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2015.12.25

荻原規子『風神秘抄』上巻 歌舞音曲が結びつけた二人の向かう先に

 笛のみを友として育った孤独な少年・草十郎。平治の乱に源義平の郎党として参加したものの、敗走して皆とはぐれた彼は、思わぬ成り行きで盗賊の一団に拾われる。そんなある日、京で出会った白拍子の少女・糸世の舞と、彼の笛は不思議な共鳴を見せる。果たして二人の出会いは何をもたらすのか……

 いわゆる「勾玉三部作」の荻原規子が、平安時代末期を舞台に描く時代ファンタジー――世界観的には三部作に連なるものですが、内容的には全く独立して楽しめる、心躍る物語であります。

 武士の庶子として生まれて周囲に疎まれて育ち、山中で笛を吹くことだけを楽しみとしてきた少年・草十郎。16歳になり、異腹の兄に見いだされた彼は、平治の乱に源氏方として参加することとなります。
 戦の中で源義平と出会い、その豪放磊落さに心を開きかける草十郎ですが、戦は負け戦。落ち延びる一行から遅れた義平の幼い弟・頼朝を助けようとした草十郎は皆からはぐれ、盗賊団に捕らえられてしまうのでした。

 その時に見せた腕前を買われ、客分のような扱いとなった草十郎。ある意味平和な毎日を送る彼は、しかし久々に足を踏み入れた京で、義平が獄門とされているのを目撃し、絶望するのですが――
 そんな彼が六条河原で目にしたのは、白拍子の少女・糸世が舞う魂鎮めの舞い。そして引き寄せられるように思わず吹き始めた彼の笛の音は舞いと共鳴し、その場に不思議な風と花吹雪を生み出すのでありました。

 糸世に振り回されるうちに、次第に彼女に惹かれていく草十郎。そして、頼朝が捕らえられ、京の平清盛の下に連行されることを知った草十郎は、糸世の力を借りて、頼朝の運命を変えようとするのですが……


 そんな本作を一言で表すとすれば、ボーイミーツガールでありましょう。
 その生まれから孤独な少年時代を過ごし、戦の場でようやく見つけた信頼できる人間である義平を、その直後に失ってしまった草十郎。唯一彼が無心になれる笛も、人に聴かせるためのものではなく、ただ山中の鳥獣に聴かせるのみ……全てを失い、自暴自棄になった――と言っても、その姿に悲壮感よりも、年相応の脆さや危うさを感じてしまうのも彼の面白いところですが――彼を受け止める形となったのが糸世の存在であります。

 ある意味世の枠の外側で暮らす遊芸人、白拍子たちの中でも、特別な力を持つ者として扱われ、勝手気儘に――しかしそれが驕慢さではなく、こちらの年相応の天真爛漫さとも映るのがいい――振る舞う糸世。
 しかし彼女は、自分が持つ力がとそれを用いる役目ゆえに、そしてその力があまりに大きすぎることを自覚しているがゆえに、どこか周囲から一線を引いて生きる身でもあります。

 そんなそれぞれに孤独な少年と少女が、歌舞音曲という共通点を通じて出会い、少しずつ変わっていく……その様が丹念に描かれていくのが、実に心地よいのであります。
(特にこの上巻の終盤、不器用に心を通わせ始める二人の姿は、何とも微笑ましく、読んでいるこちらの頬が緩んでしまうのです)

 そしてもちろん、二人は、ただ二人のみでこの世に存在しているわけでもありません。草十郎を拾った盗賊の頭目・正造、糸世を女神のように崇拝する日満、そしてカラスの王を自称する鳥彦王たちが、彼らを支え、力となっていく――それはすなわち、彼らと周囲の世界の接点となっていくことですが――様もまた、魅力的なのです。

 そしてその世界は、人間の世界に限ったものではありません。上で挙げた鳥彦王――『勾玉』シリーズとの繋がりを感じさせるネーミングであります――は、人の言葉を喋る(といってもそれが理解できるのは草十郎だけなのですが)カラスなのですから。
 そのくせ、草十郎よりもずっと世慣れているのが何とも可笑しく、かなり生真面目な部類に入る草十郎の言動にクチバシを入れる鳥彦王のやりとりは、重い場面も少なくない本作における清涼剤の役割を果たしているのであります。
(特にこの上巻終盤の、草十郎をあたたかく見守り過ぎる鳥彦王には爆笑)


 しかし、他者との、周囲の世界との接点が増えることは、同時にそれだけ危険が増えることをも意味します。物語の背後で不可思議かつ不気味な存在感を見せる後白河法皇が、二人の未来にどのような影響を与えるのか――
 不穏な空気が漂いはじめるこの上巻のラストに続き、下巻でいかなる物語が展開されることになるのか、近々紹介したいと思います。


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風神秘抄 上 (徳間文庫)

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