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2015.12.28

野田サトル『ゴールデンカムイ』第5巻 マタギ、アイヌとともに立つ

 蝦夷地に眠るアイヌの黄金を巡る争奪戦も、黄金の価値が一挙に千倍アップという説も飛び出していよいよヒートアップ。それぞれの想いを秘めて暗躍する鶴見中尉一派と土方歳三一派の動きをよそに、マイペースで動く杉元・アシリパ・白石トリオですが、思わぬ危険な敵が迫ることとなります。

 悪夢の熊撃ち・二瓶鉄蔵との死闘を制し、刺青人皮を求めて旅を続ける杉元一行が次に訪れたのは、鰊漁で湧く海岸。一見賑やかかつ平和に見えるこの地に潜んでいたのは、しかし死刑囚の中でも屈指の危険人物、これまでに百人以上を殺害してきたシリアルキラー・辺見和雄であります。

 一見ごく普通の温厚な青年に見える辺見は、しかしかつて弟が眼前で獣に食い殺されたのを目撃して以来、人が死に抗う姿に取り憑かれては殺人を繰り返し――そして同時に、自分が誰かに殺されかけ、死に抗う姿を想像しては恍惚となる、大物の変態であります。
 そんな『喧嘩稼業』に出てきそうな変態に見初められてしまった杉元に迫る危機。そしてその一方でこの地に鶴見中尉一行まで現れ、一気に大乱戦が繰り広げられることになります。

 さらに戦い終わった後には、杉元と土方が接近遭遇。目の前の老人が土方とは気付かぬ杉元を、土方は例によっての新選組隊士になぞらえるという癖(この方も大概○○ですが)を出しつつも観察するのですが……


 主人公サイドでそんなドラマが繰り広げられている一方、意外な展開を見せたのは、かつて二瓶とともに杉元たちを狙った鶴見中尉配下の軍人・谷垣。マタギの血を引く彼は、なりゆきからアシリパに救われ、彼女のコタンで傷を癒やしていたのですが、そこに同じく鶴見中尉配下の尾形と二階堂が現れます。
 かつて杉元との戦いに敗れて川に転落した尾形と、捕らわれた杉元を襲うも双子の弟を返り討ちにされた二階堂。実は彼らこそは部隊の中の反鶴見中尉派、谷垣が自分たちのことを中尉に密告するものと誤解した彼らは、谷垣の口を封じるために襲撃してくるのですが――

 前の巻の紹介でも述べたとおり、ここのところ主人公サイド以外の物語展開も多く、その点は少々不満に感じていたのが正直なところではあります。
 しかし今回の谷垣と尾形・二階堂の対決は、いかにも本作らしい相手の出方の読み合いをメインとしたバトルの面白さもさることながら、双方とも単純な善玉悪玉というわけではなく、それぞれに背負う者がある、書き割りではない存在感を持つ人間として戦うのが実にいい。

 初登場時は単なるやられ役に見えた尾形が細かいところでキャラを立ててくるのもさることながら、アイヌの人々に命を救われた谷垣が、彼女たちを巻き込まぬために、かつての相棒である二瓶の遺した銃を手に、一人立ち向かうというシチュエーションが泣かせます。
 何よりも、額に傷を負った谷垣が包帯代わりに巻くのが、マタンプシ(アイヌの鉢巻き)というのが、今の彼の魂の在処を無言のうちに感じさせてくれるのにはただ唸らされるばかりであります。


 かようにもはや群像劇の趣を呈し始めた本作ですが、しかしそれが猛烈に面白いのだからもうあれこれ言うことはありますまい。

 全ての発端である謎の死刑囚・のっぺらぼうの意外な正体も判明し、次に向かうはあまりに危険かつ意外な場所――というわけで、先の展開がいよいよ読めなくなってきた、そしてそれが実に楽しい作品であります。


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