぐい屋を審判に、勝負を始めたものの、おかしな事件ばかりが……
『親になりたい』
伊勢屋の女中が見合いをした相手には、大変な聞かん坊の子供が。それもそのはず、その子は妖。さらに、父親を名乗る男がもう一人現れ、騒動は思わぬ方向に転がることに。
『りっぱになりたい』
長患いの果てについに亡くなった伊勢屋の近くの大店の若だんな。幽霊になって現れた彼に頼まれ、彼のなりたいものを考えることになった一太郎ですが、幽霊の若だんなの妹が姿を消し、身代金を要求する手紙が……
最近は若だんなのお嫁さんが決まったり(まだまだ先のことですが)、貧乏神の金次たちが伊勢屋を出て近所に住み始めたりと変化はありますが、しかしやはり基本的なラインは変わらない本シリーズ。
相変わらず若だんなは病弱ですし、兄やたちは過保護ですし、妖たちは賑やかですし、鳴家は可愛いし……そして彼らが出会う事件は皆、不可思議な謎とユーモアに満ち、そしてちょっぴりの現実の苦さという隠し味が用意されています。
そもそも「なりたい」という気持ちがあるということは、今はそうではない、ということであります。
そしてそれは同時に、自分の今いる「ここ」という現実とは異なる世界に――すなわち「ここではないどこか」に行きたいという望みに近しいものでありましょう。
だとすれば、(時々比喩ではなく)此岸と彼岸の間に立つ若だんなこそは、その「なりたい」悩みを解決するのに相応しい人間なのでしょう。
もっとも、その若だんなこそが、現世という「ここ」ではなく、来世に何になりたいか、という悩みを抱えているのは、皮肉という言葉では片づけられないような切なさがあるのですが……
そしてその若だんなの答えは何なのか、神様たちの反応は――いかにも『しゃばけ』らしい結末が用意されていることだけは、言ってもよいでしょう。若だんなはここでも、どこでも、若だんななのだと……
(そしてここからあちらに繋がるのだな、とファンならニヤリとさせられるのですが)
『なりたい』(畠中恵 新潮社) Amazon
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コメント
妖と若だんなの活躍が楽しみで読み続けています。
今回もおもしろかったです。
トラックバックさせていただきました。
トラックバックお待ちしていますね。
投稿: 藍色 | 2017.01.10 11:06
突然のコメント、失礼いたします。はじめまして。
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投稿: 本が好き!運営担当 | 2017.02.09 22:02