« 野田サトル『ゴールデンカムイ』第5巻 マタギ、アイヌとともに立つ | トップページ | このブログの2015年を振り返って(上半期篇) »

2015.12.29

谷津矢車『三人孫市』 三人の「個」と「時代」の対峙の姿

 今年も歴史時代小説界の若き台風の目となった谷津矢車が、意外にも初めて戦国時代を舞台として描いた作品であります。鉄砲の名手として知られながらも、その実像には謎の多い雑賀孫市。その孫市が三人いたという――凡手を嫌う作者に相応しく、題材も切り口も、ひと味もふた味も違う作品です。

 紀州は雑賀の地を本拠とする雑賀党あるいは雑賀衆の頭領として知られる孫市。早くから鉄砲に通じた孫市と雑賀衆は、石山合戦の際に本願寺側について散々に信長を悩ました……と言われる有名人ですが、実は詳細には不明な点が多い人物。
 その事績も最期も今一つわからず、秀吉に雑賀が平定されたしばらく後、関ヶ原の戦で西軍に参加していた、その後水戸藩に仕官したなど、様々な時と場所に名を残す、一種の怪人であります。

 実は孫市の名は個人を示すものではなく、雑賀衆の頭領が代々継ぐものという説もあり、それであればこの活躍ぶりも頷けるところですが……本作はそれを正面から物語に取り込み、タイトルのとおり三人の、それも血の繋がった三兄弟として描き出すのであります。

 雑賀の地にふらりと現れた老人・刀月斎。禁忌を犯して殺されるところであった彼を救ったのは、先代の孫市の長男・義方でありました。生まれつき体が弱く、戦場に立てぬ身であった義方は、しかし実は鉄砲鍛冶であった老人から、鉄砲とその使用法を与えられたことにより、鉄砲用兵に開眼することとなります。

 そして義方の指揮の下で活躍するのは、鉄砲と金砕棒を自在に操る剛勇の重秀、そして無口無表情と普段は何を考えているかわからぬものの凄腕の狙撃手である重朝――
 三人三様、鉄砲を自在に操る彼らは、無敵の傭兵集団として戦国にその名を轟かせるのですが……

 という基本設定を見れば、本作はこの三人兄弟、三人孫市が、力を合わせて戦国の世に破天荒な活躍をみせる作品が――あるいは数奇な運命に引き裂かれた三人が、血で血を洗う哀しい戦いを繰り広げる作品が想像されるのではないでしょうか。

 そしてそれはどちらも正しく、そしてどちらも正確ではありません。本作で描かれるのは、戦国乱世の荒波に対し、孫市という同じ名を背負いながらも全く異なる生を歩んだ三人の青年の物語。彼らが何を見て、何を想い、何を選び、何を捨て、何を得たのか――その姿なのですから。


 ここで谷津矢車という作家のこれまでの作品に――特に歴史小説に――目を向けてみれば、その一つとして同じところがないようにすら感じられる作品群に、一つの共通点があることに気づきます。
 それは「個」と「時代」の対峙――衆に優れた才能を持ちながらもあくまでも個にすぎぬ主人公が、その時代時代の社会・文化・制度・空気etc.と如何に対峙し、そしてそれを相克していくか……作者の作品に共通するのは、そんな主人公の姿、その戦いの姿であります。

 そしてその「時代」との戦いが、最も激しく、厳しいものであったのはいつのことであったか。それを思えば、答えはやはり戦国時代、人一人が生き抜くことすら困難であった時代、力持つ者――そしてそれが「時代」の代表者然として振る舞うことがしばしばなのですが――の前に、人一人が軽々と吹き飛ばされる時代の名が挙がりましょう。

 作者がある意味歴史小説の花形である戦国ものを書いてこなかったのは、その難しさを知るが故ではないか――これはもちろんこちらの勝手な想像ではあります。
 しかし本作に描き出された三人の孫市たちという「個」の姿、そして彼らがぶつかり、押し潰され、乗り越えてきた「時代」という壁の姿は、その難しさを受け止めてなお、この作者自身が、いまこの時の空気から感じるものを、物語に写し取り、対峙してみせた……そう感じるだけの豊かさがあります。


 もちろん荒さはあります。三人の孫市、そして彼らを取り巻く人々の描写も、描こうと思えばまだまだ描けたことでしょう。しかし同時にそれを描くことにより、薄れるものもあるのもまた事実であろうと、私は感じます。

 少なくとも、ここに描かれた、若者たちの、作者の、生の声は、この形であるからこそ届くものであろうと……

 作者を評して「二十代最強の歴史作家」という言葉があります。正直なことを言えば私はこの呼び名に一定の距離を置いていた者でありますが、しかし本作を読んでみれば、それを否定する理由もない……そう感じているところであります。


『三人孫市』(谷津矢車 中央公論新社) Amazon
三人孫市

|

« 野田サトル『ゴールデンカムイ』第5巻 マタギ、アイヌとともに立つ | トップページ | このブログの2015年を振り返って(上半期篇) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 谷津矢車『三人孫市』 三人の「個」と「時代」の対峙の姿:

« 野田サトル『ゴールデンカムイ』第5巻 マタギ、アイヌとともに立つ | トップページ | このブログの2015年を振り返って(上半期篇) »