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2015.12.07

矢島綾『天空をわたる花 東国呼子弔忌談 過去を呼ぶ瞳』 世の則と人の情の狭間に

 JUMP j-BOOKSは、その母体的にすべて漫画のノベライズという印象を持たれることがありますが、もちろんそれ以外の作品も数多く含まれております。本作もその一つ……明治初期を舞台に、人と神の織りなす美しく哀しい悲劇を描き出す物語であります。

 遙かな昔から、神と人の境界を守り、それを侵した者を裁く存在・呼子。二つの瞳を持つ右目に父祖代々の呼子の記憶を受け継ぐ彼らは、個々の名も意思を持たず、ただ冷厳に使命を果たす存在です。通常は。
 本作の主人公・兵助は、呼子でありつつも己の名と意思を持つ存在であり、そして彼に付き従う美少女姿の神・火雷こと火雷天神も、高位の神でありながらも、彼の使役神となっている変わり種のコンビであります。

 時は明治7年、この二人が、数年前から年に一度、夜空を流れるようになったこの世のものならぬ青い花を見物するため、科野の山を訪れたのが物語の始まり。日本中の神々が集まる山中で、二人は、何かを恐れるように夜道を行く一人の妊婦と出会います。

 その妊婦を送って向かった先の村で二人が出会ったのは、どこか己の意志を持たぬかのように振る舞う人々。そして村では神を手厚く祀りながらも、しかし神の気配が感じられぬ状態にありました。

 常人が知らぬはずの呼子の存在を知る村長、父とは距離を置く病身のその娘、人当たりの良い中にぞっとするような冷たさを感じさせる医師。妙に女性の数が多く、そして獣の血の臭いを漂わせる村人たちと、村で育てられる、神すらも惑わせる青い花。
 どこか異常な村に滞在することとなった兵助と火雷は、もうすぐ村で婚礼が行われることを知りますが、それこそは――


 本作にあえてジャンルを当てはめるとすれば、伝奇ミステリが最も近いでしょうか。
 奇怪な因習と儀式に縛られた閉鎖的な村というのは、ある意味定番の舞台でありますし、物語を動かすのは、そこで何が行われようとしているのか、そしてそれは何故、何のためなのかという謎の存在なのですから。

 そしてその謎に挑む青年・兵助は、呼子なる神と人の境界を厳然と隔てる者。
 言い換えればその存在は、神の世と人の世、それぞれの世界の則を守る者であり――それはある意味、まことに探偵役に相応しいものであると申せましょう。

 本作は、そんな本作独特の概念を、兵助と火雷のキャラクター描写に絡めて分かり易くかつ丹念に描き出してみせるとともに、それがさらに、全編を貫く謎の存在と密接に結びつき、一つの物語として描き出してみせるのが素晴らしい。
 物語を読み進めながら唯一気になっていた、この時代を舞台とする必然性についても、見事にミステリ的に――本作で初めて使われたアイディアというわけではないかもしれませんが――活用しているのには感心させられました。

 しかし本作を真に魅力的なものとしているのは、そうした物語を通じて、厳然たるこの世の則を超える人の情の存在を、時に哀しく、そして何よりも美しく描き出していることでありましょう。

 先に述べた通り、呼子は世界の則を守る者であり、そして本来は無人格な存在(であることを求められる者)であります。
 本作の主人公たる兵助は、己の役目に忠実であると同時に、しかし己の情を持つという、矛盾した存在であり、それが彼自身を苦しめることとなります。

 しかしそんな彼だからこそ、本作で描かれた事件を――止むに止まれず世の則を超えた人の情が引き起こした事件の謎を解き、そして止めることができるのであります。「人」として大いに苦しみながらも……
 則と情の狭間で板挟みになろうとも、なおもより良き答えを探そうとする――そんな兵助の姿に胸を熱くせざるを得ません。
(そしてその兵助と、彼を見つめる火雷それぞれの想いが、それぞれの一人称という形で描き出されるのもうまい)


 作者は本作でデビューした後、『青の祓魔師』のノベライズを数作担当している模様。
 これまで本作の存在を知らずにいた者が申し上げるのも恐縮ですが、いずれまた、本作のような――できれば本作の続編を発表して、再び我々を驚かせ、感動させていただきたいものです。


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