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2015.11.30

海野螢『はごろも姫』上巻 天女と羽衣と虚ろ舟と

 富士山の噴火で孤児となり、盗賊団の下っ端となった龍之介は、盗みが失敗して逃げる途中、三保の松原で虚ろ舟とその脇に倒れていた少女を見つける。さくやという名前以外の記憶を持たない少女に巻き込まれるように「羽衣」を捜すこととなった龍之介だが、羽衣を求める者は彼らの他にもいた……

 以前にも述べたかと思いますが、ここしばらくの『コミック乱』誌は、ラインナップが実にユニークかつ魅力的。
 作品ももちろんですが、何よりも執筆陣に、時代劇画誌とは良い意味で思えぬような顔ぶれが含まれているのが、私のような人間にとっては大きな魅力であります。

 そして本作の作者・海野螢もその一人。主に青年漫画誌で活躍してきたという作者の絵柄は、なるほどいわゆる劇画とは大きく異なるタッチですが、どこかファンタジーの香りが漂う本作には良く似合います。

 簡単に申し上げれば、本作はタイトルどおりの羽衣伝説+いわゆる「虚ろ舟の女」を題材とした物語。

 三保の松原(をはじめとして日本各地で語り継がれているのですが)に降り立った天女が羽衣を隠されて天に帰れなくなるという羽衣伝説。どこかUFOを思わせるような形状の金属製の舟に乗って漂着したという虚ろ舟の女――
 異界から来た女性という共通点はあるものの、本来別々のものである二つの物語を結びつけた作者の視点のユニークさが光ります。

 また舞台の方も、平安という、伝説に彩られた物語に相応しい時代を選びつつも、そこに都良香や菅原是善・道真といった実在の人物を絡めているのが興味深い。
 正体不明の羽衣、そして虚ろ舟を巡り、彼ら実在の人物が――それも当代一流の文化人が――暗躍するというのは、物語に不思議なリアリティと、そして生臭さを感じさせるのが面白いのであります。
(ちなみに道真は羽衣の天女から生まれたという伝説がある人物というのも……)


 が、この上巻の時点では、そんな生臭い大人たちと対になるはずの子供たち――主人公サイドの印象が弱いのは、どうにも気になるところではあります。

 本作の主人公・龍之介は、かつて貞観の大噴火で母を失い、それ以来、盗賊団に加わって生き延びてきた少年。が、盗賊団といってもあくまでも下っ端で、ヒロインを守るナイトとしてはどうにも頼りない……という印象。
 この上巻では、なかば無理矢理さくやに引っ張り回されている状況ということもあり――そしてピンチにも別のキャラクターに助けられることがほとんどで――色々な意味で「弱い」と感じられるのが、正直なところです。

 もちろん、物語はこれからが本番でありましょう。果たして是善や良香が――そしてさくやが求める羽衣とは何なのか。そして何故さくやは龍之介に羽衣探しを頼んだのか。二人を守る謎の女の正体は……

 物語の発端である富士山には我が国で最も有名な天女の伝説があることを思えば、そちらとの絡みも気になるところであり、この天女伝説がどのような結末を迎えるのか……下巻も近日中に紹介したいと思います。


『はごろも姫』上巻(海野螢 リイド社SPコミックス) Amazon
はごろも姫 上 (SPコミックス)

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2015.11.29

友野詳『風穴屋旋次郎』 旋風児、初のお目見え

 白泉社招き猫文庫は相変わらず執筆陣がユニークかつ新鮮な顔ぶれですが、そこにまた一人、友野詳が加わりました。時は天保、水野忠邦の改革の頃、悩み苦しむ人々の窮状に、己の拳を以て風穴を開けることを生業にする「風穴屋」の青年・旋次郎の活躍を描く活劇であります。

 「風穴屋」とは聞き慣れぬ言葉ですが、簡単に言ってしまえばトラブルシューター。揉め事に行く手を遮られ、困っている人間に成り代わり、その揉め事に風穴を開ける――解決するのがその役目であります。
 そしてその風穴屋の風間旋次郎は、歴とした旗本の家に生まれながらも家を飛び出し、比喩ではなく己の拳一つで、揉め事に風穴を開けてきた青年。その性格はどこまでも真っ直ぐ――道行くときもただ真っ直ぐ一直線という男なのです。

 さて、今回彼が開けることとなった風穴は呉服店・高田屋を襲った揉め事。高田屋の娘・お里穂が、道で老婆と突き当たったことをきっかけに、その非を声高に言い立てる、お天道組なる連中――今の言葉で表せばクレーマーが毎日店の前で騒ぎ立てるようになったのであります。

 頭領は岡っ引きというのがまたややこしいこのお天道組を向こうに回して一歩も引かず、痛快極まりないやり方で風穴を開けてみせるのですが、しかしお里穂を巡る事件はこれで終わったわけではなく、旋次郎は次なる風穴を開けるために奔走することに。
 そして一連の事件の陰には、思いも寄らぬ陰謀の陰が……


 本作の舞台となっているのは、冒頭に述べたとおり、天保の改革の頃。江戸時代の改革は大抵そうですが、緊縮財政と風紀引き締めによって、庶民の暮らしまで息苦しくなった時代であります。
 そんな時代に、人々の悩みと苦しみを一手に引き受け、解決する主人公を「風穴屋」の名で登場させてみせた、その基本設定の時点で、本作はある意味勝利を収めていると言えるでしょう。

 それも単純に力任せではなく、様々な調査・下準備を踏まえた策によって、八方丸く――少なくとも、依頼人に対して後腐れがないような形に――収めてみせるというのがいい。
 旋次郎だけでなく、客との繋ぎ役から仕掛けの細工まで何でもござれの砂平、情報収集にかけては右に出る者なしの弥々香と、ちょっと得体の知れない、しかし頼もしい仲間たちと風穴を開けるために動くという、裏家業のチームもの的要素があるのも楽しいところであります。

 そして幾度か触れたとおり、旋次郎の使うのが己の拳のみ、というのもまた魅力でありましょう。
 如何に知恵を巡らしたとしても、それでも立ちふさがる連中。それを相手にするに刃傷沙汰は風穴屋の名が泣く。そこで振るわれるのが旋次郎の拳でありますが、力任せではなく、至近距離から紙をぶち抜くというその技前もまた、彼のイメージにあったものでありましょう。


 このように、設定もキャラクターも実にいい本作ですが……しかし正直に申し上げれば、その旋次郎のデビュー戦とするには、いささか物語が重かった、という印象があります。
 詳細には触れませんが、作中で展開される陰謀は、彼が相手にするにはあまりに陰険で、かつ血生臭いもの。その陰謀を企む者たちを向こうに回して、旋次郎も知恵だけで凌ぐわけにはいかず、拳を以ての戦いを――それも死闘を繰り広げることとなります。

 その陰謀の内容や、アクション描写自体はよいのですが、しかしそれが「風穴屋」という本作のコンセプトに合ったものか、こちらの期待するものであったかと言えば……第一話の展開が良かっただけに、もう少しこの路線の話を見たかった、と感じます。
(特にかなり重く特殊な旋次郎周りの設定は、今回語っておかなくても良かったのでは、とも感じます)

 敵が実はほとんど皆○○というのも、話の重さ、ウエットさに拍車をかけた感があり、本作でちらりと名前が出た(それ自体はまことに嬉しいサービスなのですが)ある人物のシリーズを連想してしまったところです。


 と、かなり厳しいことを書いてしまいましたが、それは「風穴屋」への期待の裏返しゆえ。時代に風穴を開ける理屈抜きに痛快な旋風児の活躍を、この先も読みたいという気持ちも、偽らざる気持ちなのであります。


『風穴屋旋次郎』(友野詳 白泉社招き猫文庫) Amazon
風穴屋旋次郎 (招き猫文庫)

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2015.11.28

梶川卓郎『信長のシェフ』第14巻 長篠への前哨戦

 将軍義昭を追放し、謙信と結び、そしてついに秘宝・蘭奢待を切り取りと、いよいよ佳境に入った信長の天下布武。その前に立ちはだかる敵は、武田勝頼――ケンとは奇妙な因縁で結ばれた相手であります。そしていよいよ決戦の地・長篠に向かう信長軍ですが、そこでケンは思わぬ罠にはまることに……

 やむを得ない仕儀から、西洋料理を封印することとなってしまったケン。それでも持ち前の料理の腕と知識、機転は衰えることなく、前の巻では外交戦において信長を支え、成功に導いてきました。
 信長包囲網も破れ、あとは天下布武を実現するのみ……と、簡単にはいかないのは言うまでもない話。その前に立ちふさがるのは、父・信玄の亡き後、家督を継いだ武田勝頼であります。

 これまで、ケンが武田家に夏ともども拉致された際や、信玄亡き後の武田家を使者の随行として訪れた際など、幾度にもわたってケンと関わり合ってきた勝頼。
 フィクションなどでは、不出来な二代目というイメージを負わされやすい勝頼ですが、本作においては、偉大すぎる父の影を背負い、そして父の子飼いの家臣たちを前にしても――そして何よりも信長の圧力にも屈しない、剛毅な人物として描かれております。

 その一方で、夏に執心して自分のものにしようと心を傾けるなど、妙なところでケンのライバルでもある勝頼。ある意味、本作における最大の敵と呼べるかもしれません。


 さて、この巻で描かれるのは、信長とその勝頼が正面から激突した長篠の戦……に至るまでの状況。勝頼が家康を敗走させた高天神城の戦とその後の処理、そして長篠の戦に向けて信長が打たんとする布石が描かれることになります。
 そして、そこでケンが駆り出されるのも言うまでもないお話。

 まず高天神城の戦ですが、こちらは武田軍の攻勢に耐えかねた家康が信長に援兵を請うたものの、間に合わずに落城。信玄も落とせなかった城を落としたことは、大いに武田軍が気勢を上げることとなった……という戦であります。
 この戦自体はさておき、問題はその戦後処理。史実では遅れて到着した信長が、莫大な黄金を家康に贈ったという逸話がありますが、本作ではそれに加えてこともあろうに「タヌキ」の死骸が進物に加わっていたことで、大問題となるのです。

 徳川方からしてみれば、同盟とは言いつつもほとんど下風に立たされた上に、肝心の時に間に合わなかった織田軍にいい感情を持たないのはある意味当然。金を持ってきたのも、それで済むと舐められているように感じられましょうし、「タヌキ」ときては言わずもがな……

 面倒くさいことでは定評のある三河武士を相手に、信長の真意を説明することになったケンは(毎度のこととはいえ)災難ですが、これが史実と絡み合い、長篠の戦の伏線となっていくのは、本作ならではの面白さでありましょう。


 そして後半、ついに長篠を決戦の地に選んだ織田-徳川連合軍。そこに「城」を築くことを命じられた工人たちに動向を命じられたケンですが、そこに迫るのは彼と同じく未来人にして今は果心居士を名乗る男・松田の奸計。
 逆恨みに近い形で信長とケンに敵意を燃やす彼は、設楽ヶ原の農民たちを指嗾してケンを捕らえ、殺させようとするのですが……

 果たしてケンはこの窮地から逃れることができるのか、そしてそもそものミッションである、長篠への築城を成功させることができるのか。その点ももちろん気になるところですが、むしろ印象的なのは、設楽ヶ原の農民たちと接して彼が知った真実でありましょう。
 それまで一方的に農民たちを、武士の戦に巻き込まれた被害者だと考えていたケン。それは一面真実ではありますが、しかしそれは同時に、彼らを武士よりも一段低い者と認めていることでもあります。
 それが思わぬ形で農民たちと近くで接したことでその強かさを知ることにより、ケンはその認識を改めることになるのであります。

 これまで農民と接していなかったのか、といささか驚いてしまうのですが、なるほど言われてみれば……という状態だったケン。
 はたしてこれがケンの運命に、そして長篠の戦の行方にどうかかわるのか……いよいよ次巻、長篠の戦であります。


『信長のシェフ』第14巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 14 (芳文社コミックス)


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 「信長のシェフ」第5巻 未来人ケンにライバル登場!?
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 「信長のシェフ」第8巻 転職、信玄のシェフ?
 「信長のシェフ」第9巻 三方ヶ原に出す料理は
 「信長のシェフ」第10巻 交渉という戦に臨む料理人
 『信長のシェフ』第11巻 ケン、料理で家族を引き裂く!?
 『信長のシェフ』第12巻 急展開、新たなる男の名は
 梶川卓郎『信長のシェフ』第13巻 突かれたケンの弱点!?

