平谷美樹『貸し物屋お庸 娘店主、捕物に出張る』 物語を貫く縦糸登場?
貸し物屋・湊屋の両国出店を切り盛りする主人公――器量は良いのにべらんめえ口調で鼻っ柱の強いのお庸が、客の求める品物を、そして助けの手を貸すために奔走するシリーズも、快調に巻を重ね第三弾。これまで同様にお庸の痛快な活躍が描かれる一方で、何やら不穏な動きが描かれることになります。
腕の良い大工の親方の家の長女という環境故か、自分を「おいら」と呼び、男勝りに育ったお庸。ある時、盗賊によって両親を殺された彼女は、「貸せぬものはない」という湊屋の主・清五郎に「仇討ちの手」を借り、その支払いのため、湊屋の出店の主として日々働くことに……
という設定の本シリーズですが、今回も口は悪いが気は優しいお庸の痛快な暴れっぷりは――そして清五郎の前に出るとコロっと参ってしまう乙女ぶりは――もちろん健在。今回は以前アンソロジー『てのひら猫語り』に収録された「貸し猫探し」に加筆修正したものを含め、全四話が収録されています。
巻頭の「行李」は、行李を借りに来た侍の態度に不審を持ったお庸が、男の不遇な過去を知ったことから、武士という身分に縛られた男を救うために奔走する物語。
理不尽な運命に翻弄されながらも、誠実に己を貫こうとする男と、その姿にどこか父を重ねてしまうお庸の、不器用な交流が胸を打つエピソードです。
続く「拐かし」は、知り合いの大工の息子が誘拐、身代金が要求されたのに対してお庸が「手」を貸して奔走する物語であります(本書のタイトルは本作の内容から取られたものでしょう)。
面白いのは、本作で奔走するのが、お庸だけではないところ。拐かされた子供の遊び仲間や同じ長屋に住む住人たちが一致団結して子供を救い出し、犯人を捕らえるために一致団結するのですが――特に子供たちの活躍は、少年探偵団的な味わいがあるのが何とも楽しいのです。
3話目の「貸し猫探し」は、先に述べたとおり、先にアンソロジーに収録されたものの加筆修正版ですので、そちらの紹介をご覧いただきたいのですが、パイロット版的に発表された原典の時点では存在しなかった設定を引いて、何とも微笑ましい結末を用意しているのが嬉しいところです。
そして家に出没する化け物を封じるためのお札を貸して欲しいという男の依頼から始まる本書ラストの「亡魂の家」は、文字通り押し寄せる怪異描写が恐ろしい、完全な時代ホラー。もうゴミソや修法師を連れてくるべきでは? という怪異を前にしては、さしものお庸も形なしで、いささか意地悪ではありますが、そんな彼女の姿が見られるだけでも印象に残る一編です。
と、それぞれに趣向も味わいも違う、バラエティーに富んだ全四話ですが、しかし実は本書においては、収録エピソード全てを――というより『貸し物屋お庸』という物語を貫く仕掛けがほのめかされています。
それが何であるか、ここで詳しくは述べませんが、これまでお庸というキャラクターを構成する要素として何の不思議もなく受け入れていたものが、突然別の意味合いを持つように見えてくるというのが、実に面白い。
その答え自体はまだ明かされていないのですが、しかしもしかしたら……と想像できる部分だけで、物語の様相がガラリと変わりかねない要素の登場は、正直に申し上げて予想していなかっただけに、嬉しい裏切りであった、という印象なのです。
しかし真実がどうであれ、あくまでもお庸はお庸。この先もべらんめえで威勢良く、そしてお節介に、悩める人々に「物」と「手」を貸していくことでしょう。
これからも、そんな変わらぬ彼女の活躍を見せていただきたいものです。
『貸し物屋お庸 娘店主、捕物に出張る』(平谷美樹 白泉社招き猫文庫) Amazon
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