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2015.11.21

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第1巻 優しさから荒波に向かう時の中で

 伊庭の小天狗と呼ばれ、戊辰戦争の激戦の中、片腕を喪いながらもなおも戦い抜いた隻腕の剣士・伊庭八郎。そんな幕末ファンにはお馴染みの美剣士を、一個の人間として捉え直した本作の第1巻において描かれるのは、彼の少年時代を中心とした時期であります。

 本作の冒頭に描かれるように、箱根での激闘の中で片手を喪いながらも鬼神も三舎を避くが如き戦いをみせたという伊庭八郎。
 しかしそんな彼もかつては病弱で、剣よりも書を好む少年であった……本作は、そのある意味意外な少年時代に遡り、始まることとなります。

 江戸時代後期、江戸の剣術道場がかつてない隆盛を誇った中でも、超実戦派の道場として知られた心形刀流伊庭道場。代々の当主を血脈ではなく実力で選んだという事実からも、その実力重視の姿勢がうかがわれます。

 そしてその伊庭道場の第八代・伊庭軍兵衛秀業の嫡男として生まれたのが八郎。先に述べたとおり、血脈よりも実力を重んじた流派とはいえ、父や周囲の姿に触発され、一種責任感めいた形で強さを夢見るのはむしろ自然とは申せますが……しかし、己の体がその想いについていかないことを歯がゆく思った八郎は、思わず家を飛び出すのでした。

 しかしほとんど行き倒れ状態となってしまったところに出会ったのが、料理人の鎌吉。八郎の純粋かつ真っ直ぐな人物に好感を抱いた彼は、自ら八郎の一の子分を買って出ることになります(そして冒頭の箱根の戦いにおいて、八郎の戦いを見届けることになるのですが、それはさておき……)。

 子分であり、同時に人生の先輩である鎌吉との出会いにより、少しずつ外の世界に踏み出していく八郎。
 そして鎌吉だけでなく、道場の先輩である中根淑(香亭)、無二の親友として生涯を共にすることになる本山小太郎……そして何よりも父・軍兵衛ら、様々な人々に見守られて、八郎は少しずつ成長していくこととなります。

 これまでに述べてきたとおり、八郎の少年時代を中心に(後半にはオトナになった彼の姿も描かれますが……)描かれるこの第1巻。
 それゆえ派手な剣戟シーンは比較的少なめではありますが、その代わりにと言うべきか、丹念に丹念に積み重ねられていくのは、八郎と周囲の人々の触れ合いであります。

 初めは孤独感に苛まれていた八郎が、周囲の人々の暖かさ触れて自分が一人ではないことを知り、そして人間として剣士として成長していく……文章にすれば簡単ではありますが、本作ではそれを登場人物の行動はもちろんのこと、ほんの僅かな表情や体の動きで見せてくれるのが実にいい。
 特に八郎に向けられる軍兵衛――基本的に寡黙で古武士めいた風貌なキャラなのですが――の眼差しは見事と言うほかなく、その親としての情が伝わる画には胸が熱くなる想いです。


 しかし、「今」は周囲の優しさに包まれている八郎ですが、これから彼を待ち受けるのは幕末の荒波。かつては味方だった者たちからも刃を向けられる、そんな時代がこの先彼を待ち受けていることは、物語冒頭に描かれたとおりであります。

 しかしもちろん、八郎がそれに負けるはずもないことは、この第1巻を読んだだけでも伝わってきます。
 少年時代を終えた八郎が如何に荒波に至るまでの時を過ごしていくのか、そして荒波をくぐり抜けた先に彼が見るものは……期待しましょう。


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