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2015.11.27

『牙狼 紅蓮ノ月』 第7話「母娘」

 安倍晴明邸を襲う怪現象。この事件の解決を藤原道長から依頼された星明はしぶしぶ引き受け、一人熊野に向かう。残された雷吼は安倍晴明から星明の過去を聞かされる。幼い頃から強大な力を持っていたが故に、両親を失った星明。そして熊野に眠るのは星明の母が変化した炎羅だという……

 雷吼は頼光ですが、星明は晴明ではないという少々ややこしい(?)本作。星明と晴明の関係は以前語られましたが、今回は星明のより詳しい過去が明かされることとなります。

 道長の使者として晴明邸を訪れた正宗・保昌・頼信のトリオ。晴明と酒を交えて話す中、突然正宗が何者かに取り憑かれて変貌、さらに屋敷の外には何者かが迫る気配が……その気配が「きよめ」と呼ばわるのを聞いた晴明はその正体に思い当たります。

 さて、星明の方はと言えば、自分の式神・通称「式にゃん」を操り、雷吼が寝ている隙に小銭を盗むというセコい行為を実行中。……が、当然ながらバレて雷吼と金時に雷を落とされているところに、道長から晴明邸の怪事の解決するよう、依頼を受けることになります。

 実家を毛嫌いしている星明は嫌がりますが、相手が道長であれば多額の報酬が期待できる。いやそれは表向き、怪異が「きよめ」――自分の真の名を呼んでいたことを知ったことから、星明は依頼を引き受けるのでした。ただし、この件は雷吼と関係なく一人でやりたいと言い残して……

 一人残された雷吼は、稲荷神たちから、星明の母・葛子姫は炎羅と化しており、そして魔戒法師だった星明の父・信太丸はそれと期を同じくして行方不明となったと聞かされます。その炎羅退治に名乗りを上げる雷吼ですが、一人では何もできまいと一笑に付され、今度は晴明のもとに向かい、そこで星明の過去を聞かされるのでありました。

 安倍家の父と賀茂家の母の血を引き、幼い頃から炎羅を封じるほどの力を持っていたことから、最強の陰陽師として将来を嘱望されていた星明。
 しかしその力を危惧した晴明の悪い予感は当たり、晴明を狙って無数の炎羅が出現。葛子姫はその身に全ての炎羅を集め、そして彼女を愛する信太丸は、自分の命を投げ出して妻と炎羅を封印したのであります。そしてその炎羅は晴明によって熊野に封印されたのですが……この顛末を全て見ていた晴明は安倍の家を継ぐことを拒否し、このような悲劇が二度と起きぬよう、炎羅と戦うことを決意したのでありました。

 さて、熊野では道満がこの炎羅の封印を解かんとする最中。そこに現れた星明は自らこの炎羅の封印を解くと言い出します。果たして復活した母の炎羅を倒そうというのか、解き放とうというのか……そこに晴明の力を借りてザルバの封印を解いてもらった雷吼も駆けつけ、事態は一触即発に。

 封印を解こうとする晴明を止めようとした雷吼に襲いかかる、道満の操る炎羅。その間に星明によって封印を解かれた炎羅は、巨大な龍めいたその姿を現すのですが――しかし窮地に陥った雷吼の下に星明とともに駆けつけたのは、星明の牛車と一体化したその炎羅。 星明の目的は、炎羅を魔導具にして、炎羅と戦う自分たちの力とすること――その凄まじい力を借りた雷吼は、一撃で道満の炎羅を粉砕するのでありました。


 というわけで、今回も道満が強力炎羅の封印を解こうとしたことがきっかけとなる物語でしたが、そこに星明の過去が絡み、さらに星明の真意がラスト近くまで見えないのが相まって、なかなかに盛り上がりました。
 炎羅と化したとはいえ、母を魔導具にして戦いに使おうというのは判断が分かれるところですが、その点も含めて、星明の「人は光と闇の間を揺れ動く」という言葉なのでありましょう。

 これに対して、自分には闇しか見えないという道満。ある意味非常にわかりやすい悪役としての言葉ですが、しかし彼がそれだけの人間とは到底思えないわけで……さて。



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 『牙狼 紅蓮ノ月』 第2話「縁刀」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第3話「呪詛」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第4話「赫夜」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第5話「袴垂」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第6話「伏魔」

関連サイト
 公式サイト

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2015.11.26

町井登志夫『倭国本土決戦 諸葛孔明対卑弥呼』(その二) 卑弥呼の国、孔明の国

 伝説の奇書『諸葛孔明対卑弥呼』の13年ぶりの続編の紹介の後編であります。北伐を巡る大陸での戦いを描いた前半と、タイトル通り倭国での決戦を描く後半とに分かれる本作。私は後半にこそ、本作の、本シリーズの真の狙いがあると感じられるのですが、それは――

 本作が、本シリーズが狙うもの、それは当時の倭国の姿を描き出すことと、そしてそれを通じて孔明と卑弥呼、それぞれの立場の違いを明確に浮き彫りにすること、ではありますまいか。

 本作の後半の舞台であり、そして前作でも多くを費やして描かれた3世紀の倭国……本作で描かれるそれは、大陸・半島から流れてきた漢人や韓国人、土着の縄文人、そしてそれらの混血の人々が入り乱れる、文化と人種の坩堝とも言うべき世界です。

 邪馬台国は混血の(より正確に言えば出自を問わない)人々の国、奴国は漢人が創った漢人が支配層の国、そして狗奴国は倭国の土着の民の国――そう、本作の後半は、国の争いを描くと同時に、民族の争いでもあるのです。
 いや、その表現は正確ではないかもしれません。奴国と狗奴国が、あくまでも(支配層における)民族の純血性を重んじる――その中で土着民との混血である難升米が存在するのが、また物語にひねりと深みを加えているのですが――のに対し、邪馬台国はそれをほぼ無視する……いや、それどころか、混血をより推し進めようとするのですから。

 ここで物語とそこで描かれる戦いは、もう一つの側面を見せることとなります。それは混沌か秩序か、いや多様性か単一性かという選択――卑弥呼の邪馬台国が前者である一方で、孔明は、後者を求めて国を造り、守り、広げようというのです。
(そしてそれこそが、単なる卑弥呼への復讐心や対抗心ではなく、孔明が海を越えてきた真の理由となっているのにまた痺れるのですが)

 大陸に比べれば小さな国だからこそ、多様性を内に秘めたままで一つの国家たり得る。大陸に比べれば小さな国だからこそ、単一性を保ったままで一つの国家たり得る。
 卑弥呼のそれと孔明のそれは、全く相反する矛盾しながらも、しかし共に倭国の地学的特性を踏まえた国家観であります。

 そのどちらが正しいのか、という答えはここでは記しませんが、本作においては、卑弥呼が何故このような思想に至ったのか――そして他の人物では何故至らなかったのか――その点について、極めて明確かつロジカルに描かれているのには、ただ唸らされるばかりです。

 そして、そこから、邪馬台国の位置が何故いまだに不明であるかにまで切り込み、さらにラスト2行で卑弥呼の勝利を――それは単に孔明に対してのものではなく――高らかに謳ってみせた本作。
 やはり前作同様、そのあまりにキャッチーな題材・タイトルとは裏腹の骨太の物語であると感じ入った次第です。


 その一方で、前作ラストの孔明の○○○○○○並みの大ネタが欲しかった……と台無しなことを考えてしまうのも、また正直な気持ちではあるのですが。


『倭国本土決戦 諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫 PHP文芸文庫) Amazon
倭国本土決戦 (PHP文芸文庫)


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2015.11.25

町井登志夫『倭国本土決戦 諸葛孔明対卑弥呼』(その一) 13年ぶり、智謀と智謀の激突再び

 八門遁甲を操る天才軍師・諸葛孔明と、魏に招かれた鬼道の遣い手・卑弥呼の対決はなおも続く。一進一退の戦いの末に孔明の北伐を阻み、倭国に帰還した卑弥呼だが、今度は孔明が海を越え、邪馬台国と対立する諸国を操り、卑弥呼を苦しめる。果たして戦いの果てに二人がそれぞれ求めるものとは……

 あの伝説の作品の続編であります。本作に先駆けて前作が文庫化されたとはいえ、前作初版は13年前……しかしその前作にも負けぬインパクトの物語が今回も――そして舞台を移して展開されることになります。そう、今回は倭国を舞台に、諸葛孔明と卑弥呼が激突するのであります。

 その神算鬼謀を以て、赤壁の戦いで魏を大敗させた軍師・諸葛孔明。彼を打倒するべく、魏が招いた鬼道の遣い手こそは、海の向こうの倭で頭角を現す邪馬台国の卑弥呼であった……!
 という、意外にもほどがあるマッチメイクを、時代に切り込む目の確かさと、丹念かつ時にエキセントリックな描写で説得力を以て描いてみせた『諸葛孔明対卑弥呼』。

 孔明の第一次北伐の結末――「泣いて馬謖を斬る」で知られる街亭の戦いまでが描かれた前作。卑弥呼の策により、馬謖を斬らされた孔明ですが、その彼が再び北伐を試みた陳倉の戦いから、本作は始まります。
 堅城ではあるものの、兵力はごくわずかの陳倉城に殺到する数万の孔明の軍。数々の攻城兵器と奇策を要する孔明の前に風前の灯火となった陳倉城に、卑弥呼と、常に彼女に巻き添えを食わされる奴国の王子・難升米も居合わせていたのですが……

 というわけで、時系列的にも前作の直後から始まる本作。前半ではこの第二次北伐の陳倉の戦い、そして孔明が木牛流馬を使用した第四次北伐までが描かれます。
 前作ではある意味ファーストコンタクトで終わった孔明と卑弥呼の対決ですが、今回はこれでもかと冒頭から全開で両者の智謀が激突、13年のブランクなど感じる間もなく、一気に作品世界に引き込まれることになります。

 が、これはあくまでも前半。それでは後半は……と言えば、今度は孔明が歴史の隙間を縫って倭国に襲来! ようやく帰国した卑弥呼の邪馬台国に対し、奴国、そして狗奴国を背後から動かし、孔明が北伐を妨害されたリベンジを企むのであります。
 完全にアウェーであった大陸と異なり今度は倭国が舞台と、完全に卑弥呼有利にも思えますが、しかし当時の倭国は四分五裂、邪馬台国が台頭してきたとはいえ、何かの拍子に再び混沌に陥りかねない状況。そこに絶妙の(?)タイミングで孔明が爆弾を投じていくのですからたまりません。

 国をバックにした卑弥呼と、ほとんど単身の孔明と、前半とは逆の立場で、再び二人の戦いが描かれることになるこの後半。前半に比べると戦の規模では及びませんが、知恵と知恵の応酬という点では、後半の方に軍配が上がるやに感じられます。

 そして……何よりも、後半にこそ、本作の、本シリーズの真の狙いがあると感じられます。それは――
 と、長くなりますので次回に続きます。


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2015.11.24

碧也ぴんく『義経鬼 陰陽師法眼の娘』第3巻 皆鶴と九郎、双方向の食い違いの中で

 あの源義経が、陰陽師・鬼一法眼による術の失敗により、法眼の娘・皆鶴と一心同体となってしまった――そんな奇想天外な設定で展開される義経伝も第3巻。奥州からついに兄・頼朝の下に馳せ参じた義経(実は皆鶴)主従は、ついに打倒平家の軍を率いることになるのですが……

 打倒平家のために陰陽師・鬼一法眼の下で、鬼の兵法を得んとした九郎。鬼の兵法を得るには、その兵法を体内に持つ自分と瓜二つの娘・皆鶴を、儀式によって彼の内に取り込む必要がありました。

 しかし術の失敗により、逆に皆鶴の内に九郎が取り込まれることに。九郎と自分を分離するには、彼の願いを叶えるか、あるいは捨て去らせることが必要と知った皆鶴は、その願い――平家打倒を叶えるため、弁慶、佐藤継信ら、自分の秘密を知るごくわずかな男たちとともに、力を蓄えるのですが……

 と、冒頭に述べたように、ようやく頼朝と対面した「義経」ですが、ここからがむしろ彼にとってはこれからが本当の苦難の道のりの始まりであることは、歴史が示す通り。
 義経を暖かく迎えたかに見えた頼朝も、立場故か、あるいはそれが本性なのか、義経を皆の面前で家来扱い。義経が自分を出陣させてくれるよう頼み込んでも首を縦には振らず……
 いや、義経視点の物語で頼朝が良く描かれることはまずありませんが、本作の頼朝はどこか、いやかなり油断のできない表裏ある人物のように描かれているのが気になるところ。出陣を直訴した義経に壁ドンをかます辺りはヤンデレ的なものすら感じられますが、それはさておき。

 しかし義経、いや皆鶴にとっては、平家打倒は――すなわち平家との合戦に勝つことは、自分自身と九郎のために不可欠なこと。どれほど理不尽な扱いを受けようとも、戦わなくては、参陣しなくてはならないという一種の縛りがここで発生するのが、なかなかに面白く感じます。

 しかしその義経にとって最大の障害が、今回は描かれることとなります。それは九郎自身――そう、鬼の兵法はあくまでも皆鶴のもの、九郎本人は人の良い貴公子でしかないのですから。
 ある事情で意識を失った皆鶴に代わり、久々に表に出てきた九郎。しかし皆鶴に代わって、彼が軍を指揮できるのか……

 女性が男性集団の中に、男性のふりをして紛れ込む作品(作者の『天下一!!』がまさにそれえですが)において、一番のピンチは、やはり彼女が女性であることが――すなわち彼女自身の真の姿が明らかになってしまうことでしょう。
 本作においても、これまで何度か、「義経」が本物であるのか疑われ、その度に皆鶴が苦労して切り抜けてきたわけですが……ここで「本物」が表に出た方が、かえってピンチとなってしまう展開は実に皮肉かつ面白い展開と感心いたします。

 が、九郎本人の心境を考えれば、面白いなどというのは、大変に残酷な言葉であるかもしれません。自らの体の主導権を失い、そして取り戻したとしても、周囲の足手まといにしかならないというのは、九郎にとっては幾重にも耐えがたい状況でしょうから――


 これまで、我々は主に皆鶴視点で物語を見てきました。そこでは、自分自身であることを否定され(そもそも他人の中に吸収されるところだったのですが)、他人として生きることを余儀なくされた皆鶴が、本作の最大の犠牲者として感じられました。
 それはもちろん間違いではないのですが、しかし視点を変えた時、九郎もまた、皆鶴同様の犠牲者であると気付きます。このジェンダーの食い違いの一種の双方向性こそが、本作の最大の特徴でもありましょうか。

 この巻では九郎が静と出会う場面もあり、いよいよややこしいことになりそうですが――されにそこに、頼朝や後白河法皇の動きなど、史実の方のややこしさも加わります。
 この先皆鶴と九郎が、いかにそれぞれを取り戻していくのか、いけるのか。この先も、なかなか気の抜けない展開が続きそうであります。


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2015.11.23

小松エメルほか『宵越し猫語り 書き下ろし時代小説集』 猫時代小説アンソロジーふたたび

 ある意味当たり前かもしれませんが、そのレーベルのタイトルほどには、猫を題材とした作品は多くない白泉社招き猫文庫。しかし、その中でも猫を題材とした作品ばかりを集めたアンソロジーがあります。以前刊行された『手のひら猫語り』に続く、本書『宵越し猫語り』がそれであります。

 本書に収録されているのは、女性作家ばかりによる書き下ろしの短編時代小説。
 同様のアンソロジーであった『手のひら猫語り』(こちらは一名、男性作家が含まれておりましたが)は、収録作の多くが後にシリーズ化されたほどの名品揃いでしたが、クオリティの点では本作も勝るとも劣りません。
(内容的にシリーズ化は難しい作品が多いのですが、それは方向性の違でありましょう)

 収録されているのは、以下の五編であります。

 ふとした刃傷沙汰で夫を失った口入れ屋の女の前に、猫になって帰ってきた夫。廃業を進める彼の真意とは『風来屋の猫』(小松エメル)
 材木問屋の若旦那が、猫の目の細さで時間を知る時計を発明したという寺子屋の師匠に振り回される『猫の目時計』(佐々木禎子)
 蕎麦屋の女と、両国橋の橋番の男、親子ほども年の離れた二人のふれあいを描く『両国橋物語』(宮本紀子)
 両親と娘一人で営む夜逃げ寸前の宿屋にやってきたわけありの侍が引いた富籤が思わぬ結末を招く『こねきねま 『宿屋の富』余話』(森川成美)
 箱入りで育てられた大店の娘が、仲良くなった従姉妹の少女と、伊勢参りしてきたという猫の真偽を賭けた顛末『旅猫』(近藤史恵)

