新美健『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』 銃豪・剣豪たちの屈託の果てに
西南戦争も西郷軍の敗色が濃厚となった頃、砲兵工廠に勤める村田経芳に、大久保利通より、西郷救出の命が下る。同行する救出隊のメンバーは、警視隊の藤田五郎をはじめ曲者揃い。しかもメンバーが揃う前に隊長が何者かに暗殺されてしまう。果たしてこの任務の背後に隠されたものとは……
西郷隆盛といえば、今更語るまでもない幕末・明治の大立者。しかしその死後、日露戦争の際に畝傍に乗って帰ってくるなどという、伝奇小説めいた噂が本当に流れた、どこか妖しい空気をまとう人物でもあります。
本作はその巨星の最期の時を題材にした優れた冒険小説にして伝奇小説、そして何よりも時代小説であります。
本作の主人公となるのは村田経芳――薩摩出身の軍人であり、そして初の国産小銃である村田銃にその名を残す技術者。
若い頃から銃に取り憑かれ、トップクラスの狙撃技術を持つとともに、自ら銃を作り出すことに情熱を傾ける「銃豪」とも言うべき彼に、西郷救出の密命が下ったことから、この物語は幕を開くこととなります。
不平士族の暴発に巻き込まれた形で反乱軍の長となった西郷――その彼を救うべく、かつての盟友・大久保利通は極秘裏に西郷救出隊を編成。それの一員に選ばれてしまった彼は、気の進まぬ任務ではあるものの、砲兵工廠の一技術者である哀しさ、断れば小銃開発の夢が断たれると、重い腰を上げたのですが……しかし最初から大波乱に巻き込まれることになります。
救出隊の最初の集合地点で待っていたのは、隊長となるはずの男が何者かに殺されたとの知らせ。一枚岩とはとても言えない新政府の内幕は複雑怪奇、西郷の救出を快く思わない何者かによるものか、それ以降も次々と彼と救出隊を危機が襲います。
果たして隊の中に裏切り者がいるのか。本当に隊は西郷を救出しようとしているのか。そして戦場の真っ直中をくぐり抜け、西郷と出会うことができるのか。死闘に次ぐ死闘の末、村田が見たものは……
本作のジャンルを大まかにいえば、不可能ミッションものということになりましょうか。ほとんど不可能としか思えない目的に、ごくわずかな、しかし個性的なメンバーで挑む――軍事冒険小説の花形ともいうべきスタイルであります。
目的の困難さは先に述べましたが、村田の仲間となる面々もまた、極めて個性的。
警視隊の藤田五郎――と言えばおお! となる方も多いでしょう、あの斎藤一に加え、庄内藩で戦った元新徴組の豪傑、船の扱いでは右に出る者がない美少年、長岡藩出身でアメリカ帰りの老ガンマン、そして謎めいた野生の女スナイパー……
いずれも一癖も二癖もある人物揃い、しかもその大半が旧幕府側で戦った人間とくれば、到底無事に行くわけがありません。ぶつかり合い、すれ違う彼らが、謎の敵や大自然の脅威と戦う中、徐々にチームとして団結していく様は、定番とはいえ大いに魅力的です。
そしてそんな中に、これも定番ではありますが、内通者がいるのでは、という疑いがまた、絶妙なスパイスとして物語を盛り上げていくのであります。
しかし本作をさらに魅力的なものとしているのは、村田をはじめとする登場人物のほぼ全てが抱えた屈託の存在でありましょう。
国産銃の開発という夢を持ちながらもなかなか実現できず齢を重ね、いまは不本意な任務に駆り出された村田。幕末からひたすら戦い続け、新政府の犬と自嘲しながらなおも血刃を振るう藤田――
この物語の中心となる二人は、それぞれ銃豪と剣豪と呼ばれるべき腕前の持ち主でありながら、今の自分の生き様に対して大きな屈託を抱えているのであります。
そしてそれは他の登場人物も、様々な形で抱えたもの。幕末・明治の動乱の中で犯した罪への引け目、無為に生き残ってしまったという悔恨、己の目的・大義のために何かを捨てることへの諦め……様々な形で描き出されるそれは、しかしクライマックスにおいて、意外な形で昇華されることとなります。
銃豪と剣豪が、旅の果てに見たもの、出会った者。どこか神話的な色彩すら帯びたそれは、彼らが新たな時代を迎えるための力を与え――そしてそれは、確かに我々の心にも届いたと感じられます。
作者はこれまでいわゆる美少女ゲーム畑で活動してきたとのことですが、そこから時代冒険小説作家として鮮やかに脱皮してみせた姿は、屈託から解放された村田たちの姿と重なる……というのは失礼でしょうか。
本作の続編も含め、これからの活躍を期待したい作家の誕生であります。
『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
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