海野螢『はごろも姫』上巻 天女と羽衣と虚ろ舟と
富士山の噴火で孤児となり、盗賊団の下っ端となった龍之介は、盗みが失敗して逃げる途中、三保の松原で虚ろ舟とその脇に倒れていた少女を見つける。さくやという名前以外の記憶を持たない少女に巻き込まれるように「羽衣」を捜すこととなった龍之介だが、羽衣を求める者は彼らの他にもいた……
以前にも述べたかと思いますが、ここしばらくの『コミック乱』誌は、ラインナップが実にユニークかつ魅力的。
作品ももちろんですが、何よりも執筆陣に、時代劇画誌とは良い意味で思えぬような顔ぶれが含まれているのが、私のような人間にとっては大きな魅力であります。
そして本作の作者・海野螢もその一人。主に青年漫画誌で活躍してきたという作者の絵柄は、なるほどいわゆる劇画とは大きく異なるタッチですが、どこかファンタジーの香りが漂う本作には良く似合います。
簡単に申し上げれば、本作はタイトルどおりの羽衣伝説+いわゆる「虚ろ舟の女」を題材とした物語。
三保の松原(をはじめとして日本各地で語り継がれているのですが)に降り立った天女が羽衣を隠されて天に帰れなくなるという羽衣伝説。どこかUFOを思わせるような形状の金属製の舟に乗って漂着したという虚ろ舟の女――
異界から来た女性という共通点はあるものの、本来別々のものである二つの物語を結びつけた作者の視点のユニークさが光ります。
また舞台の方も、平安という、伝説に彩られた物語に相応しい時代を選びつつも、そこに都良香や菅原是善・道真といった実在の人物を絡めているのが興味深い。
正体不明の羽衣、そして虚ろ舟を巡り、彼ら実在の人物が――それも当代一流の文化人が――暗躍するというのは、物語に不思議なリアリティと、そして生臭さを感じさせるのが面白いのであります。
(ちなみに道真は羽衣の天女から生まれたという伝説がある人物というのも……)
が、この上巻の時点では、そんな生臭い大人たちと対になるはずの子供たち――主人公サイドの印象が弱いのは、どうにも気になるところではあります。
本作の主人公・龍之介は、かつて貞観の大噴火で母を失い、それ以来、盗賊団に加わって生き延びてきた少年。が、盗賊団といってもあくまでも下っ端で、ヒロインを守るナイトとしてはどうにも頼りない……という印象。
この上巻では、なかば無理矢理さくやに引っ張り回されている状況ということもあり――そしてピンチにも別のキャラクターに助けられることがほとんどで――色々な意味で「弱い」と感じられるのが、正直なところです。
もちろん、物語はこれからが本番でありましょう。果たして是善や良香が――そしてさくやが求める羽衣とは何なのか。そして何故さくやは龍之介に羽衣探しを頼んだのか。二人を守る謎の女の正体は……
物語の発端である富士山には我が国で最も有名な天女の伝説があることを思えば、そちらとの絡みも気になるところであり、この天女伝説がどのような結末を迎えるのか……下巻も近日中に紹介したいと思います。
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