 愛情あり、人情あり、笑いあり――作家の顔ぶれも含めて、なかなかにバラエティに富んだ内容ですが、そのクオリティの高さも印象的。どれをとっても外れがない……物語の趣向の好みはあるとしても、物語の出来としては、甲乙つけがたいものがあります。


 その中で特に二作品を上げるとすれば、『猫の目時計』と『こねきねま 『宿屋の富』余話』でしょうか(どちらも笑いに傾いた作品で恐縮ですが……)。

 『猫の目時計』は、物知りで熱意はあるものの、どこかズレた寺子屋の師匠・冬月先生と、かつて彼の生徒だったしっかり者で強面の若旦那・徳太郎が繰り広げるドタバタコメディであります。
 猫の瞳が時間……というより日の光の強さでその細さを変えるのは有名ですが、冬月先生はこれを実用化すると燃えているものの、どうも頼りない人物。実験は成功しないのに何故か猫には好かれて、長屋の部屋は至る所に猫だらけ、という設定だけでも笑いが出ます。

 そんな冬月先生が、水争いで交流が途絶えそうな二つの村の少女に頼まれ、勇躍「猫の目時計」で揉め事を収めようとするのですが……というわけで、本書の中でも猫の登場度合いという点では一番の本作ですが、最大の魅力は冬月先生と徳太郎のやりとり。
 一口に言ってしまえばボケとツッコミなのですが、冬月先生の怪人物ぶりと、徳太郎の善人ぶりが噛み合って、二人の会話だけで楽しくなります。

 本書の収録作の中で、おそらくは唯一シリーズ化できる作品かと思いますが、ぜひお願いしたいところです。

 そして『こねきねま 『宿屋の富』余話』は、タイトルにあるとおり、落語『宿屋の富』をアレンジした作品。
 江戸に出てきてはやらない宿屋に泊まった口先だけは達者な男が、宿屋の副業の富籤を買わされたところ、それが……というのが原典のあらすじですが、本作では宿屋に泊まったのがわけありの青年武士、宿屋には年頃の娘が、という形でアレンジされています。

 お話的には、原典を知らずとも途中で結末は見えてしまうのですが、しかしそこに至るまでの引っ張り方、盛り上げ方が実に良いのが本作。
 特に、思わぬ形で出会い、ある意味極限状態に置かれてしまった二人の感情が、富籤を挟んでどんどん高まっていくくだりの描写が何とも巧みで、まさに「読まされた」という印象があります。

 実はタイトルの「こねきねま」(まねきねこの逆で、不吉な猫のこと)があまりうまく機能しているとは言い難いのですが、それも小さなことと思える快作です。


 先に述べたとおり、その他の三作品も水準以上の本書、読む人の数だけお気に入りの作品がありそうな……そんな一冊であります。


『宵越し猫語り 書き下ろし時代小説集』(小松エメルほか 白泉社招き猫文庫) Amazon
宵越し猫語り 書き下ろし時代小説集 (招き猫文庫)


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2015.11.22

近藤るるる『ガーゴイル』第4巻 再びの決戦の果ての驚き

 異能の戦士の集団・新撰組が、京で同じく異能の集団たちと死闘を繰り広げる『ガーゴイル』の第4巻、第一部完結編であります。「近藤勇」の異変に周囲も徐々に気づきつつある中、宿敵・八瀬童子との決戦に向かう新撰組ですが、そこで彼らを待ち受けていたものは……

 土方の鬼使い、沖田の未来視、斎藤の再生、永倉の凍結etc.……それぞれが一人一芸とも言うべき特殊能力を持つ戦士の集団であった新撰組。松平容保の命の下、京を守るべく戦う彼らは、帝の輿を守るはずの八瀬童子が八大金剛の襲撃を受け、死闘を繰り広げることとなります。

 傷を負いながらも八大金剛を退けていく新撰組ですが、しかし彼らは既に大きすぎる犠牲を払っていました。そう、池田屋において、局長たる近藤勇という犠牲を……
 今は深雪太夫がその術を以て近藤の姿を取っているものの、真実を知るのは土方と沖田のみ。しかしこの巻の冒頭で、ついに松平容保が「近藤勇」の正体に気づくこととなります。

 実は人の真の姿を見破る力を持っていた容保。その彼にしてみれば、深雪太夫の術を破り、姿を見顕すことは容易い……のでありますが、しかし真実を知った容保は、意外な顔を見せることとなります。
 そして彼もまた真実を語ります。後醍醐帝以来の帝の宸翰(直筆の文書)を得ていた容保。彼は六百万両の黄金を生み出すという兌法を守ることを近藤に命じ、そして近藤もただ一人、ある男と対決していたのだと。ある男――「離」の門家・三条実美と。

 そしてほどなくして、八瀬童子のうち、闘争を好まぬ一派からの内通により、八瀬童子の主戦派との決戦の機会を掴んだ新撰組。
 その地――天王山において、八瀬童子残りの八大金剛三人を包囲する土方たちですが、しかし時同じくして長州が決起、土方は新撰組の本隊をそちらに振り向け、自分を含めごくわずかな手勢のみを残し、八大金剛との決戦に臨みます。

 かくて、土方・井上・谷の三隊士と、死者の経験を我が物とする白蓮坊、超人的な拳法体術を使う巨鵬、巨大な二頭の狗を操る松王丸、三対三の決戦の幕が……


 というわけで、この巻でも繰り広げられる新撰組対八瀬童子の異能バトル。土方は何度目かの登板となりますが、井上と谷は覚えている限りではこれが初バトル。
 あまりに渋すぎる言動を見せる井上、そしてやはりこの能力だったか、という印象の谷と、どちらもそれぞれの初お目見えとしては申し分ない一戦であります(能力的にかませ的立ち位置になってしまった八瀬童子はご愁傷様ですが……)


 が、ここから物語は急展開。八瀬童子との戦いに続いて出現するは、近藤の仇たる三条実美と、彼と行動を共にする真木和泉ら、やはり異能の者たち。
 天王山を舞台に、真の決戦の幕が――

 というところで第一部完となのですが、正直に申し上げれば、「またか!」という言葉に尽きます。

 以前にも述べたかと思いますが、本作『ガーゴイル』は、同じ原作者による『サンクチュアリ』のリメイク、リブートとも言うべき作品。どちらも異能の新撰組が、八瀬童子をはじめとする異能者たちと、京に眠る秘密を巡り激突するのですが……
 『サンクチュアリ』のラストも、本作と同じ場所で、同じような形で結末を迎えたのであります。いや、個人的に言えば、前作の方がより盛り上がる形で(その点は、前作の方が敵勢力が多かったということもありますが)

 新撰組が異能者の集団であり、彼らが戦う相手もまた異能者だった、というコロンブスの卵的にして、最高に燃える設定の『サンクチュアリ』と『ガーゴイル』。
 その前作が半ばにして終わった時、どれだけ残念であったか、そして装い新たに本作が本作が始まった時に、どれだけ胸躍らせたことか。その結末がこれとは――

 思うところは色々とありますが、「驚いた」というのが第一印象であります。
 さすがに三回目があるかといえば……


『ガーゴイル』第4巻(近藤るるる&冲方丁 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon
ガーゴイル  4巻 (コミック(YKコミックス))


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2015.11.21

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第1巻 優しさから荒波に向かう時の中で

 伊庭の小天狗と呼ばれ、戊辰戦争の激戦の中、片腕を喪いながらもなおも戦い抜いた隻腕の剣士・伊庭八郎。そんな幕末ファンにはお馴染みの美剣士を、一個の人間として捉え直した本作の第1巻において描かれるのは、彼の少年時代を中心とした時期であります。

 本作の冒頭に描かれるように、箱根での激闘の中で片手を喪いながらも鬼神も三舎を避くが如き戦いをみせたという伊庭八郎。
 しかしそんな彼もかつては病弱で、剣よりも書を好む少年であった……本作は、そのある意味意外な少年時代に遡り、始まることとなります。

 江戸時代後期、江戸の剣術道場がかつてない隆盛を誇った中でも、超実戦派の道場として知られた心形刀流伊庭道場。代々の当主を血脈ではなく実力で選んだという事実からも、その実力重視の姿勢がうかがわれます。

 そしてその伊庭道場の第八代・伊庭軍兵衛秀業の嫡男として生まれたのが八郎。先に述べたとおり、血脈よりも実力を重んじた流派とはいえ、父や周囲の姿に触発され、一種責任感めいた形で強さを夢見るのはむしろ自然とは申せますが……しかし、己の体がその想いについていかないことを歯がゆく思った八郎は、思わず家を飛び出すのでした。

 しかしほとんど行き倒れ状態となってしまったところに出会ったのが、料理人の鎌吉。八郎の純粋かつ真っ直ぐな人物に好感を抱いた彼は、自ら八郎の一の子分を買って出ることになります(そして冒頭の箱根の戦いにおいて、八郎の戦いを見届けることになるのですが、それはさておき……)。

 子分であり、同時に人生の先輩である鎌吉との出会いにより、少しずつ外の世界に踏み出していく八郎。
 そして鎌吉だけでなく、道場の先輩である中根淑(香亭)、無二の親友として生涯を共にすることになる本山小太郎……そして何よりも父・軍兵衛ら、様々な人々に見守られて、八郎は少しずつ成長していくこととなります。

 これまでに述べてきたとおり、八郎の少年時代を中心に(後半にはオトナになった彼の姿も描かれますが……)描かれるこの第1巻。
 それゆえ派手な剣戟シーンは比較的少なめではありますが、その代わりにと言うべきか、丹念に丹念に積み重ねられていくのは、八郎と周囲の人々の触れ合いであります。

 初めは孤独感に苛まれていた八郎が、周囲の人々の暖かさ触れて自分が一人ではないことを知り、そして人間として剣士として成長していく……文章にすれば簡単ではありますが、本作ではそれを登場人物の行動はもちろんのこと、ほんの僅かな表情や体の動きで見せてくれるのが実にいい。
 特に八郎に向けられる軍兵衛――基本的に寡黙で古武士めいた風貌なキャラなのですが――の眼差しは見事と言うほかなく、その親としての情が伝わる画には胸が熱くなる想いです。


 しかし、「今」は周囲の優しさに包まれている八郎ですが、これから彼を待ち受けるのは幕末の荒波。かつては味方だった者たちからも刃を向けられる、そんな時代がこの先彼を待ち受けていることは、物語冒頭に描かれたとおりであります。

 しかしもちろん、八郎がそれに負けるはずもないことは、この第1巻を読んだだけでも伝わってきます。
 少年時代を終えた八郎が如何に荒波に至るまでの時を過ごしていくのか、そして荒波をくぐり抜けた先に彼が見るものは……期待しましょう。


『MUJIN 無尽』第1巻(岡田屋鉄蔵 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon
MUJIN -無尽- 1巻 (ヤングキングコミックス)

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2015.11.20

上田秀人『禁裏付雅帳 一 政争』 真っ正面、幕府対朝廷

 先日、『お髷番承り候』が全10巻で完結した上田秀人の、徳間文庫での新シリーズが早くも登場であります。今回のテーマは、タイトルからわかるとおり「禁裏」――すなわち朝廷。松平定信の寛政の改革の時代を舞台に、若き使番・東城鷹矢が、幕府と朝廷のせめぎ合いの渦中に巻き込まれることとなります。

 主人公・東城鷹矢は、先祖が家に道場を作り、その道場で剣を磨いたことを除けば、さまで変わったことのない旗本。父が亡くなった後、使番の役を勤めていた彼が、諸国巡検使の一人に選ばれたことから、大きく運命が変わっていくことになります。
 その名のとおり、大名らが治める諸国の状況を監察する任である巡検使。しかし如何なる理由によってか、彼は突然、公儀御領巡検使に任を変えられ、京に派遣されることとなります。

 表向きは良好な状態にあった当時の幕府と朝廷。しかし時の光格天皇が、実父である閑院宮典仁親王が禁中並公家諸法度の上では三大臣の下にあることを憂い、太政天皇の尊号を宣下せんとしたから、にわかに雲行きが怪しくなります。

 幕府にしてみれば、法度は家康が作った決して侵すべからざるもの。それに反する宣下を認められるはずがない……という立場。
 その一方で、幕府の側でも、将軍家斉の実父・一橋治済に大御所の尊号を送ろうとしていたことから、事態はさらにややこしい状態となります。
(ちなみに本作は、定信の権力が凋落期にあった『奥右筆秘帳』よりも10年ほど早い時期に当たります)

 そこで定信が案じたのが、朝廷側の不正・弱みを探り、それを使って圧力をかけ、この状況を打開しようと策。そしてその遂行者として選ばれたのが、偶然、京側と全く縁のなかった鷹矢だったのであります。
 かくてほとんど何もわからぬまま、京に赴くこととなった鷹矢たちを襲う刺客団。その刺客を送り込んだのは何と……


 というわけで、物語のスタイル的には、いかにも上田節といった印象の本作。
 剣の腕は立つが世間に疎い青年武士が、彼を道具か走狗としか見ないような権力者に目を付けられ、突然、権力の暗部を巡る争いに巻き込まれる……本作も、そんな作品であります。

 しかし上田作品の中で本作が異彩を放つのは、その題材として、冒頭に述べたとおり、禁裏を、朝廷を真っ正面から扱っていることでしょう。

 作者のファンであればよくご存じかと思いますが、実は作者の時代小説には、禁裏の存在がしばしば関わってくることになります。
 時に策を巡らせて幕府を揺るがせんとし、時に幕府の(特に大奥の)権力闘争の陰で自らの勢力を伸ばさんとし……陰に日に、禁裏の存在は、上田作品ではお馴染みのものとなっています。
(何よりも作者の出世作、『竜門の衛』からして、幕府と朝廷の隠れた関わりを描く作品でありました)

 しかし、これまでは上田作品の主戦場となるのは、主に江戸城内。すなわち幕府内の権力闘争がメインであり、朝廷はそこに関わるプレイヤーの一人という立ち位置が大半でありました。
 それが本作においては、幕府対朝廷の対決を真っ正面から持ってきた――それが実に興味深く、楽しみであります。

 江戸時代を通じて、決して蜜月期ばかりではなかった幕府と朝廷。その対立で有名なのは、寛永期の後水尾天皇と幕府の対立であり、こちらは様々なフィクションの題材とされております。
 しかし寛政期の、本作の題材となった事後に尊号事件(一件)と呼ばれることとなるこの出来事も、その前後の幕府の状況と合わせて、なかなかに興味深いことばかりであります。


 正直に申し上げれば、この第1巻の時点では、まだまだ鷹矢は影が薄いと申しましょうか、時折才気のきらめきを見せながらも、まだまだ状況に翻弄される一方であります。
 その点はすっきりしない点ではありますが、しかし「禁裏付」の命が下ったこれからが、彼の戦いの、そして物語の本番でありましょう。

 どうやら次の巻あたりでヒロインが登場する雲行きもあり、まずはこの先の展開に期待いたしましょう。


『禁裏付雅帳 一 政争』(上田秀人 徳間文庫) Amazon
政争: 禁裏付雅帳 一 (徳間時代小説文庫)

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2015.11.19

北崎拓『天そぞろ』第1巻 すれ違う二人を繋ぐもの

 復活した『ますらお』など、最近時代ものづいている北崎拓が、『御用絵師一丸』で時代小説家としてデビューしたあかほり悟(さとる)原作で送る本作は、やはり時代もの。幕末を舞台に、売れない浮世絵師の青年と、千里眼を持つという謎の女性の運命が交錯する物語であります。

 時は安政七年、腕は確かながらもムラっ気で、己の内から湧き上がる力の向けどころを探している「そぞろもん」の浮世絵師・源吾が聞きつけた噂話……それは、千里眼の力で傾きかけた大店を甦らせたという謎の女性の存在でありました。
 好奇心からその店に押し掛けた源吾ですが、何とその女性・楓は彼の名を知り、彼にある絵の執筆を依頼します。。

 彼女の美しさに惹かれ、完成の暁には彼女を抱くことを条件に引き受けた源吾ですが、彼女の依頼とは、この後に桜田門外で起こる事件を絵にすること――
 そう、彼女は、源吾に井伊直弼の暗殺事件、あの桜田門外の変が起きることを予め知り、それを描くように求めていたのであります!


