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2016.02.06

斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 1 月夜に見参!』 美少女忍者の活躍と生きる価値と

 時は元禄、江戸では子供の拐かしが相次ぎ、さらに忍びや奉行所の同心たちが次々と殺されていた。表の顔は薬問屋、実は将軍直轄で外様大名の動きを探る名門の忍び・橘北家の末娘・小桜は、拐かしの現場に出くわしたことから、事件の陰に潜む謎の忍びたちと対決することに……

 斉藤洋といえば児童文学の大ベテラン、このブログではこれまで人の世の在り方を目撃してきた神通力を持つ狐の物語『白狐魔記』を紹介してきましたが、本作は本格的な時代もの――少女くノ一の活躍を描くシリーズの開幕篇であります。

 主人公の小桜は薬問屋・近江屋の末娘。新しい着物を着ることを何よりも楽しみにする、年頃の少女らしい彼女の正体は、実はくノ一。
 実は近江屋は、幕府の御庭者の中でも江戸市中に潜み、密かに各地の外様大名の動きを探り、将軍や大目付に伝える橘北家の隠れ蓑、当主から番頭、使用人に至るまで、全て忍びで構成された店だったのであります。

 修行中の身ながら、様々な事件に首を突っ込む小桜がある日聞きつけたのは、同様の任務を持つ橘南家の忍びが、顔を潰す間もなく殺されて発見されたという事件。しかも忍びだけではなく、町奉行所の同心たちも次々死体となって発見され、さらに子供たちの拐かしが横行しているというではありませんか。

 この一件に首を突っ込んだ小桜は、偶然拐かしの現場に出くわし、下手人の破落戸が忍びに口封じで殺されるのを目撃。彼女にも謎の忍びたちの魔の手が迫ります。
 一方、彼女の兄ら、橘北家の面々は、外様大名の抜け荷の証拠を掴むため、江戸屋敷に潜入するも忍びたちの襲撃にあって失敗。一連の事件に共通する忍びの存在とは……


 本作を一読してまず感心、というより驚かされるのは――いささか失礼な表現に見えるかもしれず、まことに恐縮ですが――本作が時代小説としてあまりに端正で、丁寧に作られていることであります。
 主人公・小桜の家である橘北家回りの設定はフィクションとしても、それ以外の部分については、子供向きだからと言って一切手を抜くこともいい加減な描写もなく、むしろ解説も最小限で描かれるという、本格的と言うほかない内容です。

 もちろんこれは、これまでの作者の作品を読んでいればむしろ当然ともいうべきものであり、むしろ失礼な驚きではありましょう。しかし対象年齢を小学校高学年としつつも、装幀を変えればもっと上の層――正直なところ、一般向きとしても通じるのではないか、とすら感じさせられます。

 もっとも、シリーズ第一作ということもあってか、物語自体はいささかあっさり目の味付けではありますし、事件の絡繰り自体もすぐにわかるものではありましょう。商家の丁稚という、小桜のもう一つの姿があまり活躍しなかったのも、勿体ないところです。

 しかし、小桜をはじめとする登場人物――兄の一郎や三郎、番頭の佐久次といった橘北家の面々だけでなく、どうやらこちらの正体を知っているらしい岡っ引きの雷蔵、謎めいた女形・市川桜花、南蛮から近江屋にやってきた犬の半守(ハンス)など、登場人物たちが、いずれも魅力的かつ大なり小なり秘密めかした部分を持つ造形なのは、さすがと言うべきでしょう。

 そして何よりも感心させられたのは、一郎が小桜に語る、武士と忍びの違い、忍びの心得であります。武士は名を惜しみ、失敗すれば死を選ぶ。しかし忍びは命を惜しみ、失敗しても成功するまで挑み続ける――そして一郎はそれに続けて、こう語ります。
「おまえも、いつでも、仕立てに出していて、まだできあがっていない着物があるようにしておくのがいい。そうすれば、それを着ないうちに、死ぬことはできないと思うだろう。だから、できあがってくる振袖を楽しみにすることはよいことなのだ。」

 ここで語られる武士と忍びの違いの内容は、珍しいものではありません。しかしそれに続く、忍びの生き様に通じて、命の大切さと生きることの楽しさを語る言葉は、ちょっと見たことがありません。
 いささか穿った見方かもしれませんが、そこに児童書的なスタンスもあるのかもしれませんが――いずれにせよ、本作ならではの視点であることは間違いありません。


 どうやら全四巻のシリーズらしい本作、この巻での事件は解決しますが、幾つか謎のままに残された要素も存在します。それがこの先、どのように明かされるのか……
 子供だけが楽しむのは勿体ない作品です。

  しかし冒頭、「けものが人に化けるなど、あろうはずがない」という一文に『白狐魔記』読者としては苦笑であります。


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