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2015.12.01

『まんがで読む 南総里見八犬伝』

 今に至るも児童書では折に触れてリライトが刊行される『南総里見八犬伝』。その中でも最新かつ、リライトの中でもかなりユニークな部類となる一冊であります。というのも本作、八人目の八犬士と言うべき犬江親兵衛の活躍を中心とした、原典の後半部分をメインとした一冊なのです。

 原典はともかく、何かしらのリライトであればご覧になった方も相当に多いであろう『南総里見八犬伝』。しかしながら、その後半部分のあらすじをご存じの方は――少なくとも前半部分に比べれば遙かに――少ないのではありますまいか。

 ここでいう後半部分とは、大まかに言ってしまえば第9輯第3巻の第97回――すなわち、犬江親兵衛が(再)登場し、蟇田素藤と妖尼・妙椿を相手に大暴れする辺りから。
 その後、京都に向かった親兵衛がそこで大活躍したり、勢揃いした八犬士が関東管領・扇谷定正率いる連合軍を相手に大決戦を繰り広げることになりますが、さてリライトではこの辺りが描かれない、あるいは大幅に省略されることが実に多いのであります。

 その理由は、おそらく一にも二にも、その長さでありましょう。そこに至るまでの物語――伏姫の悲劇から、芳流閣の決闘や庚申山の妖猫退治といった数々の見せ場が描かれる七犬士の銘々伝までと、回数ではほぼ同じなのですから。
 さらに言えば、蟇田素藤退治と京都編はほとんど親兵衛のみが主役という内容を考えると、この辺りを省略するという判断も、わからぬでもありません。


 が、本作はその後半を中心にするという、珍しい構成の一冊であります。本作の内容は、大きく分けて、伏姫と八房の物語・親兵衛の蟇田素藤退治・関東大戦の三章構成。上で述べたとおり、原典の後半部分が大半を占めることとなります。
 と、それでは七犬士のエピソードは、と言えば、関東大戦の前の八犬士勢揃いの場面で、それぞれがダイジェストで語るという扱いになっているのが面白い。もちろん分量は限られているのであっさりではありますが、しかし内容的には要点を掴んだものとなっているのには感心いたしました。

 その他、主要キャラクターは1ページずつ使って概要を紹介していることもあり、これはこれで――もちろん、私は他の作品で概要を掴んでいるためかもしれませんが――なかなかに充実しているように感じられます(雛衣のくだりなど、子供向けにはいささか描写しにくい部分はこの概要で説明)。

 そして本編の方も、上で何度も述べたとおり、あまりリライトの題材となっていなかった部分だけに、こうして読んでみるとなかなかに新鮮で面白い。
 世俗的な極悪人である素藤&物語の発端とも関わる妖人妙椿vs少年犬士というシチュエーションはわかりやすい活劇として楽しめますし、関東大戦も、親兵衛をはじめとする八犬士をとっかかりに描くことで、良い意味でシンプルに描かれています。
(そんな中で、犬山道節が仇である扇谷定正に複雑な心境を抱く様を描いているのは好感が持てます)

 考えるに、本作で親兵衛が中心に描かれているのは、対象とする読者層に一番近い人物であり、それでいて一番ファンタジーの香りが強い人物だからではないか、という気がいたしますが、その狙いはある程度は当たっているようにも感じられます。


 長大な物語のリライト――それも子供向けという時に必ず問題となる取捨選択。難しい問題ではありますが、そこに個性もまた生まれます。
 本作はその意味では実に個性的でありますし――それでいて物語の冒頭と結末をきちんと描くという当たり前のことをしているわけで――一つの切り口として評価できるものでありましょう。

 もちろん、七犬士ファンの方には、納得できない部分はあるかもしれませんが……


『まんがで読む 南総里見八犬伝』(学研教育出版) Amazon
まんがで読む 南総里見八犬伝 (学研まんが日本の古典)


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