 というわけで、未来を知る楓の正体とは……というところですが、この点は物語の冒頭にほぼ明示されています。
 実は楓は現代の女性――雑誌の取材で訪れた先で、大英博物館の倉庫奥から発見された謎の浮世絵と出会った彼女は、いかなる理由によるものかそこで幕末にタイムスリップしてしまったのであります。

 そしてそこから、彼女が源吾に絵を書かせようとした理由も想像できます。そう、彼女と幕末を結びつけるものは、あの浮世絵――
 源吾の名が記され、桜田門外の変を描いた浮世絵のみ。だとすれば、源吾がその絵を描けば現代と幕末が繋がり、自分は現代に帰れるはずなのですから。
(……と書いたところで、むしろタイムスリップのきっかけとなった絵がない方が、歴史的になかったことにできるのでは、という気がしないでもないですがそれはさておき)

 さて、過去へのタイムスリップものといえば、如何に過去の時代で生き抜くかということと、それ以上に如何に現代に帰るかということが、最大のポイントでありましょう。
 しかし本作においては、その最大のポイントが早々に明示されている(前者についてもほぼ記されている)のであり、その点がいささか興味深いところであります。

 この第1巻を読んだ限りでは、楓の帰還以上に本作の力点が置かれているのは、源吾の存在――タイトルのとおり、自分の力を持て余し、自分が何をしたいのか、何ができるのかわからないでいる彼の向かう先こそが、本作の主題なのかもしれない……そう感じます。

 作中で幾度か描写があるように、実は彼の実家は武家、それもそれなりの家である様子。そこから何故彼が飛び出し、絵師を志したのか、むしろそちらの方が物語の中心となるのかもしれません。


 ただ、この第1巻の正直な印象で言えば、楓と源吾と、それぞれのドラマがすれ違う……というか別方向に向かっていることで、物語の焦点がぼやけてしまったかな、という気はいたします。
 特に、先に述べたとおり、物語の中心である源吾のドラマ以上に楓の方にインパクトがあり、それでいてそのゴールが早々に見えてしまっているのが、アンバランスに感じられるのです。

 もちろん、この二人を繋ぐものがあの浮世絵であり、そしてその絵が何故大英博物館で眠ることとなったのか、それはまだまだこれから描かれるべきことでありましょう。
(そう考えると、浮世絵の題材が桜田門外の変というのは、非常によくできた設定であると感じます)

 そしてまた、終盤には若き日の土方歳三が登場したように、まだまだ幕末の有名人との出会いもありましょう。
 現時点では向かう先が見えているようで見えていないような印象の本作ですが、それを楽しみと見ておくべきなのかもしれません。


『天そぞろ』第1巻(北崎拓&あかほり悟 小学館ビッグコミックス) Amazon
天そぞろ 1 (ビッグコミックス)

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2015.11.18

奥山景布子『真田幸村と十勇士』 「幸村」の「物語」が持つ意味

 歴史時代小説界でコンスタントに良作を発表している奥山景布子は、同時に児童向けの歴史書籍の送り手でもありあます。本作もその一つ……と言いたいところですが、本作はそうしたレーベルで作者が発表してきた伝記ではなく、むしろ伝奇。物語の面白さを前面に押し出した幸村と十勇士伝であります。

 来年の大河ドラマは『真田丸』とのことで、そろそろ出版界でも真田ものの刊行が目立つようになってきました。
 実は大河ドラマ合わせということでは相当に盛んな児童書というジャンル。これからどんな真田ものが登場するか楽しみにしていたところに、奥山景布子が書くというのであればこれは読まない手はありません。

 さて、それで蓋を開けてみれば、これが嬉しい驚きの一冊。というのも、本作はそのまえがきにおいて、「真田信繁の伝記」ではなく「真田幸村の物語」であることを、高らかに宣言していたのですから!
(「幸村」はともかく、「十勇士」と冠すれば、それは当然「物語」となるわけですが……)

 そう、本作は「真田三代記」や立川文庫の諸作を題材にした(と明記されております)純然たるフィクション。第一次上田合戦から大坂夏の陣に至るまでの長きにわたり、真田幸村と彼を支える十勇士の痛快な活躍を描いた作品なのであります。

 実は本作が収録された集英社みらい文庫では、同じ作者の『戦国ヒーローズ!!』において、「信繁」の「伝記」は既に収録されています。
 それがある一方で、今回敢えて「幸村」の「物語」が描かれたのは、大河ドラマ合わせだから……などという味気ない理由ではなく、作者が「物語」という存在に、「史実」とは異なる、そしてそれと並ぶ意味を感じているからでありましょう。

 それは、本作のまえがき及びあとがきから窺い知ることができます。
 そこに記されているのは、幸村と十勇士というヒーローの一種の受容過程――江戸時代においては表立って語ることも許されなかった逆賊たる彼らの命脈が決して絶たれることなく後世まで語り継がれた、その歴史と理由が、丹念に説明されているのです。

 もちろん物語はあくまでも虚構の存在、史実/事実とは厳然と区別されるべきものでありましょう。しかし事実でないということは、価値がないということではありません。
 そこには、虚構だからこそ込められる意味があります。虚構の中にこそ見ることができる夢があります。それは現実を生きる人々にとって、もう一つの事実と言って良いほどの意味を時に持つ……

 子供向けの表現ではありますが、本作で、本作のまえがきあとがきで作者が謳うのは、「物語」という存在の持つ意味だと感じました。


 もちろん、それも「物語」そのものが面白くなければ意味がありませんが、その点は全く心配なし。私が子供であったなら、絶対に幸村と十勇士の活躍にどっぷりはまったであろうと――今もそういう部分を多分に残す身としては――断言できます。

 確かに、特に終盤の展開など、ページ数故の限界はどうしても存在します。それでも盛り込める人物は、要素は徹底的に盛り込んでみせた本作は十分に読み応えがありますし、初めての幸村、初めての十勇士として、古典を題材としつつも、現代の読者のためのものとしてアップデートした本作は、大いに意味を持つものではありますまいか。


 ちなみに……本作は巻末に、史実と作中の出来事の対比年表が用意されているのも素晴らしい。史実と物語を比べて差分を楽しみ、そしてその意味を考えるというのは伝奇者の基本ですが、この年表によって、伝奇に目覚める子供もいるのでは……というのは、もちろん妄想ではありますが。


『真田幸村と十勇士』(奥山景布子 集英社みらい文庫) Amazon
真田幸村と十勇士 (集英社みらい文庫)

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2015.11.17

『牙狼 紅蓮ノ月』 第6話「伏魔」

 珍品ばかり盗む少年・ごべえと出会った雷吼たち。ごべえが病身の母親と小さい妹のために盗みを働いていたのだった。一方、道満が疫病をもたらす炎羅・以津真天の封印を解いたことから、貧民街で病に倒れる者が続出。道長は羅城門に病人を隔離することを決定、ごべえたちも隔離されてしまう……

 『太平記』に登場し、鳥山石燕によって名付けられたという妖怪・以津真天が炎羅として登場する今回。かつて奈良の都で暴れ回り、遷都を余儀なくさせたという巨大な炎羅ですが、ストーリー的にはむしろ人情話的側面の強いエピソードであります。

 東寺でのボロ市の帰り、見つけた珍品を子供に奪われた星明。その子供・ごべえを追いかけた星明たちがその家に辿り着いてみれば、そこには(星明以外興味を持たないような)珍品の山が……
 ここでごべえが病気の母と、まだ赤子の妹のために盗みを働いていたというのは定番のパターンですが、ごべえが盗みを働く上で仲間になろうとしていたのが、前回登場した袴垂の一味だった、というのはちょっと面白い。
 前回のラストに盗賊になったと思いきや、早くもそれなりの数の一団――それも貴族専門の盗賊――を率いている「袴垂」とは、雷吼は初対面となるわけで、なるほど、ここで会わせるのはよいタイミングかもしれません。

 それはさておき、あまりの珍品に袴垂たちから拒否されたごべえに対し、。ごべえが珍品を(盗んで)持ってくるたびに銭を払うことにした星明。それはそれで問題は大ありですが、盗賊団に入られるよりはいい(自分が珍品を手に入れられるし)というのは、現実主義一直線の星明らしい行動でしょうか・
(この時代、でんでん太鼓があったかどうかはアレですが、変形の振鼓だったと思いましょう)

 しかし、ごべえも暮らしが何とか成り立つようになりめでたしめでたし……となるわけがないのが本作。ごべえの母の病状は相当に悪く、そして子供たちのために死にたくないと彼女は狂態を見せるほどなのですが……
 そこに期を同じくして出現したのが、冒頭に述べた以津真天。かつて奈良に出現し、魔戒法師が総出でようやく塚に封印した炎羅を、蘆屋道満が解き放ったのであります。

 夜な夜な出没する以津真天の力により、次々と血を吐いて絶命していく貧民たち。これに対し、道長らは羅城門に発症した貧民を隔離することを決定いたします。そしてその中には、母が血を吐いたために役人に捕らえられたごべえたちの姿も……

 そしてごべえの母に語りかける道満の声。生きようという執着心が陰我となり、それを力とする以津真天をごべえの母に憑依させんという企みですが――


 いつものパターンであればここで母親が炎羅化、涙を呑んで雷吼が一刀両断というところですが、ここで一ひねり入った展開となるのが嬉しい。

 生きようと努めることは強さか弱さか。生きることを諦めるのは強さか弱さか――以津真天の力の源を知り、そんな疑問を抱く雷吼。前者はともかく、後者については諦める強さというものがあるのか、あるとすればそれは……という、雷吼のみならずこちらの疑問に応える強さを見せてくれたのは、人の陰我が暴走する展開の多い本作なればこそ、尊いものとして感じられます。

 ただ、強さと言えば相変わらず牙狼が強すぎて、折角の巨大炎羅も一刀両断というのは、いささか勿体なかったと思いますが……(もちろん、「諦める強さ」によって真の力を取り戻せなかった故、というのはわかっていますが)



関連記事
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第1話「陰陽」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第2話「縁刀」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第3話「呪詛」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第4話「赫夜」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第5話「袴垂」

関連サイト
 公式サイト

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2015.11.16

廣嶋玲子『鵺の家』 呪いへの依存という地獄の中で

 代々莫大な財産を築いてきた豪商・天鵺家の跡取りの遊び相手に選ばれた茜。彼女を待っていたのは、純粋ながら半面を醜く爛れさせた跡取り・鷹丸と、彼を守る少女の姿をした守り神だった。奇妙に歪んだ心を持つ天鵺家の人々と生活する中、茜は一族を執拗に狙う怨霊の存在を知るが……

 廣嶋令子は、これまで児童文学のフィールドで活躍してきた作家ですが、しかしそこで描かれるのは、決して子供のためだからと手を抜く――という表現が悪ければ、甘いだけの味付けにする――ことはない、重み・深み、そして苦みを合わせ持つ物語という印象があります。
 そしてそれは、もしかすると初の一般向けの作品である本作においても変わることはありません。

 黒羽ノ森と呼ばれる森の側に立てられた屋敷で代々暮らしてきた天鵺家。よそでは見られない、虹色の糸を吐く蚕によって莫大な財を得てきた天鵺家は、しかし短命の者が多く、そして数々の奇妙なしきたりに縛られた暮らしを、維新から数十年後の今も送っていたのでありました。

 そんな天鵺家の養女となったのは、男勝りの元気な少女・茜。常人には見ることができないという、天鵺家の跡取りを守る少女の姿をした守り神・雛里を見ることができたために、嫡男の鷹丸の遊び相手として選ばれた彼女は、半ば強引に養女とされ、この屋敷で暮らすこととなります。

 病弱で半面に醜い爛れを持ちつつも、純粋で善良な心を持つ鷹丸。しかし彼以外の一族は、傲慢な祖父に冷淡な父、息子を厭う義母、正気を喪った叔母と、いずれも人間味に欠けた人物ばかり。そんな中で家族の愛を知らずに育った鷹丸に茜は分け隔てなく接し、二人はすぐに仲良くなるのですが……

 そんな日常にようやく茜が馴れてきた矢先に行われる儀式。その儀式の最中、屋敷で留守番することになった茜はしかし恐るべき魔物に襲われることとなります。
 それは数百年にわたり天鵺の一族を脅かしてきた存在、黒羽ノ森に潜む、天鵺家の先祖・揚羽姫の怨霊――


 こういうジャンルがあるのかはわかりませんが、本作はいわゆる「呪われた一族」ものに属する作品と申せましょう。
 長い歴史と莫大な財産を持ちながらも、奇怪なしきたりを持つ一族に新たに迎えられた主人公が、一族を襲う呪いの存在を知り、自らもそれに巻き込まれて対決を決意する……

 本作は、まさにそんなパターンが当てはまる作品であり、その意味では、正直に申し上げて新味は薄いところがあります。
 しかしそれでも十分に読ませてくれるのは、鷹丸を除く天鵺家の人々の歪みぶりや、茜たちを襲う狂気と怪異といったものの設定と描写の巧みさによるところがまずはありましょう。
(特に終盤、茜を襲う運命の恐ろしさたるや……)

