『決戦! 本能寺』(その一) 武田の心と織田の血を繋ぐ者
戦国史上に残る合戦を、七人の豪華メンバーが、そこに参加した者それぞれの視点から描くアンソロジー『決戦!』シリーズも本書で三作目。これまで関ヶ原、大坂の陣が題材となってきましたが、今回は何と本能寺の変――天下分け目であることは間違いありませんが、些か毛色の異なる題材です。
関ヶ原の合戦、大坂の陣と、どちらも数多くの武将たちが両サイドに別れて激突した大規模な合戦であったのに対し、本能寺の変は、それに比べれば小規模と言えば小規模であります。
合戦より襲撃と言うに相応しい事件であり、当事者もそれだけ限られるこの変をこれまで同様料理できるのだろうか、というのはまず気になった点ですが、いやはやこうした切り口があったかと感心させられる作品ばかり。
今回は、収録された七作品のうち、特に印象に残った数作品を一つ一つ取り上げて紹介いたしましょう。
『覇王の血』(伊東潤)
巻頭に収められた本作は、ある意味本書で最もトリッキーにして、最も読み応えある作品ではありますまいか。何しろ主人公は織田信房(織田勝長)という、意表を突いた人選なのですから。
信長が本能寺で没した際、その嫡男である信忠も同時に二条御所で命を落としたことは有名ですが、その際に同じ場で同じく散ったのがこの信房。信長の五男であり、このような最期を遂げながらも、これまでほとんど脚光を浴びてこなかったこの人物の数奇な運命を、本作は巧みに描き出します。
幼くして信長の叔母に預けられ、岩村城で育てられた信房。しかし武田に城を落とされ、叔母が敵方の武将に嫁したことから、彼は武田家中で暮らすことを余儀なくされます。
しかし岩村城が信長に奪還された際、叔母は信長に惨殺され(信長の残虐性を示すものとしてしばしば扱われるエピソードであります)、幼い頃から武田で育ったこともあり、信房は「母」の仇として信長に深き恨みを持つこととなります。
やがて没落の道を辿る武田家から織田家に返された信房は、酷薄な父と対峙しつつも、兄・信忠の右腕として活躍し、その精神性を評価する父から、兄に継ぐ後継者とまで言われるほどとなるのですが……
様々な時と場所を題材としつつも、その中でも武田家を描いた諸作が特に印象に残る作者ですが、本作では信房という武田と織田を繋ぐ人物を――武田に心を寄せ、信長を嫌悪するという極めて特異な人物を――中心とすることにより、本能寺の変の裏側に、思わぬ答えを与えることに成功しています。
そして単に意外な物語であるだけでなく、信長への嫌悪が、同時に信長という覇王の血筋への嫌悪に繋がっていく信房の心理描写もまた実に興味深い。二条御所における彼の行動を、潔いと見るか哀しいと見るか――何とも味わい深い結末が待ちます。
一作品目でかなりの分量となってしまいました。続く作品は次回に続きます。
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