山口貴由『衛府の七忍』第1巻 新たなる残酷時代劇見参!
『駿河城御前試合』を題材とした残酷剣豪時代劇『シグルイ』の山口貴由の最新作は、徳川家康が天下を取った時代、徳川にまつろわぬ者たちを守る七人の忍者を描く忍者アクション。やはり残酷描写には一切手加減なしでありつつも、しかしどこか野放図な豪快さを感じさせるユニークな作品であります。
圧倒的な武力でもって豊臣家を滅ぼし、治国平天下大君を名乗る徳川家康。それでも満足せず、豊臣の残党を徹底的に粛正せんとする家康が発行したのは「覇府の印」――これを持つ者は、いかなる身分の者であったとしても徳川家の威光を帯びた者として、豊臣の残党を狩ることを許す手形であります。
そしてこの印を与えられた百姓・浪人たちは、侍たちへの鬱憤を晴らすべく、いかなる外道の所業も辞さぬ「民兵(たみへい)」と化し、容赦なく、そして残忍非道に豊臣の残党を狩り立てていたのですが――
ここで登場するのは、逃避行を続ける豊臣の家臣の娘・伊織と忠僕。彼女たちは、秘境・葉隠谷に住むという化外の民を頼りに、信濃国まで逃れてきたのであります。
そして二人の前に現れ、大猪を苦もなく倒した剽悍な青年。彼は二人に対し、「カクゴ」(!)と名乗るのでありました。
そしてカクゴたちの住む里に快く受け入れられた伊織たち。しかしカクゴの留守中に、彼女たちを追う民兵たちが里に現れ……
冒頭から、無惨に首を断たれ、体中にいくつもの武器を断たれた青年(カクゴ)の姿が描かれるのに度肝を抜かれる本作。しかし彼にとって、死は終わりではありません。死後の安楽を望まず、怨念を背負って戦うことを選んだ彼の姿は異形の姿に――怨身忍者に変貌するのです。
そう、本作は一種の変身もの。変身忍者ならぬ怨身忍者が、まつろわぬ者を守り、外道たちに超常の刃を振るうのであります。
そんな本作に散りばめられているは、如何にも作者らしいと言うべきか、描写的にもシチュエーション的にも、全く手加減というものがない残酷描写。
侍と侍の戦いであれば知らず、本作の主な敵役となるのは、暴力に狂った一般人とも言うべき民兵だけに、その所業も無惨の一言であり――そしてそれに対する主人公側も、全く手加減なしに超絶の技を炸裂させるのですから、作中に咲くのは血の花、というより臓物の花、であります。
そんな本作が、しかしどこか陽性なものを感じさせるのは、カクゴや伊織をはじめとするキャラクターたちの言動が、良い意味でお行儀良くないと申しましょうか――
いかにも年頃の若者らしい、飾らない、ぶっちゃけた言動を見せる彼らの姿からは、同じ残酷時代劇であっても、『シグルイ』のそれとは異なるものが感じられるのです。
(それはあるいは、本作の主人公サイドが、体制側のカウンターとしての「まつろわぬ者」たちであることと無縁ではないかもしれません)
あるいは『シグルイ』の残酷が、物語の主題として描くべき「目的」であったとすれば、本作の残酷は、物語を彩る「手段」と言うべきでしょうか……
そしてそんな彼らが活躍する物語は、どこか突き抜けた野放図さが――作者のかつての作品『悟空道』や『蛮勇引力』に通じるものが感じられるのであり――それが何とも気持ちいいのであります。
さて、ここでどうしても連想されるのは、『シグルイ』と本作の間に発表された変格の変身ヒーローものとも言うべき『エクゾスカル零』。荒廃した遙かな未来世界を舞台に、葉隠覚悟をはじめ、強化スーツを身をまとった七人の(というのはちょっと語弊がありますが)ヒーローたちの物語であります。
実は本作で採用されているのはいわゆるスターシステム――カクゴも伊織も、そして続いて登場する豪放な巨漢・憐も、『エクゾスカル零』が登場人物をモチーフとしたキャラ。
正直に申し上げれば、終盤はかなり駆け足で終わってしまった『エクゾスカル零』。本作は、あるいはそのリベンジとも言うべきものなのかもしれません。
もちろん、あまりに明確なスターシステムはいかがなものか、という声はあるかと思いますが……
何はともあれ、この第1巻では、化外の民のカクゴに続いて、忘八者の憐が登場。ここから想像するに、本作には七種類のまつろわぬ者が登場し、そのいわば代表選手として怨身忍者が戦うことになるのでしょうか。
絶対的権力者に突き立てられるまつろわぬ者たちの牙――これは実に好みとしか言いようのない物語であります。
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