 しかしそれ以上に本作ならではの恐怖として強く印象づけられるのは、終盤で明かされる天鵺家の呪いの「構造」であります。

 かつて財産を得るために血族を犠牲とし、魔物に捧げた天鵺家の当主。以来、莫大な財と引き替えに一族の者たちの命を差し出すこととなった天鵺家は、やがてその運命から逃れるための犠牲を外部へと求めるようになります。
 そこにあるのは、ある意味呪いに依存しつつも、それを逃れるために他者を犠牲として恥じない心性の恐ろしさですが……しかし、(詳しくは伏せますが)呪う側にもまた、その呪いに安住し、呪いに依存していく姿があるのです。

 呪う者も呪われる者も、その呪いに依存し、その構造が、外部へと新たな犠牲者を求めるようになっていく――その地獄めいた関係性こそは、本作ならではのおぞましい呪いの姿でありましょう。
 そしてその中に、一種現代社会に――たとえばブラック企業と従業員の関係性に――通じるものを見ることも可能ですが、これはまあ、野暮というものかもしれません。

 何はともあれ、現状に安住し、変化を恐れる心が呪いを呼ぶのであれば、それを打ち破ることができるのは、現状にとらわれず――たとえそれが勢い任せであり、さらなる負を招くかもしれなくとも――新たな世界を求める心でありましょう。
 そう、そこにこそ、本作の主人公が少女と少年である意味があるのであり、その点もまた、実に作者らしい構図と感じた次第です。


『鵺の家』(廣嶋玲子 東京創元社) Amazon
鵺の家

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2015.11.15

12月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 さて……ついに今年も残すところあとわずか。このコーナー(?)も今年最後の回となりました。12月は幸いかなり充実のラインナップで、年の瀬も退屈することはなさそうです。というわけで、2015年12月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 さて、12月で特に充実しているのは文庫小説の新刊。

 新作・新シリーズだけでも、本当に久々登場の片倉出雲『女賞金稼ぎ 紅雀(仮)』、『幻影の天守閣』の10年ぶりの続編である上田秀人『夢幻の天守閣』、『藤原定家謎合秘帖』のシリーズも楽しい篠綾子の和歌ミステリ新シリーズ『月蝕 在原業平歌解き譚』、そして謎の(?)新鋭・新美健の『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』と、期待するなというのが無理の作品ばかり。
(詳細は不明ですが風野真知雄の新シリーズ『女さむらい(仮)』も気になります)

 また、シリーズものの既刊も、ある意味今年最大の問題作である山田正紀『桜花忍法帖 バジリスク新章』の下巻、上田秀人の好調シリーズの最新刊『百万石の留守居役 6 政略』、時間は空きましたが無事シリーズ完結という風野真知雄『大奥同心・村雨広の純心 3 江戸城仰天』、そして早くも続編登場! の谷津矢車『からくり同心 景 目撃者は零(仮)』、そしてこれまで3作が加筆新装版として刊行されていたシリーズがついに新作突入の高橋由太『もののけ犯科帳 化け狸あいあい』と、これまた相当の分量であります。

 さらに文庫化では、夢枕獏『大江戸恐龍伝』第3巻・第4巻(単行本全5巻が文庫では全6巻となるとのこと)、柴田錬三郎『江戸っ子侍』上下巻などが気になるところであります。

 一方、漫画の方は少々数は少なめですが、やはり気になる作品が並びます。

 まず新登場では、石ノ森章太郎の『買厄懸場帖 九頭竜』のリメイク、宮川輝『買厄懸場帖 九頭竜KUZURYU』第1巻が登場。
 そしてシリーズものの続刊では、野田サトル『ゴールデンカムイ』第5巻、北原星望『いくさの子 織田三郎信長伝』第8巻、長谷川哲也『セキガハラ』第5巻、北崎拓『天そぞろ』第2巻が注目であります。


 そして最後に非時代伝奇作品ではありますが、どうしても気になるのが逢巳花堂『一〇八星伝 天破夢幻のヴァルキュリア』。タイトルでわかるように、水滸伝ベースのライトノベルということで、これは水滸伝キチとしては期待しないわけにはいかないなあ……と思うのです。



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2015.11.14

『鬼神の如く 黒田叛臣伝』(その二) 叛臣か忠臣か、鬼神か聖者か

 葉室麟が、黒田騒動をユニークな視点から描いた『鬼神の如く 黒田叛臣伝』の紹介のその二です。御家騒動ものに留まらない、本作独自の要素、一つ目はキリスト教の存在でした。そしてその他の要素とは……

 物語を彩る二つ目の要素、それは剣豪たちであります。
 冒頭から夢想権之介とその弟子たちが登場することは既に述べましたが、本作に登場する剣豪たちは、彼らだけではありません。

 そう、夢想権之介といえば宮本武蔵。武蔵はこの時期、九州探題的な役割を果たしていた細川家と何かと縁のある人物であり、そして細川家の後に豊前を治めた小笠原家には養子の伊織が仕えており……と、彼がこの時期に九州におり、権之介と、そして彼が協力する大膳と対峙することになるのは、さまで突飛なことではないのです。

 そしてまた――この当時、幕府において家光に仕え、隠然たる力を持っていた人物といえば柳生宗矩。家光の意を受けて外様大名潰しを遂行する者として宗矩が、そしてその子・十兵衛もまた、大膳たちの敵に回るのであります。
 黒田騒動がまさか剣豪たちのプチトーナメントの様相を呈するとは、これは思わぬ――そして実にうれしい展開です。

 そして三番目、これは最初の要素と密接に関わるものでありますが、幕府の海外政策が、本作においては大きな意味を持つこととなります。
 既に幕府が当時鎖国を行っていたことは言うまでもありませんが、その網をくぐり抜けて潜入していたのが宣教師たち。そのアジアにおける本拠地たるマニラを、幕府が――そして、将軍になったばかりで己の手元の力を振るいたくてたまらぬ家光が――攻略しようとしていたとしたら……

 とてつもないifではありますが、しかし後に鄭成功による援兵の依頼があった際、これに応じようという声もあった(この時は幕府側が反対したのではありますが)とを考えれば、全くあり得ないということではありますまい。

 しかし、この幕府の海外政策、いや海外派兵が、黒田騒動に絡むのでしょうか。それが絡むのですから実に面白い。
 詳細は述べませんが、クライマックスにおいて家光と対峙した大膳が容赦なく叩きつける言葉の数々は、実に痛快であると同時に、いつかどこかの国にも向けられた、存外に骨っぽいものであるように感じられたのは、私の考えすぎでありましょうか。


 キリスト教、剣豪、海外政策……一見、お家騒動とは関係のなさそうな要素を惜しげもなく投入し、極めてユニークかつ意外性に富んだ物語を構築してみせた本作。
 それは一面では、あまりにバラエティに富みすぎたために物語がまとまりを欠くことに繋がっているかもしれませんし、作者のこれまでの作品とは異なる味わいに違和感を感じる方もいるかもしれません。

 しかし本作が物語の中心に栗山大膳という、一種得体の知れない巨人を配置することで、不思議な求心力を発生させているのは事実。
 果たして叛臣なのか忠臣なのか、鬼神なのか聖者なのか――そのどれでもなく、どれでもある大膳という人物の存在が、本作を一個の物語として見事に成立させていることも、間違いありますまい。そしてその大膳に、武士としての一種の超人性と、同時に不思議な人間くささが備わっているのもまた……

 異色のようでいて、やはり作者でなければ描けない――そんな、作者の業前が光る作品でありましょう。


『鬼神の如く 黒田叛臣伝』(葉室麟 新潮社) Amazon
鬼神の如く: 黒田叛臣伝

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2015.11.13

『鬼神の如く 黒田叛臣伝』(その一) 不可解な御家騒動を彩る要素

 長崎奉行・竹中采女正の依頼で、弟子の卓馬と舞を間者として福岡藩黒田家家老・栗山大膳に仕えさせた夢想権之介。主君たる忠之と深刻な対立を続けているという大膳だが、二人の目には、大膳は何かの大きな覚悟を決めた人物として映る。そしてついに大膳は、主君を幕府に訴え出るという行動に出るが……

 黒田騒動といえば、加賀騒動・伊達騒動と並ぶ、三大お家騒動の一つ。代々黒田家に仕える重臣・栗山大膳が、こともあろうに主君・黒田忠之に謀反の疑いありと幕府に訴え出たというとんでもない騒動ですが……
 しかしこの騒動、裁定の結果、忠之に謀反の事実はなしとお咎めは(――家中取締の不備も問われず)なし。そして一方の大膳も、南部藩預かりとなったものの、罪人扱いされることもなく、悠々自適の余生を送ったといいます。

 当時は三代将軍家光がその権勢を振るい始めた時期、大名家の取り潰しが相次いだことを考えれば、不可解というほかない結末の騒動ですが……その謎に、これまでの作品とは全く異なる角度から光を当てたのが本作であります。

 足軽を大量に雇い入れる、大船を建造すると、幕府に咎めを受けかねぬ行動を繰り返す黒田忠之。代々の臣を遠ざけ、寵臣の倉八十太夫に権を与えたことで、家中の不満は高まるばかりですが――
 そこで忠之と真っ正面から対立したのは、黒田官兵衛の腹心として活躍した栗山利安の子・大膳利章。自身も黒田長政に仕え、後事を託されたほどの人物ですが、短気我が儘な忠之に対し、主君を主君とも思わぬ態度で大膳が接し、藩主と家老ながら会話どころか対面もない異常事態となります。

 そんな状況から始まる本作ですが――しかし冒頭から登場するのが、宮本武蔵のライバルであり、杖術の達人である夢想権之介というのに、私のような人間は「おっ」と身を乗り出したくなります。
 豊後府内藩藩主であり、長崎奉行でもある竹中采女正(かの竹中半兵衛の子孫)に恩義があったことから、その求めに応じ、弟子の卓馬と舞を大膳の家中に潜り込ませる権之介。実は采女正は、黒田家の非違を見つけだして取り潰すことで自らの業績とせんとしていたのであります。

 しかし大膳にとっては采女正の策はお見通し、それを承知で自分たちを受け入れた大膳の器量に惹かれ、卓馬と舞、そして権之介は大膳のために行動するようになります。
 そう、その真意がすべて明らかになったわけではないものの、自らの身を顧みない彼の行動は、全ては黒田家のためのものなのですから――


 というわけで、本作は大膳を一種の忠臣として描いた作品ではありますが、しかし、叛臣としてあえて汚名をかぶった大膳が、黒田家を救う……という変形の御家騒動ものとしてだけはなく、様々な要素から織りなされる物語として成立しています。

 その一つ目が、キリスト教です。
 黒田家の祖である官兵衛がキリスト教徒であり、長政もまた、後に棄教したとはいえ、やはりキリスト教徒であったのは史実でありますが……しかし本作の物語の時点、既に幕府により禁教令が出された時代となっては、それは汚点となってもプラスにはなりません。

 そしてそのキリスト教が、物語の中で思わぬ意味を持つこととなります。九州各地ではなおもキリシタンたちが密かに信仰を続け、それに対する諸大名の弾圧が激化の一途を辿っていた頃、その潮流は黒田家とも無縁ではありません。
 さらに本作の中心人物の一人・舞もまたキリシタン。そして大膳の命で長崎に向かった舞は、そこで一人のキリシタンの美少年と出会うのであります。天草四郎と名乗る少年と……


 長くなりますので次回に続きます。


『鬼神の如く 黒田叛臣伝』(葉室麟 新潮社) Amazon
鬼神の如く: 黒田叛臣伝

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2015.11.12

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第14巻 人と猫股、男と女 それぞれの想い

 一巻紹介が飛んでしまいましたが、『猫絵十兵衛御伽草紙』も快調に巻を重ねて第十四巻。今回表紙を飾るのは、サブレギュラーの戯作者・濃野初風先生と、ちょっと意外なキャラの登板。愛猫の小春もしっかりと顔を出しているのが微笑ましいところであります(ちなみに折り込みのニタの着物の柄も良し)。

 さて、毎回読み切り形式の短編集スタイルの本作、この巻には全8話が収録されております。

 子供時代の西浦さんが魔風から猫たちを救うために奮戦する姿と、意外な出会いが描かれる『棒鼻猫』
 猫股坊主を助けるために一計を案じたお馴染み猫股三人組が繰り広げるドタバタ騒動『放生猫』
 最愛の妻に先立たれた植木屋が、妻の顔の菊人形を作るための下絵を十兵衛に依頼する『菊猫』
 下総の猫神に請われ、十兵衛とニタが眷属の猫股のうわなり打ちの立ち会い人となる『うわなり猫』
 新作執筆前にスランプに陥ってしまった濃野初風と愛猫の交流『嗄れ猫 弐』
 十玄先生のところに一気にやってきた子猫たちの世話で十玄はじめとする一門が振り回される『やんちゃん猫』
 大晦日、王子稲荷に急ぐ途中で神火を消してしまった狐のために十兵衛とニタが一肌脱ぐ『狐火星』
 猫丁長屋の魚屋・辰造が恋人が長年可愛がってきた年寄り猫猫に振り回される『姑猫』


 今回も人情話とファンタジー色の強い話がバランス良く入り交じっている印象ですが、今回特に印象に残ったのは、前後して収録された『菊猫』と『うわなり猫』でしょうか。

 片や、亡妻を思い続け、一度は絶望しながらも、菊人形に妻の姿を留めることで再起しようとする男の物語。
 片や、不実な男(猫股)に捨てられ悲しみにくれながらも、周囲の後押しでうわなり(後妻)打ちに加わったことで再起していく女(猫股)の物語――

 人間と猫股の違いはあれど、相手を想う気持ち、喪って悲しむ気持ちは同じ。そして、それぞれのエピソードに登場する男の有り様があまりにも正反対なのが(そしてそこに「花」がキーアイテムとして絡んでいるのが)何とも興味深く感じられたところです。

 そしてもう一編、こちらは思い切りお伽話めいた世界観が楽しかったのが『狐火星』。
 猫ならぬ狐がメインとなるエピソードですが、神火が消えてしまった狐が頼った相手というのがまたとんでもない大物で、この辺りのスケールの広がり方が、民話めいた野放図さなのが実に楽しい一編でした。


 それにしても本作もこの第十四巻で第九十二話まで収録。このペースで行けば、次の巻では第百話まで到達することになり、こちらも楽しみなことです。


『猫絵十兵衛 御伽草紙』第14巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛御伽草紙  十四巻 (コミツク(ねこぱんちコミックス)(カバー付き通常コミックス))


