逢巳花堂『一〇八星伝 天破夢幻のヴァルキュリア』 降臨、美しき一〇八の魔星たち!
ライトノベルで水滸伝であります。それも本気の! ……といきなりテンションが上がってしまいますが、このような作品の登場に、マニアとしては黙ってはいられません。「宋」国を舞台に、一〇八の魔星の力を得た乙女たちを巡り、「燕青」と「林冲」が繰り広げる冒険を描く意欲作であります。
かつて天から降り、殷王朝を滅ぼしたという一〇八の魔星。それがこの宋に降るのを目撃した皇帝は、星見の巫女から、このままでは二年の後に、魔星を宿した乙女たち・仙姑によって宋は滅ぼされるとの予言を受けます。
その予言を裏付けるように、最初の仙姑・魯達により一つの城市が壊滅。かくて皇帝の命により、討仙隊が結成されることになります。
総隊長・高・と副隊長の陸謙の下に集められた陳希真、燕青、林冲(女性)、トウ元覚(女性)といった隊長たちは、いずれも持ち主に一人一芸の異能を与える宝貝の遣い手。その中でも最強の遣い手が燕青と林冲ですが――しかし二人にはそれぞれ秘密がありました。
物体の影に潜み、移動する太隠剣を操る少年・燕青。討仙隊の前身たる治安維持部隊・蕩寇隊時代から活躍してきたという彼は、しかし天から落ちた一〇八番目の魔星と遭遇した際にそれ以前の記憶を失っていたのであります。
そして自在に伸縮する蛇矛の遣い手である美少女・林冲。これまで、史進・楊志と強大な力を持つ仙姑を倒してきた彼女は、しかし自身もその身に魔星を宿す仙姑だったのであります。
そんな不安材料を抱えつつも、林冲の妹であり、燕青が思いを寄せる少女・小倩と三人、それなりに平和な暮らしを送る燕青と林冲。しかし、僧に身をやつした魯達が都に潜入したという報が、彼らの運命を大きく動かしていくことになります。
「百八星が女体化」「敵は百八星」「百八星が一人一芸の能力者」……これら本作のコンセプトは、実を言えば、個々のレベルでは先行する作品が存在いたします。しかしこれら全てを一つにまとめ、破綻なく物語を作り上げているのは、本作を於いて他にありますまい。
それを可能にしているのは、まず第一に、これがデビュー二作目とは思えぬほど安定した作者の筆致によるものであることは間違いありますまい。
しかしそれと同時に、そしてそれ以上に、作者の水滸伝愛によるところ大であると、強く感じます。
一種の水滸伝リライトとして、原典の物語展開、キャラクター設定と配置を踏まえて描かれる本作。水滸伝リライトとしては、そこでどの程度原典を活かし、そしてどの程度そこを踏み出してみせるか、その点こそが面白さを左右するわけですが……そのさじ加減が本作は絶妙なのです。
そもそも一〇八人の豪傑を女体化する自体、冷静に考えてみれば――馬琴先生のように豪腕で正面突破でもしない限り――かなりの難事なのですが、本作はそれを巧みにクリア。なるほど、林冲が、魯智深が女性だとこうなるなあ(後者はかなり想像しやすいですが)と原典ファンでも納得の造形であります。
そして彼らの辿る運命も、原典のそれを踏まえつつも――登場人物で察しが付くとおり、本作は原典の林冲受難のくだりがメインとなっています――いい意味でライトノベルらしく、破天荒な展開なのが楽しいのです。
原典読者であれば首を傾げるであろうトウ元覚の登場も、物語上でなるほど、と膝を打つような意味がありますし、そして何よりも、「蕩寇」隊の「陳希真」など、かなりのマニア向けの題材をさらりと入れてくる辺り、作者自身の水滸伝愛と本気度が伝わってくるのです。
(野暮を承知で説明すれば、陳希真は、本邦未訳の水滸伝アフターストーリー『蕩寇志』で梁山泊討伐に当たる人物であります)
しかし、そんな中で燕青がここで、この役割で登場することだけが――ちょっと斜に構えた熱血漢というキャラクターも含めて――違和感があるといえばあるのですが……それはおそらく、いやまず間違いなく、本作ならではの仕掛けが用意されているのでありましょう。
本作の時点ではそれは未だ語られておりませんが、それもまた楽しみというもの。これから先、おいしいキャラクターと題材が山盛りの物語を、作者がどのように料理してみせるのか……今は期待しか感じられません。
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