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 「猫絵十兵衛御伽草紙」第9巻 女性たちの活躍と猫たちの魅力と
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第10巻 人間・猫・それ以外、それぞれの「情」
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第11巻 ファンタスティックで地に足のついた人情・猫情
 『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻 表に現れぬ人の、猫の心の美しさを描いて
 Manga2.5版「猫絵十兵衛御伽草紙」 動きを以て語りの味を知る

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2015.11.11

立花水馬『虫封じます』 人情と謎解きと伝説の医学書と

 お夕の暮らす貧乏長屋にある日ふらりと現れた青年・薄羽影郎(すすきばかげろう)。疳の虫に苦しむ子供をあっという間に治した彼の生業は、人の体に潜む虫を封じる「虫封じ」だった。長屋に住み着き、お夕を助手に虫封じ稼業をはじめた影郎の前には、様々な虫に憑かれた人々が……

 2010年にオール讀物新人賞を受賞した表題作をはじめとする、なかなかにユニークな短編連作集であります。
 本作の題材となっているのは「虫」――それも昆虫などではなく、冒頭で紹介しているとおり「疳の虫」といった、人を病にするという想像上の虫。その虫を人から抜き出す力を持つ青年・薄羽影郎が、本作の主人公となります。

 常陸の国の郷士で、江戸に出てきたばかりだという影郎。虫封じの法を会得しているという彼は、ほとんど行き倒れ寸前の状態でヒロイン・お夕の前に現れ、長屋の子供の疳の虫を封じたことがきっかけで、そのまま長屋で虫封じを開業することとなります。
 しかし影郎は、貧乏人相手には診療代を取るどころか、かえって金を与えてしまうほどのお人好し。見るに見かねたお夕は、半ば押し掛けのような形で彼の助手となり、ともに様々な不可思議な事件を経験することとなります。

 そんな二人の物語は、以下の全5話であります。
 影郎が診ることとなった商家の手代の気鬱の病と、出会った者が疫病に倒れるという甘酒売りの老婆の事件が意外な形で交わる『虫封じます』
 もの狂いとなった大身旗本の一人息子の身にまとわりつく稚児行列に秘められた哀しい想い『稚児行列』
 おしどり夫婦が営む評判の饅頭屋の饅頭の味が落ちたのが、思わぬ騒動に発展していく『饅頭怖い』
 心にもない世辞を言い続けてきた末に、もう一本の舌が生えてきた呉服屋の手代。一度は影郎に救われた彼に、なぜか再びもう一本の舌が生える『黒い舌』
 銭の亡者に取り憑いたかえるの霊物を払うために影郎が案じた一計と、彼自身の秘密が語られる『銭がえる』

 描かれる怪異・事件の多くには題材がある(たとえば第一話の甘酒売りの老婆は「武江年表」に記された……というより綺堂の『半七捕物帖』の題材にもなっている風説)ため、新鮮さという点では一歩譲る点はあるかもしれません。
 が、そこに「虫封じ」という要素を絡め、一種の人情譚としてしっかりと成立させているのは、作者の腕というべきでしょう。

 一見、「虫」と人情は縁がないようにも感じられるかもしれません。しかし本作に登場する「虫」は、一種霊的な存在であり――そして何よりも、人のメンタルな面に根ざした存在として描かれるのであります。

 病のきっかけとなるのは霊的な「虫」によるものではあります。しかしその病を重くするもの、あるいは「虫」を招くものは、その人間の心の中の暗い部分。
 そして影郎の治療は、単にそれを封じるのではなく、その原因にまで光を当て、その心を解き放ってみせる――すなわち、現代で言うところのカウンセリング的な手法によるのが何とも面白く、そしてそこに人情ものとして本作が成立する余地があるのです。


 そして本作の魅力はそれだけに留まりません。本作全体を貫く背骨として設定されているのが、日本最古の医学書『医心方』の存在であります。
 平安時代に丹波康頼が編纂したという医心方。唐代の文献を元に膨大な分量をまとめたこの医学書は、しかし物語の舞台となる文政年間にはその多くが散逸していた、幻の書物となっていたのです。

 その医心方の内容を、影郎が知っているというのですが――さて、幻の医学書の内容を何故彼が知っているのか?
 その謎を巡り、杉田玄白の娘・八百、そして漢方医の名門・多紀家の多紀サイ庭(どちらも実在の人物)が影郎の周囲に現れるという趣向も面白い。

 人情ものに、カウンセリングを通じた謎解きの要素も加わっている本作ですが、そこにさらに一種伝奇めいた謎を巡る要素も加わっているというのは実にバラエティに富んでいると申せましょう。
 おそらくはシリーズ化されるであろう本作、この先どの方面に広がっていくのか……気になるところであります。


『虫封じます』(立花水馬 文春文庫) Amazon
虫封じ? (文春文庫 た 96-1)

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2015.11.10

瀬川貴次『鬼舞 見習い陰陽師と妖しき蜘蛛』 決戦の準備は整った!

 帯の「次巻、ついにシリーズ完結!」の言葉があまりにも衝撃的な『鬼舞』シリーズの最新巻であります。藤原家を狙う妖しの影に加え、一度は都を去った呪天と茨木が再来、強大さを増した鬼たち。これに対する見習い陰陽師サイドは、思わぬ形で源頼光に絡むことになります。

 ある事件がきっかけで、記憶喪失の美女・胡蝶と出会った源頼光。親友の渡辺綱が頼光の郎党であったこと、そして胡蝶を奇怪な妖が襲ったことから、道冬や吉昌たちも、頼光と胡蝶と知り合うこととなるのですが……
 実は真の魔は、胡蝶の母を名乗る美女・照代。葛城からやって来た蜘蛛の妖魔であった彼女は、胡蝶を操り、その権力を絶対のものにせんとしていた藤原氏を狙っていたのであります。

 という状況を受けてのこの巻では、冒頭に述べたとおり、呪天と茨木が(意外と早く)都に現れ、照代と手を組むこととなります。
 ともに藤原氏に恨みを持つ血族の末裔同士、そして奇怪な力を持つ妖同士、最強最悪の取り合わせにより生み出された鬼蜘蛛とも言うべき怪物を都に放つ呪天と照代。

 その一方、照代は胡蝶を、娘の入内を目前に控えた東三条の大納言(間違いなく藤原兼家がモデルでありましょう)に近づけんと企むのでした。
 鬼蜘蛛への対処に当たる陰陽寮も、美しくはかなき胡蝶が――心ならずも、いやそれどころか心の中で涙を流しながらも――敵の手先と知らぬまま、事態は進行していくことになるのですが……

 が、ここで思わぬ障害となったのが、胡蝶の存在に悋気の炎を燃やした大納言の妻(モデルは藤原道綱母)の行動。
 彼女が都を出て寺に籠もってしまったため、さすがに大納言も胡蝶を召し出すわけにいかず、妻を迎えに行くことになります。

 ここで大納言の供をすることとなった頼光と四天王。しかし四天王のうち、綱以外の三人は鬼蜘蛛退治に京に残ることになり、その穴埋め、人数合わせに駆り出されたのはなんと――!


 と、あれよあれよという間に事態は進展していくことになりますが、果たしてあと1巻で完結することができるのか? と思いきや、終盤の展開でなるほど! と膝を打つこととなった本作。
 言うまでもなく呪天のモデルである酒呑童子を討ったとされるのは、頼光と四天王であります。史実(?)どおりに考えれば、そこに道冬や吉昌が登場する余地はないのですが――なるほど、この手があったかと、と言うほかありません。

 内容的には嵐の前の静けさ的な趣もある本作ですが、この捻りによって、決戦への準備は整ったと申せましょう。
 そして嵐といえばもう一つ、途轍もない強敵の登場が仄めかされるのですが……こちらはある意味予想できていたことではありますが、しかしどう落着させるのか(過去の作品での例もあるだけに……)やはり気になるところではあります。いずれにせよ、最終巻が待ち遠しくてならないのは間違いありません。


 ちなみにこの巻では、長らく謎だった吉平・吉昌の母親について、作者のファンであれば「おっ」と思わされる記述が。
 あくまでも想像させるだけですが、なるほど、やはり……とこちらもニンマリさせられた次第です。


『鬼舞 見習い陰陽師と妖しき蜘蛛』(瀬川貴次 集英社コバルト文庫) Amazon
鬼舞 見習い陰陽師と妖しき蜘蛛 (コバルト文庫)


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2015.11.09

『牙狼 紅蓮ノ月』 第5話「袴垂」

 ふとした事件がきっかけで検非違使の藤原保昌と、彼に仕える放免の小袖と知り合った雷吼。小袖に惹かれる保昌だが、身分の差がそれを許すはずもなく周囲から猛反発を受ける。同じく保昌に惹かれていた小袖は、彼のことを思い自ら離れるが、身分を憎むその心の隙間に魔が忍び寄る……

 今回のタイトルは「袴垂」。袴垂といえば、平安時代の伝説の盗賊・袴垂保輔が浮かびますが、袴垂はともかく、保輔――藤原保輔は実在の人物。藤原南家という名門の出でありながらも、盗賊に身を落とし、世間を騒がせたという人物です。

 今回のメインとなるのは、その保輔と、彼に仕える放免の女性・小袖。放免というのは、一度罪を犯して捕らえられながらも、釈放(放免)された者を検非違使の手下として使っていたものであります。
 正直に言って、放免に女性がいたという記録はないはずですが、まあいなかった、という記録もないということで、この世界ではいたと考えておくべきなのでしょう。

 さて、ある晩、手に入れた里芋を暢気に愛でながら歩く雷吼がぶつかったのは、検非違使に追われる刃を持った男。この男を保輔と小袖が捕らえたことから、雷吼は二人と知り合うこととなります。
 小袖の身分を知り、苦労があったのだなあと自然に言った雷吼の言葉に、二人に好感を抱くことになります。

 さてその直後、小袖に小袖に髪飾り(お手製)をプレゼントする保輔。何ともぎこちない関係の二人ですが、言うまでもなく名門の御曹司と放免という身分では差がありすぎるわけで、不幸な予感がひしひしと……

 と、兄の家に保輔が呼ばれていった後、夜道で星明と――彼女が餓死した死体の鉢を気に入って拾おうとしているところで――出会った小袖。今度は小袖の髪飾りに目を付けた星明ですが、小袖はここで思わぬ提案をするのでありました。
 それは、自分に単衣(ここでは貴族の女性の衣装、という意でしょう)に着せてくれたら髪飾りを星明に譲るというもの。もちろん星明にしてみればそんなことはお手の物、翌日、牛車に乗せて単衣をまとった小袖と町に出る声明ですが……しかしそれがやはり自分にとって分不相応と悟った小袖は、星明に髪飾りを譲るのでありました。

 その頃、保輔は雷吼のもとを訪れ、自分が罪人になれば身分が釣り合うのではないかと相談するのですが……この辺りの想いのすれ違いを、保輔と小袖、雷吼と星明、男と女、それぞれ(お互いの想い/行動を知らないという形で)描くのはなかなかにうまい演出と感じます。

 さて、そして二人のすれ違いは頂点に達し、身分を捨てるという保輔に対し、その愚かさに愛想が尽きたと(心ならずも)言い放つ小袖。
 しかしそれでも保輔は身分を捨てると兄・保昌に宣言、藤原の使命とは京のために力を尽くすことだという兄に対し、その京とは誰のための京なのかと言い返す保輔の言葉は、正論ではあるものの、やはり青さは否めないのですが……

 そして一人彷徨う小袖は、路上に落ちた反物を拾っただけで盗人扱いされ、散々に打擲されることに。そして反物の持ち主である貴族の姫君から吐き捨てるような言葉をかけられた彼女の中で、この世の理不尽を恨む心が限界を超えた時――


 というわけで、残念ながら、という言葉がふさわしいかはわかりませんが、悲劇に終わった今回。
 しかし平安時代を舞台にした、平安時代ならではの物語、さらに言えば牙狼ならではの物語という点では、良く出来たエピソードであったと感じます(冒頭で触れた、女性の放免はいるのか、という点に目をつぶればですが……)

 保輔と小袖の物語を通じ、理想主義の雷吼と現実主義の星明の姿が浮き彫りとなる構図も――二人のスタンスの違いはこれまでも何回も描かれてきたわけですが――印象に残りました。

 そしてラストシーン、ついに盗賊となり、追っ手に名を問われた保輔。その時、かつて初めて出会った時、小袖がボロボロに垂れていたことから、名前を持っていなかった彼女に小袖と名付けたことを思い出し彼が、その伝で自らを「袴垂」と名乗ることとなります。

 この辺りはある意味お約束と言えば言えるのかもしれませんが、保輔の小袖への想い、思い出が籠もったものとして袴垂という名が生まれたというのは、決して悪い後味ではなく、どこか爽やかさすら感じられて、私は好きです。



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 『牙狼 紅蓮ノ月』 第1話「陰陽」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第2話「縁刀」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第3話「呪詛」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第4話「赫夜」

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2015.11.08

たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第4巻 史実と虚構の狭間の因縁

 文永の役での蒙古の九州襲来、その中でも対馬で行われた死闘をを独自の視点から描く本作。これまで幾多の犠牲を払ってきた対馬での攻防戦はこの巻でもまだまだ続きますが――同時にこの巻で描かれるのは、朽井迅三郎の過去に何が起きたかの物語。そしてついにあの御方が登場することとなります。

 ついに始まった蒙古の侵略。日本の武士とは全く異なる戦術と武器を持つ蒙古軍の前に、対馬を治める宗助国をはじめとする武士の多くが討たれ、残されたのは助国の娘・輝日姫らごくわずか。
 そこで姫を支え、蒙古軍に挑むは、対馬に流されてきた流人たち。その中でも歴戦の元御家人・朽井迅三郎だったのですが……しかし圧倒的な蒙古軍に対し、それも非戦闘員を抱えて彼らは撤退を余儀なくされます。

 そんな彼らを追うのは、モンゴルの若き将軍ウリヤンエデイ。大軍に対し、地の利を生かしての撤退戦を挑む迅三郎たちですが、相手は多勢の上に火薬という未知の兵器を持った相手。徐々に追い詰められていく対馬勢の運命は……


 と、果てしなく続くかのように感じられる蒙古軍との戦い。しかしこの巻の後半では、これまで大いに気にかかっていた、迅三郎の過去が語られることとなります。

 父の代から、北条氏の一門・名越時章と交流のあった迅三郎。しかし時章は突然に謀反の疑いをかけられ、討伐の兵を差し向けられることとなります。
 本来は自分とは無関係の戦ながら、時章を見捨てるわけにはいかぬと助太刀に加わる迅三郎ですが、奮戦空しく時章は討たれることに。後になって時章の無実が判明し、その名誉は回復されたものの、迅三郎は幕府の兵に刃向かった咎で、流罪に処されたのであります。

 ……実はこの事件は(迅三郎の件を除けば)、「二月騒動」と呼ばれる歴史上の出来事なのですが、ここで迅三郎が対馬に流される原因としてこの事件を持ってきた本作のセンスには唸らされます。

 というのもこの二月騒動で殺された名越時章は、筑後・大隅・肥後といった九州の守護を務めていた人物。その時章が殺されたことで、時の執権・北条時宗の腹心である安達泰盛らにこれらの地の守護職は移されたのであります。
 仮に時章が守護である時に蒙古が来襲すれば、彼は九州の御家人を束ねる立場となり、その結果、彼の幕府内での発言力が高まるかもしれない。それ故に時章は、側杖を食う形で殺されたのではないか……そのような見方もあるのです。

 本作の時宗像は、明らかにそのような思惑で描かれているのが見て取れますが、蒙古襲来を前提とした陰謀に巻き込まれた迅三郎が、蒙古と戦うことになったのは、因縁と言うべきか、はたまた皮肉と言うべきでありましょうか。


 そしてこの巻のラストでは、その迅三郎の前に、ついにあの人物が現れます。かつて壇ノ浦に沈んだと伝えられる安徳天皇が……
 その真偽はさておき、迅三郎は義経流の兵法を修めた男。そして義経といえば、ある意味、安徳天皇を「海の底」に追いやった人物であり、そこにも不思議な因縁が感じられるのですが……

 果たしてこの出会いが、蒙古との戦いにおいて何らかの意味を持つのか。いずれにせよ、史実と虚構の狭間に生まれる因縁が、本作をさらに面白くしていることは、間違いありません。


『アンゴルモア 元寇合戦記』第4巻(たかぎ七彦 カドカワコミックス・エース) Amazon
アンゴルモア 元寇合戦記 (4) (カドカワコミックス・エース)


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2015.11.07

朝松健『魔道コンフィデンシャル』 邪神対邪神、人間対邪神、人間対人間

 1950年、日系人ながらマフィアの幹部にまで登り詰めたトウキョウ・ジョーこと衛藤健。最近自分を悩ます悪意ある視線の背後に、かつて出会った人に非ざる者の存在を感じ取った彼は、一人の助っ人を雇う。その名は神門帯刀――元日本陸軍特殊工作員だった。シカゴを舞台に、邪神の代理戦争が始まる!

 久々の創土社クトゥルー・ミュトス・ファイルの紹介は、ベテラン朝松健が満を持して発表した『魔道コンフィデンシャル』。第二次大戦の余燼冷めやらぬ1950年のシカゴを舞台にした、作者独自のクトゥルー・ギャングものとも言うべき作品であります。

 クトゥルー・ギャングものというのはいささか聞き慣れぬ言葉かと思いますが、文字通り、クトゥルー神話作品に、アメリカのギャングの世界を絡めた作品群。
(そもそもこの両者が結びつくきっかけは、ギャングが勢力を伸ばした禁酒法時代と、ラヴクラフトの活躍時期が――すなわちクトゥルーたちの誕生が――重なるゆえではないかと思いますが、それはさておき)

 若き日のエリオット・ネスが邪神の脅威に挑む『聖ジェームズ病院』、本作の主人公の一人である神門帯刀が奇怪な力を持つギャングのボスに挑む『ダッチ・シュルツの奇怪な事件』に続き、私の知る限り本作で作者のクトゥルー・ギャングものは、第三作目かと思います。

 それだけでも実にユニークですが、本作にはもう一つの趣向があります。それは、これも作者が得意としてきたナチ・クトゥルーもの――その成果は『邪神帝国』としてまとめられていますが――の系譜に連なる作品でもあること。
 そもそも、神門帯刀自体が、ナチ・クトゥルーものの一つ『ヨス=トラゴンの仮面』でデビューしたキャラクターですが、ある意味本作は、彼が里帰りした作品と言えるかもしれません。


 さて前置きが長くなりましたが、本作は、その神門帯刀が、日本人マフィアのトウキョウ・ジョーの抗争の助太刀を勤めることになります。が、もちろん、その抗争がただのギャングの争いであるわけがありません。
 ここで抗争を繰り広げるのは、邪神YOSとNYA――ヨス=トラゴンとニャルラトホテップ。邪神の代理戦争に、神門とジョーは巻き込まれるのであります。

 大戦中、日系人部隊の一員として欧州を転戦した際に、ドイツで奇怪な体験をしたジョー。おぞましい人体改造実験が繰り広げられていたナチスの収容所を強襲した彼の部隊は、その地下で、奇怪な存在に襲われ、次々に無惨な最期を遂げていったのであります。
 ただ一人残されたジョーの命も風前の灯火となった時、彼に語りかける声が。それは仲間たちを襲った怪物たちとは敵対関係にあるナイアルラトホテップ――彼(?)に命を救われる代わりに、ジョーはその代理人として、ヨス=トラゴンとその代理人と戦う運命を背負わされたのでした。

 そして数年後、シカゴでのし上がったジョーに迫るヨス=トラゴンの代理人。二柱の邪神の代理戦争の助太刀となった神門ですが、しかし敵方の代理人は、彼とも因縁のある人物で……


 とにかく本作の面白さは、まず何よりも、時間と空間を超越した邪神たちの戦争が、マフィアの抗争と重なるような形で描かれることでありましょう。
 しかしだからといって、この戦いが決して卑近なものやコミカルなもとして描かれるのではなく、超次元の邪悪と世俗の邪悪、二つの邪悪の重なり合いとしてオーバーラップして描かれるその視点の面白さは、クトゥルー・ギャングものならではのものでしょう。

 そしてそれと同時に感心させられるのは、人間と邪神のパワーバランス設定の巧みさであります。正面から戦っては到底人間が敵うはずもない邪神たち。その邪神たちに、如何に人間が戦い(仮初めとはいえども)勝利を収めるか?
 アクション色の強いクトゥルーものではこのバランス設定が非常に難しいのですが(邪神側が強すぎれば人間の勝利に説得力がなく、人間側が強ければ邪神の恐ろしさがない)、この辺りのさじ加減の絶妙さは、やはりベテランの技と唸るほかないのであります。


 さて、ひとまずは作中で終わりを告げる邪神同士の代理戦争、そして人間と邪神の、人間と人間の抗争。しかしもちろん、それで全ての戦いが終わるわけではありません。
 本作でちらりちらりと示された何とも魅力的な設定を踏まえた更なる快作の登場を、今から待ちたくなってしまうのであります。


『魔道コンフィデンシャル』(朝松健 創土社The Cthulhu Mythos Files) Amazon
魔道コンフィデンシャル (クトゥルー・ミュトス・ファイルズ)


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2015.11.06

山口貴由『衛府の七忍』第1巻 新たなる残酷時代劇見参!

 『駿河城御前試合』を題材とした残酷剣豪時代劇『シグルイ』の山口貴由の最新作は、徳川家康が天下を取った時代、徳川にまつろわぬ者たちを守る七人の忍者を描く忍者アクション。やはり残酷描写には一切手加減なしでありつつも、しかしどこか野放図な豪快さを感じさせるユニークな作品であります。

 圧倒的な武力でもって豊臣家を滅ぼし、治国平天下大君を名乗る徳川家康。それでも満足せず、豊臣の残党を徹底的に粛正せんとする家康が発行したのは「覇府の印」――これを持つ者は、いかなる身分の者であったとしても徳川家の威光を帯びた者として、豊臣の残党を狩ることを許す手形であります。
 そしてこの印を与えられた百姓・浪人たちは、侍たちへの鬱憤を晴らすべく、いかなる外道の所業も辞さぬ「民兵(たみへい)」と化し、容赦なく、そして残忍非道に豊臣の残党を狩り立てていたのですが――

 ここで登場するのは、逃避行を続ける豊臣の家臣の娘・伊織と忠僕。彼女たちは、秘境・葉隠谷に住むという化外の民を頼りに、信濃国まで逃れてきたのであります。
 そして二人の前に現れ、大猪を苦もなく倒した剽悍な青年。彼は二人に対し、「カクゴ」(!)と名乗るのでありました。

 そしてカクゴたちの住む里に快く受け入れられた伊織たち。しかしカクゴの留守中に、彼女たちを追う民兵たちが里に現れ……


 冒頭から、無惨に首を断たれ、体中にいくつもの武器を断たれた青年(カクゴ)の姿が描かれるのに度肝を抜かれる本作。しかし彼にとって、死は終わりではありません。死後の安楽を望まず、怨念を背負って戦うことを選んだ彼の姿は異形の姿に――怨身忍者に変貌するのです。
 そう、本作は一種の変身もの。変身忍者ならぬ怨身忍者が、まつろわぬ者を守り、外道たちに超常の刃を振るうのであります。

 そんな本作に散りばめられているは、如何にも作者らしいと言うべきか、描写的にもシチュエーション的にも、全く手加減というものがない残酷描写。
 侍と侍の戦いであれば知らず、本作の主な敵役となるのは、暴力に狂った一般人とも言うべき民兵だけに、その所業も無惨の一言であり――そしてそれに対する主人公側も、全く手加減なしに超絶の技を炸裂させるのですから、作中に咲くのは血の花、というより臓物の花、であります。

 そんな本作が、しかしどこか陽性なものを感じさせるのは、カクゴや伊織をはじめとするキャラクターたちの言動が、良い意味でお行儀良くないと申しましょうか――
 いかにも年頃の若者らしい、飾らない、ぶっちゃけた言動を見せる彼らの姿からは、同じ残酷時代劇であっても、『シグルイ』のそれとは異なるものが感じられるのです。
(それはあるいは、本作の主人公サイドが、体制側のカウンターとしての「まつろわぬ者」たちであることと無縁ではないかもしれません)

 あるいは『シグルイ』の残酷が、物語の主題として描くべき「目的」であったとすれば、本作の残酷は、物語を彩る「手段」と言うべきでしょうか……
 そしてそんな彼らが活躍する物語は、どこか突き抜けた野放図さが――作者のかつての作品『悟空道』や『蛮勇引力』に通じるものが感じられるのであり――それが何とも気持ちいいのであります。


 さて、ここでどうしても連想されるのは、『シグルイ』と本作の間に発表された変格の変身ヒーローものとも言うべき『エクゾスカル零』。荒廃した遙かな未来世界を舞台に、葉隠覚悟をはじめ、強化スーツを身をまとった七人の(というのはちょっと語弊がありますが)ヒーローたちの物語であります。

 実は本作で採用されているのはいわゆるスターシステム――カクゴも伊織も、そして続いて登場する豪放な巨漢・憐も、『エクゾスカル零』が登場人物をモチーフとしたキャラ。
 正直に申し上げれば、終盤はかなり駆け足で終わってしまった『エクゾスカル零』。本作は、あるいはそのリベンジとも言うべきものなのかもしれません。

 もちろん、あまりに明確なスターシステムはいかがなものか、という声はあるかと思いますが……


 何はともあれ、この第1巻では、化外の民のカクゴに続いて、忘八者の憐が登場。ここから想像するに、本作には七種類のまつろわぬ者が登場し、そのいわば代表選手として怨身忍者が戦うことになるのでしょうか。

 絶対的権力者に突き立てられるまつろわぬ者たちの牙――これは実に好みとしか言いようのない物語であります。


『衛府の七忍』第1巻(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon
衛府の七忍(1)(チャンピオンREDコミックス)

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2015.11.05

『戦国武将列伝』2015年12月号(その二) 人の情、鬼の情

 号数の上はもう12月(!)のリイド社『戦国武将列伝』誌の紹介のその二であります。引き続き、印象に残った作品を一つずつ紹介していきましょう。

『セキガハラ』(長谷川哲也)
 前回、忍者峠天士郎の眼前で命を落とした細川玉(ガラシア)。彼女が同じ時間を何度も繰り返しているかのような言動を見せたことから、実は本作はループもの? と思ってしまいましたが、真相はある意味よりシンプルで残酷なもの。

 そして彼女の最期の言葉から、三成たちが、関ヶ原はヤバいということを知ってしまうという展開は、反則技の多い本作でも最大の反則のような気もしますが、しかしそれはそれで本作らしいと申せましょう。

 そして後半では早くも前哨戦たる伏見城の戦が勃発、史実では島津家が西軍につくきっかけとなった戦ですが、本作においては奇想天外というより奇怪な展開を見せることとなります。
(さらにここにどこかすっとぼけた真田父子も参戦してしまうのもおかしい)

 関ヶ原を避けようとする三成と、関ヶ原に引きずり込もうとする如水……如水の目的も明示され、関ヶ原を巡る綱引きが、次回も描かれるのでしょう。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 時代と場所を自在に変えて描かれる本作、今回は久々に古参の鬼姫・鈴鹿御前が登場。そして物語の中心となるのは、戦国時代に名高い姫武者・立花誾千代であります。

 名将・立花道雪の娘に生まれ、女性ながらその跡を継ぐこととなったギン千代。父の期待に応えるという願いを叶えるため、鬼が出没するという夜道を一人神社まで通おうとする、彼女の心を嘉した鈴鹿御前は、その願いが叶うまで、彼女を守護することを誓います。
 やがて成長し、立花宗茂と結ばれた誾千代は、戦国末期の激動の時代を生き抜き、その姿は敵対する者たちから鬼姫と恐れられるほどとなったのですが……

 これまで女性の業を描くことが多かった本作ですが、なるほど、自ら己の手を血に染めて戦場で戦った彼女は、格好の題材でありましょう。
 そしてその彼女が、血に狂ったか本当の鬼の姿を見せ始めた時、鬼切丸の少年が現れるのですが……もしやと思っていたものの、この捻りはなかなかに面白くも切ない。

 そして、鬼と人間、そのどちらに対しても否定的だった鬼切丸の少年が、好意的ではなく冷笑的な態度にせよ、どこか情を以て相手に接しているのは、果たして鈴鹿御前が絡んだエピソードだからか否か、という点も気になってしまうのであります。


『無常草紙』(しりあがり寿)
 毎回本誌のラストを飾っているこの連作寓話ともいうべき作品、紹介するのははじめてかと思いますが、切なくもの悲しげなタイトルの一方で、ハートウォーミングなエピソードも多く、ホッとさせられることも少なくありません。

 今回のエピソードもその一つ、主君から与えられた刀を盗賊に盗まれた侍が主君の怒りを買い、「刀盗まれ候」という屈辱的な幟を立て刀の行方を探るように命じられるのですが……
 幾多の苦難を経て、命を削るような旅を続けた末についに見つけた刀はどこにあったのか。そして刀を前に侍は何を想うのか。本当の力の在り方とは何かをしみじみと感じさせてくれる結末の温かさは、語り口の妙もさることながら、この絵柄の力もあるのだな……と改めて感じさせられます。


 そして今年最後の刊行となる次号2月号は、新連載が2本とのこと。うち一本は下元ちえが長谷川等伯を描く作品とのことで、今から楽しみにしているところです。


『戦国武将列伝』2015年12月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ戦国武将列伝 2015年 12月号 [雑誌]

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2015.11.04

『戦国武将列伝』2015年12月号(その一) 奇傑再び舞う

 早いものでもう今年も残すところあと二月。二ヶ月に一度のお楽しみ『戦国武将列伝』も、今年五冊目が発売されました。最新号の表紙&巻頭カラーは、かわのいちろうの『バイラリン』であります。今回もまた、印象に残った作品を一つずつ紹介していきましょう。

『バイラリン 真田幸村伝』(かわのいちろう)
 上で述べたとおり、表紙&巻頭カラーの本作は、今回から新展開……というより本編突入といったところでしょうか。

 圧倒的な家康の力の前に関ヶ原の戦があっという間に終結し、九度山に蟄居することとなった幸村と昌幸。時は流れて十数年後、かつての荒ぶる奇人ぶりはどこへやら、家族たちと平穏に暮らす幸村の心は、父の死をもってしても、動かないように見えたのですが……

 と、前回までは得体の知れぬ精気を放っていた幸村が、いきなり老け込んでいたのに驚かされる今回ですが、もちろん彼がこのままでは終わらないのは歴史が示すところです。
 時が流れた後の姿を一番見たかったあのキャラも艶やかな姿で登場し、本当の戦いはこれから、という印象。奇傑の再びの舞いに期待です。
(そして個人的には、後藤又兵衛の登場にも期待……)


『孔雀王 戦国転生』(荻野真)
 謎のイケメン・明智光秀に導かれ、再び上洛した信長一行。以前は呪いによって魔都と化していた京は、見違えるように美しい世界となっていたのですが、しかしそれこそが魔の存在を感じさせます。
 一方、信長と引き離された孔雀は、近衛前久の導きで、前将軍・足利義栄と対面するのですが、その姿は奇怪な怪物に……

 今回も信長と孔雀は別行動、バラバラに物語の核心に迫っていくこととなりますが、今回孔雀が対決するのは、あるメジャーな西洋悪魔(意外にもシリーズ初登場?)。古の神やら西洋悪魔やら入り乱れる様は、ある意味『孔雀王』らしいといえばいえましょう。
 と、あれこれ考えていたのを全て吹き飛ばしてしまうのが、ついに登場した悪徳太子の姿。名前から連想される姿とは180°異なるその姿は、どう控えめに申し上げても完全にアウトにしか見えないのですが……これもまた『孔雀王』らしい、か?


『戦国自衛隊』(森秀樹&半村良)
 前回、ラプトル(流風盗)がタイムスリップして自衛隊に入隊!? と一部で妙に盛り上がりましたが、その一方で自分たちの存在意義に悩んでいた戦国自衛隊。しかし謎の人物と出会った伊庭三尉たちは、小さな光明を見出して……

と、戦国自衛隊が見出した、この時代で(とりあえず)成すべきこと、それは――災害救助でした! という、ある意味コロンブスの卵的展開が描かれる今回。
 自分たちの機体だけでは大人数を避難させられないために、信長の懐に飛び込んで、彼の下にある大型ヘリを持ち出す(ついでに信長も同行させる)伊庭たちの姿は、これまで信長の個性に押されまくっていただけに、ある意味痛快ですらあります。

 そしてさらにユニークなのは、戦国自衛隊の無私の活動を見た信長が、その姿に古代中国のある思想を見出すこと(そういえば漫画版は同じ作者でしたが……)。
 なるほど、自衛隊の活動にこの思想を当てはめるというのは、言われてみれば(多分に理想的ながら)実にしっくりきます。いわば二重のコロンブスの卵が印象に残るエピソードでした(が、そこから信長がたどり着く考えが、やはり狂っているのですが)。


 長くなりましたので次回に続きます。


『戦国武将列伝』2015年12月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ戦国武将列伝 2015年 12月号 [雑誌]

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2015.11.03

霜月かいり『BRAVE10S』第8巻 いざ決戦、奥州の地へ!

 第一シリーズと巻数が並んだ『BRAVE10S』の第8巻であります。神としての心と力に支配され、イザナミと化した伊佐那海によって敗北を喫し、バラバラとなった十勇士。イザナミは伊達政宗の手に渡り、天下に暗雲が立ちこめる中、各地に散った十勇士たちは、それぞれ再起への道を模索するのですが……

 伊佐那海の謎を探るため、彼女が育った出雲に向かい、地下遺跡を探索する才蔵と半蔵。そして地下の大岩に記された古代文字から、才蔵は、自分たちの命を以てイザナミの力を封じる運命にあることを知り、複雑な想いを抱きます。

 そんな中、不穏な動きを見せる伊達政宗の討伐を命じられた真田信之は、単身政宗と対決。政宗が神々を手にしたことを知らぬ信之を案じ、そしてイザナミを止めるべく、才蔵・半蔵・佐助・六郎の四勇士と幸村・大助親子は奥州に向かいます。
 しかし完全に黄泉の国の女王の力に覚醒したイザナミが呼び出す不死身の黄泉醜女たちの前に才蔵たちは大苦戦。佐助が、半蔵が黄泉に消え、絶体絶命の才蔵たちですが……


 というわけで、青葉城を舞台に繰り広げられることとなった決戦。
 出雲由来の神々との対決が奥州というのも少々面白く感じられますが、思えば物語当初から、伊佐那海の力を巡って真田と伊達が対決してきたことを思えば、その伊達の本拠での決戦は当然と言うべきかもしれません。

 そして信之と政宗の一騎打ちという、ある意味無茶苦茶で、ある意味本作らしいドリームマッチを前座にするというえらく贅沢な形で始まった決戦ですが、しかし駆けつけたのは十勇士の半分にも満たない四人(まあ、人気はトップクラスの面子かと思いますが)というのが寂しい。

 もちろん、伊佐那海は敵に回り、清海入道は命を落とし、アナは瀕死の重傷、甚八と鎌之介は行方知れずとなり、十蔵も旅に出て、という状況ではありますが、決戦にこれで良いのか!? 
 ……と思っていたこちらの気持ちを読んだかのように、あの男たちが、そして男だか女だかわからない奴が駆けつける展開は、お約束と言わば言え、やはり盛り上がります。

 もちろんまだまだ敵は圧倒的、イザナミを封じる術も全くわからない状態ではありますが、しかしメンバーが揃っていくだけで強く、頼もしく感じられるのは、チームものならではでありましょう。
 おそらくあと一人も登場するであろうことを考えれば(既に死んだ人間はどうするのだろうとは思いますが)いよいよこれからが本当の戦いと言うべきところ、遂に次の巻で本作も完結とのこと。

 思えば第一シリーズから数えて10年近く追いかけてきた本作。思い切り派手に盛り上がげてラストを飾って欲しいものです。


『BRAVE10S』第8巻(霜月かいり KADOKAWA/メディアファクトリーMFコミックスジーンシリーズ) Amazon
BRAVE10 S (8) (MFコミックス ジーンシリーズ)


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2015.11.02

『牙狼 紅蓮ノ月』 第4話「赫夜」

 その美しさが都中の話題となっている姫・赫夜。しかし、彼女に求婚し、それぞれ珍しい宝を集めた五人の貴族が次々と炎羅に襲われ、殺害される。赫夜こそが炎羅と睨む星明だが、彼女と出会った雷吼は、その潔白を示すために奔走する。果たして本当の炎羅はどこにいるのか……

 今回の脚本はゲームやアニメのシナリオで活躍する和智正喜。あらすじからわかるとおり、『竹取物語』をベースとしつつも一ひねり加わった内容が楽しめる回でした。

 龍の珠を手に、赫夜のもとに夜道を急ぐ貴族。しかしその前に赫夜が現れた次の瞬間、何者かにより一行は殺され、宝は奪い取られることに。
 その直後に駆けつけたのは、すでに求婚者が二人、無惨な死を遂げていたことから、赫夜こそが炎羅と目星をつけた星明と、彼女に引っ張ってこられた雷吼と金時。しかし三人目の犠牲者が出たことから、星明はさらに疑いを募らせるのですが……

 しかし半信半疑の雷吼は、物見高い人々に混じって、赫夜に逢うための行列に並ぶことに。炎羅を察知する能力を持つ金時であれば、赫夜が炎羅か否か、すぐにわかるという意図であります。
 ここで、検非違使がうるさいため、行列する人々は和歌が書かれた拝顔の札を買わされる(歌がメインの売り物で、拝顔はおまけ)というのがちょっと楽しいのですが……

 しかしそこに現れたのは残る二人の求婚者、石上麻呂足と車持皇子。二人が争っている隙に大胆にも赫夜の部屋に踏み込んだ雷吼は、金時にその場を任せて(これが事態をややこしくするもと)、大胆にも赫夜を連れてその場を逃れるのでありました。
 自分を救ってくれる人を探しているのだという赫夜と語らった雷吼は、彼女はやはり炎羅ではないと堅く信じるのですが……

 と、その間に石上麻呂足は屋敷で何者かに殺害され、残る車持皇子は太刀を抜いて暴れた挙げ句、牢に繋がれるという有様。しかし車持皇子が破獄し、彼が赫夜のもとに向かうことを察知した雷吼たちは、赫夜の屋敷に向かいます。
 果たして赫夜に刀を抜いて迫る車持皇子。彼が炎羅だと思っていた雷吼ですが、しかしそこで正体を現した炎羅とは――


 というわけで、どう考えても流れ的に赫夜が炎羅としか思えない今回のエピソード(雷吼がほとんど無条件に赫夜を信じたり、彼女が救いを求めているだけになおさら……)。
 が、ラストで明かされる炎羅の正体は、なんと財宝への欲に取り憑かれた竹取の翁と媼、というのにはやられました。なるほど、炎羅になる者は強い陰我を持つ者、ということを踏まえれば、世俗の欲があるように見えない赫夜が炎羅というのは、よく考えればわかることでした。
(ここで炎羅が二体なのが、捜査を攪乱する形になっているのも面白い)

 さて、出現した炎羅も二体だけあってこれまでよりも若干手強く、それぞれ牙狼に首を断たれつつも、翁の首と媼の体が合体、山嵐のような炎羅と化して回転アタックを仕掛けてくるというアクションシーンも、それなりに楽しめました(やはり一撃なのですが)。
 そしてただ一人残された赫夜。救いは雷吼ではなかったと語る彼女は、月の光の中に浮き上がり消えていくのでありました……


 と、正体不明のままで消えてしまった赫夜ですが、交互に放映されている2バージョンのエンディング映像のうち、総キャストバージョンの方に彼女らしきキャラクターが登場していることを考えれば、今後も登場するのでしょう。

 今回は画も良く、無難に楽しめる回であったかと思います。



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2015.11.01

真藤いつき『青志郎秘拳帖 夢の仇路』 拳術使いの明朗時代小説

 五島列島のはずれの島で、母の手一つで育てられた青志郎。武士の子として厳しく育てられた彼は、ある日、山の中で猿田彦と名乗る奇妙な老人と出会い、獣拳道なる武術の手ほどきを受ける。やがて病で亡くなった母の遺言――自分の夢を探すことを決意した青志郎は、旅先で謎の女と出会うのだが……

 9月の白泉社招き猫文庫の新刊のうち、タイトルの時点で非常に気になっていた作品が本作であります。
 タイトルからすると、何やらハードな武術アクションを想像させる本作ですが、蓋を開けてみれば実は明朗時代小説とも言うべき内容。拳法の達人ながらまだまだ人生は未熟な青年の物語です。

 時は寛政の改革の後の時代、場所は五島列島のはずれの小さな島・星島。顔は知らぬものの、武士である父と、島の女性である母の間に生まれた青志郎は、幼い頃から母の手一つで育てられた青年。
 父が武士であること、そして青志郎も武士として生きるべきことを子供の頃から叩き込まれた青志郎は、それ故に島の子供たちからは孤立し、寂しい少年時代を送っていたのですが……そんな彼が出会ったのは、物の怪めいた老人・猿田彦でありました。

 得体は知れぬものの、青志郎を手もなくあしらう猿田彦に、武士はまず強くなければならぬと考えた青志郎は入門し、老人の操る獣拳道なるどこかで聞いたような武術を学ぶことになります。

 ちなみに獣拳道はその名から想像できるとおり、獣を真似た動きと技の武術。
 あまり武士らしくはないのですが、そこは「心に棚を作れ」というどこかで聞いたような教えで青志郎は乗り越えるのですが……

 やがて流行病となり、自分の夢を探せという言葉を遺して亡くなった青志郎の母。気を紛らわせるように猿田彦の下で一層の修行に励む青志郎は、いつしか自分が、顔も知らぬ女性とともに自分に似た子供を見守るという夢を見るようになります。
 それをきっかけに、母の遺言を果たせと師に背中を押された青志郎は、島を離れて九州本土に渡るのですが……


 腕は立つものの世間知らずの青年が、旅に出て様々な人々、様々な事件と出会い、人間として成長していく様を爽やかに描く――冒頭で述べたとおり、本作は一種の明朗時代小説とも言うべき作品であります。

 青志郎が旅立つまでを描く前半に続き、その彼がある女性と出会うことで奇妙な事件に巻き込まれる様が描かれる後半部分。
 記憶喪失ながら敵討ちが目的(のはず)と語るヒロインと旅することとなった青志郎の冒険は、どこかすっとぼけた、陽性の空気で、なかなかに気持ちよいものがあります。

 が……それでも、やはり勇ましいタイトルとのギャップは感じてしまうのは正直なところ。それはそれでまあ良いとしても、主人公がその技を振るう場面も少ないのは気になります。
 獣の動きを使う無手の武術というのは、時代小説ではかなりの変わり種であり、その特異性は大きな武器となると思うのですが……厳しいことを申し上げれば、主人公がこの特異な技を使う必然性があまり感じられないように思えてしまったのは残念なところであります。

 先に述べたとおり、物語を包む空気の暖かさは良いので、そことこの点ががっちり噛み合えば、言うことなしだと感じるのですが……


 そしてもう一つ、こういったことは滅多に申し上げないのですが、やはり表紙イラストはさすがに如何なものかなあ……というのも、正直な気持ちであります。


『青志郎秘拳帖 夢の仇路』(真藤いつき 白泉社招き猫文庫) Amazon
青志郎秘拳帖 夢の仇路 (招き猫文庫)

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